新たな力と共に勝利したロイから勢いを受け取り、マフィンはかつての同志との直接対決に臨むのであった。
時は遡る。
ポケモン歴2023年4月。セキエイ学園の校門をくぐったマフィンとマヤは、バトル部のあるほのお校舎入り口から階段を登る中で互いを認識した。
「俺、1組のマフィン。もしかしてきみもバトル部に入る感じ?」
「えぇ。私、2組のマヤ。よろしく」
この頃はまだ普通に男子の制服を着ていたマフィンが気さくに話しかければ、マヤも抵抗なく応対をする。
同級生同士で新入部員となれば親近感が生まれるのは自然のことであった。心強いと互いを認め合った。
こうしてマフィンとマヤは共にセキガクバトル部の門を叩き、真剣勝負による充実した日々への期待を胸に入部していった。
「あの……先輩。練習しないんですか?」
「今やってるだろ」
「その、シミュレーションだけじゃあなくってもっとこう、実地的な……」
「いいかマヤ? ウチのモットーは1にシミュレーション、2にシミュレーション。3、4がなくて5にシミュレーションだ。分かったな?」
「は、はぁ……」
ポケモン社会においては10歳で成年とされ、トレーナーカードの交付とポケモン許可証取得によりあらゆる権利が大人のそれに切り替わる。
そこに際する当然の理屈として、誰しもが10歳になってすぐにポケモンの扱い方をマスターし、即座に社会に出て活動することが出来るかといえばそんなことは全く以てないことだ。
そこで義務教育でのカリキュラムとは別に一部専門の教育機関で実装されていた育成シミュレーターの機能を移植した携帯ゲーム機がポケモン歴1996年2月27日に販売され、現在では第9世代までバージョンアップを重ね続けていた。開発元は『ゲームプリーク』で販売元は『シンテンドウ』。
遊興ついでにポケモンの育て方を身につけてもらいたいというポケモンリーグの意向も噛み合うことで瞬く間に全国規模にまで販売ルートが拡大し、デベロッパーや企業関係者は大いに懐が潤った。それはいい。
セキガクの先輩たちはこのゲームを使ったシミュレーションを日々の練習とし、時間を浪費していた。
マヤはシミュレーションはあくまでシミュレーションでしかなく、実際に体を動かすトレーニングを絡めなければポケモントレーナーとしてのレベルアップには繋がらないのではと何度も先輩たちに訴えたが、結果としては暖簾に腕押しというよりなかった。
実際にシミュレーションのゲームをやっていればまだマシな方であり、部活に顔を出さないような者も珍しくない。
「だいたいよぉ。ウチが強かった頃なんてもう40年近く前の話だぜ? それもたまたまチャンピオンワタルがいたからってだけのことだ」
「そうそう。今となっちゃタマ大やトキワ台がカントーのトップよ。どうしようもねーべ。肩の力抜いて気楽にやってこーや」
「そんな……」
全国を目指すなど夢のまた夢、と笑う上級生たちにマヤは絶句する。
ほとんどの上級生にとって、バトル部での時間とはぐうたらするためのものでしかなかった。マヤの熱意に対して先輩としての『指導』が入らなかったのも、暴力沙汰となる面倒を嫌ってのことに過ぎない。
「はーい。お茶が入りましたよ〜」
「おーう」
マヤが打ちのめされている中マフィンはといえば、130cm台の華奢な体格から面白半分で女装を強いられ、女子の制服がそのまま学内で定着していく有様だった。
コレが、マフィンとマヤが門を叩いたセキガクバトル部の実情であった。
「こんな生活、もう耐えられない! 私、先生に直訴してくる!!」
「まぁまぁ。落ち着けよマヤ」
「落ち着いて考えたからこそよ!! だいたいマフィンはそれ、恥ずかしくないの!?」
「んー? 似合ってるらしいしそこまで?」
マフィンがその場でくるりと回ることで制服のスカートが風に乗りヒラヒラする。仕草が様になっているのは認めざるを得ないのがまたマヤの神経を逆撫でした。
「それにさ。先輩たちは2年も待てばみんないなくなるんだぜ? そしたら俺たちが最上級生さ」
「そりゃあ、そうだけど……」
マフィンの言も理屈としては正しい。だがそのために2年間の停滞を強いられるというのがマヤには正直なところ我慢ならないのだ。
「マヤ」
「なに」
「俺たちの代では、絶対にセキガクを全国へ導いてやろうぜ」
