けたたましい雄鶏の鳴き声で目が覚める。
「ふぁ……これが鶏の声で目が覚めるという事なんですね」
隣で一糸まとわぬ姿で眠っていたリーナも起きたらしい。寝ぼけた様子ですり寄ってきて、ややあって目を見開いて飛びのいた。
「お、おはようございます」
「おはよう。朝弱いのか?」
「……ま、まあ」
毎日肌を重ねていて今さらと思うが、別に恋人というわけでもないので当然の距離感である。俺はぐっと背伸びをして身を起こした。
「悪いが今日は代わりに畑の世話をしてくれ。俺は一人で森に行く」
「魔物探しですか? 一人で大丈夫ですか?」
「おかげで魔力がついて来ているし、たまに魔術も教わっているからな。たまには試してみたい。それよりリーナが一人だが……そっちも大丈夫そうだな」
「ええ、なにせ私も魔術師ですから」
「頼もしい限りだ」
ひと月ほど魔力を吸っているにもかかわらず、リーナには全く追いつけていない。ヒロの知識曰く、淫魔である俺は吸った魔力を自分のものとして十全に使えるようになるまで時間がかかるとのことだが、気の長い話だとため息が出た。
「『火よ』」
俺が呪文を唱えると同時に、魔術が発動して目の前の魔物を焼いた。目の前にいるのはゴブリンと呼ばれる小さな人間型の魔物で、元は妖精族だったと言われている小鬼だ。確かにこいつらのサイズでリーナのような見た目なら妖精と呼んで差し支えないだろうが。
「顔がこれじゃあな」
つぶれた豚のような見た目はどうにも恐ろしい。とはいえゴブリンというのは繁殖力も高く、おまけに適度に弱く、駆け出し冒険者の格好の獲物だ。ダンジョンの序盤を任せるには丁度いいと思う。
「明かり……明かりだよなあ。天井はぶち抜けんし……ん?」
考え事をしていると、視界の端で光るものが動いた気がして顔をあげた。
視線の先には、背中が苔むした、カビの塊のようなものが動いている。
「ボアか」
それは猪型の魔物で、対処を間違えれば容赦なく冒険者を突き殺す魔物だった。しかし本当に毛が苔むしており、川辺の岩のようなありさまだ。
そして何より、その苔が光っている。
「……あれを利用すれば光源になるんじゃないか? それに、洞窟でボアというのもスリリングでいいな」
流石に今からボアを捕獲して地下に持ち込むのは難しいので、俺は苔を手に入れるべくボアを尾行することにした。
幸いボアはこちらに気づくことなく、自分の巣穴に戻っているらしかった。
数分尾行すれば、ボアは巣穴らしきところにたどり着く。
それは大岩がもたれ掛かるようにできた天然の洞穴だった。その少し奥で光る苔が群生しているらしく、穴の外からでもぼんやり光って見えるほどだ。
「……こんなところがあったのかよ。最初からこっちに作ればよかった。いや、お宝を運ぶのも難しいから儲け話に繋げづらい。そしたらニックも隠し事をする罪悪感があったろうし……そうだ」
俺は一案を思いついたので、ボアが奥に潜むのを待って苔を採取して帰った。
まずは自分のダンジョンを明るくしたい。
「──天然の洞穴に繋げる?」
「ああ、俺の魔力を吸った蔓が伸びればここら一帯を俺の領地にすることができると思う」
家に帰ってリーナに相談すれば、手拭いで汗をぬぐいながらリーナは思案してくれた。
優しい。
「まずはあの洞穴の奥にダンジョンがあったと発見させて、次第に水路の奥にまで続いていることが明らかになる。そしてその地下にあるということになれば、偶然見つかった古代のダンジョンという風にできないかと思ったんだ」
「少年のような物言いをしますねオロさんは……ですが街の地下にしかないよりも良いかもしれません。少なくとも突然生まれたというより、見つかっていなかったダンジョンが広がってきた、と理解されて混乱が大きくなり過ぎないように思います」
「そうか……!」
「しかし貴方、本当に楽しそうにダンジョンを作りますね」
「ああ……。魔族にとって、領地をもつことは心理的な安心感につながるから」
「そうなのですか?」
少し長くなりそうなので、俺は畑のそばに置いていた椅子に腰かける。リーナも最近買った新しい椅子に腰かけた。
「人は単に家を持つだけで安心して住処にするが、魔族は少し違う。魔族は自分の魔力で包まれなければ、本能的に気が立ってしまう。人よりも魔力に対する姿勢が厳しいんだ。
だから少しでも力を付ければ、自分の住まいを領域化する。高位魔族ともなれば国一つの規模になるわけだ」
「成程、人間の魔術で言うところの結界を張る所までが家づくりなのですね」
「ああ。淫魔はそのレベルの力もないので、ベッドの上などで簡易的な結界を張ることが多いが」
「へ……へえ~。もしかしてそれに特殊な効果があったり……?」
「いや、淫魔が安心できるからで、性交相手に効果はない」
「そ、そうですか」
いじけたように口を尖らせながら「だって」だの「でも」だの呟くリーナを傍らに、俺は蔓に計画を伝えた。
わざわざ畑の上にまで蔓を伸ばして「任せて下さいよ!」と言わんばかりに振られる蔓を見つつ、俺は光る苔をそのうち一本に握らせるのだった。