~ルイズside~
今日は使い魔召喚の儀式を終えて初めて迎える虚無の日だ。
「今日も一日良い子にしててね、ゴルシル。それじゃあシエスタ後はよろしく、何かあればきっとミス・ロングビルが力になってくれるはずよ。」
日課である朝のスキンシップと餌やりを終えた私はちょっと名残惜しいながらも二匹に触れていた手をそっと放してシエスタに告げる。
「畏まりました。」
「こっちも準備出来てるわよ-。」
恭しいシエスタのお辞儀を受けながら振り返ると其処には翼を広げたシルフィードとその背に乗るタバサとキュルケ
「その子はタバサの使い魔でしょう、あんたが偉そうにするんじゃあないわよキュルケ。」
「あら、タバサを説得してシルフィードでトリスタニアに連れて行って貰えるように取りはからったのは私よ?」
「だからって腹立つ物は腹立つのよ。」
言いながら私はシルフィードの背に乗って「今日はお願いね。」と労うように一声かけてその背中を撫でる。
「キュイッ!」
その姿からは意外な程の可愛らしい鳴き声で答えてシルフィードの身体が一気に空へと飛翔した。
空を飛べない私と使い魔には実は憧れていた空の旅…私は寡黙な最近出来た友人(仮)に感謝した。
「ごめんね、タバサわざわざ付き合って貰っちゃって。」
そもそも今日私が王都トリスタニアに向かうのは昨日キュルケから提案があったからだ。
一度シルゴルの鱗を王都の宝飾店に持ち込んで鑑定して貰わないか?と…
私自身いずれはと思ってはいたけど急ぐつもりも無かった。けど、鱗の価値がはっきり解れば施設の建造やあの膨大な食事量についての問題が解決するかもしれない。なら早い方が良いだろう。
それについては居合わせたミス・ロングビルも賛成だと仰ってくれた。
「別にいい…」
話がそれたが、さっきの通り話が進んでキュルケがさっきから本に視線を落とし続けているタバサのシルフィードで移動を提案し、今に至るのだ。馬と風竜じゃあ速度が違うから随分と楽になった。
今日の予定については無償の友情に本当に感謝しないといけない。
「私も…欲しい本があるから…」
そう言って今日初めてタバサは私の目をじっと見つめる…無償の友情に感謝だ。
「欲しい本がある…」
ねぇ、タバサ…何で二回言ったの?私解らないわ?
それからじっと黙って私を見つめる眼鏡越しの澄んだ瞳。この子は口数は少ないけれど誰よりも雄弁で力強い意思を伝える術を持っている。
「…はぁ、解ったわよ…」
私の負けだ。まぁシルフィードを出してくれている以上は正統な報酬とも言えるかしらね…
「ねぇルイズ、私新しいドレスが欲しいんだけど。」
「自分で買え!!」
_________
王都トリスタニアに着いた私達は何よりも先ずは一番に宝飾店に足を運んだ。
信用が出来ると言う事でトリステイン一の看板を掲げている以上、勿論私も母様に連れられ幼い頃から何度も来た事があるしキュルケも馴染みの店だ。
「ようこそいらっしゃいました、ヴァリエール様、ツェルプストー様、そして…」
「えぇ、ちょっと用があって寄らせて頂いたわ。鑑定して貰いたい品があるの。彼女はタバサ。」
声をかけてきた男性スタッフの視線での催促にタバサを紹介し、簡潔に用件を伝える。
それが当たり前でもあるし必要な事ではあるのだろうが用件も無しにフラフラとこの手の店に入ったらセールストークでかなり時間を取られてしまう、しかもそれを躱す為には優雅に断りつつも決してお金が無いと言う訳では無いという見栄も張らなくちゃあいけない。
何故ならそれが出来なければ貴族としての力を示す事すら難しいからだ。結局世の中お金なのだ。
「左様ですか。それではこちらに、直ぐに担当者を連れて参ります。」
「えぇ、よろしくね。キュルケとタバサは店の中見て回ってて。」
「え~…」
「言っておくけどこれはヴァリエールとしての用件よ。商談に他家が入り込む余地は無いわ。」
「…ちぇっ」
二人を納得させて私が商談室のソファーに座らされるとそう時間をおかずに壮年の男性が現れた。モノクル状のルーペに腰の杖、彼が鑑定士、つまりは土のメイジだ。
