次はベスト4、因縁のエクシード学園との対決。リコは打倒アメジオに燃えに燃えるのであった。
全国大会の準決勝は12月27日に行われ、その前日である26日は休養日としてあてがわれていた。この辺りの諸々のスケジューリングは地方予選とそこまで大差はない。ポケモン愛護の観点を第一としてのことだ。
「わぁ〜! ひっろ〜〜〜い!」
「ほほぉ〜!」
グループ予選の2試合とも出番が回ってくることなくベンチにいるままでしかなかったリコは体力が有り余っており、部全体として練習も出来ないとなれば、フリータイムとされた日中はワイルドエリアへ繰り出すことにした。
チャンが引っ付いて来たので引率ついでに体を動かすためだった。
大自然が街と街とを繋げるように地方全体に広がっているのがワイルドエリアであり、ガラルにおける文明の象徴がシュートシティだとすれば、まさしく自然の象徴であった。
朝食を済ませてからシュートシティを出発し、ナックルシティより南下した先の『ストーンズ原野』までのロードワークについてきてなおけろりとしているチャンの体力にリコは驚かされた。
場合によっては走るスピードを抑えるのも考えていたリコだったが、いい意味で予想外といえた。
チャンだけでなく、オドリドリも一緒に走り込みで鍛えられているのが分かった。
「体力あるんだね、チャン」
「そうかな? 家から研究所まで毎日走ってたからかも」
呼び捨ては、チャンの方から求めて来たことだった。リコとしてもちゃん付けは語感からして引っかかりを覚えていたためこれ幸いのことといえた。
「ねぇねぇお姉さん。あっちの方から霧が出てきた!」
「ホントだ」
「霧のない時とは違ったポケモン出て来たりして!」
「そうだね。行ってみよっか」
はしゃぎながらも指摘としてはなかなかに鋭いものであるのにリコはクスリと笑みが溢れる。
「にゃんろ」
先を走るチャンとオドリドリに追従するようにリコとニャローテも続いた。
「あまま!」
「あま〜!」
「アレがアマカジでしょ。こっちにいるのがムンナでしょ」
「むん?」
霧が湧き立ち、若干視界がよろしくない中でもチャンが見かけたポケモンの名前をスラスラ言い当ててるところにリコは隣り合って歩いている。
チャンとて伊達にオーキド研究所へ足繁く通っていた訳ではなかったのが窺えた。
知らず知らずのうちにトレーナーとしての基礎固めとなっていたのは往復のロードワークの他にも、研究所に預けられているポケモンたちとの触れ合いからある程度の知識を吸収していたのだ。
体力も知識も備わって来ているのが分かる。
「凄いよチャン。私の9歳の頃よりずっとポケモンに詳しくなってる」
「えへへへ……こういうのって詳しい方がバトルに有利だよってシゲル博士に言われて。お姉さんたちと一緒に頑張るって決めたから」
チャンが言うには、12月を迎えてすぐに学園側とのテレビ通話での面談を済ませたとのことだった。
セキエイ学園では入学を決めた児童に対して事前の面談が行われる。そこでのやり取りから児童に合わせた相棒ポケモンが選定され、入学後のオリエンテーションで渡されるのだ。
セキガクの生徒となるならば誰もが必ずや通る道なのだ。リコも、ロイも、マフィンら先輩たちも同じような道を通って来た道だ。
「……」
昨晩のことをリコは思い出す。
ナックルスタジアムからシュートシティの宿泊用ホテルへ帰り着き、試合に出なかったリコは軽いロードワークの帰りにエントランスで顔を突き合わせているマフィンとホタルを見かけた。
「エクシード学園は事実上、ルールの網に引っかからないドーピングをかましてくる集団だ。そんな相手に体力を回復し切れないような奴を出せるものか」
「リコちゃんも言ってただろ。アメジオだけはそんな手使いやしないって。彼が出てくるであろうポイントにぶつけてくれたらいいんだ」
耳をすましてみれば、2人はちょうどエク学戦のオーダー編成真っ最中であった。
覗き見るマフィンの顔色はあまりよろしくない。ポケモンスクールとの試合において発動させたZワザの反動がありありと見て取れた。
マフィンが生まれ付き虚弱体質で、身体能力の伸び代が常人に比べ極端に小さいというのはセキガクバトル部において特に伏せられた情報ではなかった。
