リコとチャンは休養日にワイルドエリアに出かけ、そこで怯えているミブリムと彼女たちを狙うポケモンハンターの悪行に出くわすのであった。
「あなたたちは……」
「むーん」
「むむーん」
時はほんの少し遡る。
草むらに身を潜めているミブリムを助けんがために思案するリコのもとに姿を見せ、協力を申し出たのはムンナの群れだった。
ムンナたちはミブリムの放つ微弱なサイコパワーをSOSのサインとして受け取り、同じエスパーポケモンのよしみで助け舟を出そうとしたところに同じ考えを持っていたリコを見かけたので一計に乗りかかろうとしたのだ。
「そっか! 私があなたたちの群れのスペースに不用意に踏み込んで怒らせちゃった、ってことにすれば……!」
「にゃろてん」
ニャローテからすれば事態は呑み込めた。あとは簡単なことだった。
「「「むむむむ〜!」」」
「にゃにゃあッ!?」
時を戻そう。
ムンナの群れによる四方八方からのサイケこうせんはまさに迫真だった。
「くッ……ニャローテ……!」
多勢に無勢として回避に専念するよりない……そんな演出をニャローテとするリコはチラチラと運搬車をチェックしていた。
隠れているミブリムはもちろんのこと、出来るならば捕らえられている娘たちも助けてあげたいと考えているからだ。
「ありゃあ群れに踏み込んじまったトレーナーですな。逃げ惑うしかないのを見るにルーキーでしょう」
「むむ!?」
醜男がギョロリと目を凝らす。
視界の先に映すリコのジャージ姿に内包された発展を続ける胸と尻、それらの中心である引き締まった肢体を透視機能付きのゴーグルで見通せば、下卑た笑みとともに股間を膨らませよだれを腕で拭く。
「デュフフフ……ボキュほど威徳ある大人物ならば側室の1人2人はいるべきテツねぇ……もちろんカシマたんが正室ということでどうか……」
誰も聞いてもいない欲望を垂れ流しながら醜男は助手席から降り、スマホロトムから呼びかけた。
「トラックの前でやりあってるムンナの群れを追っ払うテツ。残る美少女はボキュがエスコートして……ジュジュジュジュジュ!」
この時、醜男の中で逃げ出したミブリムのことは完全に後回しになる。
たまたま見かけたリコに対して邪な性欲をぶつける以外頭から消えていたのだ。
「むーん……!?」
「ムンナたちが……!?」
霧の中、ムンナたちが攻撃を受けることでたまらず退散してゆく。
リコはニャローテに一貫して攻撃の指示を出していない以上、考えられるのは展開しているハンターからのもの以外なかった。
「むむー……!」
最初にコンタクトを取りに来たムンナからの眼差しを受け取り、リコは首肯を返す。
『後は任せた』というメッセージだと思えたからだ。
「デュフフフ、怪我はないかなお嬢さん?」
でっぷりと肥えた肥満体を揺らしながら鷹揚さをアピールする醜男に、リコは生理的な嫌悪を覚えるがどうにか顔の奥へしまい込む。
歩いてきた方角からして運搬車に乗っていたのは明らかだ。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことテツ! レディをお助けするのはジェントルメェンの役目ッ」
歯の浮く台詞で自分に酔っている醜男の欲求はリコからして透けて見えていた。
寮生活における余暇で少女漫画を嗜むリコにとって、自分が恋愛をすることに関心はイマイチ湧かないものの異性同士のやり取りと、その反応というのはなんとなく掴んでいた。
目の前の醜男が下心丸出しで近づいて来ているのは初見から分かることであった。
「ボキュの名前はテジュクス! 偉大なるスクライアの民として世界を幸福へと導く担い手なのテツ! 人はボキュのことを『赤顔のテジュクス』と呼び、慕っている実力者なのテツよ。きみを襲っていたムンナの群れも、ボキュの手下たちに追い払わせたのテツ」
聞いてもいない自己紹介、いやもはや自己陶酔のままに醜男は、テジュクスは語り続けている。
下心を向けている割にはろくにリコのことを見ていないのも、他者との関わりを自分本位なステータスとしか思っていない態度の表れなのだろう。
「あの、そんな凄いお方が何故ここに?」
「デュフフフ……それはテツねぇ。ボキュたち一族に伝わる秘術により、ミブリムの力を借りることで新たな技術の光明が生まれると分かったのテツ!!」
ミブリムの落とし物にあるサイコパワーの残滓をかき集めることで彼女たちが持つ生態としての感情察知能力をデバイスに組み込むことが出来る、というような長々としたテジュクスの説明をリコはほとんど聞き流していた。
