アメジオはそんな荒くれ集団の中でも決して腐らず、誠実で爽やかな風を吹かせ続けていた。
カントー地方22番道路から北上してゆく23番道路の先に広がるのが学園名の由来となるセキエイ高原であるというのは、リコとしては現代歴史の中間テストで範囲内にあるので頭の中に叩き込んである内容だった。アンが居眠りしてて聞いていないのは現代歴史に関わらず大体共通で、本人曰く『部活のためにエネルギーを蓄えている』とのことだ。
この高原に置かれたポケモンリーグ本部こそが全国へ広がり続けるバトル文化の発信源であり、レクタングル形状のクラシックなスタイルを保つセキエイスタジアムは、ポケモンバトルのメッカとしての風格を建てられてから現在に至るまで一貫して放ち続けていた。
ロイが入部し、フリードが顔を出したミーティングから週末の5月17日を迎え、セキエイ学園ポケモンバトル部はロードワークによるウォーミングアップを兼ねつつ練習試合が行われる予定のセキエイスタジアムを訪れていた。
「凄いなー! ここで試合するんだ!」
ロビーに入りながらロイがはしゃいでいる。元々はジム巡りからのリーグ挑戦志望だったのもあり、セキエイスタジアムとはいわば旅の終着点ともなれば感動もひとしおだ。
この日に合わせ、試合用のユニフォームを全員着用していた。シャツはノースリーブで、いわゆるバスケットボールで採用されているものとよく似たデザインで、胸にはこの世界にて用いられる一般的な公用語で『セキエイ』とプリントされている。バスケのユニフォームとの目立った相違点といえば、パンツにある大きめのポケットだ。
首元と袖口には真っ赤なラインが、パンツのウエストと裾の部分には緑のラインがそれぞれ入った純白のデザインだ。
バトル部が着用するユニフォームとしてノースリーブが全国学生ポケモンバトル協会より規定として定められているのは、袖先に小細工を弄する反則行為が過去あったがための措置だという。
故に試合の際にはパンツのポケットにボールや、各種切り札システムに対応したデバイスを忍ばせる以外原則として選手には物品の持ち込みが許可されていない。妙なものを持ち込めば即失格だ。
「それにしてもわざわざ練習試合でこんな公認のスタジアムを借り受けるなんて派手なことするよな……」
「それだけ金があるということなのだろうさ。なんせ連中のバックにはガラル随一の大企業がいるのだし」
呟くドットにホタルが続ける。
エクシード学園の抱える途轍もない資金力を見せ付けられる形となったリコたちが会場入りを果たし、フィールドへと足を運べば客席にはある程度人が入っているのが見えた。
漆黒のスクールブレザーを着ている集団であるところから、少なくともセキ学の生徒でないのは分かる。それ以外にも本格的なカメラがあちこちに置かれ、スカウトマンらしき人影がスタンバッているのも見えた。
これら全てがエクシード学園側を目当てとしているのは明らかだった。なにせ弱小であるセキガクバトル部をわざわざ見に来ようなどという物好きなどいるはずもないのだから……。
「よう!」
「あっ、ナギさん!」
エクシード学園の応援団以下、カメラマン他がたむろしていたの見ている中、合流して来たのはリコたちと同じユニフォームを着るナギだった。
「来たか」
「1年どもに顔合わせもしとかにゃならんもんな? どうだいこいつ、おもしれーだろ?」
フン、と鼻から息を吐くホタルにナギはニヒルな笑みを向けてから駆け寄るロイの頭を掴み、わしゃわしゃと撫で回す。
ロイとしては悪い気はしない。
「えへへ……」
「まぁ、磨けば光るのは分かった」
「そいつぁよかった。嬢ちゃんたちには初めましてだな。オレぁ2年のナギ。オンライン生なもんで、基本は週末の練習なり試合なりでもなきゃあ顔は出せんがよろしくな」
「あ、はい! 1年のリコです。よろしくお願いします」
「同じく1年のアンでーす!」
「……ドット」
後輩との顔合わせで満足げに頷くナギは再度ホタルを見る。もっともこの場にいるべき連中がいないのが気にかかっていた。
「あれ? マフィンとフリードは?」
「マフィンはランニングで遅れてる。フリードの奴は知らん」
吐き捨てるホタルにナギもそうかい、と苦笑いするよりなかった。運動音痴でなおかつ虚弱体質のマフィン部長はそのうち到着するとして、監督のフリードが大した理由もなく試合当日に不在というのでは真面目な副部長が苛立つのも無理からぬことと思えた。
「……来た」
キラリの一言からリコたちは反対側の通路を見る。