やむを得ない事情とはいえ病気とかそういうことではなく、マフィンも同じ練習に臨むことで同情を嫌う旨を露わとし、皆もそれで納得していた。
ホタルが言うように休養日を挟んで完全に本調子に戻せるとは思えない横顔を見ていては、リコは2人の前に飛び出していた。
「あ、あの! お疲れ様です!」
気付けば自然に体が動いていた。
「リコ。ロードワークの帰りかな?」
「マフィン部長。ホタル副部長。こんなこと、1年生の身分で言っていいわけないのは分かってますけど……お願いします! 私をアメジオにぶつけて下さい!!」
深々と頭を下げながら言い放つそれは、事実上マフィンを押し除けての起用嘆願に他ならなかった。
「マフィン部長には、準決勝は休んでもらって、決勝戦を万全の状態で戦ってもらう方がチームのためだと、お、思うんです……」
たどたどしい口調の中にライバル心を隠し切れていないリコにマフィンは立ち上がり、ポン、と肩に手を置いてからエレベーターへと歩き出す。
「フフッ……」
無言でエントランスを立ち去るその顔は、我が意を得たりと満足げであった。
『ナギに負けず劣らずのペテン野郎だな』
ホタルの嘆息は、マフィンを見送るリコの耳には届かない。
ホタルからは、マフィンが最初から準決勝における自分のポジションをリコに託すつもり満々であったのが見て取れた。
とんだ茶番に付き合わされた形ではあるが、チーム内における役回りの継承という意味では必須なものとして受け取ることにしていた。
『セキガクの柱』の継承が、また1歩確かに前へ進んだのだ。それは決して悪い話ではない。
「まぁ、なんだ。予選グループでアメジオが起用されてなかったのが温存なのか別の意図あってのことかは分からないし、当然準決勝に出て来るかも分からない。ボクのオーダー読みも完璧ではないから確約は出来ないが……編成面の努力は精一杯するよ」
「あ、ありがとうございます!!」
改めてリコはホタルに深々と頭を下げる。
ホタルは鷹揚にペンを持った右手でエレベーターを指す。『早く戻って体を休めろ』とジェスチャーしていた。
「お姉さん!」
「はうあ!」
来る準決勝のオーダーを決めるやり取りに思いを馳せていたリコは、チャンの呼びかけで意識を現在へと呼び戻す。
「ご、ごめんごめん!」
リコの物思いの内容が気にならないでもなかったが、自分が見たものの方が大事だろうとチャンは草むらの一角を指差した。
「見て。アレ……」
そこには、魔女の帽子を被ったような一頭身の妖精を思わせるフォルムがガタガタと震えていた。小さなポケモンだ。
「あの子は……?」
「おだやかポケモンミブリム。エスパータイプ。周りの感情をキャッチすることが出来るんだって」
「それもシゲル博士から?」
「うん。シゲル博士もあの子の進化系のブリムオンをゲットしてるから」
エスパータイプ特有のサイコパワーの用途はポケモンごとに全く違う。
周囲の生き物の感情をキャッチする生態上、全身を震わせ縮こまっているミブリムの現在のシチュエーションとしては、外敵から身を隠しているというところであろうか。その外敵が同じ野生のポケモンというならばみだりに手を出す訳にはいかないのが自然界と共存する人間の守るべきルールである。
第一、感情をキャッチするという性質を鑑みるに、怯え切っている状態の彼女のパーソナルスペースへズカズカと踏み入ること自体あまりよろしくはないのだ。たったそれだけでミブリムはこちらを敵として認識しかねない。
ミブリムの様子を遠巻きに窺い、様子を見ることにしたリコとチャンの耳に無遠慮に響くのはトラックの走行音だった。
「みぃー……! みぃー…!」
「お姉さん、アレ!」
チャンが指差す動物運搬車の窓からは、多数のミブリムの姿……。
運搬車の周りに続けてやって来てそのまま止まる車より降りて出て来るのは、猟銃や網を構えたいかにもガラの悪い男たち。この時点でリコの中では1つの結論が出ていた。
「あの人たち、ポケモンハンターだ……! きっとミブリムを狙ってる……!」
唸るように呟くリコに、チャンはリアクションするところで慌てて自分とオドリドリの口を塞ぐ。
大声を上げれば自分たちの存在と、近くにいるミブリムの居場所がバレてしまうと察してのファインプレーだった。