隙あらば自分語りを挟み、元より興味のないミブリムの大量捕獲の経緯を一方的に語り続けるテジュクスにかまけて運搬車に立ち去られでもしたらたまったものではないからだ。
「ぐばぁ!!」
そんな時だった。彼方で誰かがやられる声がしたのは。
「な、なにごとテツか!?」
『そ、それがこの霧の中で敵襲を受けちまったようで、マタドガス! ヘドロばくだん!!』
「なんのために数を雇ったと思ってるんテツか! さっさと追い払うのテツ!!」
『ぐわぁ!やられたぁ!!』
通話越しにハンターが倒されたことを聞くリコは、チャンが無事ジュンサーさんを呼んで来てくれたのかと思うも、それにしては周囲に展開されているであろうハンターたちへの対処に組織感が見受けられなかった。
「お嬢さん。ここは危ない。ボキュがエスコートしてあげるから一緒に退避を……」
「あッ……!」
もっともらしく手を取ろうとしたのに対し、リコが霧の中から姿を見せる影に体全体を向けることで回避すればテジュクスはべちゃりと肥満体をうつ伏せに転ばせる。
「驚いたな……こんなところで会うとは」
「そぅ?」
霧の中から姿を見せたのは、アメジオとソウブレイズであった。
時は少し遡る。
アメジオにとってワイルドエリアとは庭も同然であった。
幼い頃は母に連れられ、母を亡くしてからは父やハンベルと一緒に、トレーナーとなってからはコーチをしてくれていたフリードによる特訓の場となっていた。
今では専ら体力作りの一環としてロードワークのための場所であったところに出会したのが、霧の中のポケモンハンターどもだった。
『許せないな……!』
正義感がアメジオの中で燃え上がる。ポケモンハンターどもは何かを探して徘徊していると見えた。
違法行為を行う犯罪者連中の探し物など見つけられていいことなどはない。探し物で注意力散漫となっているならばアメジオにとって好都合といえた。
「いくぞ、ソウブレイズ!」
「ぶふぅッ!」
霧に紛れての各個撃破……アメジオの作戦が見事成功したのだ。
時を戻そう。
周囲のハンターどもをぶちのめしたアメジオからして、リコが連中と同類などとはこれっぽっちも考えはしなかった。
幾度かのやり取りを通して、彼女とは真剣勝負に病み付きな熱い魂を共有した良きライバルであると信じて疑うことがないからだ。
「そうか。あのトラックに捕まったポケモンたちがいるんだな」
「うん」
リコとしてもアメジオが悪者になるはずがないという確信のもとに事情の説明を省く。
ライバル同士、無言のコンセンサスができていた。
「ゆ……許せない……」
両手の受け身が間に合わず、顔面からすっ転んだテジュクスがようやく起き上がれば、
「いいか愚民ども……ボキュは友達や家族が酒や食べ物を頭からぶっかけられようが、つばを吐きかけられようがたいていの事は笑って見過ごしてやる……だがな!!」
その顔面は真っ赤に染まっていた。
「どんな理由があろうと!! ボキュはボキュ自身を傷つける奴は許さない!!!!」
啖呵を切った気になっているテジュクスに、リコもアメジオも目を丸くしながら互いを見る。
テジュクスに対してはポケモンハンターを従えてミブリムたちを怖がらせている外道という認識でしかなく、そこに馬鹿にするも何もありはしない。最初から下の下だ。
テジュクスの方が勝手に被害妄想から他責を爆発させているに過ぎないのだ。全くもっていい迷惑である。
「ちょっと顔がいいからって調子に乗るんじゃあねェテツ!! その美少女たんはボキュの側室なんテツぞ!!」
「お、俺に言ってるのか?」
「確かに顔がいいものねアメジオ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
どこか間の抜けたリコとアメジオのやり取りはテジュクスにとって男女の交わりにしか見えず、悔しがりながら地団駄を踏む。
リコとしてはこの醜男の下心が丸見えなのもあってまともに取り合うのも生理的に嫌であった。
「キキキキィィィィ!! もう頭にキタテツゥ〜!! 我らがスクライアの民による偉大な発明品、この強制ダイマックスボールでそこら中のポケモンをダイマックスさせて、2人まとめてペチャンコに……」
「確保ーーー!!」
「うぃんおおおッ!!」
懐から怪しげなボール型のデバイスを取り出しながらテジュクスが言い終えるより前であった。
「な、なんテツ!? うわわわわ!?」
霧の中から死角を突いた形で右側面からでんせつポケモンウインディがその乳白色の鬣をなびかせる逞しい獅子のような巨体で飛びかかり、肥満体を取り押さえたのは。
「お姉さーん! あ、爽やかな人!」
「チャン」
「やぁ」
同時に駆け寄るチャンは、リコがアメジオと一緒にいたのでびっくりする。
