軌道研究会の輸送記録   作:IT.exe

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第1章 第01話 気づいたら、ここは“ブルアカ前”のゲヘナでした(中1)

 放課後のチャイムが鳴り終わる。

 

「本日の授業は以上です。諸君、宿題の提出期限は忘れないように」

 

 教卓の前で、担任――銀色のボディに人型のシルエットをしたロボット教員が、機械的に滑らかな声でそう告げた。

 表情は簡素なアイコンだけど、声色だけやけに優しい。

 

「明日の小テストの範囲は、教科書六〇ページから七五ページ。爆発や銃撃で教室が消失した場合は、校内ネットワークから再配布します」

 

 やっぱりサラッと物騒なことを言う。

 

 入学したての頃は、それだけでちょっと笑いそうになったけど、ゲヘナ中学一年三組として数ヶ月過ごした今では、もうだいぶ聞き慣れてきた。

 

「それでは解散。ごきげんよう、ゲヘナ中学一年三組」

 

 教員ユニットが教室を出ていくと同時に、空気が一気に緩む。

 

 銃を分解し始めるやつ。

 スマホを取り出してゲームを起動するやつ。

 窓際でしゃべりながら、「今度どこ爆破する?」なんて物騒な相談をしているやつ。

 

 ――うん、入学してから毎日のように見てきた、「いつものゲヘナ中学」だ。

 

 私は配られたプリントをクリアファイルに突っ込んで、椅子にもたれかかった。

 

 ここがゲヘナ学園の中学部で、自分が新入生で、しかも男子という大変レアな生徒だってことは、もう嫌というほど理解している。

 

 入学式の日からずっと、クラスメイトの視線はやたらとこっちに集まっていたし、

 「男子って本当にいるんだ〜」とか、「珍し〜」とか、「撃ったら怒られるかな?」とか、好き勝手言われてきた。

 

(ロボット教員も、最初はびっくりしたんだけどな)

 

 人間の先生もいなくはないけど、日常的に授業してくれるのは、こういう教育用ユニットがメインだ。

 出席も小テストも、ぜんぶ自動。

 教室が爆発で吹き飛んでも、翌日には新しい教室が割り当てられて、普通に授業再開――という、なかなかに頭のおかしい運用が、**こっちでの「普通」**になっている。

 

 窓の外に目をやると、傾きかけた夕日がゲヘナ自治区のビル群を赤く染めていた。

 

 遠くの高層ビルの側面には、巨大な広告が光っている。

 

 「ハイランダー鉄道学園 新線開業」

 

 これも、こっちの世界に来てから何度も見た光景だ。

 ゲヘナの生徒でも、ハイランダーの新線開業くらいはニュースで流れてくる。

 朝のニュース番組では、連邦生徒会長がどこそこの式典で演説した映像がよく流れているし、「相変わらず若いのに立派ですね〜」なんてコメンテーターが呑気なことを言っていた。

 

 その全部が、「ゲヘナに入学してから今まで」の記憶として、すでに自分の中にある。

 

 ――だからこそ、その瞬間の違和感は、余計におかしかった。

 

 夕日を受けて輝く、教室内のヘイローたち。

 壁に掲げられたゲヘナ学園の紋章。

 窓の外の、ハイランダーの広告。

 

 それら全部を、一枚の絵として捉えた瞬間――

 

(……あ)

 

 頭の奥で、何かがカチッと噛み合った。

 

(これ、完全にブルーアーカイブの世界じゃないか)

 

 自分で自分の心の声にツッコミを入れる余裕もなく、

 次の瞬間には、視界がぐにゃりと歪んでいた。

 

 机の木目。

 プリントの白。

斜めから差し込む夕日。

 

 それらが一度、全部まとめて溶けて――代わりに、まったく別の光景が雪崩みたいに押し寄せてくる。

 

 安っぽい蛍光灯の明かり。

 PCの冷却ファンの音。

 深夜のオフィスビルの、妙に乾いた空気。

 

 モニタに映る、崩れた帳票レイアウト。

 「すみません、この伝票、明日の朝までに印刷できるようにしてもらえます?」って、どこかで聞いたことのあるような、でも確かに自分が前に相手していた顧客の声。

 

(……前の、人生?)

