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インダストリアル7、アナハイム工業専門学校。
窓の外に広がる人工の空は、今日も変わり映えのない安定した光を放っていた。バナージ・リンクスにとって、そこは退屈で、けれど平穏な「居場所」のはずだった。
「今日からみんなの仲間になる、クレスタ・パスラさんだ。家庭の事情で少し遅れたが、仲良くするように」
教師の声に顔を上げたバナージの視界が、一瞬で色づいた。
教壇に立つ少女――クレスタは、緑がかったツインテールを緩やかに揺らし、
場違いなほど澄んだ瞳で教室を見渡していた。
「クレスタ・パスラです。宇宙(そら)の向こうから来ました。機械をいじるのが大好き。……あ、でも、人の心を読むのはもっと得意かも。よろしくね?」
彼女が小悪魔的に微笑んだ瞬間、教室の男子たちのボルテージが物理的な熱を帯びた。
「……すっげえ。
バナージ、見ろよ。あんな美少女、このコロニーにいたか?」
隣の席のタクヤ・イレイが、興奮を抑えきれずに小声でまくしたてる。
バナージは答えられなかった。彼女の瞳が、ふと自分に向けられたような気がして、胸の奥が騒がしくなったからだ。
休み時間、案の定クレスタの周りには男子生徒が群がった。
「クレスタさんって、どこから来たの?」「好きなモビルスーツは?」
質問の嵐に対し、彼女は一切怯むことなく、むしろ楽しげに答えを返していく。
「タクヤ君だっけ? そのジャケット、オイルの匂いがするね。きっと整備が上手なんだ」
「えっ、あ、ああ! 分かるか? 将来はアナハイムのチーフエンジニアを目指してるんだ!」
タクヤは一瞬で陥落した。彼女は相手の欲しがっている言葉を、本能的に選んでいるように見えた。
やがて、クレスタは人だかりをすり抜け、まだ席に座っていたバナージの前に立った。
「ねえ、君。名前は?」
「……バナージ。バナージ・リンクス」
「バナージ。いい名前。……ねえ、バナージ。君、なんだか凄く『寂しい色』をしてるね。私たち、似てるかも」
クレスタは驚くほど自然にバナージの机に手を置き、顔を近づけた。
ふわりと香る、石鹸ような清潔な匂いと、少女特有の花のような甘い香り。
「……何が?」
「居場所を探してる感じ。……私と、一緒に探す?」
彼女の直球すぎる言葉に、バナージは心臓が口から飛び出しそうになるのを感じた。
その光景を、教室の隅から鋭い視線で見つめる少女がいた。ミコット・バーチだ。
ホームルームが終わり、休憩時間にクレスタがトイレに向かうと誰かがついてきていた。
「ちょっと、あんた。馴れ馴れしすぎじゃない?」
ミコットが至近距離で圧をかける。
クレスタはミコットをじっと見つめ、不敵に笑った。
「ふーん……
あなた、バナージのことが好きなんだね。でも、心配しなくていいよ。
私はただ、この学校のことを知りたいだけ」
ミコットは目を見開いて絶句した。
一触即発の空気。
だが、クレスタはミコットにだけ聞こえるような小さな声で囁いた。
「安心して?私のタイプって大人な年上の男だから。
同い年には興味ないわ」
ミコットは不安と、バナージが好きだとバレたことに動揺し、立ち尽くしていたが、クレスタはそのまま、何事もなかったかのように教室に戻って行った。
それから数週間。
クレスタは「授業に追いつきたいから」という名目で、クラスでも成績の安定しているバナージに補習の助っ人を頼み込んでいた。
放課後の実習室。並んで座る二人の距離は、バナージにとって試練に近いものだった。
「……で、この構文を書き換えれば、ゲートの制御プログラムは完成だよ」
「へぇ……バナージって本当に教えるのが上手だね。助かっちゃう」
クレスタが身を乗り出す。
狭い実習用のベンチで、彼女の膝がバナージの膝と不意に触れ合った。
柔らかな感触。
バナージは反射的に体を強張らせたが、クレスタは気にする様子もなく画面を覗き込んでいる。
「あ、バナージ。髪に何か付いてるよ」
「え? あ、本当?」
クレスタの指先が、バナージの髪に触れた。
至近距離で見つめる彼女の顔は長いまつ毛に綺麗な瞳をしていて深く吸い込まれそうだった。
バナージが息を止めた、その瞬間。
「……っ、痛っ!」
「あ、ごめん! ゴミを取ろうとしたら、一緒に抜けちゃった」
クレスタは悪戯っぽく笑いながら、指先に絡まった一本の髪の毛を見せた。
「ほら、これ。……補習も終わったし、
お詫びに、これからどこかでお茶しない?
