ビワは、スター団の仲間たちのために右腕を犠牲に渾身のブローを振り抜くのであった。
「ぬううっ!?」
禁断の必殺ブローの前には、しねんのずつきにより発生するサイコパワーなどはなんのガードにもなりはしなかった。
コノヨザルの『光る右』……F・P・P(フラッシュ・ピストン・パンチ)が2度目の唸りをあげれば、ズルズキンはその直撃を頭突きのために傾けた頭で受け、勢いよく吹っ飛ばされる。
「ズルズキンッ!!」
すかさずマンジマルはトレーナーサークルを飛び出し、吹っ飛ぶズルズキンの先へ我が身を差し出し両手を広げた。この勢いのままにフェンスへ激突すればタダでは済まないというトレーナー判断による所持ポケモン保護の観念からだった。
「ごはぁッ!!」
マンジマルがズルズキンが吹っ飛ばされるのを受け止め、その下敷きになる。その選択そのものが、この試合の決着を物語っていた。
「た、大したやつよ……伝説の必殺ブロー、確かに効いたぜ……!」
マンジマルをクッション代わりにフェンスへの直撃を回避したズルズキンであったが、吹っ飛ばされた時点で意識を失っていた。完全に戦闘不能である。
「ズルズキン、戦闘不能、コノヨザルの勝ち! よって勝者、オレンジアカデミー3年ビワ選手!!」
審判の勝ち名乗りもそこそこにフィールドで慌ただしく人が動き出す。
キハダの要請を受けたスタジアムの医療スタッフはもちろんのこと、ボタンたちスター団もビワのもとへ駆けていた。
「「「ビワ姉!!」」」
「みんな、ごめんね。流石にコレじゃあ明後日までに間に合いそうにないや」
医療スタッフの案内によりスタジアムの救護室へ直行となったビワは仲間たちへ力ない笑みを向ける。ズタズタに傷付いた右腕が重症であるのは明らかで、本人の語る通り決勝戦へ出るのは絶望的としか見えない。
「おっと、コレは自らの負傷も厭わずチームのために戦い抜いたビワ選手に向けての客席からの拍手です!! 敵も味方もありません!客席全体がビワ選手の並外れたガッツを称賛しております!!」
「うぅ、あまりに凄まじいフォア・ザ・チームの精神を見せられてしまった……ぼくは今、猛烈に感動している!!」
カブは涙を隠すことはしない。大の男が涙を流すところを見せることの恥ずかしさなど、この試合で見せ付けられたものに比べれば些細なものでしかなかった。
「コレこそ明日のない学生たちが命を投げ打って見せるひたむきなプレーだ……ぼくたちプロは甘い!!」
興行として『明日』を見据えて戦うことに慣れ切った熟練のトレーナーにとって、ビワの戦いぶりはまさしく鮮烈にして凄絶であった。
学生たちが目指し、いずれ挑む世界に生きるエキスパートとして、より強靭で、より高潔であらねばならないとカブは心に強く刻み付ける。今日、解説としてやって来た意味とはまさにコレであると確信をしていた。
「ボタンちゃん……わたし、信じてるからね。ここからボタンちゃんが勝って、決勝でもみんなが勝つこと。」
「ビワ姉……!」
「「「「ビワ姉ッ!!」」」」
「もういいかい?」
「はい」
気を利かせてほんの少しだけ出発を待ったスタッフに返事をし、ビワはひと足先にフィールドを後にする。
ビワの付き添いとしてキハダもベンチを去った。
「ビワ姉……行くとも。ビワ姉が戦い抜いたこのバトルに報いるためにも必ずッ……!!」
眼鏡をずらし、溢れ出る涙をユニフォームで拭い去ったボタンはトレーナーサークルへと歩んでゆく。
まさしく決死の面持ちであった。なにがなんでも、必ず勝つ。
「ぐ、戻れズルズキン。ようやってくれた」
視線がアカデミー側へ集中する中、マンジマルはズルズキンをボールへ戻し起き上がってはベンチへ戻る。
「大事ないか」
「細かいところはジョーイさんの診断を通してみないことには分かりませぬが問題はないかと。F・P・Pで腕を痛めた対戦相手の方がよほど深刻でありましょう」
「俺はお前の心配をしたのだがな」
「は……」
ジャキに対してマンジマルは刈り上げた後の右の側頭部をかく。モヒカン刈りに髭面と見るからにコワモテだが、自分のポケモンや対戦相手をまず気遣う生来の仁義がそこにあった。
「なんとも感動的な場面を見せつけられてしまいましたな。だけど、コレもまた勝負のうち」