そこにはスクールブレザーと同じく、漆黒のユニフォームに身を包んだ集団が姿を表した。
「「「「「ウオオオオオオオ!!」」」」」
「す、凄い歓声……!」
たまらず圧倒されてしまうリコ。
「にゃおお…!」
足元のニャオハもスタジアム中に響く歓声にあからさまな不快感を示した。シンプルにうるさいと思っていた。
「全国制覇を目指す我らがエクシード学園バトル部の精鋭はー!! 2年生のジルとコニア! そしてスーパールーキーの1年生トリオだぁ!!」
スクールブレザーの一段の最前列でシャウトし続ける生徒の調子に合わせ、スタジアムのスポットライトまでもが連中に操作されていた。
詰め寄せている記者やスカウトマンらの注目は、やはり初めからエクシード学園側にしか向いていない。最高級の育成環境から輩出されてくる生徒というのはプロからすれば最高の素材であるからだ。
「『寡黙なる巨兵』!! オニキス選手!!」
「『オニ最強⭐︎ギャル』のサンゴ選手!!」
「そして入部と同時に部長とキャプテンを託された『素晴らしき血族』たるアメジオ選手ゥゥゥッ!!」
客席からのコールで囃し立てられているアメジオからすれば、このようなパフォーマンス自体不快でしかなかった。資金力こそあれど、エクシード学園のバトル部とはガラルのいちチームに過ぎず、全国大会にもまだ出たことはない。どうにも身の丈に合ってないような気がしていた。
そもそもからしてサンゴやオニキスと同列扱いされていること自体たまったものではない…。
「イェーイ⭐︎ サンゴちゃんの大活躍、みんな見ててね〜!」
キャピキャピと跳ね回りながら自己アピールに熱心なサンゴ。それをアメジオもオニキスも無視をしながらセンターラインへ向かう。
「アメジオ様の初陣だ。俺たちもできることをするぞ」
「えぇ。もちろん」
アメジオの背に続く2人は年齢や学年からすれば先輩に当たるが、完全実力制の方針のもとにその立場は3人の1年生より下であった。
金髪が鶏のトサカのようなモヒカンヘアの男子生徒ジルにグレーの髪の女子生徒コニアは頷く。2人はハンベルの指示でアメジオの学校生活を支援すべく送り込まれたエクスプローラーズのスタッフである。
彼らが支援、守護するのはあくまでアメジオであり、サンゴやオニキスはアメジオ同様好きではない。というか、嫌いだ。
「はぁ……はぁ……やっと、やっと着いた……」
ようやくフィールドまで辿り着くので既にフラフラヨレヨレになっているマフィン部長の姿に一瞬どよめきが起きるのでホタルはため息を吐くよりなかった。恥ずかしいことこの上ない。
「初めましてセキエイ学園の皆さん。私はエクシード学園バトル部の監督を務めるスピネルと申します。以後よろしく。ところで、そちらの監督さんは?」
選手が揃い、互いに整列する中慇懃無礼に尋ねる青年監督の顔面は、生で見るとやはり端正な出来だとセキガクメンバーは思えた。
同時に、他者を品定めのもとに自分が利用出来るかどうかでしか判断をしない冷たさもより垣間見えていた。
「はー……はー……ウチの、監督は、どうにも、神出鬼没な人でして」
息を整えながらマフィンが返す。
スピネルからすれば、このドベで駆け込んできた貧相な体つきの生徒がチームのキャプテンということから、セキガクのことを完全に舐めた。
「そうですか。それはあなた方も災難でしょうねぇ。いつ顔を出すか分からないような無責任な監督がチームにいるなんて。同情しますよ」
薄ら笑いと共にスピネルは今日の勝利を確信し、憐れみという名の煽りを大人げなく投げ付ける。
「アハハ……はぁー……どうも。でもまぁ、一応いないよりはって感じですね。それに、『ふんぞり返って周りを見下すことばっかりに夢中な人』が四六時中チームに張り付いてるよりはマシかなぁ、なんて」
次第に整う息とともにマフィンは痛烈な皮肉をスピネルめがけ叩き返した。
スピネルによるフリード評はマフィンからして確かに正鵠を射るものではある。が、それはあくまでセキガクメンバー内のみで共有されるべきものであって、外部の人間に軽々口に出されて良い気分にはなれなかった。
マフィンは、事実上の宣戦布告をかましてみせた。
「監督」
スピネルの瞳に宿る不快感に対し、傍に控える色黒の肌をしたアゲートはすかさずオーダー表の交換を促した。
コーチ役としてチームに溶け込んでいるエクスプローラーズからのスタッフであり、ある程度のところで野心を共有しているがゆえにスピネルの性質を理解していたがためだ。
『涼しい顔してる割に怒りの沸点が低い』
アゲートのスピネル評とはこの一言に尽きる。
