軌道研究会の輸送記録   作:IT.exe

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第1章 第02話 ゲヘナの日常と、こっそり育つシステム

 ゲヘナに「普通の一日」なんてものがあるとしたら、それはたぶん――

 

 朝の爆発が一桁回で済んだ日、くらいだと思う。

 

「廊下は走らないでください。あと、爆発物の点火テストは校庭でお願いします」

 

 ホームルームの最中、ロボット教員がいつもの調子で注意を飛ばす。

 

「はーい」「はーいって言いながらやめる気ないでしょ」「ないでーす」

 

 クラスメイトたちは、悪びれもなく笑っている。

 机の下で、誰かがこっそり手榴弾の安全ピンをいじっているのが見えたけど、そこに突っ込むほどの勇気はまだない。

 

(……うん、ゲヘナ中学一年三組、今日も平常運転だな)

 

 入学から数ヶ月。

 それなりにカオスには慣れてきたし、「爆発音の種類で危険度を判別する」スキルも身についてきた。

 

 ドン、とかゴン、くらいなら割とセーフ。

 キィン、とかバキィン、みたいな嫌な高音が混ざったら、とりあえず机の下に潜るか廊下に出る。

 耳に焼き付くような轟音と、同時に天井がきしんだら――それはもうダッシュ一択だ。

 

(問題は、そういう情報が事前には一切共有されないことなんだよな)

 

 それが、最近になってじわじわ気になり始めたポイントだった。

 

 

---

 

 きっかけは、ある日の昼休みだ。

 

「今日、購買やってなかったよな」「あー、あれね。地下の配電盤が爆発して、しばらく閉鎖だってさ」

 

 そんな会話を耳にしながら、私は自販機のサンドイッチにかじりついていた。

 

(配電盤爆発って、割と重要インシデントじゃない?)

 

 購買が止まる、ということは、食べ物の供給が減るということだ。

 ゲヘナの生徒の多くにとって、それは「暴動の可能性が一段階上がる」という意味でもある。

 

 しかも、その情報が伝わる経路は、

 

偶然その場にいた生徒の噂

 

ロボット教員の「ついでのアナウンス」(あればマシなほう)

 

 

 くらいだ。

 

(これ、もうちょっとどうにかならないかな)

 

 私の前世は、基幹システムSEだった。

 会社の受発注から在庫、会計、帳票出力までをまとめる、いわゆる「裏方の塊」みたいな仕事だ。

 

 そこで散々見てきたのは、「情報が見えていないせいで起きる無駄」だった。

 

 ダブルブッキング。

 在庫切れ。

 納期勘違い。

 誰も読んでない帳票。

 

 あの頃のストレスが、ゲヘナの日常を眺めていると、なんとなく蘇ってくる。

 

(購買だって、配電盤爆発だって、別に“仕方ない”で済ませる必要はないよな)

 

 何がどこでどのくらい壊れているのか。

 どこが通行止めで、どこがまだ動いているのか。

 どの時間にどれくらい人が集中するのか。

 

 そういうものがざっくり見えているだけでも、動き方はだいぶ変わるはずだ。

 

 ――気づけば、私の片手はポケットの端末に伸びていた。

 

 

---

 

「……とりあえず、メモアプリからだな」

 

 その日の放課後、寮の自室。

 机の上に端末を立てて、軽く仕様をメモしていく。

 

 名前はまだ適当でいい。

 とりあえず「ゲヘナ中学・爆発ログ」とか、そんな感じだ。

 

発生場所(棟・フロア・教室番号)

 

発生時間

 

種別(爆発/銃撃/ガス漏れ/その他)

 

影響(通行止め/停電/授業中断/購買停止 など)

 

 

 最低限このくらい記録できれば、あとから検索もできるし、簡単な統計も出せる。

 

(まあ、最初は自分用のメモ帳ってことで)

 

 UIなんて適当で構わない。

 フォーム一枚と一覧画面さえあれば、私一人で使う分には十分だ。

 

 カタカタとキーを叩きながら、前の世界で散々書き散らしたコードの感覚が、少しずつ指に戻ってくる。

 

