逆襲のギュネイ   作:黄金鉄塊騎士

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第一章 五話

 

 

アクシズへの進軍を控えたネオ・ジオン旗艦レウルーラの居住ブロック。

 

 

父親との再会という最悪の儀式を終えたクェスの心は、深い泥の中に沈んでいるようだった。

 

自室のベッドで丸まっていた彼女の耳に、聞き慣れた、だが今の彼女にとって唯一「ノイズ」ではない声が響く。

 

「……クェス、入るぞ」

「勝手に開けないでよ。……ギュネイなんて、大嫌い」

 

 

返ってきたのは、いつもの強気な、けれど泣き出しそうな震えを隠しきれない声。

ギュネイは苦笑しながら、ドアを開けた。

ノーマルスーツを脱ぎ、私服に着替えた彼は、かつてのギュネイが好んだ派手なジャケットではなく、前世の「29歳の社会人」らしい、落ち着いたダークトーンのシャツを羽織っていた。

 

 

「出かけるぞ。ナナイから外出許可をむしり取ってきた」

 

「どこへ? どうせ総帥(シャア)みたいな、シャンデリアがうるさくて、味のしないスープが出てくる高級レストランでしょ? パパがよく連れて行ってくれたけど、あんなの見栄の張り合いで吐き気がするわ」

 

 

クェスの言葉は、官僚の娘として育ち、大人の醜悪な社交界を嫌というほど見てきた彼女の本音だった。

シャア・アズナブルは彼女を「貴婦人」として扱い、仰々しいエスコートをする。それは彼女を喜ばせるためではなく、彼女という「ニュータイプの雛」を自分の都合のいい機械に染め上げるための儀式に過ぎない。

 

 

「俺を誰だと思ってる。あんな金ピカのスーツの大佐と一緒にすんな」

 

 

ギュネイはクェスの手を取り、強引に立ち上がらせた。

 

 

「いいか。本当の『遊び』ってのは、金や権力を見せびらかすことじゃない。日常の喧騒から逃げて、自分を甘やかすことだ。……お前は今日、一日中泣いてもいい権利がある。だが、その場所くらいは俺に選ばせろ」

 

 

クェスは毒づきながらも、その大きな手の温もりに逆らえなかった。

 

 

(……ギュネイ。あなた、こんなに大人っぽかったの?)

彼女の心に、シャアへの憧憬とは違う、静かな、けれど熱い火が灯り始めていた。

 

二人が降り立ったのは、スウィートウォーター、居住区の隅にある、整備士や下士官たちが集まる一角だった。入り組んだ路地の奥、看板すら出ていない重厚な木の扉。

 

「ここ……お店なの?」

「ああ。昔の戦友がやってる隠れ家だ。客は少ないが、味は保証する」

 

中に入ると、薄暗い照明の中にジャズが静かに流れ、使い古された革のソファが並んでいた。

シャアが好むバロック様式のきらびやかさとは対極にある、沈黙が許される空間。

運ばれてきたのは、派手なフルコースではなく、シンプルだが丁寧に煮込まれたシチューと、香ばしく焼かれたパン、そして自家製のジンジャーエール。

 

 

「……美味しい」

 

 

クェスは一口食べると、驚いたように目を見開いた。

 

 

「だろ。高級食材は使ってないが、手間はかかってる。人生もこれと同じだ。派手な肩書きや演説よりも、こういう『確かなもの』の方が、腹に溜まる」

「……ギュネイ。あんた、さっきから説教くさいわよ。パパみたい」

 

 

クェスはそう言いながら、クスクスと笑った。その瞳には、先ほどまでの絶望の影が少しだけ薄れていた。

彼女は気づき始めていた。

シャアが自分に向けるのは「都合のいい雛鳥への愛」であり、

ギュネイが向けるのは「今の、生意気なクェス・パラヤへの愛」なのだと。

 

ギュネイは彼女を見つめながら、前世の彼女を思い出していた。

 

(わがままで、振り回されて、大変だった。……クェス、お前は少し似ているけど、あいつよりずっと繊細だ。……俺じゃ、お前を幸せにできる自信はない。ハサウェイなら純粋に愛してくれただろうし、シャアなら…あいつはダメだな。父性を求められて腹が立って結局都合のいい殺戮マシーンへと加工しただろう。……今だけは俺が隣にいてやりたい)

 

 

「ねえ、何考えてるの? 私の顔に何かついてる?」

「いや。……お前、意外と食べるんだなと思ってな」

「失礼ね! ギュネイのせいよ。あんたがこんなに美味しそうに食べるから、つられたんじゃない!」

 

 

頬を膨らませるクェス。その「ツンデレ」な反応さえ、今のギュネイには愛おしく、そして少しだけ切なかった。

 

 

食後、ギュネイは「もう一軒、大人の遊びを教えてやる」と、店内の奥にあるさらに薄暗い個室へと誘った。そこにあったのは、不思議な形状のガラス瓶とパイプ。

 

