地上とは別の埃臭さの支配する闇の中。
砂と埃を積もらせた、広々としていながらもどこか窮屈さを感じるフロアの中にレオナは居た。
そこはかつて多数のテナントによる商店街の様相を見せ、訪れた客に様々な選択肢を示していた事が窺えた。
だが、人の賑わいが多く見られただろうそこは、今ではその面影すらない光景が広がっているだけである。
しかし、それでも彼女の足を止める程の事ではない。
財布やカートの代わりに拳銃が手にされてはいるものの、売場を覗いて回る彼女の姿は、ある意味ではかつての買い物客そのものだった。
「缶詰とかじゃない食べ物は全滅か。ま、当然だけど」
ちらりと視線をやった食料品店には、錆び付いたレールに辛うじて引っかかっている商品棚と、何かの商品だったのだろう、粉末になった残骸だけがあるだけだった。
腐敗臭がする事もなく、それほどに時が経っていると思わせる様に肩を落とし、彼女は次へと足を向ける。
「未来のデパートなんだから、何十年も何百年も残るくらいの凄い何かで保存してくれてたらいいのに。四次元的な何かでさ」
『百年単位を可能とする保存技術も一部実用化されていました。ですが民間向けに優先される段階ではありませんでした』
「時々見つかるのはそれか。でも、終末の荒野で生活する客の事も想定してくれないと。クレーム出してやろうかな」
『既に受け取る人員は死んでいると思われます』
「こっちはアタシ含めて何人も生きてるってのにね。企業努力が足りないよ企業努力がさぁ」
そんな皮肉を口にするレオナだったが、その足取り自体は確かなものだった。
迷うことなく更に奥へと向かっていく。
足が止まった先は、目的としていた店──ガンショップ・モリタと書かれていた銃砲店だ。
当時であれば黒や銀の光沢が輝き、また、奪われない様に厳重に管理されていただろう店内は、やはり廃墟と化している。
並ぶ棚は軒並み空であり、他の店と同様に錆ついた什器が転がるのみだった。
「う~ん……先越されてる。世の中そう甘くはないか」
『推測。文明崩壊直後、あるいはその最中の混乱時に運び去られたと考えられます』
「考える事はいつでも皆同じってことか。とりあえず見るだけ見てみよう、ここまで来て引き返すのも癪だし」
収穫は無いと思いながらも、レオナが店内に足を向けていく。ミラもそれに異は唱えることはなく、彼女の目を通して周囲を探り続けた。
腹いせなのか、利便を求めてか。
抉じ開けられたのだろうシャッターを更に抉じ開けて中へ入ると、埃が辺りに舞い散っていく。
照明一つ無い中、闇に浮かぶ埃を見届けるレオナだったが、ふと思い立つと探索を再開する為に店の奥へと向かう。
しかし、見つかる物といえば空の什器と古ぼけた猟銃くらいな物で、目ぼしい成果は上がらないままであった。
「無いね」
『ありません』
短いやり取りが終わると同時、レオナの口から落胆と諦めの溜め息が漏れた。
勢いよく吐かれた為か、再び辺りへ埃が舞い上がる。
「これ、売れると思う?」
『査定不能。ですが修理、転用にも不安がある為、価値無しと思われます』
足元に落ちていた猟銃と思わしき銃が、彼女の爪先で小突かれる。
落とした際なのか、それともこの場を漁ったかつての人間によるものなのか、撃つには不安が残る程度には大きく破損してしまっていた。
再び嘆息を零しつつ、レオナが店の中を見渡していく。
「それにしても推定日本で銃の店か。未来は変わるもんだよね」
『治安悪化による法改正後、主に自衛・警護用として販売されていました。軍用品には程遠い性能でしたが、それでも民間人の手に渡る武器としては十分過ぎたようです』
「ふーん……ま、こんな風になっちゃえば全部一緒なんだろうけど」
