ユリが死んだという事実は最初、誰にも正確には伝わらなかった
戦場ではいつもそうだ
負傷
意識不明
搬送中
そういう言葉が、曖昧に行き交う
「____委員長」
イオリは何も言わなかった
血の付いた手袋を外さず。ただ、医療室の前で立ち尽くしていた
ヒナが来たのは、その少し後だった
状況報告
配置
損耗率
いつも通りのはずの確認
__でも、最後にイオリが一言だけ言った
「……ユリが、戻らなくなった………」
「……………_____」
ヒナはその場で言葉を失った
怒鳴らなかった。否定もしなかった
ただ
目を伏せた
それが何を意味するかを、理解してしまったから
ゲヘナ学園は、風紀委員会は、生徒を失うことに慣れていない
撃たれても立ち上がる
笑って戻ってくる
それが当たり前だった
でも
ユリは戻らなかった
次の日、風紀委員会の詰所には一つだけ、空いた席があった
誰も触れなかった。誰も名前を呼ばなかった
呼べば、そこにいないことがはっきりしてしまうから
トリニティ側もすぐに異変に気づいた
小競り合いの報告書に死者の欄が増えた
今まで、弾薬の消費量や負傷者数の欄はあったが、死者の欄は初めてだ
訂正はなかった
それは事故では済まされない数字だった
ゲヘナとトリニティの間にあった暗黙の了解
撃ち合っても壊しすぎない___越えない線
その線が、静かに消えた
誰が引き金を引いたかはもはや重要じゃなかった
重要だったのは、引き金の先に死があったこと
ユリという名前は公式記録から、徐々に消えていった
例外
不可抗力
戦闘行為
そういう言葉に置き換えられていく
___でも
生徒たちは忘れなかった
廊下で
購買で
演習の合間で
「ユリなら、どう言ったかな」
その一言が何度も出た
__そのたびに、空気が、少しだけ冷えた
トリニティ側でも同じだった
ユリと話したことのある生徒ほど笑わなくなった
ゲヘナの名前を聞くと拳を握った
怒りではない
悲しみでもない
納得できないという感情
それが静かに積もっていった
そしてある日、ゲヘナ学園から正式な通達が出た
交戦規定の全面改定
それを見た瞬間、トリニティも理解した
もう戻らない
話し合いではない。牽制でもない
次に撃たれる銃弾は「倒すため」のものになる
ヒナは、一人で書類を閉じた。机の端にはユリがよく置いていた小さなメモ用紙が残っている
境界の巡回
『少し気になる』
それだけの言葉ヒナは、それをそっと畳んで内ポケットに入れた
その夜
ゲヘナとトリニティの境界線で銃声が鳴った
今までよりはっきりとした迷いのない音だった
――それが全面戦争の始まりだった
誰かの正義でも
誰かの野心でもない
一人の生徒が帰らなかった世界が選んだ結末
それだけだった
トリニティ総合学園並びにゲヘナ学園が外交を拒否