とても晴れていた日だった
境界線は相変わらず曖昧で、地図上では引かれている
だが現場では、少しの瓦礫と草と銃痕があるだけ
夜明け前。空が一番不安定な色をしていた
「止まれ!ゲヘナ風紀委員会だ!」
「トリニティの侵入を確認、それ以上近づくな!」
声が重なる。重なった時点で、話し合いは成立しない
ユリは珍しく、風紀委員会の最後尾にいた
銃を構え、周囲を見ていた
違和感はその時点でもうあった
いつもより距離が近すぎる
いつもより人数が多すぎる
いつもより声が荒すぎる
どちらの陰謀か、はたまたただの偶然か
「下がれこのくそ鳥カス!」
「そっちが下がれ!」
「はぁ!?お前らが最初に境界越えたんだろうが!」
「ふんっ、言わせておけば!」
怒号、怒号、怒号
誰も話し合いをしようとなんかしない
相手に負けないように、己のプライドを示すために。ただ相手を罵倒し合っている
パァンッ!
瞬間、誰かが撃った
理由は恐怖、焦り、反射。どれかは分からない
銃声が連なり、今まさにトリニティとゲヘナの境界線は消えた
ユリは胸部に被弾した
正確に、右の肺を貫いた
伝わる衝撃
広がる熱
落ちる地面
いつもなら
ここで終わる
痛くて
息が詰まって
立ち上がる
でも、血が止まらない
「……あっ」
声が漏れた
助からない
「ユリ!」
イオリが駆け寄る
膝をつき、手を伸ばし
「大丈夫だ_治る!…っチナツ!!!急いで来て!」
「は、はい!」
その言葉は反射だった
ユリは分かっていた
治らない
血が多すぎる
胸から溢れ出てくる血が、止まらない。身体が冷える。視界が狭まる
「くそっ撃つな!止めろ!」
「まだ動いてるぞ!」
「なんで血が……」
トリニティ側の生徒が
初めて異変に気づく
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「おかしくない?」
「だって普通……」
「止まるはずですよね_」
声が下がる
怒号が疑問に変わる
トリニティの誰かが、地面に伏せたユリを見る
キチンとした制服
赤い血
止血が追いつかない
「……待って」
トリニティ側の生徒が
一歩近づく
「この子……」
言葉が続かない
「まさか……」
風紀委員会の仲間が
叫ぶ
「近づくな!」
「っ!?」
「撃ったのはそっちだ!」
「違う! 私は……!」
「こんのっ__くそ鳥カス共がぁっ!」
言い争いの最中、ユリの呼吸が乱れる
「やだ」
小さな声
イオリが、ユリを抱き起こす
「__っ、ユリっ!」
腕の中
温かい
震えている
「ユリ!まだ早いっ!ユリっ!」
「大丈夫、先生が……」
「やだ……」
声が急に大きくなる
「やだやだやだ!」
泣き声が、戦場に響く
両者は依然として、何も出来ないでいる
「__死にたくない!!」
「っ!」
「__っ」
全員が、動きを止める
銃が下がる
声が消える
「こわい!!」
ユリは仲間の服を掴む
「いやだ! まだ! まだなの!」
涙が溢れる
言葉が壊れる
「なんで私なの!!」
答えはない
「みんなと一緒にいたかった!!」
腕の中で、身体が震える
「戦うのも! 笑うのも! 一緒だったのに!!」
トリニティ側の誰かが、顔を歪める
「……違う」
呟き
「私たち……」
声が震える
「_嘘でしょ……」
その言葉で
空気が崩れる
「そんな……」
「いつもと同じだと思って……」
失態
慣れ
油断
それがたった今、一人分の死になる
「やだ……」
ユリの声が細くなる
「一人にしないで……」
抱いているイオリが、必死に首を振る
「一人じゃない!」
「ここにいる!」
「いるから!」
ユリは、泣きながら笑おうとする
「……ねえ」
_息が
__続かない
「私……ちゃんと……」
言葉が途切れる
「生きて……た……?」
「生きてた!」
「生きてたよ!」
それが
最期に届いた言葉だった
ユリの身体から
力が抜ける
泣き声が止まる
呼吸が
一つ
遅れて
消える
「……ユリ?」
呼びかけ
返事はない
腕の中で
その子は死んだ
境界線の上
ゲヘナとトリニティの間
誰の銃か
誰の判断か
__それは、もうどうでもよかった
ただ
その場にいた全員が理解した
この世界で、本当に取り返しがつかないものが確かに存在することを
__そして
それを今、失ったことを
「……私たち__っこ、殺した?」
誰も答えない
答えは地面に横たわっている
境界線に銃声はもうない
あるのは、遅すぎた理解と
冷え始めた身体だけ
ユリは友達の腕の中で最期まで泣いて
最後まで
生きたかった
それだけだった