『提案。下水施設の捜索を推奨します。このまま店舗内の探索をするよりもモンスターの痕跡を確認するべきです。可能であれば出入り口の閉鎖を』
「ん~……折角だし先に全部見てみる」
『下水に巣食うモンスターは凶暴との情報がありますが』
「ブラッドだったか誰かに聞いた事あるやつ? でも面倒臭いしこのまま行っちゃおう」
多少の懸念はあったが一先ず置く事にし、もう一度足元を小突くと更に奥、店のバックヤードへと向かっていくレオナ。
探索したという手ごたえが欲しかったのか、あるいは単なる気紛れなのか。
レジカウンターだったらしい瓦礫を乗り越えて進むと、そこにはスタッフルームへのドアが残っていた。
「せぇ……のっ!」
気合いと共に前蹴りが炸裂すると、蝶番ごと扉が吹き飛んでいき壁へとぶち当たっていく。
それを見て満足気に鼻を鳴らすレオナだったが、すぐにその目は室内へと向けられた。
青い瞳がかすかにナノマシンによる発光を見せた瞬間、闇に包まれた視界が僅かに色付き、部屋の中身が映し出されていく。
そこは事務机が一つと壁には小規模なロッカーがいくつも並んでいる、さほど大きいとも言えない部屋だ。
レオナが興味深そうに室内を眺めていくと、
「ミラ、お願い」
『了解、スキャンを開始します。ですがまずは自身で探索した方が良いのでは?』
「流石に暗い所だとね。ちゃんと明るい所なら自分でやってるんだし、適材適所だって」
『この光量でも十分に周囲の把握ができている筈ですが』
何とも言えない反応を返したミラではあったが、主からの指示の通りに周囲の解析をしていく。
数瞬の後、部屋に並べられたロッカーの一つを指し示した。
『背面にスペースを確認しました。恐らく奥が仕切りになっていると思われます』
「どれどれ……? 開けられた感じは……ないよね?」
『肯定。店舗放棄後、何者かによって開かれた形跡は認められません。内部の──』
「面倒くさいから抉じ開ける」
ミラの言葉を聞き遂げる前に、レオナの手がロッカーの奥へと掛けられる。
細くしなやかな指が金属板を歪ませていくと、劣化したとはいえそれでも形を保っていたそれが容易く捲れ始めた。
メキメキとひしゃげる音が響いていき、そう時間を要する事もなく現れたのは──
「成程、隠し金庫。ガンロッカーかな?」
『状態は比較的良好。ダイヤル式ではなく簡易の錠前によるロックです。提案、鍵の捜索』
「はいはい、鍵ね」
言うや否や、手に持った"荒鷲"を金庫目掛けて乱射していくレオナ。
耳をつんざく轟音。吐き出された銃弾が鋼鉄の錠へと殺到し、闇の中に火花を散らせていった。
「よしっ、開いた開いた」
『警告。跳弾の危険、残弾数減少」
「顔はガードしてたって。それに仕方ないでしょ? 鍵がここに残ってるかなんてわからないんだし、さっさと済ませた方がいいって」
『マスターキーであれば、より高破壊力の物かテルミットによる方法を推奨します」
「次はそうする。物があればね」
軽口を交わしつつもレオナの顔には期待の表情が浮かんでおり、そのまま金庫の中へと手を伸ばしていった。
中に入っていたのは、店の者が入れていたのだろうボロボロの紙幣束とコインに、何かが入っている小さなポーチ。
そして最後にもう一つあったのは、
「鍵が必要な時に鍵が出てくるなんてね。でも状態は良さそうだしいいお金になりそうかな」
『推奨、帰還までの代用武器としての使用」
「アタシ、ショットガン好きじゃないんだけどな」
『好みの問題ではないと思われます』
「分かってるってば」
引き抜かれていったそれは、セミオート式のショットガンだった。
RM-xx00と一部刻印が残っていた銃は、どうやら未だにその状態を保っていたらしい。
レオナが手にしていた"荒鷲"をしまうと、今度はそのショットガンを掌中に収めていく。
共にしまわれていた弾を込め、コッキング。