 イベントハンドラ。

 DBのスキーマ設計。

 フィルタリングとソート。

 ついでに、簡単な集計用のビューも仕込んでおく。

 

(……楽しいな、やっぱり)

 

 ため息というより、軽く笑いが漏れる。

 

 ゲヘナの中学一年生としては、部活で暴れたり、どこかのクラブに入って何かを爆発させているほうが「らしい」のかもしれない。

 

 でも、私にとっては、こうやって端末の前でカタカタやっているこの時間も、十分に「らしい」。

 

(どうせなら、前世のスキルは前世のスキルとして、存分に使ってやればいいよな)

 

 もちろん、公開するかどうかは別問題だけど。

 

 

---

 

 最初の数週間は、本当に自分用だけのログだった。

 

 授業中にドン、と音がしたら、その場にいながら位置情報だけメモする。

 昼休みに購買が閉まっていたら、「購買・配電盤/停電」のフラグを立てる。

 地下通路が封鎖されていたら、その区間を通行止めとしてマークする。

 

 それだけでも、数が溜まってくると見えてくるものがあった。

 

(この棟、週一ペースで爆発してるな……)

 

 とか。

 

(この時間帯に購買が止まると、寮の食堂が妙に混むんだよな)

 

 とか。

 

 そういう小さな傾向が、ぽつぽつと見えてくる。

 

 ある日、それを眺めていて、ふと思いついた。

 

(これ、爆発だけじゃなくて、授業とか行事も一緒に管理できたら便利じゃないか?)

 

 次のテスト範囲。

 提出物の締め切り。

 部活の時間帯。

 それから、ニュースで見たハイランダーのダイヤとか。

 

 こっちの世界にも、もちろんカレンダーアプリやTODOアプリはある。

 でも、ゲヘナ生徒の生活に最適化されているかというと――正直微妙だ。

 

(普通の中学生向けのスケジュールアプリに、“爆発による中断”なんて概念はないしな)

 

 そういうのを全部ひっくるめて、「一個の画面で見られるやつ」が欲しい。

 

 たぶんそれは、私だけじゃなくて、他の誰かにとっても便利なはずだ。

 

(よし、じゃあ――)

 

 私は新しいプロジェクトフォルダを作って、名前を打ち込む。

 

> 「ゲヘナ中学・運行&予定管理」

 

 

 

 運行、という言葉を使ったのは、半分は鉄道オタクとしての趣味だ。

 授業もテストも部活も爆発も、「全部スケジュールとリソースの運行管理」と考えれば、割と見通しがよくなる。

 

 前世の仕事で、嫌というほど見た「受発注〜在庫〜会計〜帳票」の流れも、突き詰めれば同じような構造だ。

 

 何かをどこからどこへ、いつ、どれくらい動かすか。

 そのために、誰が何をするか。

 

(だったら、学校生活も一本の「運行ダイヤ」として扱えばいい)

 

 そう考えた瞬間、画面の向こうに見える世界が、少しだけ整って見えた。

 

 

---

 

「ねえ、それ何作ってるの?」

 

 数日後。

 放課後の教室で端末をいじっていたら、クラスメイトの一人に声をかけられた。

 

 髪をポニーテールにまとめた子が、私の机を覗き込んでいる。

 

「ん? スケジュール管理みたいなやつ。自分用」

 

「ふーん。なんか難しそう」

 

「見た目はただのカレンダーだよ。爆発とか通行止めもメモれるだけで」

 

「爆発も? 便利じゃんそれ」

 

 即答された。

 

 あまりに即答だったので、思わず苦笑が漏れる。

 

「そんなに?」

 

「そんなに。昨日とか、購買が停電で閉まってたの知らなくてさー。

 お昼抜きで午後の授業とか、マジで地獄だったからね?」

 

 言われてみれば、その日のログには「購買/停電」のフラグが立っている。

 

(やっぱり、困ってるのは私だけじゃないのか)

 

 ほんの少しだけ、画面の中身を見せてみる。

 

今日の授業。

 

宿題。

 

テスト。

 

