タバサの活躍?知らんなぁ…
ラルカスというメイジが居た。
優秀な水のメイジであった彼はとある日、近隣の村を襲い子供を攫って食らうミノタウロスの討伐を請け負った。
洞窟に潜むミノタウロス、勇敢であり老練なラルカスは一計を成してそれを討伐する為に洞窟に火を放って煙を送り込むとミノタウロスの呼吸を封じる事で窒息死させたのだった。
最早拠る年波に己の力を十全に振るう事はもう出来ぬ…今回請け負った仕事は自分の憂愁を飾るのに相応しい仕事であった。傷一つ無い眠っているようなミノタウロスの死体を前にしてそんなラルカスはそう思いながら引退を決意する…
しかしその瞬間、彼の天才的な頭脳に一つ悪魔的な閃きがよぎった。
(脳死を迎えたこのミノタウロスに私の脳を移し替えればどうなるか?)
ラルカスは直ぐさまその考えを実行に移した…結果は成功を納める事になり、そうして生まれたのは一頭のラルカスという名の水の系統魔法を操るミノタウロスだった。
しかし所詮はミノタウロスの肉体では人の世では生きていく事も出来ず、ラルカスは水魔法の研究を行いながら孤独に山で生きていた。
しかしそんな歪な存在がいつまでもそんな事をしていられる訳も無く、ある日ラルカスは意識を失い次に目が覚めた時には目の前に食い散らかされた子供の骨が転がっていた…
その現象が起きる度、ラルカスは人里から離れるように逃げ出した。
しかしそれが何度か続いた時ラルカスは完全に悟った…己の精神がいつの間にかミノタウロスへと近づき…否すでに自分が完全にミノタウロスになっているのだと。
不意に自分がラルカスという人間であった事をラルカスは思い出す事はあったが最早自分の中の獣は彼を完全に塗りつぶそうとしていた。
ラルカスは薄れる理性の中で自問する、己が一体いつから『人間』で無くなってしまったのか?
そうして今夜己の縄張りで発見した獲物を前に息を潜めて彼は杖として契約の施された手斧を振り上げる。
スリープクラウドの青白い霧がルイズ達を襲ったのはラルカスの仕業であった。
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パチリ…パチリ…と音を立て、焚き火が音を立てて燃え上がっては崩れ落ちる。
その周囲で4人の少女と二人の男が深く眠っていた。
ラルカスは風下からフゴフゴと彼等に近づきながら鼻を鳴らす。食するならば幼い少女が最も旨い、これだけ居るなら男は不要とばかりに御馳走を前に意気揚々と暗闇から歩み出す。
しかしラルカスが横倒しに倒れている木を跨いだ瞬間、異変が起きた。
地面に亀裂が走ったと思った瞬間、巨大な顎が地面から飛び出したかと思うとラルカスに襲いかかったのだ。
「グモオォォォオオオッ!!!」
ラルカスの身長は凡そ3メイル、上半身だけを地面から出したまま丸呑みにしようとその巨体に食らいついたのはルイズの黄金の使い魔ゴル、ラルカスは飲み込まれまいと辛うじてその上顎をその馬鹿げた怪力を誇る腕と斧で支え、蹄の足は牙と牙の間でしっかりと体躯を支えている。
血走った目、吹き出す鼻血、全身の縄のように太い血管が千切れそうな程に力むラルカスだがそれは辛うじてゴルの口が閉じようとしているのを僅かに遅らせる事で精々だ。
魔法を使おうにも最早そんな余裕は全くなかった。詠唱の為に口を開いた瞬間、その僅かな脱力が間違いなく即、死に繋がる。
そんな状態で地面から飛び出したゴルが次に取った行動はラルカスにとって正に悪夢でしか無かった…
「…ヴォ!!!!???」
再びの跳躍の後、ラルカスの背後には地面が迫る。ゴルはあろう事かそのまま地面への潜行に及んだのだ。
当然ラルカスの全身に強い衝撃が掛かった。その瞬間を耐え凌ぐ事等出来ようも無く、落着と同時にゴルの断頭台のような顎がいとも容易く閉じられた…
もしもラルカスが普通のミノタウロスであったなら今夜、森を訪れていたこの厄災に気が付き住み処の洞穴で震えていれば良かった。そうすれば明日の朝日だけは拝めたのだから。しかし不幸な事にラルカスは辛うじて『人間』だった。
人間のラルカスが森の異変を感じていた間に眠っていたミノタウロスのラルカスは近づいてはならない危険を知る事が出来なかったのだ。そして獲物を前に森の中での圧倒的強者であったミノタウロスにこそ慢心があったのだ。
夜闇の中の一瞬の出来事…それは誰知る事無く終わりを迎えていた。
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~ルイズside~
森での野営っていうのは初めてじゃあ無いけどやっぱり馴れない物ね…かなりぐっすり寝てしまったって感覚はあるけど身体の節々が痛い。使用人が居たならばマッサージを頼みたい気分だわ。
起き抜けの私の周りで未だにぐーすか寝てるキュルケ以外のメンバーが朝食の支度やキャンプの片付けをしている。シルとゴルもまだ土の中に居る。
私がタバサが魔法で出してくれた水で顔を洗っているとミスタ・コルベールから眠気が吹き飛ぶ驚くべき事が伝えられた…
