リコたちが見守る中、まず先にアサギ塾とオレンジアカデミーが激突するのであった。
『ベトベトン、戦闘不能! ドリュウズの勝ち!! よって勝者、アサギ塾3号生センクウ選手&ラセツ選手!!』
「流石に役者と場数の違いが出てるな」
ダブルバトルは淡々と進み、淡々と決着した。
ピーニャとシュウメイも奮闘こそしたものの、アサギ塾のタッグを前にシンプルな力負けを喫してしまった。
「……アサギ塾は全員があらゆるオーダー配置に適応出来るように鍛錬されている」
「どんなオーダーだろうと出されたもの全てがベストメンバーってことか。半端ないね」
キラリの指摘にミコも息を呑む。
「ぶーい……」
アサギ塾タッグの磐石の試合運びを見せられ身震いする相棒の頭をミコは優しく撫でる。
『さぁ続きましてはシングルバトル2! このままアサギ塾が勢いのままに勝ち切るか、それともオレンジアカデミーが大将戦まで回すのか!!』
「ビワさん……」
リコとしては、やはり他地方交流中に付き合いの多かったビワに対して強く意識が向いていた。ビワのいるオレンジアカデミーを応援していた。
「むきゃあああッ!!」
「ずッきぃんッ!!」
ふんどざるポケモンコノヨザルのクロスチョップとズルズキンのしねんのずつきがセンターサークルにてぶつかり合う。
互いの技から迸るタイプエネルギーがスパークを起こし、反発作用によってどちらもバク宙でニュートラルポジションまで跳ね戻った。
「きぃ……きぃ……!」
「ずぅッ……!」
コノヨザルは着地でふらつき肩で息をしており、ズルズキンは若干表情から辛さが漏れているも構えを崩すことはない。
『シングルバトル2は序盤から激しい攻防! ビワ選手のコノヨザルのプロレスファイトに対してマンジマル選手のズルズキンは独自の拳法スタイルで以て立ち回り有利に試合を進めています!!』
『ズルズキンはコノヨザルのパワーを上手く受け流してダメージを最小限にとどめているね。高度な技術でパワーに立ち向かうとなればその分メンタルが擦り減らされるものだ。コノヨザルの側にもまだまだチャンスはあるよ』
「驚きはせぬ。皆同じ条件の中で試合を重ね、今こうして勝負の場に立っているならば相応の猛者であることは明白!」
「分かっていたけど、強いしなにより隙がない……!」
バトルが始まってからというものの、ビワ側にクリーンヒットは未だなかった。
それでも側から均衡状態に見えるのは、ズルズキンにコノヨザルのパワーを受け流されながらも、その積み重ねで無視できないダメージの蓄積をどうにか稼げているからに過ぎない。そしてその点は、マンジマルも当然把握していることだ。
ビワは、アサギ塾全体が生粋の戦闘集団であることを身を持って思い知らされていた。
油断や気の迷いなどとは無縁、そして誰が相手であろうと己がパフォーマンスの全てを叩き付けて勝利に邁進するのみという気迫以外対戦相手から感じ取れるものはない。
「そのコノヨザルのパワーはよく分かった。ならば我が魍魎たる魔拳の真髄で以て幕を下ろすとしようぞ! ズルズキン! かげぶんしん!!」
「ずッきンに!!」
ズルズキンが両手を素早く広げてから胸の前でクロスする。
『あーッとズルズキン、ここでかげぶんしん! 分身を作り出し、撹乱戦法に入るようです!』
『いや、どうやらただ単に小手先に走るわけでもなさそうだね』
「……!?」
「きぃんず……!」
技の名前通り分身を作り、その中に本体を紛れ込ませているのはかげぶんしんの運用セオリーを踏襲している。ただビワとしてはズルズキンが作り出した分身の数に引っ掛かりを覚えた。
『ズルズキンはまだ体力に余力を残しているはず。その気になれば10でも20でも分身を作れるでしょうに何故たったの5体だけ……?』
浮かんだ疑問はすぐに解へと至り立ち消える。
「そうか!」
「流石、我が分身術の意にすぐさま気付いたか」
「要はタイプエネルギーのリソースを振り分けてるのさ」
「どういうこと?」
「20の分身を作れるだけのリソースがあるなら、それを5体に凝縮することでより精巧な分身を作ることが出来るってことさ」
モニターの向こう側のズルズキンが分身含めて6体、紛れ込んだ本体と全く同じ動作で歩く様こそはまさしく雑多に技を使うだけでは到達できない奥義であるとフリードはロイに付け加える。
「……」
正直なところと言えば、リコは気が気でなかった。完全にビワは押されている。それでも彼女の戦い振りから目を背けるのはもっと失礼だと思えたからこそジッと試合を注視し続けていた。
『コノヨザルダメージは大きいか! 5体分身を展開したズルズキンに前後左右を囲まれてしまったーッ!!』
「参ったな……」
ポツリ、ビワは呟いた。
「ごめん、ボタンちゃん。ごめん、みんな……全員で『宝物』を持って帰ろうって約束、果たせそうにないや……」
「ビワ姉……」
ネクストサークルのボタンは目を仰天のもとに見開いた。
コノヨザルの構えが、ビワのそれとシンクロして変化したからだ。
『あーッとコノヨザル、ここまでのプロレススタイルから一転! 軽快なフットワークで拳を揺らすボクシングスタイルにスイッチだ!!』
『何か奥の手があるのかな?』
「駄目だビワ姉!! それだけは使っちゃ駄目!!」
「マジボス殿?」
「やめるんだビワ姉!! やめてくれぇぇぇッ!!」
血相を変え絶叫ながらに訴えるボタンの声を背に受けながらもビワは既に腹を括っていた。
先の呟きは、決して夢破れた敗北を悟っての謝罪などでは、ない……!!