「霧の中だから、電波を上手く拾えてない……!」
ジュンサーさんに通報すべくスマホロトムを取り出したリコだったが、外部に連絡を取れずに歯噛みする。そして、現状はあまり手をこまねいてもいられなかった。
「逃げやがった奴はどこ行った?」
「この辺りで荷台から落っこちたみてえだが」
ポケモンハンターがしらみ潰しに辺り一体を捜索し始めた。このままでは近くの草むらに身を潜めているミブリムが見つかるのも時間の問題だ。
学生として、バトル部の一員として無茶は禁物であるのはリコも百も承知。しかし、ポケモントレーナーの端くれとして、怖がって動けないポケモンに迫る危機を見ていて何もしないというのも憚られた。
義を見てせざるは勇無きなり。ここで立ち上がらねば女がすたるというものだ。
「チャン。電波が繋がる場所まで行ってジュンサーさんを呼んでくれる?」
「お姉さんはどうするの?」
チャンにリコは答えない。ただジッと運搬車を見据える瞳から、ミブリムのために無茶をする覚悟を決めたのは容易に想像できた。
「ん、分かった」
まだトレーナーとして戦えないチャンには、リコの指示に従うよりなかった。
「ほぅぅ……!」
「あたし、すぐ戻って来るから!」
「うん」
リコに背を向けた方角へチャンはオドリドリと走り去る。
コレで単身となったリコは改めて思案を巡らせる。
リコとてたった1人でハンターどもを蹴散らし、運搬車に詰め込まれているミブリムたちを解放出来ると思い上がるほど無謀ではない。何か、時間稼ぎの方策はないかと作戦を考える。
「むーん」
そんな中、意外な協力者が名乗り出てくれた。
「むぅ〜。まぁ〜だ積荷から漏れた1匹は見つからないのテツかぁ?」
「は。皆必死に探してるのですがこれがなかなか……なにせエスパータイプですからな。みらいよちなりでこちらの動きを読んでたりするかも」
「まったく。これだから下々の連中は愚図で困るんテツ! このボキュを待たせるなんて恥知らずもいいところテツねぇ〜。ま、このボキュ様に比べたら他はみ〜んな愚図なんテツけど〜? ジュジュジュジュジュ…!」
「はぁ」
運転手は助手席に座る男に対して必要最低限の返事をするのみだった。この肥満男の口から出るのは自己賛美と他者への侮辱のみだと知っているからだ。まともに応対することすら不愉快でしかない。
醜男は脂ぎった両手に持つ水晶玉を覗き込む。そこには緩くウェーブのかかった銀髪のツインテールに、青い瞳の美少女がウェディングドレス姿で神父の前に立っていた。
美少女の隣には、フォーマルなタキシードに着られている醜男の姿……。
「デュフフフフ……! ミブリムの落とし物100体分を素材として製作可能となるは対象の感情を完璧に把握できる攻略アイテム! コレさえあればカシマたんをボキュのお嫁たんに……」
醜男は、水晶占いを通して未来を見通していた。
運転手は以前、その力を使って直接片思いの相手の攻略をすれば済むことだろうと言ってみたが、
『はぁ〜……まったくぅ〜、なぁんにも分かってないんテツねぇ〜? ボキュたち偉大なるスクライアの民が持つ未来を読み取る力、コレは神より与えられたもの! 決して自分自身を占うことは許されないッ! そんなことも分からないなんて本当に愚かなことテツ〜プククッ!』
返答はこうだった。
この醜男曰くの内容はさておき、運転手としてはこちらを侮蔑しながらの物言いが癇に障った。それ以来、彼は醜男に対して必要最低限のやり取りを心がけるようになったのだ。
「む〜〜〜ん!」
「なんだ?」
そんな時だった。ポケモンの鳴き声が上がる。
「ようやく見つけたみたいテツねぇ」
「いえ、コレはミブリムの鳴き声じゃあないですね」
キリッ、とする醜男にしれっと運転手は言ってのける。
フロントガラスに飛び込む光景は、ピンク色のボディに花柄模様のファンシーな見た目をしたゆめくいポケモンムンナ。
ムンナの群れに囲まれたリコがニャローテを繰り出し、バトルをしているものだった。
『ポケモンの密猟について』
ポケモンハンターそのものは決して違法な存在ではなく、認可された者は生態系の保持や人里の安全確保のために日夜働いている。
唾棄されるのは無許可かつ、ボール契約による不自由を嫌いボールゲットを介することなく捕獲を行う者たちなのだ。