他人を煽り、見下さないと生きていけない性分してるにも関わらず、逆にそれをされることに関しての耐性がまるでない。アゲートから見てスピネルとは、シンプルに人として器が小さいのだ。
「ふ、ふふ……どうぞ」
マフィンからの煽りに眉をピクつかせながらもオーダー表を交換すれば、
「「「「「対戦よろしくお願いします!!」」」」」
両チームの挨拶を見届けることもなくスピネルはそそくさとベンチへ戻ってゆく。その足取りは、あからさまな不快と不満を撒き散らしていた。
「ウチの……監督が済まない。俺はアメジオ。まぁ、一応部長ということになっている」
右手を差し出すアメジオは、正直なところ胸のすく思いであった。他人に対してこんなことを思うのはあまりよろしくないと分かってはいたが、スピネルに『ざまぁ見ろ』と内心呟いていた。
そこだけは、セキガクもエク学も全員が気持ちを同じくしていた。
「そっちも色々大変そうだね。俺がセキガク部長のマフィン。ま、今日はお互い頑張りましょ」
「はい。よろしくお願いします」
一礼の後に部長同士が握手を交わし、それぞれベンチへと引き下がる。
両チームのオーダー、対戦表は次の通りとなった。
ダブルバトル
マフィン&ホタルvsサンゴ&ジル
シングルバトル2
ドットvsオニキス
シングルバトル1
リコvsアメジオ
「なぁんでサンゴちゃんのデビュー戦がこんなオニむさい野郎と組んでのダブルバトルなん!? オニムカつくんですけどぉ〜!?」
サンゴが苛立ちのままにスピネルに詰め寄る。
周囲に対しては愛嬌を振り撒き、自らを可愛い女子としてアピールしながらもその本質としてはどこまでいっても存在そのものが切れたナイフであった。
他者への暴力にも何ら躊躇を持たないサンゴが睨み付けてくるのにスピネルが動じることはない。
「いいですかサンゴさん? 団体戦におけるダブルバトルは全体を通して最も重要な鍵を握っています。初戦を制するということは、それ即ちこちらに絶対的な有利をもたらすということ」
先程のマフィンからの皮肉によるイライラを残しながらもスピネルが懇切丁寧な口調で説明をしていけば、サンゴの怒りのボルテージが徐々に下がってゆく。
「つまり、サンゴだからこそ最初の一戦に相応しいってこと?」
「もちろん! 今日は練習試合ながら今シーズン初の試合。全国制覇を目指す我らエクシード学園において、サンゴさん以外に今後を占う第1戦を任せられる者はいませんとも」
朗々と語るスピネルの理屈は、サンゴの中で半分ほども理解はされていない。元来頭の出来がよろしくないのはもちろんのこと、サンゴもサンゴでスピネルを『いけすかないやつ』と認識しており、信用を置いてるわけではないからだ。
ただただ自分こそが相応しい、と力説されてのことに機嫌を直すのみであった。
「そーゆーことならこのサンゴちゃんにお任せ〜! オニ華麗に勝って見せようじゃ〜ん!!」
すっかり上機嫌となったサンゴの後ろにジルが続く。
このどこまでも自己中心的で、倫理観の欠片も持たないサンゴと組まされるというのはシンプルに気が重かった。
「……足引っ張りやがったらオニシバきまくるんで、ヨロシクぅ」
トレーナーサークルへ向かう最中、不意にジルへ向け首だけ振り向くサンゴの瞳には暴威が渦巻いていた。
そのドス黒さと理不尽さにジルは恐怖から生唾を飲み込み、小刻みに頷くよりなかった。
「ジル……」
コニアとしても勝敗より、サンゴの地雷をジルがどう避けてくれるかが重要であった。
同じアメジオの為に働く立場として、ある種の運命共同体という側面からだ。
「大丈夫。ジルもトレーニングはしっかりしてきている。きっといい勝負をするさ」
「……はい」
相方を気にかけるところにアメジオが口を開けば、それがジルの努力を保証するものだと分かったコニアは驚く。完全実力主義として結果のみが全てと扱われるエクシード学園において、アメジオは過程である努力に目をやれる人物だと示されたのが嬉しくなった。
反面、それがアメジオと周囲とで大きな軋轢を生むのではないかという不安にも繋がる。だからこそハンベルは自分とジルを生徒として学園に派遣したのだろう。
この宝石のように清く美しい少年の心持ちが、荒んだ環境の前に輝きを失うというのは哀しく、守らねばならぬものだとコニアは思えた。
『スピネル』
28歳。エクシード学園ポケモンバトル部監督。
徹底した科学至上主義を鼻にかけ、エクスプローラーズの構成員としての顔も併せ持つ。
他人を見下して憚らないが、自分のポケモンに対してだけは優しいとのこと。