奢るよ。私、まだこの辺りのお店、よく知らないから教えてよ」
バナージは頭をさすりながら、赤くなった顔を伏せた。
「……うん。それくらいなら」
「ありがと! じゃあ、いこ!」
クレスタは笑顔で立ち上がり、バナージの左腕を少し強引に引っ張り教室を出た。
その反対の手の中、ハンカチに包まれた「バナージ・リンクスの毛髪」が、自身の遺伝子サンプルとして回収されたことなど、少年は知る由もなかった。
2人は校門を出て、コロニーの居住区にある小洒落たカフェへと向かった。
注文したカップを手に、2人きりで話す時間は、
バナージにとって奇跡のような一時だった。
「クレスタって、なんだか不思議だよね。……ずっと前から、僕のことを知ってるみたいに話すから」
「そうかな? バナージのことが、凄く分かりやすいだけかもよ」
クレスタはストローを咥えながら、楽しげに足を揺らす。
カフェでの穏やかな時間は、バナージにとって夢のようなひとときだった。
「……そろそろ帰らなきゃ。色々ありがとね、バナージ」
クレスタはカップを片付け、屈託のない笑顔を向ける。
バナージは「駅まで送るよ」と申し出た。
彼女を少しでも長く、この日常の風景に繋ぎ止めておきたかった。
駅前のテラスが見えてきた頃、クレスタが小さく手を振った。
「あ、いた! グラーブ!」
柱にもたれかかって待っていたのは、一人の男だった。
大学生くらいの年齢だろうか。
落ち着いたネイビーのハーフコートをスマートに着こなし、
その場に馴染みながらも、「大人の余裕」と「強さ」を感じさせる男。
グラーブがいた。
「遅いぞ、クレスタ。あまり遅くなると飯が冷めちまうぞ。」
グラーブは、バナージがこれまで見た大人たちの誰よりも、
深く、落ち着いた声で言った。
クェスは彼に駆け寄ると、当然のようにその腕に自分の腕を絡め、恋人つなぎをした。
「ごめんね。バナージが補習のあとに、おしゃれなカフェを教えてくれたの」
クレスタの言葉に、グラーブの視線がバナージへと向けられた。
それは敵意ではなく、余裕のある年長者が年少者に向ける、穏やかな、
けれど圧倒的な実力差を感じさせる眼差しだった。
「君がバナージ君か。クレスタがお世話になっているようだね。
……ありがとう。彼女は少し目が離せないところがあるから、君のような親切な友人がいてくれて安心したよ」
グラーブは丁寧な口調で、バナージに短く会釈をした。
「……い、いえ。そんな」
バナージは、言葉を返すのが精一杯だった。
従兄(いとこ)という紹介。だが、二人の間に流れる空気は、言葉以上の親密さを物語っていた。
クレスタがグラーブを見上げる瞳は、学校で見せる好奇心の輝きではなく、もっと熱を持った、無条件の信頼を寄せる「女の顔」だったからだ。
「さあ、帰ろうか。あまり遅くなるとあいつにどやされるぞ」
「うん! バイバイ、バナージ。また明日学校でね!」
グラーブはクレスタの肩を優しく抱き寄せ、エスコートするように人混みの中へと消えていった。
バナージは、夕闇に染まる駅前で立ち尽くした。
自分がどれほど背伸びをしても届かない、本物の「大人の余裕」。そして、自分には絶対に見せないクレスタの幸福そうな表情。
「友人」という枠に押し込められた自分の立場を、まざまざと見せつけられた瞬間だった。
翌日から、クレスタは何事もなかったかのように学校へ現れた。
クラスの男子の間に流れていた互いに牽制するような空気も、
クレスタが
「私、余裕がある年上がタイプなんだ〜」
と告げてからは、少し落ち着くようになった。
だが、バナージの中では何かが決定的に変わってしまった。
クレスタは相変わらず「バナージ、ここ教えて」と話しかけてくるし、タクヤたちとも楽しそうに笑い合っている。
しかし、バナージは彼女を見るたび、あの夕暮れのテラスでの二人の姿が脳裏をよぎり、自分から一歩引くようになってしまった。
クレスタの方も、必要なサンプルやデータの回収を終えたためか、以前のように強引に二人きりになる機会を作らなくなった。
クラスメイトとして、適度な距離感で接する。その「普通」の態度が、逆にバナージには彼女が遠くへ行ってしまったような寂しさを感じさせた。
(……彼女にとって、僕はただの『クラスメイト』でしかなかったんだ)
そんな気まずさと、自分への不甲斐なさを抱えたまま、数日が過ぎる。
やがて、運命のあの日が訪れる。
ギュネイとクェスが偽名でインダストリアル7に潜入しているという設定です。
バナージとクェスは同い年だと知って予定と全然違う話になってしまいました。
分かりづらかったら申し訳ありません。
設定や名称のミスはどんどん指摘ください。
助かっております。
13歳でニュータイプ能力に覚醒した3大悪女の1人が16歳の女子高生になってしまい、勘違いムーヴ加速させた上で年上の彼氏持ちだったら?
普通の男子高校生達の脳には悪すぎるかもしれないですね。