 

「シーシャ……水タバコよ。知ってるわ、インドやエジプトの古い文化でしょ?」

「博識だな。だが、吸ったことはないだろ? お前のはニコチンはまったくない。香りを楽しむもんだ」

 

 

ギュネイが手慣れた手つきで炭を調整し、吸い口をクェスに手渡す。フレーバーは彼女のイメージに合わせた、甘酸っぱいベリーとミント。 

 

 

「……ふぅ。……わあ、すごい煙」

 

 

クェスが吐き出した紫煙が、部屋の青い照明に溶けていく。

ゆっくりと深く息を吸い、吐き出す。そのリズムが、高ぶっていた彼女の神経を強制的に鎮めていく。ニュータイプとして覚醒し、常に他者の思念にさらされている彼女にとって、この「呼吸に集中する時間」は、何よりの救いだった。

 

 

「……落ち着く。ねえ、ギュネイ。大佐はいつも難しい顔をして、宇宙の未来とか、人の革新とか言ってる。……でも、私はそんなのどうでもいいの。ただ、パパに見てほしかっただけ。……でも、パパはパパじゃなかった。……私、どこに行けばいいのかな」

 

 

煙の向こうで、クェスの瞳が潤む。

ギュネイは、隣のソファに座る彼女の頭を、乱暴に、だが慈しむように撫でた。

 

「宇宙の未来なんて、シャアやアムロに任せておけ。お前はただ、ここで煙を吐いて、明日何を食べたいかだけ考えてればいい。……行き場所がないなら、俺のヤクト・ドーガの隣にいろ。俺が、お前の盾になってやる」

「……バカ。あんた、自分が一番危ない戦い方してるくせに」

 

 

クェスはそう言いながら、ギュネイの肩に頭を預けた。

シーシャの甘い香りと、ギュネイから漂う微かなオイルと石鹸の匂い。

彼女の心の中で、父性への憧れが、一人の男性への確かな「恋情」へと変質していく瞬間だった。

 

 

 

シーシャの煙に巻かれ、ジャズの音色に酔いしれる空間。

クェスの顔は赤らみ、その瞳は熱を帯びてギュネイを見つめていた。 

 

 

「ねえ……ギュネイ。私、もう子供じゃないわ」

 

 

クェスはパイプを置き、ゆっくりとギュネイの首に手を回した。彼女の顔が近づく。吐息が触れるほどの距離。彼女の誘いは、明白だった。今夜、ここで「大人」になってしまいたい。ギュネイという確かな錨に、自分を繋ぎ止めてしまいたい。

だが、ギュネイはその動きを優しく、だが断固として押しとどめた。

 

 

「……だめだ、クェス」

「どうして!? 私、あんたのこと、嫌いじゃないって言ってるのよ! それとも、私じゃ魅力がないっていうの!?」

 

 

クェスは顔を真っ赤にして、恥ずかしさと怒りで声を荒らげた。

ギュネイは、彼女の熱を帯びた額に、自分の額をこつんと当てた。

 

 

「魅力がありすぎるから、困ってるんだよ。……いいか、クェス。俺は、お前を『今夜だけの逃げ場所』にはしたくない。お前が絶望して、自暴自棄になってる時に手を出すぐらいなら、俺は一生童貞でいい」

「……何よ、それ。かっこつけちゃって」

「かっこつけてるんだよ。お前の前では、シャアよりも、アムロよりも、かっこいい男でいたいからな」

 

 

ギュネイは彼女の唇ではなく、その額に、静かに、そして長くキスを落とした。

 

 

「ちゃんと付き合って、戦いが終わって、お前が心の底から『ギュネイがいい』って笑えるようになったら……その時に、最高の夜をやるよ。それまで、お預けだ」  

 

 

クェスは呆然とギュネイを見つめ、やがてぷいっと横を向いた。

 

 

「……っ。あんた、本当に意地悪。……大佐なら、きっとこんな時、もっとスマートに誘ってくれるわよ」

「はは、そうかもな。あの大佐は手の甲にキスするような、キザなロリコンだからな」

「……でも。……手の甲より、今の……お預けの方が、ずっとドキドキしたわよ。バカ」

 

 

クェスはギュネイのシャツの裾をぎゅっと握りしめた。

彼女にとって、ギュネイ・ガスはもはや「シャアの代替品」でも「守ってくれる父」でもない。追いかけたくてたまらない、自分を導いてくれる「一人の男」になっていた。

ギュネイは彼女を抱き寄せながら、宇宙の暗闇を見据えた。

 

 

(……やってやるさ。俺はこいつを守り抜く。そして、必ず生きて、この約束を果たしてやる)

前世の未練を断ち切り、今、この瞬間を生きる覚悟。

ギュネイ・ガスの第二の人生は、一人の少女の心と共に、大きく動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 




なんか、気づいてたらクェスがヒロイン面してました。
なんでぇ?
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