定型通りの堅い挨拶を交わして私は早速懐から金銀二枚の鱗をテーブルに差し出した。
今日持ってきたのは両方とも中くらいのサイズ(それでも何とか懐に納めるのがギリギリの大きさだ。)でお揃いとして扱える様な物を選んで来た。こういう宝飾関係は総じて双子石なんて呼ばれてセットになっていたりするとその価値を大きく跳ね上げる物なのだ。
「それでは失礼。」
ドキドキしながら私は鑑定士が鱗を手にして細かく観察している様子を伺った。
古いアクセサリーなんかを手放す時なんかも今まで家臣に渡して終わりだったから実はこんな交渉は初めてなのだ。
「…拝見致しましたが、この品は素晴らしいの一言ですな。
まずこの金と銀の質で御座いますが他に類を見ぬ程最上級で御座います。次に形状に関しても鱗という一見無粋に見える形ですが、まるで生きた魚から朝方剥ぎ取ったかの様な力強さを彷彿とさせる、その様はある種芸術的で御座います。」
短いながらも予想していた以上の高い評価に私が内心驚いた。
「それでは?」
鑑定士は私の問いに頷いて言った…
「是非とも買い取らせて頂きたい、これ程の品そうそうお目にはかかれませぬ。金額はこんな物で如何で御座いましょう?」
「えっ、こんなにっ!?」
提示された金額はたった二枚で三千エキュー。私は思わず声を出す。別に実家であればこんな金額は大した事無かったのにこれは純然たる私のお金、想像を超えた価値が私の使い魔の鱗につけられてしまった…
(い…言えないわ、とてもじゃ無いけど。そうそうお目にかかれないどころか既に小麦袋一杯に詰まった状態で部屋の隅に転がしてあるだなんて…)
私は冷や汗が流れるままに俯いてしまった…当たり前だ。昨日キュルケには否定の言葉を言ったけどこっちは鱗集めなんて牛の乳搾りみたいなものだもの…
そんな私の暗い表情に鑑定士は何を勘違いしたのかさらに爆弾を投入する。
「やはりお安すぎましたかな?ならばもう五百上乗せ…「三千で構いません!!」」
私は慌てて鑑定士の言葉を遮った。十分だからっ!!十分過ぎる位だから!!
私のその言葉に鑑定士は目を丸くすると何かを察した様にニヒルなダンディースマイルを口元に溢す。
「…おやおや、これはヴァリエール様には大きな借りを作ってしまいましたかな?成る程…これはもしかしたら私は安く見積もり過ぎて一本とられたかも知れませんな。ハッハッハッ。」
(何言っちゃてんのこの人~~~~!!!!!)
結局私はキュルケ達には五百で売れたと言って金貨で五百を受け取って残りをこっそり手形に交換して貰った…だってこれは拙すぎるもの…
「ね、ねぇ…ルイズ顔色が悪そうだけど大丈夫?」
「平気よ、ちょっと疲れただけだわ。」
珍しいキュルケの心配の声に私は精一杯の虚勢で応える…
持ちえる者故の贅沢な悩みと言われるだろうけど、どんな悩みでも悩みは悩みだ。
「取り敢えずそろそろお昼時だわ、何処かで食事にしましょう、勿論ルイズの奢りで!!」
「え?えぇ、そうね何が良いかしら?」
キュルケの提案にすっかり思考が沈んでいた私はハッとなる。
気分的にはさっぱりした物と甘いクックベリーパイが良いだろう。
「ハシバミ…」
「貴女本当にあれ好きねぇ。」
「私が出すんだから私が店を決めるわよ。取り敢えずハシバミは却下ね。」
だから私は切り替えた。別に騙して得たお金じゃあ無いんだしもう考えても仕方が無い以上このお金は精々有効に使う事にしましょう。そうしましょう。
…だから私は気が付かなかった…この時には既に私の様子が何処かおかしい事に不信感を覚えたキュルケの勘の鋭さを。
そして…
私が魔法学院を離れていた間にシルとゴルによって学園がえらい事になっているという事を…
『らんらん』=カプ畜である。またそれらを可愛く表現した結果豚さんになった。らん豚と呼ばれる事もある。
『カプ畜』=運営にお金を納め生活をさせて貰っているどこぞの企業が飼育する家畜達の通称。優秀な者になるとエリートなどとも賞される。
『たっぽり』=たっぷりの意、毎週行われる定期イベントの一つなのだがみんなたっぽりと呼ぶ