それから、「通行止めエリア」と「停止中の施設」。

 

 

 それらを一覧できる画面。

 まだ見た目は仮で、アイコンもテキトーなものしか置いていないけれど、使おうと思えば使えるレベルにはなっている。

 

「うわ、ちゃんとしてる……」

 

 ポニーテールの子が、素直に感心した声を出した。

 

「こういうの、最初から学校で配ればいいのにね」

 

「まあ、そういうのは“誰が作って誰が責任取るか”で揉めるからね。

 自分用に作っといて、欲しがる人がいたら配るくらいがちょうどいいかな、って」

 

「へー。じゃあ、欲しいって言ったらもらえる?」

 

 そう来るか。

 

 私は少し考えてから、頷いた。

 

「バグっても怒らないなら」

 

「あはは、怒らない怒らない。爆発よりマシでしょ」

 

 この世界、比較対象がだいぶおかしいと思う。

 

 でも、こういうノリのほうが、ゲヘナには合ってるのかもしれない。

 

 

---

 

 それからの数ヶ月で、「悠真は変なアプリを作ってるらしい」という噂は、クラスの中だけでなく、別クラスにもじわじわ広がっていった。

 

「テストの範囲まとめてくれるやつでしょ?」「爆発ログの人だよね?」

 

 いつの間にか、よく分からない呼び名までついている。

 

 アプリ自体は、変に責任を負わないように、あくまで**「個人開発の同人ソフト」扱い**だ。

 

自己責任で使ってください

 

データが飛んでも泣かないでください

 

学校公式ではありません

 

 

 そういう注意書きを添えた上で、欲しいという生徒にだけ配る。

 

 それでも、使ってくれる人が増えれば増えるほど、ログの精度は上がっていく。

 

(あ、この子、爆発の場所記録するのうまいな……)

(この時間帯は、校舎Aの三階が本当に地獄みたいになってるな……)

 

 地図上にマッピングしてみると、通学ルートや昼休みの動線をちょっと変えるだけで危険度を下げられそうなポイントが、いくつも見えてきた。

 

(こういうの、いずれ誰かに見せるべきなんだろうな)

 

 風紀委員会とか、防災担当の部署とか。

 でも今はまだ、中一。

 情報の扱いを間違える自信がある。

 

(せめて、中二に上がるくらいまでは、自分で握っておこう)

 

 そう決めて、私はこっそりとシステムを育て続けた。

 

 

---

 

 そうしているうちに、学年末が近づいてきた。

 

 ゲヘナ中学にも、一応はテスト週間という概念がある。

 「爆発の頻度が減る週」と言ったほうが、正確かもしれないが。

 

「ここテスト出るぞー!」「そこ爆破しても点数上がんないから!」

 

 誰かのツッコミが飛ぶ中、私は端末の画面を眺めていた。

 

 テスト範囲は、既に全部アプリに入れてある。

 提出物の締め切りも、爆発ログも、寮の消灯時間も、全部ひとまとめにしてある。

 

(少なくとも、情報戦で負けることはないかな)

 

 中身をちゃんと覚えているかどうかは、また別の話だけど。

 

 それでも、「何をいつまでにやればいいか」が見えている状態は、前の世界でも、こっちの世界でも大事だ。

 

 結果として――

 

 学年末試験は、派手ではないがそこそこ良い点でまとめることができた。

 

「長井くん、成績は十分ですね。この調子で二年生でも頑張ってください」

 

 ロボット教員の言葉は、抑揚こそ控えめだけど、どこか誇らしげだった。

 

 成績表の数字を見ながら、私は小さく頷く。

 

(ひとまず、中二には上がれると)

 

 それは、この世界での「一年目の決算」が黒字で終わった、ということでもある。

 

 それと同時に、アプリのほうも、なんだかんだでそれなりの形になってきていた。

 

 爆発ログ。

 通行止め情報。

 テスト範囲や提出物。

 それから、ハイランダーとバスの時刻表。

 

 前世で触っていた基幹システムや運行管理の知識を、ほどよく薄めて詰め込んだ、「ゲヘナ中学生活ダッシュボード」とでも呼ぶべきものが、私の端末の中に鎮座している。

 