 

 言葉にした瞬間、ぞわりと背中が冷えた。

 

 大学院の研究室。

 ネットワークだの分散システムだのをこねくり回していた日々。

 そこから流れるように入った、基幹業務システムSEとしての職場。

 受発注、在庫、会計、ワークフロー。

 深夜のリリース作業。

 直らない帳票のズレ。

 自販機の缶コーヒーでごまかした眠気。

 

 その全部が、「あっち側の私」として、ひどく鮮明だ。

 

 同時に、こっちの記憶――

 

 ゲヘナ中学の入学式。

 ロボット教員の初授業。

 女子だけのクラスに男子が一人放り込まれたときの、教室のざわめき。

 最初の爆発。最初の避難訓練。

 「ゲヘナってこういうとこなんだな」と生暖かく諦めかけた数ヶ月間。

 

 それらも、同じくらいの解像度で頭の中に並んでいる。

 

 どっちかが夢って感じでもない。

 どっちも、自分がちゃんと生きてきた人生だ。

 

(ってことは、つまり)

 

 私は、心の中でゆっくり確認する。

 

(前の世界で、一回普通に社会人として生きてて。

 そのあと何かで死んだか、意識を失ったかして。

 今は、このキヴォトスでゲヘナ中学一年生やってる……ってことになるのか)

 

 あらためて言葉にすると、かなりどうかしている。

 でも、前世の記憶と、今までの中学生活の記憶が互いに矛盾していない以上、そうとしか考えようがない。

 

 前の世界で、私は**『ブルーアーカイブ』ってゲームとアニメ**を知っていた。

 

 キヴォトスという学園都市。

 各学園がお互いに小さな国家みたいに存在している、あの独特な設定。

 ゲヘナ学園、トリニティ、ミレニアム、アビドス。

 連邦生徒会――General Student Council。

 そして、その会長の失踪事件から始まる物語。

 

 プレイヤー=先生(Sensei)が、あちこちの学園を飛び回って問題を解決していくゲーム。

 銃撃戦と爆発が、日常の延長に普通にある世界。

 

 その“作品として知っていた世界”と――

 

 今、自分がいるこのゲヘナ中学一年三組の景色が、ほぼピッタリ重なっている。

 

 ヘイロー。

 ロボット教員。

 問題児クラブ予備軍みたいなクラスメイトたち。

 「自由とカオス」を掲げる、ゲヘナ学園という看板。

 

 違いも、ちゃんと見えてくる。

 

(まず、連邦生徒会長がまだ普通にニュースに出てる)

 

 今朝も、寮の共同食堂でニュースを見ながらパンをかじっていた。

 

 サンクトムタワーの前で、連邦生徒会長が新しい方針だか予算案だかを発表している映像。

 解説役が、「キヴォトスの安定は、やはり連邦生徒会あってこそですね」なんて話していた。

 少なくとも、行方不明になった様子は一切ない。

 

 ゲームやアニメのほうでは、物語が始まる頃には「連邦生徒会長は既に失踪済み」で、それがキヴォトス全体の混乱の原因になっているはずだ。

 

(ってことは、今は“本編開始前”のキヴォトス、ってことになるのか)

 

 それからもう一つ。

 

(ゲヘナに、中学部なんて出てこなかったよな)

 

 前世で見ていた範囲では、「ゲヘナ学園=高校生たちが暴れている学園」って印象だった。

 中学部の話なんて、少なくともメインの画面には出てこなかった。

 

 でも実際には、こうしてゲヘナ中学がある。

 

 制服も、高校部のものより少し落ち着いたデザインだし、クラスメイトもまだ背が低くて、爆発の仕方もどこか子供っぽい(それはそれで問題だけど)。

 

 そして何より――

 

 私は視線を自分の制服に落とした。

 

 紺のブレザー。

 ゲヘナの校章。

 ネクタイ。

 自分の手の大きさ、肩幅、骨格。

 

 どう見ても、男だ。

 

 こっちの記憶でも、男子がほとんどいない世界だな、という自覚はあった。

 入学説明で「男子生徒は非常に珍しいため、取り扱いには注意してください」なんてロボット教員に言われたときは、思わず笑いそうになったくらいだ。

 

 クラスメイトの女子たちが、いまだにちらちらとこっちを見てくるのも、もう慣れてはきた。

 

 だが、前世の記憶と組み合わせると、その「珍しさ」の意味が変わる。

 

(ゲームだと、生徒はみんな女の子で、男っぽいのは先生くらい……だったはずだよな)

 

 男の生徒なんて、出てきた覚えがない。

 アニメでも同じだ。画面に映るのは、女の子と先生だけ。

 

 それなのに今、自分はゲヘナ中学一年生の男子として、わりと普通に存在している。

 

(これ、もう“原作ルート”から外れてるって見ていいよな)

 

 共通点は多い。

 でも、ズレも多い。

 

 連邦生徒会長はまだ健在。

 ゲヘナ中学部が存在していて、自分はそこに在籍。

 教員の多くはロボットで、しかも普通に頼りになる。

 教室には男子が一人混じっている。

 

 「完全にゲームと同じ世界」じゃなくて、「ブルアカの設定をベースにした別ルート」みたいなものだろう。

 

 ――そしてその中に、前世持ちの男子中学生が一人。

 

(いや、設定盛りすぎだろ)

 