それは、力強い決意を伴ったマフィンの宣言であった。
1年の夏休み前、ほのお校舎裏でのやりとり……コレが、マフィンとマヤのセキガク時代における最後の記憶となった。
夏休みに入り、地方予選はやる気のない先輩たちが早々に初戦落ち。2人は自主トレの成果を2学期に見せ合う約束をしたが、果たされることはなかった。
マヤは帰省中、家族旅行で訪れたポケモンスクールへそのまま転校していったのだ。
『あれからマフィンはたった1人、この2年間を耐え凌いで1からチームを作り上げた……全国を獲るために』
「これよりシングルバトル1、ポケモンスクール3年マヤ選手vsセキガク3年マフィン選手の試合を始めます!!」
「姉さん! やっちまえ!!」
「お姉ちゃん頑張れ〜!!」
時を戻そう。
審判のコールを聞き入れ、雑多な歓声の中からでもハッキリと弟妹のエールをキャッチしたマヤはチラ、とその先に視線をやり僅かに首肯して見せる。
タダノとマヤに対しては長女としての情が漏れ出てしまっていた。
『結局のところ、私はあれ以上セキガクにいられなかった。後についてくるかもしれないタダノやライカを自堕落な空気に巻き込みたくなかったから……いや、ただ単に私があそこにいたくなかっただけなんだ』
「マヤ」
対峙するはあの日と何ら変わらぬ背丈の同志、あの日と何ら変わらぬ声音……
「なに」
受け答えする側のマヤの声音も、あの日と同じだった。
「思いっきりやり合おうぜ」
「マフィン! 頼んだぞ!!」
「やっちまえマフィン〜!!」
セキガク側ベンチからはホタルとナギがほとんど同じタイミングで声を張り上げて、ホタルが一瞬ナギを見てからフン! とそっぽを向く。
「ほらいくよ。せーのっ」
「「「部長ー! 頑張ってー!!」」」
「……ッス」
ミコが音頭を取ればリコ、アン、ロイが揃ってエールを送り、遅れてドットが小さく続く。
キラリはタブレットロトム片手に人差し指と中指を交差させるフィンガーズ・クロスドを見せていた。
「マヤっぺなら大丈夫! なんたってアタシらの大将なんだし!」
ポケスク側で口火を切ったのはアイリだった。
「「部長〜!! ファイトッ!!」」
「俺の仇取ってくだせぇ〜!!」」
「俺たちがついてるぞ! マヤ!! ドンと行け!!」
ポケスクベンチからも負けじとツキシマとモロボシ、チビレルにカキ監督が声援を送れば、
「「「「「マーヤ! マーヤ! マーヤ! マーヤ!」」」」」
応援に来てくれた学友たちのコールにマヤは震えた。武者震いだ。
『なにを後ろめたく思うことがある? 私を受け入れ、信じてくれた仲間たちのために戦う! そして勝つ!! それだけのことじゃあない』
マヤは不敵かつ晴れやかな笑みをマフィンへ返した。
「勝つのは私たち!! ポケモンスクールが全国を獲る!!」
「そうはいくか!! 勝つのは俺たちセキガクだ!!」
歓声が一際増す中、マフィンもマヤもボールを構える。
「ゲッコウガ!!」
「インテレオン!!」
「「いけーッ!!」」
同時に投げ込まれるモンスターボール。
「こがッ!!」
「うぉれぉ……!!」
ニュートラルポジションへ降り立ち、対峙するはゲッコウガとインテレオンだ。
シュババッ!! と2つの蒼影がフィールドを所狭しと駆け巡った。
『マヤ選手のインテレオンとマフィン選手のゲッコウガ、凄まじいスピードで走り回っております!!』
『まずは序盤の差し合いだな』
「は、速すぎてよく見えない〜……!」
「ほほほ〜う……!」
2体の猛スピードにチャンもオドリドリも目を回す。
「おっと」
目を回して後ろに倒れてしまうところへアメジオが席を立ち、支えることで転倒を防いだ。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとう……」
「ほほーう……」
キョトンとするチャンとオドリドリにアメジオは爽やかな笑みを見せてから席へ戻る。
事前にシゲルと関わっていなければコレでチャンはアメジオに惚れていただろう。顔の良さに慣れていた分、チャンの女心には耐性がついていた。
「流石ゲッコウガ……インテレオンのスピードに普通についてきてる」
「あのおね兄さん、ホントにお姉ちゃんと互角なんだ」