そのまま何度か構えると、その感触に顔を緩ませていった。
「うん、これなら問題無さそう。とりあえず無駄足にならなくて済んだかな」
満足そうに頷くと、中にあった物を全て持ちだし踵を返すレオナ。
直後、彼女だけに聞こえる音が電脳から飛んできた。
『警告。外部から複数の音を検知。推奨、戦闘準備』
いつも通りの一本調子の中に、緊迫感のあるミラの声色。
レオナもそれまでとは打って変わり、表情を鋭い物に改めていく。
先程手に入れたショットガンは、腰だめにその牙を向けられる形へと移っていた。
「店の中じゃ狭くて不利だしさっさと出る。援護お願い」
『了解。戦闘支援を開始します』
「オッケー、それじゃいくよ!」
バックヤードから飛び出すと同時、レオナの眼に電脳から瞬時に情報が送信される。
『敵影、食人ヒルを確認。数、4、5……後続にも敵影を感知。更に増加しています』
「なら囲まれる前に仕留める!」
食人ヒルは下水に潜むモンスターで、名前の通りヒルが変異した物だ。
その大きさは1メートルをゆうに越え、獲物の血ではなく、消化液で溶かした肉その物を吸い取っていくという貪欲な化け物だった。
それらがウゾウゾと集まり、更には天井や壁を這う様に近づいて来るとあれば、その光景だけで彼女に悍ましい物を感じさせたらしい。
だが、そんな感情も一瞬のみ。
素早く狙いを定めると、一番手前の一匹目掛けて発砲していく。
「ひとつ!」
『天井より接近』
鈍い銃声と共に吐き出された鉄の雨が、ヒルの巨体を引き裂いた。
吹き飛ぶ粘膜が辺りへと飛散した瞬間、返す刀でショットガンの銃口を振り上げ天井の個体を捉えると、続く一撃を叩き込んでいく。
「ふたつ!」
『前方、二体接近。攻撃態勢』
「──ッ!」
撃ち倒された個体が自重のまま地面へと叩きつけられる。開いたスペースへ飛び込むと、その勢いのままにレオナは床を蹴っていった。
そして低い姿勢のまま、更に距離を詰めてくる二匹を躱しつつ鉛の雨を浴びせていく。
「みっつ、よっつ!」
『店舗外に三体。そのまま──新たな反応を検知。数、無数』
「何が来るって!?」
吹き飛ぶ軟体を後目に、新たなヒルへと銃撃を浴びせながらレオナが叫んだ。
その時点ではミラの警告よりもまず自分の周囲が優先されていたらしい。
だが弾を装填し、通路に居たモンスターへ構え直した瞬間、
『新たな敵影、ぐんたいラットを確認。推奨、逃走』
「げっ!? いつだかに聞いてたアレ!? ちょっとちょっと、何でこんな時に出てくるの!?」
通路の奥から現れたそれを前に、思わずレオナが悲鳴を上げていた。
『どちらも銃声を聞き、奥の下水設備から侵入してきたと思われます』
「あー、もう! やっぱり先に塞いどけばよかった! あんなの相手にしてられないから逃げる!」
彼女がそう口にするのも当然だった。
奥から現れたのは、群れを成して進軍してくる数えきれない程の鼠の大軍なのだから。
ぐんたいラットは元はドブネズミの類が変異した物で、モンスターにしては5~60cm程度と小さく、単体であればでかいネズミでしか無い。
しかし、このモンスターの特徴は、群体の様に群れが一つの生物として統率のとれた行動をしている事だ。
群れが一塊になり肉の津波と化して進む光景は、まさに群体であり軍隊。
数匹や数十匹を駆逐したところで意味を成さないことから、何とも厄介な相手であった。
おまけに悪食で、餌となる物は人間であろうがモンスターであろうが、死んだ仲間であろうが見境がない。
食人ヒルに群がり、一部が溶かされながらも逆にその体を飲みこんでいく光景に息を呑むと、レオナは本能に従って走り出していた。
「死んでから食べられるならともかく、食べられながら死ぬなんて絶対嫌!」
『警告。後方より接近音あり。連中がこちらに目を付けた様です」