「14時42分! 野生ポケモンへの暴行行為により現行犯逮捕!!」
ウインディが取り押さえたテジュクスの両手に、駆け付けたジュンサーさんが手錠をかける。
「周囲にいたポケモンハンターとの関係もきっちり話してもらいますからね!」
「て、てじゅうふぅぅぅ〜ッ!?」
警察犬として鍛え抜かれたウインディの150kgを超えた重さの前では、いくら肥満体をジタバタさせようとも無駄なことであった。
「危険人物の取り押さえに協力していただき、感謝します! それでは本官たちはこれで失礼します!」
「ぐぅぅ……離せ〜! ボキュを誰だと思っているぅ〜!」
「うぃう」
手錠をかけられ、ウインディの背に拘束された形で連行されるよりなくなったテジュクスを尻目にジュンサーさんはリコたちへ敬礼してから走り去ってゆく。
テジュクスを確保してすぐに応援が駆け付け、警察により押収された運搬車から99体のミブリムたちは解き放たれ、入れ替わりにポケモンハンターどもが放り込まれてはそのまま連行されていった。
テジュクスが取り押さえられた段階で運転手は逃走を図ったが、すぐに捕まったらしい。
「か、カシマたんとの夫婦生活がぁ〜! 世間がボキュの邪魔をするぅ〜!」
テジュクスが一方的な片思いをしていたカシマとはバウタウンに住んでいる少女であり、既にガラル国防軍の提督と結婚していてあらゆる意味で最初からテジュクスとは終わっている以前の話だったのだが、そんなことはリコたちにとって至極どうでもいい話である。
「お互いとんだ休養日になってしまったな」
「ありがとうアメジオ。アメジオが来てくれなかったら私あのままどこかで下手を打ってハンターたちに袋叩きにされてたかも」
「それはこちらの台詞さ。リコがあの指示役を引き付けておいてくれなかったら俺こそ袋叩きに遭っていたやもしれぬ」
チャンは幼なくとも愚鈍な少女ではなかった。
微笑みを交わすリコとアメジオの間に共有されているものが決して浮ついた恋愛感情のそれなどとは別質のものだと分かった。
それは、勝負の世界に生きる者同士が持ち合わせる熱い魂だと正確に認識できるようになるのはもう少し後になってからではあるが。
「みみぃ……」
「あっ、ミブリム」
そんな3人の近くにある草むらからおずおずと姿を見せたミブリムは、そのままリコの足元へと歩いて来る。
リコは、この娘が最初に見かけた震えていた娘だと直感的に気付いた。
「お礼を言いに来てくれたの? そんなのいいのに」
「みぃみ……!」
しゃがみ込み、視線を合わせながら応対するリコへのミブリムのリアクションはどこかモジモジしている。
「そいつ、きみにゲットして欲しいんじゃあないか?」
「えっ」
「自分たちを助けるために危険を承知で立ち回ってくれた心意気に惚れたんだろう」
リコたち側の経緯をイマイチ呑み込めていないアメジオではあったが、このミブリムの秘めた要求に関しては的を射た解釈であった。
元より他者の感情を無意識にキャッチしてしまう生態を持つミブリムが自分から他者に近付くというのはそれだけでリスクを背負う行為だ。目の前の彼女が、それを承知で我が身を託すに値する主人を見つけたとあらば、リコには断る選択肢などなかった。
彼女の心意気にリコもまた惚れたのだ。
「ミブリム……私と一緒に強くなっていこう!」
「みみぃ〜!」
リコが頭上へボールを放り投げればミブリムは跳躍し、開閉ボタンに触れて中へ収まる。
ミブリムにとって自ら決めた道、ボールの振動は最低限の機能的なものでしかなく、すぐに収まりを見せた。
「ミブリム、ゲットです」
「フッ。俺もつくづく甘い男だな。みすみす対戦相手の戦力を増強させてしまうとは」
背を向け、立ち去ろうとするアメジオの口角は言葉とは裏腹に吊り上がっている。
「俺は明日必ず試合に出る。そして正々堂々セキガクに勝ち、決勝でも勝って全国制覇を果たしてみせる」
「アメジオ……私たちは、セキガクは絶対に負けない。全国制覇は、私たちがするから!!」
リコの返答はアメジオにとって小気味よく、一言一句全てが望んだままのものだった。
「ぶふ」
ソウブレイズがリコとチャンにペコリと一礼してから主人とともに走り去ってゆく。
「霧が……」
チャンが呟く通り霧が晴れ、ストーンズ原野には晴天が戻った。
『スクライア一族』
水晶占いを生業として古代より存在する特殊能力を持つ人々。水晶を通して未来を見通す力を持ち、未来の技術を先取りすることが出来る。
反面その能力を鼻にかけて自分を神のように持ち上げ、他人を見下し踏み躙ることをなんとも思わない傲慢な人ばかりの一族だ。