マフィンを指すライカの珍妙な言い回しにタダノはリアクションしなかった。2体の動きを目で追うのに必死だったからだ。
「どっちもそろそろ体が温まってくる頃だな」
ガラルが誇るトップジムリーダーであるキバナからすれば、目の前で繰り広げられている猛スピードの応酬は所詮まだまだ学生レベル。2体の動きを視界に捉えるくらいは造作もないことだった。
スピード自慢のポケモンが体を解す意味合いも込めてフィールド中を駆け回る、そこから攻めに転じるタイミングも大体は掴んでいた。
「ゲッコウガ、みずしゅりけんッ!」
「インテレオン、ねらいうち!」
指示のタイミングは、同じ。
「げぅくがぁ!!」
「れおっしゃい!!」
幾度目かはエキスパート以外からは判然としない着地が同時。
ゲッコウガは太腿の十字模様に右手を当て、水で出来た手裏剣を発射。
インテレオンは右手人差し指にある噴射器官から圧縮された水流弾を発射。
「くごぉッ……!」
「れッ、おッ……!」
双方ともに、左肩に相手の技が突き刺さった。
「ファーストアタックは相打ち?」
「いや、見ろ! ゲッコウガの左肩!!」
「コレが噂の『銀の弾丸(シルバーブレット)』ね……」
弟妹が指差し快哉する先には、水流弾が消失してなおゲッコウガの左肩に銀色の針が深々と突き刺さっていた。
「あーッとゲッコウガ! 左肩に突き刺さる針で苦悶の表情!! 一方インテレオンはあっさりとみずしゅりけんを引き抜きダメージ軽微!! キバナさん、コレは一体?」
「インテレオンはとどめばりの技の際に用いるむしエネルギーで針を作り、水流弾の中に仕込んでいたのさ」
「なんと!?」
「タイプエネルギーの流動活用ってやつだな。技に関しても『止めを刺す』のではなく『相手を止める』目的でとどめばりを応用している。『銀の弾丸』とはよく言ったもんだぜ」
学生レベルとはいえキバナは素直に感心を示した。こういうことがあるからたまに学生の試合にも顔を出しているのだ。
「げあッ!」
突き刺さっていた針を引き抜くゲッコウガ。
マフィンは冷や汗をかかされた。『へんげんじざい』により元からあったあくタイプが消失していなければとどめばりは効果抜群だったからだ。
「れぉうッ!!」
「ッ! ゲッコウガ!!」
そこへ既にインテレオンは走り寄る。
「げあああッ!!」
異物が突き刺さっていた痛みの残る左手を振り上げ、ゲッコウガは地面に勢いよく触れる。
「出た! マフィン部長流万能たたみがえし!!」
ロイが両手で握り拳を作り目を輝かせる。
マフィンのゲッコウガが手を加えているたたみがえしを起点に攻撃も防御も展開していくお決まりのパターンを知っているからだ。
『おかしい、何故インテレオンが走ってくる?』
マヤの相棒ポケモンとしていつも泣いていたみずとかげポケモンメッソンの頃を覚えていたが故に、インテレオンの猪突に対してマフィンは違和感を覚える。
「れぇ〜おッ!!」
そのインテレオンはゲッコウガへ肉薄するのを遮るように盛り立てられた土壁を勢いよく両足で蹴り、バク宙の要領で空中からニュートラルポジションめがけ飛び退いてゆく。
「戻ってきてインテレオン!」
飛び退くインテレオンをマヤはボールの回収光線でキャッチし、マフィンへ不敵な笑みを向けた。
「……とんぼがえりか」
たたみがえしによる起点作りをあっさり看破されていたことをマフィンは悟る。
「戻れゲッコウガ!」
インテレオンが引き下がったのをこれ幸いと、マフィンもゲッコウガを引っ込めた。
『マヤ選手、マフィン選手の動きを完全に見切っております! 互いにポケモンをチェンジとなれば、この先どんなバトルが繰り広げられるのでしょうか!?』
『まぁ、銀の弾丸の芸当はインテレオンでしか出来んとは思うがね。エースや相棒以外で出来るんだとしたら学生やってるのが勿体無いくらいの怪物さ』
キバナの指摘は的を射ていた。セキガク時代から付き合いの長いインテレオンとだからこそ『銀の弾丸』は上手くいくのだ。
それでも優勢を取られたマフィンとしてはここから巻き返すしかなかった。
かつての同志のぶつかり合いは、ここからさらにヒートアップする……!
『タダノ』
9歳。アローラ在住の少年。
マヤの姉でライカの兄。整った顔立ちの少年で姉を目標に強いトレーナーになりたいと思っている。
姉曰く生意気だが根は優しく、根性があるとのこと。