私達の野営地、その直ぐ側で真新しいミノタウロスの物らしき足跡と僅かな血痕が見つかったらしいのだ…もし寝ている間に襲撃されていたと思うとゾッとする。
「直ぐに捜索して退治しましょう。近くに潜んでいるかも知れないんですよね?」
「必要無い。」
私が直ぐに杖を抜いて周囲を警戒しているとタバサが何故かその必要性を否定する。それにどうもミスタ・コルベールの表情が微妙だ。
「ミス・ヴァリエール…ミノタウロスの足跡は何故か血痕の傍で途中で完全に途切れてまして…その脇には我々には見慣れた大穴が崩れたような痕跡がありました。何が言いたいかは聡い貴女なら判りますね?」
「あ…」
私はその状況説明で昨夜何が起きたのかを全て察した…はっきり言えるのは私の使い魔のどちらかは朝食が不要だろうという事だ。
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ついでにミノタウロスの森を開拓した私達は予定通りシエスタの故郷タルブ村に到着した。森を抜けてからはシルゴルは基本的に地中を進んで私達一行はシルフィードに乗って移動している。今更な気もするけど不要な騒ぎは起こさない方がいいだろう。
「タルブ村は如何ですか?」
私達がタルブの村長のお宅に邪魔して食事を取りながら名産のワインを飲んでいるとシエスタが黒髪の男性を連れてきた。
「初めまして貴族様、私の娘のシエスタがお世話になっております。」
どうやらシエスタのお父さんだったみたい、まぁ黒髪っていうのはトリステインじゃ他に居ない位に珍しい髪色だから判りやすくもあるか…
私達が簡単に名乗り終えると早速ミスタ・コルベールが空を飛ぶマジックアイテムに付いてグイグイ問い詰め始めた。
まぁ私は興味が無いからワインを飲みながら話を聞き流していたんだけど、やっぱり他の3人も同じ感じだった。
それでも話が進んで私達は全員シエスタの実家の倉庫に向かう羽目に…
シエスタ親子の手で何の変哲も無い大きめな納屋の中にあった木箱から引き出されたのは籠、巨大なランプの様な道具、そして尋常な大きさじゃあ無い巨大で丈夫そうな袋だった。
「これは…成る程、素晴らしい!!」
私達生徒が首を捻っているとそれを一目見た瞬間ミスタ・コルベールの表情が変わった。
「ミスタこれの何が素晴らしいのですか?火を用いてこれが空を飛ぶなど信じられないですね。」
溜息混じりなキュルケの意見、私も同意見だわ。
「ミス・ツェルプストー、これは、これならば飛べますぞ。何故この様な単純な物を私は思いつく事が出来なかったのか…!!」
苦悩しながら心底嬉しそうなミスタ・コルベールは興奮の余り頭を掻き毟っている。完全に自殺行為である。
その後、ミスタ・コルベールの熱弁で何がどうなってこれが飛ぶのか、それを私達は教えられた…火で熱された空気が上空に昇ろうとする力、それを袋に集める事で人や籠を空に持ち上げようというのだ…
火のメイジ以外に操れないと思っていた私だけどランプの様な道具に油を注ぎ火を灯らせればそれだけで飛べるそうだ。
私はそれを聞いて実際にそれが空へと飛び上がるのを見た瞬間に理解した…風石も竜も大規模な造船技術もいらない。この方法は確かに革命的で面白い!!
この探査気球と呼ばれる物はどうやらタルブの平原に事故で不時着したシエスタの祖父が持ち込んで来たそうだ…シエスタの祖父以外にも1名の男とネコの使い魔が乗っていたらしいのだけれどその人は重傷を負っていてタルブに付いた時には残念ながらもう亡くなっていたそうだ。
その後そのシエスタの祖父、ギウラスと名乗った男は様々な知識をタルブにもたらし、特にその狩猟技術は凄まじくタルブでは伝説的猟師となった。そして最終的にはタルブに家庭を持ってその骨をこの村に埋めたらしい。
特にタルブの猟で使われる落とし穴は爆薬とネットを使って瞬間的に尚且つ静かに仕掛ける事が出来るまるでマジックアイテムの様な出来でこれもミスタ・コルベールだけじゃなくてギーシュにお国柄もあってキュルケまで興味を大いに引きつけていた。
この探査気球はミスタ・コルベールが研究の為に鱗で私が立て替える事で買い取り、いつかこれを基礎にした大型探査船を作りたいと張り切っている。
こうして私達のシルゴルのストレス解消の為のお散歩は様々な右位曲折を経て終わりを迎えて魔法学院への帰路につく事になったのだけれど…
学院に戻った私が耳にしたのはアルビオン陥落の悲報だった…
静かに戦争の足音が近づいている事を私はまだ知らない。
『ギウラス』お馴染み我等がプロデューサー杉浦、畏敬の念を込めてハンター達からは課金獣ギウラスと呼ばれ、過去とあるイベントの際には実際にハンター達に襲いかかったがその翌週にはG1ショックという虚無魔法を発動させた愛すべき憎い男。
ラルカス「俺は人間をやめるぞぉ!!」
ゴル 「じゃあ食べてもおk?」
かつてあの重々しい歌に送られた戦士達
故国を守り誇りと共に散ったロイヤルナイツその成れの果て
無数の亡者達のぎらつく欲望に晒されて、戦場に駆り立てられる戦士達
魂無き走狗共が再び地獄へと向かう。
次回「暗躍」
水の指輪の輝きに熱い視線が突き刺さる…