新エリー都の誠実な何でも屋 作:─────
「……おい、本当に行くのか?」
去り行く彼女の背を呼び止めたのは、緑髪の軍人。
彼女の同僚であり、共に生き残った数少ない仲間。
「ああ、私はもういい……はぁ、もう疲れたんだ。これからは私のために生きていく」
「……そうか、寂しくなるな」
「──鬼火のやつにも、悪かったと伝えておいて欲しい。あいつには今日まで何も言わなかった」
「わかった。私から伝えておこう」
沈黙が場を包む。
しばらくして、気まずい雰囲気を払拭するような咳払いと共に、緑髪の軍人は話題を変えた。
「私たち以外が死んだあの作戦には必ず裏がある。……そこに関心はないのか?」
「無いわけじゃない。それでも、この場所にはこれ以上長居したくない。それに、私が探さずともお前が探すだろ?……後は任せた」
それが最後の会話だった。
零号ホロウの災厄で生き残った三人のうち一人が、この日に袂を分かった。
その後、防衛軍は未だに規模を拡大し続けていると聞く。
私と袂を分かった彼女たちは───
「─────い、おい!聞いてんのか!?」
バン、と机を叩かれる音で彼女は現実に引き戻される。
彼女は小さく息を吐き、椅子に深く背を預けた。
黒一色のフルフェイスマスク。装飾も紋様もない、のっぺりとした無機質な面が、外界との境界を断つ。
パーカーの上から羽織ったロングコートは、体格より一回り大きく、内側に仕込まれた重量を隠している。
歩くたび、布の奥で金属が微かに触れ合う音がした。
それは服というより、移動式の武器庫だった。
「……悪かったな、依頼だったか?」
「そうだ。言われた通り纏めてきた、読め」
彼女は机に叩きつけられた一枚の紙を手に取って読み始める。
「……三人の殺害。報酬は……まぁ妥当な額だ。それで死体を残すな、ね。どれだけ恨まれてるんだか……まぁいい、私が言ったことを覚えてるか?」
「……『誠実な取引を』だろ?お前に依頼するやつならみんな知ってる」
「よかった。……一応私の口からも言うが、私は不誠実な人間が嫌いだ」
黒いマスクの奥から注がれる視線は、感情を削ぎ落とした刃のような威圧感を持って依頼主の男に突き刺さる。
マスク越しのくぐもった声は、相手に彼女の感情どころか性別すら教えてくれない。
「そういう依頼にはまともに取り合わないことにしてる。嘘を吐いてまで依頼を受けさせたなら、腕の一本は覚悟してもらう」
「っわ、わかってる!で、受けるのか?受けないのか?さっさと答えろ!」
「何でも屋だからね、受けるよ」
彼女がそう返すと、依頼主の男は椅子から立ち上がって喜んだ。
「よし!頼んだぞ、依頼達成率100%なんだろ?必ず、殺してくれ」
「わかってる。だが、この三人ってのはどの三人?」
「……邪兎屋だ。俺から金をむしり取りやがったあの女狐と子分たち、まとめてぶっ殺せ!」
思い出すだけでも嫌なのか、苦虫を噛み潰したような顔で言う依頼主に彼女は肩をすくめながらも頷いた。
「じゃ、死体は処理する前に写真を撮っておく。それをが証拠ってことでいい?」
「あぁ、わかってるだろうが顔は潰すなよ?本人確認のためだ」
「わかってるよ」
依頼主が去ると、彼女はさっそく準備を始めた。
武器、防具いずれも彼女自身が設計し作らせたものだ。
元軍人の彼女から容易に逃げられるものは、この街にはそう多くない。
邪兎屋――新エリー都で悪目立ちする彼女たちの居場所など、最初から隠しきれるはずもなかった。
バイクに跨り、エンジンを蒸す。
夜の街へと、彼女は狩りに出る。
夜は、彼女の狩場だ。
闇に紛れ、仕事を果たす。
だから、人は彼女をそう呼ぶ。
――夜、ノックス。