アサギ塾きっての女傑集団である1軍担当マネージャーたちがマンジマルの試合後のケアで奔走する中、ナンテは全幅の信頼とともにジャキの背を見つめている。
「こちらとて1勝1敗のイーブンに持ち込まれ、なおかつ場の空気を一気に持ってかれた。ハッキリ言ってとんでもない痛手を被ってます。情にほだされてはなりませんぞ」
「無論」
塾長の言を背より聞き届け、ジャキはネクストサークルを出る。
双方共に負けられぬ信念のもと、『帝王』と『マジボス』が対峙した。
『これよりシングルバトル1、アサギ塾3号生ジャキ選手vsオレンジアカデミー1年ボタン選手の試合を行います!!』
「うーむ。シングル2までは、オレンジちゃんの方に頑張ってもらった方がいいかなと思ってたんだがね」
「今は?」
「どっちが上がって来ても厄介極まりないことになっちまったね。体張った仲間のために死に物狂いなオレンジちゃんも、そんな死に物狂いを弾き返すアサギ塾も、決勝でやり合うとなりゃあ、あのシングル2の前とは全くの別物になってるだろうからな」
ミコの問いに返すナギの目は真剣だった。
これから始まるシングル1の結果に関わらず、決勝を戦う相手は全国制覇を目指す最後の壁に相応しい難敵となるのは必定、この意識をセキガクバトル部は共有した。
「まずは準決勝だ。エク学を下さなければここでどちらが勝つもなにもあったものではない」
最後に正論を並べて場を引き締めるのは、やはりホタルの役目であった。
「出ぃ、オトシドリ!」
「つるぁ〜!!」
ジャキが繰り出すのは、腹から垂れ下がるエプロンのような長い体毛に抜け落ちた自らの羽を編み込んで作った袋をおくるみとして扱うおとしものポケモンオトシドリ。
「絶対勝たなきゃなんない……!!」
「しゃうあ!」
先発のシャワーズを繰り出すボタンは、決死の覚悟に燃えていた。
『さぁいよいよ決勝進出を賭けた大一番! 地方予選から今大会を通してマネージャーとして活動していて、この試合が初出場のボタン選手、『帝王』ジャキ選手相手にどのようなバトルを見せるのでしょうか!?』
「様子見はせぬ。翔べい、オトシドリ!!」
「つるぅあッ!!」
ボタンは指示を出さず、シャワーズは四つ足で構えたままオトシドリの飛翔を見送る。
『ひたすらに熱くなっておるだけでもなさそうだ』
ビワの決死の戦いぶりからの退場劇を目の当たりにしたボタンが、その決意を焦りに変えてしゃにむに攻めてくるならばジャキとしては楽な話であった。前のめりになっている相手の足元を突き崩すことほど容易なことはないからだ。
『元より我らは挑戦を受ける側……!』
ジャキからすれば相手が判官贔屓の後押しを受けることなどは最初から分かっていたことだった。ビワの奮戦は計算外だったが、場の空気に飲まれていては王者アサギ塾の主将などは務まらない。
「がんせきふうじだ。放てオトシドリ!!」
「つぁぁるぅ!!」
オトシドリは体内のいわエネルギーを具現化して周囲に展開。シャワーズを眼下に捉えそれらを一斉に発射した。
『飛翔を見せたオトシドリがそのまま攻撃!! 岩弾の乱れ打ちにシャワーズ動けないーッ!!』
『いや違う。『動けない』んじゃあない……『動かない』んだ。あえてね』
「『動かない』?」
解説のカブの言をもとにがんせきふうじの弾道へリコたちは着目してみる。すると岩弾の落下コースはフィールドの広範囲に降り注ぎながらも、そのことごとくがシャワーズに当たりはしないのが見えた。
「オトシドリのがんせきふうじは、相手が避けようと動き回ったら逆に当たるように狙いを定めていた……」
「あのマネージャーさんは、それを読み取って動かなかったってこと?」
「多分……?」
リコにアンはひゃあ、と声が漏れる。ボタンが技の発動段階から相手の発射の軌道を読み切っていたことになるからだ。
「がんせきふうじの規模からしてあのオドリドリ、『いわはこび』だね。なんというか、そこらの個体とは雰囲気が違うんだ」
「いわ技の威力が本場のいわタイプと遜色なくなる特性だな。つまりあのオトシドリはひこう、あくに加えていわタイプの技の扱いも上手いと」
ホタルの要約にマフィンは首肯した。
マフィンの読みの根拠としては、自身も隠れ特性を持つポケモンをゲットしているが故の推察である。