「ズルズキン! じごくづき!!」
「ずきぃぃぃぃぃッ!!」
『わたしはなにがなんでもこの試合に勝つ!! たとえこの拳が砕け散ろうとも!!!』
前後左右より遅い来るズルズキンに、コノヨザルの『右』がビワの『右』とシンクロし、『右』そのものが『光った』。
「フラッシュ・ピストン・パンチ!!!」
「ききィィィィィあ!!!」
コノヨザルは円形に回転しながら迫るズルズキン全てに向けて右ストレートを突き刺す。
「なっ……!?」
本体の居場所は、相手ベンチへ向いていたコノヨザルのまさに正面。
「ずぎゃあッ!!」
飛びかかったところへ必殺ブローを叩き込まれたズルズキンはコーナーライン際まで吹っ飛んだ。
「ッ……!!」
同時にビワの右腕からビシビシ、と不快音。筋肉全体がズタズタとなり、悲鳴を上げていた。
『ボクシングスタイルとなったコノヨザルが凄まじいパンチを披露!! ズルズキンに必殺ブローを叩き込んだーッ!!』
『コノヨザルの系列はマッハパンチは覚えられない。あの拳速はおそらくしんくうはの応用だろう。それ以上に……』
「なんというものを生徒に仕込ませていたんだ!! キハダは!!」
ナンテの憤慨はマンジマルの絶対有利を崩されたことではなく、生徒の捨て身の必殺ブロー習得を放置していたようにしか見えないキハダに向いている。
「塾長。あのパンチをご存知で?」
「ポケモン歴1950年代……現任のチャンピオンアイリスから数えて先々代に当たる当時独立状態だった頃のイッシュリーグにて無敵無敗を誇り伝説のチャンピオンと言われたパンプシャーが開発した必殺ブローです。その強烈無比な破壊力はポケモンはともかく人体にとってはあまりにも過大! パンチの完成と引き換えにパンプシャー氏は腕の筋肉がズタズタとなり現役を引退……チャンピオンの座はアデク氏に引き継がれた」
エイケイに問われればナンテの口は語り出す。塾生の問いに答えるのも教師の役割だからだ。
「発動にはポケモン側の十分な筋力に加えて多大なエネルギー、そして精密なフォームを求められ、それらを徹底的に仕込むにはトレーナー側もまたパンチの習得が必須条件! 氏は後年、病に伏せりがちとなり死が近づいて来た段階で必殺ブローが世間に広がり、その反動によって選手生命が絶たれる悲劇を起こすまいと習得、使用の危険性を説き、書籍の回収もしていたと聞くが……そこから漏れたものがアカデミーの蔵書に紛れるくらいのことは起こり得るか」
オレンジアカデミーのエントランスの光景をナンテは思い浮かべる。本場の図書館もかくやという蔵書の数を思えば、焚書を逃れた書物の1つや2つが流れ着いていたとしても不思議ではないと思えた。
「ぬううッ……!」
キハダにとってビワがその身を削る必殺ブローを隠し持っていたことは全くの寝耳に水としか言いようがなかった。
関係こそ良好ではあるにしろ、そもそもキハダとスター団の関係性の始まりは1年半前から今年の4月までパルデア地方の各地に立て籠もり、登校拒否をしていたところから『とある1人の転入生』の活躍により諸々の問題が解決。ポケモンバトル部として再編されるのに際してアカデミー側から監督の立場を任されたところからであった。
当然ながら監督就任となる前段階でクラベル校長よりスター団の経緯は全て聞かされており、一切合切了解の上で監督を引き受けたキハダをボタンたちも抵抗なく受け入れた。
とはいえキハダもキハダでバトル学の授業を担当している身分であり、パルデア中を自由に動き回る『宝探し』の課外活動を重視する校風からチームの状態をことごとく把握しておくのは難しく、その辺りは専ら部長兼マネージャーとなっていたボタンに一任するよりなかったのだ。
「うちの……うちのオーダーがまずかったんだ。ダブルに置いとけばビワ姉はこんな無茶せずに済んだんだ……!!」