 心の中で自分にツッコミを入れかけたところで、別の感情が顔を出した。

 

(……怖いな、これ)

 

 前世の知識があるせいで、「これから起きるはずのこと」をなんとなく知ってしまっている。

 

 連邦生徒会長の失踪。

 どこかの砂漠で起こる企業と学園の揉め事。

 空に浮かぶ変なものとか、その先の大ごととか。

 

 でも、それがこの世界でも同じ形で起きるかどうかは分からない。

 タイミングも、規模も、関わるメンバーも、もしかしたら全部違うかもしれない。

 

 それなのに、「知っているつもり」で首を突っ込めば、十中八九ロクなことにならない。

 

 前の仕事だってそうだった。

 

 想定した通りに動くテスト環境と、

 想定外の使い方を平然としてくる本番環境。

 

 同じシステムでも、使い方ひとつで全然違う挙動をする。

 人間が絡めば、なおさらだ。

 

(それを、世界単位でやらかすとか、笑えないにも程があるよな)

 

 椅子の背もたれに体重を預けて、天井を見上げる。

 

 白い天井板。

 ところどころに残る焦げ跡。

 たぶん、過去に誰かが何かを盛大に爆発させた痕だ。

 

 ここは、そういう世界だ。

 前から知っていたし、入学してからもずっと実感している。

 

(だから――)

 

 私は、改めて心の中で線を引く。

 

(連邦生徒会長の失踪とか、世界の危機とか、その辺には手を出さない)

 

 それは、明確に自分の守備範囲外だ。

 

 こっちはただのゲヘナ中学一年生。

 銃を構えることはできても、国家レベルの政治に口を出す立場じゃない。

 

 前世から持ち込んだ知識も、どこまでが現実と一致していて、どこからがズレているか分からない。

 そんな半端な地図を頼りに突っ走れば、自分も周りも巻き込むだけだ。

 

(もし何かやるとしても――)

 

 そこで一度、言葉を切る。

 

(もっとローカルで、もっと地味なところだ)

 

 ゲヘナ中学の教室。

 寮。

 校舎と、その周辺の自治区。

 

 せいぜい、「壊れた建物をどう修理するか」とか、

 「爆発に巻き込まれたときに、どうやって怪我人を最小限に抑えるか」とか。

 

 前の世界で、自分が相手にしていたのは、そういう「生活の裏側」の部分だった。

 基幹系システムも、ネットワークも、派手さはないけど、ないと困るやつだ。

 

 こっちでも何かやるなら、その方向に絞ったほうがいい。

 

 ただ、それだって今すぐ動き出す必要はない。

 

(まずは、情報集め)

 

 連邦生徒会のニュース。

 ハイランダーの路線。

 他校の名前や噂。

 ゲヘナ中学と高校部の関係。

 この世界で実際に何が起きていて、何がまだ起きていないのか。

 

 入学してから「なんとなく」見ていたものを、今度はちゃんと意識して集め直す。

 

 それからだ。

 それから、もし「これなら歴史の大筋には触れずに済む」「ただの効率化です」と言い切れる範囲が見つかったとき、そのときに初めて、本気で動くかどうかを考えればいい。

 

 ――今のところの結論は、すごくシンプルだ。

 

 私はゆっくりと椅子から立ち上がりながら、息を一つ吐いた。

 

> 「しばらくは、大人しくしておこう」

 

 

 

 小さく口に出してみると、意外なほどしっくりくる言葉だった。

 

 授業を受けて、テストをこなして、

 ロボット教員の言うことをそこそこ聞いて、

 爆発が起きたら、できるだけ巻き込まれないように逃げる。

 

 ゲヘナ中学一年生として、まずはそのレベルから始めるのが妥当だろう。

 

 ――まあ、ゲヘナで「大人しくしておく」がどこまで通用するかは、正直かなり怪しいけど。

 

 自分で自分にそんなツッコミを入れたところで、廊下のほうからドン、と鈍い爆発音が響いた。

 

「うわ、まただ!」「だから導火線の長さちゃんと測れって言ったでしょー!」

 

 悲鳴と怒鳴り声と笑い声が混ざる中、私はカバンを肩にかける。

 

 今日は真っ直ぐ寮に戻って、ノートか何かに今の状況を書き出してみよう。

 前世のブルアカの知識と、こっちの現実のズレを、できるだけ冷静に並べてみる。

 

 ――こうして、「ゲヘナ中学一年生・長井悠真」の、

 ちょっとだけおかしな日常は、本格的に転がり始めた。




はじめまして。いつか小説書いてみたいけど文章力ないんだよなぁと思い幾年月。
生成AI使えば結構まともっぽい文章が書けるのでやってみようという感じで始めてみました。書き溜めたのをなるべく文体合わせてから投稿していけたらなと。。
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