異変は、戦闘じゃなくて休み時間に起きた
教室の後ろで、友達がユリの包帯に気づいた。
「……それ、まだ取れてないの?」
普段、何気なくずっといる友達
ユリは一瞬だけ、言葉に詰まった
「うん。ちょっと、治りが遅くて」
その場にいた誰もが、同じことを考えた
――そんなはずはない。
キヴォトスでは、傷は長引かない
生徒たちは仕組みは理解出来てないが、なんとなくヘイローの加護で傷はつかないか、すぐ消えると信じている。
それが常識で、それが当たり前だった
「また撃たれたんでしょ?」
もう一人のが軽く言う
「なら平気じゃん。私なんて昨日三発だよ」
笑いを誘うつもりだった言葉は、宙に落ちた
ユリは決して笑わなかった
代わりに、包帯の上からそっと腕を押さえた
「……あはは…今回は、ちょっと違うんだよね…」
沈黙
それは、ゲヘナの教室に似合わない重さだった
「へぇ?なにが違うって?」
友達が一歩近づく
「どこが?」
彼女は視線を逸らした。
答えない、という選択をした
その選択が、事態を悪化させた
「ねぇ__なんかさ、隠してる?」
誰かが言った。きっとそこに悪意はなかったと思う
「ま、まさか__先生に言われて?」
「え?何それー」
ざわ……ざわ…
言葉が重なり、空気がざわつく。
私は教室の端からそれを見ていたが、口を挟めなかった
「ねえユリ」
一人の声が、少しだけ強くなる
「私たち、同じでしょ?」
その同じという言葉が、刃だった
「一緒に撃たれてさ、一緒に笑ってさ、一緒に規則違反者を取り締まって…平気で――」
「平気じゃない」
ユリの声は、小さかった。
でも、確かに響いた
全員が黙る
「私、あの日……血が止まらなかった」
誰かが、息を呑む音を立てた
「じ、冗談でしょ?」
誰かが笑おうとする
「だって、そんなの――」
「本当だよ」
ユリは、包帯を少しだけずらした。
完全に治りきっていない傷跡が、そこにあった
教室内の時間が、止まった
「……え?」
「そ、それさ__ま、まだなの!?」
「嘘、でしょ……っ」
声が震える。
恐怖なのか、戸惑いなのか、誰にも分からなかった
「ユリ、それって……」
友達の言葉が、最後まで続かなかった
「__ねぇ、死ぬかもしれない、って言われた?」
誰かが、言ってしまった
禁句と同類の事を
ユリは首を横に振った
「言われてない。でも……」
“言われていない”ことが、逆に真実味を増した
教室の空気が、ゆっくりと変わる
さっきまでの距離が、少しだけ開く
「じ、じゃあさ……っ!」
誰かが、無意識に後ずさる。
「次の演習、ユリは出ない方がよくない?」
正しい判断だった
だからこそ、残酷だった
「ねぇ、危ないしさ__」
「そうだよっ!もし何かあったら……」
その何かを、誰も口にしなかった
ユリは、うなずいた。
拒否しなかった
「うん。そうだね」
それが、一番つらかった
昼休み、ユリの席の周りだけ、少し空いていた。
誰も彼女を嫌っていない。
ただ、どう接していいか分からなくなっただけだ
私は、その光景を見ていた
「………っ………いてて…」
放課後、ユリは校舎の裏にいた。
一人で、包帯を巻き直している
「___あ、先生」
気配に気づいて、顔を上げる
「みんな、優しいよ」
私は何も言えなかった
「でもね」
ユリは、かすかに笑った。
「優しいまま、離れていくんだ」
夕焼けが、校舎の影を長く伸ばしていた
__決して、友情は壊れていない。
ただ、“同じ”ではなくなっただけだ
それが、彼女にとってこの世界で一番、耐えがたい違いだった