(公開するかどうかは、もうしばらく様子見だけど)

 

 少なくとも、自分と、クラスの一部にとっては、もう欠かせない道具になりつつあった。

 

 ――そうして迎えた、進級の日。

 

 掲示板に張り出された二年生のクラス分け表を、私は人混みの隙間から覗き込んだ。

 

「二年三組、二年三組……あった」

 

 そこには、確かに「長井悠真」の名前があった。

 

 周りでは、クラス替えに一喜一憂する声が飛び交っている。

 

「やった、同じクラスだ!」「え〜、離れちゃった〜」「あの子と一緒とか、今年は絶対騒がしくなるじゃん……」

 

 そんな声をBGMにしながら、私は端末をポケットにしまう。

 

(中二か……)

 

 一年前、ここに来たときには、「とりあえず大人しくしておこう」と自分に言い聞かせた。

 結果として、一年のあいだにやったことは、

 

ゲヘナの日常を観察して、

 

こっそり基幹システムの原型と、

 

運行情報アプリを作って、

 

一部の物好きなクラスメイトに配った

 

 

 くらいのものだ。

 

 世界の大事件には、一切関わっていない。

 連邦生徒会長は、相変わらずニュースに映っている。

 キヴォトスの大きな流れは、少なくとも私の手では動いていない。

 

(それでいい。今のところは、それで十分だよな)

 

 ポケットの中の端末が、ほんの少しだけ存在感を主張する。

 

 この一年で集めたログ。

 爆発と、通行止めと、購買の停止と、部活の暴走と、テストと宿題。

 それから、人の動き方のクセみたいなもの。

 

(正直、これをこの先どう使うかなんて、今は全然決めてない)

 

 ただ――

 

(集めてさえおけば、「あのとき何が起きてたか」を後から振り返ることはできる)

 

 何の役にも立たないかもしれない。

 単なる自己満足と、趣味の延長で終わるかもしれない。

 

 でも、前の世界で嫌というほど見てきた。

 

 **「何も記録してなかったせいで、何が悪かったのかすら分からない」**というパターンを。

 

(役に立たなかったら立たなかったで、「まぁ趣味だから」で済むしな)

 

 そんなふうに、半分は保険、半分は遊びのつもりで、私はログを取り続けている。

 

(とはいえ――)

 

 そこで、ほんの少しだけ胸の奥がざわつく。

 

(このままずっと“何もしない”でいるのも、たぶん性に合わないんだよな)

 

 何かを効率化したり、整えたり、仕組みに落とし込んだりするのは、やっぱり楽しい。

 ゲヘナのこの滅茶苦茶な日常だって、「ちゃんと見える形」にできたら面白いだろうな、とは思う。

 

 ただ同時に、

 

(やりすぎると、一気に“ただの中学生の遊び”じゃ済まなくなりそうで怖い)

 

 という感覚も、はっきりとある。

 

 風紀委員会だの、万魔殿だのが本気で絡んできたとき、

 中学一年(もうすぐ二年)の自分が、その相手をまともに捌けるとはとても思えない。

 

(だからまあ――二年目も、「ちょっとだけ」がいいところだな)

 

 やるとしても、ゲヘナ中学と、その周辺だけ。

 本人たちから見れば「便利なアプリ」か、「物好きなやつが作った謎システム」くらいの位置づけで収まる範囲。

 

 その中で、少しずつできることを試してみる。

 

 そのくらいが、今の自分にはちょうどいい。

 

 私は掲示板から離れながら、小さく息を吸い込んだ。

 

> 「さて。二年目は……まぁ、もうちょっとだけ、やってみますかね」

 

 

 

 大事件に関わるつもりは、まだない。

 この世界の「本筋」をどうこうするつもりも、今はまったくない。

 

 でも、自分の生活圏の中で、「もうちょっとだけ何かしてみたい」と思っているのも事実だ。

 

 その小さな欲と、小さな恐怖を両方抱えたまま、

 私は新しいクラスの教室へと歩き始めた。




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