そんなキハダの期待するままに、ボタンは確かに監督の把握しきれていない部分をカバーしていた。
スター団は皆が平等であり『お願いはするが命令はしない』をモットーとしている。それはかつていじめっ子たちを前に団結した当初から変わっていない。
ボタンがビワの必殺ブロー特訓の場を目撃したのは偶然の出来事であった。
その場でボタンはビワに『お願い』をし、危険な技は封印したはずだった。
その封印をビワに解かせ、『お願い』の反故を決断させたのは不徳の致すところと自らを詰る。
「それは違うぞボタン部長。いや、マジボスと言うべきだな」
ネクストサークルで打ちひしがれるボタンに声をかけるキハダの声色は毅然としたものだ。
「マジボス。ビワはチームのために我が身を投げ打ってでも勝利を掴み取りに行ったんだ。その選択をした彼女の中に、キミやチームメイトを恨む気持ちなどはない! 彼女にとって、ここまでやってきた挑戦を、全国制覇の夢を自分の試合で終わらせたくはないという覚悟のもとに拳を握り、振るい抜いたのだ!!」
「キハダ、先生……!!」
「ビワのことで何かあったらば、責任は全てわたしが取る。そのための監督だからな。だからここは見届けよう。それが、わたしたちに出来ることだ。そしてその後は……!!」
「うちが、決める……!!」
キハダは、ボタンに力強く首肯した。
『悔いはない……トレーナーが勝負に命を賭けること、それがどういうことかはあなたが身をもって教えてくれたからね。リコちゃん』
「きぃ……」
コノヨザルに伝えた必殺のフォーム、そのシンクロにより使い物にならなくなった右腕の感覚を誤魔化すようにビワはコノヨザルへ笑みを向ける。
テラスタル研修の応用テスト、容赦のないグルーシャを相手にどれだけ力の差を見せつけられようとも決して諦めず、意地を貫き通したリコの姿はビワにとっても鮮烈であった。
誰よりも大きく、誰よりも優しい心を持つビワはリコに感化され、チームのために右腕を捧げたのだ。
「ずぅきぃ……!!」
「むきゃ!?」
『あーッとズルズキン!! 起き上がった!! 起き上がりましたーッ!! なんという気迫、なんという執念!!』
『ここから先は力や技ではない、精神の勝負だね!』
「よくぞ、よくぞ立ったズルズキン!」
主人を悲しませまいと立ち上がるズルズキンにマンジマルの拳は握られ、激しく震える。
「よもやあの伝説の必殺ブローの使い手とやりあえるとはなんたる僥倖……! 俺もアサギ塾至天王の1人とされた男!!」
ズルズキンが走り出すのに合わせ、コノヨザルも構えを取り直す。ビワとシンクロさせたボクシングスタイルだ。
「どんなことがあっても負けるわけにはいかん!! 我らの死力を注いで喰らわせろズルズキン!! しねんのずつきィィィッ!!!」
「ずきぃあああッ!!!」
吼えながらもマンジマルは冷静であった。仮にコノヨザルが反撃に出るとしてもエスパーエネルギーで覆われたズルズキンの頭ならば突き破れると踏んだ。
コノヨザルの『右が再び光る』などは考えられなかった。生みの親が完成とともに選手生命を失った禁断の技であるのを知っていたからだ。
「あきらめたら、そこで試合終了だよね。リコちゃん……」
ビワは友に倣う。決してあきらめぬ心で拳を握る。
「たとえこの拳が!!! 砕け散ろうとも!!!!」
「むきいいいいいあああああッ!!!!」
コノヨザルの『右』は、再び『光った』。
『マンジマル』
17歳。オレンジアカデミー3号生。
1軍メンバーにして『至天王』の一角を務めている。
相棒のズルズキンと心身ともに同じくするためにモヒカンにする凄絶な覚悟を持つ青年。極限まで鍛え抜いた体術をどちらも自慢の武器にしているぞ。