へんげんじざいのケロマツを扱う中で隠れ特性に関してそれなりに知見を深めていたのだ。
がんせきふうじの着弾により巻き上げられた埃の中でボタンはサッ、と右手を広げ天へ掲げる。
「シャワーズ、あまごいッ!!」
「しゃあああう!!」
シャワーズが吼えることでフィールド上空に雨雲が集い、ポツポツと雨が降り始める。
雨により砂煙が晴れれば、ジャキはボールを手に取り前へかざした。
「すてゼリフとともに戻って参れ、オドリドリ」
「つるぁいぁいぁいぁい!!」
けたたましい鳴き声をシャワーズへ叩き付けてからオドリドリは踵を返す。
「しゃあう……!」
何とも不快に思うシャワーズを尻目に、オドリドリは向けられていたボールの回収光線へ自らを飛び込ませていった。
シャワーズからすれば岩弾を振り下ろされてから散々罵倒を受け、一方的に変えられた形だ。何を言われたのかは人間には分かりようがないことだった。人間は原則としてポケモンの言語を把握出来ないのだから。
ポケモンの言語を正確に理解出来るというのは、今も昔も『異能』に片足突っ込んだ領域の話である。
『おっとジャキ選手、ここでポケモンをチェンジです!! ただの交代ではありません。すてゼリフによる能動的なアクションです』
『一方のシャワーズは天候アドバンテージを握りながらもすてゼリフの効果でパワーダウンしてしまっている。ここからジャキ選手が繰り出すとすれば……』
「ゆくぞ、バンギラス!!」
「ばばあああん!!」
交代先として繰り出されるバンギラスこそジャキの、『帝王』の象徴であった。
「……アレが『帝王』ジャキのバンギラス。高さも重さも標準よりジャスト1.5倍。一昨年の全国大会から1軍に抜擢されて以来、公式戦においては1度も撃破された記録はない」
「確か一昨年のアサギ塾は全国準優勝だったな」
「……準優勝に終わった試合でも彼自身は1勝を挙げている」
「だがよぉ。ありゃあホントに1.5倍増しで済んでるのか? 5mくらいあるように見えるんだが」
キラリとホタルの会話に割って入るナギの言い分ももっともであると思えるほどにモニターの向こうのバンギラスは凄まじい圧力を見る者に押し付けていた。
「『きんちょうかん』だね。あのバンギラスも隠れ特性なんだよ」
またもマフィンがバンギラスの特性を言い当てる。
「その証拠にすなあらしが起こらない。雨降ったままだ」
「ホントだ」
アンはポカンと口を開け、トレードマークの八重歯を曝け出していた。完全にバンギラスの威容に圧倒されていた。
モニター越しに見てなお強烈さを叩き込んで来るバンギラスの迫力は直接対峙しているボタンが誰よりも実感していた。
「コレが『帝王』のバンギラス……!」
ボタンはボールを取り出す。
この交代は退却ではない。勝利のための一手に必須なのだ。
「戻っといでシャワーズ」
『ここでボタン選手もシャワーズを交代! やはりパワーダウン状態を嫌ったか?』
『雨が降っていてバンギラスの弱点を突けるみずタイプとはいえバンギラス側の攻撃もタイプ相性上そのまま通るからね。技の撃ち合いとなれば危ういかもしれない』
「いくよ、サンダース!」
「んッさぁッ!!」
ボタンの交代先は黄色い体色に鋭く尖った毛並みが特徴的なかみなりポケモンサンダースだ。
「なぁミコ。あのボタンという娘……」
「うん……まだ2体しか見えてないからたまたまそうなっただけ、かもしれないね」
「3体目が出て来たら流石に確定じゃねェの?」
「ぶーい?」
ホタル、ミコ、ナギによる当人同士だけに伝わる主語のないやりとりにミコのイーブイは小首を傾げるよりなかった。
「なに……ッ!?」
ボタンの交代に合わせ、ジャキが見せたのは鍛え抜かれた丸太のように太い腕のために拵えられた特注のメガリングだった。
「我らが目指すは勝利のみ!! そのために絆の証明を天下が望むなら、勝利のために示すまで!!」
『トレーナー・マッスル』
筋力を指すのはもちろんのこと、ポケモントレーナーの身体能力全般を表す場合もある専門用語。
ポケモントレーナーはただポケモンに指示を出していればいいわけではない。時には己が身を以てポケモンとぶつかり合い、対話を深めなければ真の絆は培われないのだ。