「勘弁してってば!」
叫ぶレオナではあったものの、その足が緩まることはない。軽く振り向くと狙いを付ける事なく散弾を見舞っていった。
しかし、牽制の一撃が当たろうともぐんたいラットの勢いが止まる事はない。
死んだ一部を喰らいながら更に加速する群れ。
それに負けじと、強化されたレオナの俊足が獣の早さをもって廃墟の地下を駆け巡る。
「このっ! このっ! このっ! ──って駄目、数多すぎ! ミラ! 何かない!?」
『推奨、広範囲面制圧。爆発物か燃焼物による攻撃の提案』
「そんなのあるわけ……ん、待てよ?」
走り続けるレオナの足音をけたたましく駆ける鼠の軍団がかき消し、地下の暗闇が肉の津波に埋まり始める。
しかし、逃げる途中で何かを閃いたのか、拾っていた小さなポーチを取り出して中身を確認していった。
そしてそこに入っていたのは、
「手榴弾! こんな物しまっておくとか何考えてたんだかあの店は!」
ピンが刺された二つの黒い円筒形の物。
側面には文字が刻印されており、それを読み取ったミラが指摘の言葉を上げていく。
『警告。コンカッションではなくフラグメントタイプです。遮蔽物無しでの使用は──」
「そんな事言ってられる場合じゃない!」
レオナが力任せにピンを引っこ抜き、背後の鼠達へ向けてそれを一つ投げると、走るギアをもう一段上げていった。
『退避を推奨』
「言われなくても!」
そのまま柱を背にしながら駆け抜けると、数秒後、けたたましい爆発音と共に無数の鉄片と衝撃が辺りに撒き散らされていく。
逃げることなく突き進んでいたモンスターを吹き飛ばし、肉の波の先端が引き裂かれた。
しかし、それは全体からすれば微々たる被害でしかない。
数瞬後に後続がその穴を埋めるようにして、再びネズミの群れが殺到する。
「ああもう! もう一発──」
『警告。投擲の中断を要請します』
「はぁ? あんたアタシにネズミの餌になれっていうの!?」
続けて二投目を加えようとしたレオナへとミラの声が響く。
その指示に驚きを隠さなかった彼女に続く声は、しかし冷静なものだった。
『侵入地点まで来ています。推奨、離脱後の遮蔽』
「……なるほど、了解!」
ミラのナビゲートで周囲の把握に努め、レオナが入り口方面へと駆け戻る。
最初に落ちていった穴の跡に光の筋を見出すと、小さくその口元が緩んだ。
勢いのまま高く跳躍し、崩れた瓦礫に足をかけ再度連続でジャンプしていき、地上へと舞い戻るレオナ。
だが、彼女の後方にはモンスターの群れが近づいて来ており、十秒もしない内に穴の下から這い出てくる事だろう。
「あんたらはそっち、アタシはこっち。住む場所が違うんだから諦めてね」
『今です』
だがそれを許すつもりはレオナになかった。
その手に握られているのは、ピンの外れた二つ目の手榴弾。
正確なカウントダウンが視界に映し出されると、彼女は躊躇うことなく穴の中へと放り込んでいった。
そして終わりを見届ける事無く、傍らの愛車へと飛び乗っていく。
直後、響く爆音と衝撃波。
崩れかけていた地の底への入り口はその揺らぎに誘われ、大きな瓦礫となって崩れ落ちてはその口を閉じていった。
轟音が遠ざかるのを聞きながら振り返ると、ぐんたいラットが追ってきていないのを確認していくレオナ。
だが念には念を入れてか、アクセルワークには躊躇いはなかった。
「……流石に追い掛けてこないかな?」
『敵影確認できず。戦闘の終了を申告します』
「オッケー、さっさと帰って休もうか。お腹すいたし、シャワー浴びたい。早くベッドで寝たい!」
欲望の叫びを上げると、レオナのバイクがそのスロットルを一気に上げていく。
後に残るのは崩壊した廃ビルの残骸のみ。
太陽が照らす荒野には、砂埃だけが吹き上げられていた。