死力を尽くした仲間たちのために何がなんでも勝たねばならぬ、その一点のみを2人は共有していた。
ジャキのメガリングに装着されているキーストーンが輝き、バンギラスを虹色の繭が包み込んでいく。
「ばんぎあああああッ!!」
繭を突き破るように姿を見せるは背中が裂け、頭の角や両肩、尻尾の棘が大きく伸長。腹と背中の青かった部分が赤く変色しており、さらに胸には目玉模様が現れ、進化前のだんがんポケモンサナギラスの意匠が目立つメガバンギラスだ。
バンギラスのメガシンカが与える影響は、自身の変容とパワーアップだけには留まらない。
「チィ、雨雲が……!」
ボタンは苦虫を噛み潰した表情にならざるを得ない。
メガバンギラスの咆哮により発散されたメガエネルギーを内包するいわのタイプエネルギーが物質化。強烈な砂嵐となり雨雲を霧散させたのだ。
『ジャキ選手、ここでバンギラスをメガシンカ! 同時にフィールドはすなあらし状態だーッ!!』
『バンギラスは元あった特性に関わらず、メガバンギラスとなることで特性は『すなおこし』に統一される。メガシンカするだけで天候のアドバンテージを取り返せるのもバンギラスの強みだね』
「くっ、サンダース! かみなり!」
「んさぁらぁッ!!」
「む……?」
サンダースが全身より放つ放電、それはフィールド頭上へと高々と打ち上がり、そのまま直下することでバンギラスの手前の地面を穿った。
『何の狙いだ?』
ジャキの疑念としてはでんき技の運用法を把握しているが故に生まれるものだ。
でんき技はその名の通りにポケモンのでんきタイプのエネルギーを変換させて発射する。今しがた放たれたサンダースのかみなりのように上空へ打ち上げて直下させる方式というのは、あめ状態で初めて信頼性に足りる精密なピンポイント攻撃を実現可能とする。
シャワーズのあまごいで呼び寄せた雨雲がメガバンギラスの巻き起こすすなあらしの前に霧散した今となっては、どう考えてもサンダースの全身から直接電撃をぶっつけた方が早いのだ。
「まだまだ! サンダース、かみなり連射!!」
「ささささぁ〜!!」
続けて放たれる雷撃にジャキはバンギラスへ回避行動を指示しなかった。かみなりという技は多大なでんきエネルギーを一気に発射する性質上、相手にぶつけるには難がある技だ。
雨状態であるならば必中の精度となる反面、すなあらし下においてそうそう当たるものではない。仮に当たったとしても大したダメージにはなり得ないのだ。
いわタイプは砂嵐で飛散し続けるいわエネルギーにより特殊攻撃に対する防御が強まる。加えて強力なステータスを持つバンギラスがメガシンカしたのだ。スペック差は圧倒的といえよう。
『当てずっぽうとも思えぬが……』
ボタンの指示になんらかの狙いがあることそのものは見抜く。しかしジャキにとって、その狙いがなにか見抜けなくては思考の重りにしかならない。
「一気に攻め込む。バンギラス、ロックカット」
静かな指示に、バンギラスはすなあらしを制御することで全身を研磨していく。空気抵抗を小さくすることでスピードアップを図った。
「サンダース、大技のかみなりを連発するも不運! バンギラスには命中していません!!」
カブはふむ、と少し考え込む。ボタンの打つ手が単なる拙攻とは思えなかったからだ。
「何を考えているんだろう……?」
モニターより観戦するリコが呟く。セキガクバトル部の誰もまた、この時点ではボタンの狙いに気付くことは出来ていない。
かみなりの連打によりフィールドのあちこちが掘り返される中、それでもジャキは攻めを決意した。長考による遅巧を嫌ったのだ。
「攻め入れッ!!」
「んばぁッ!!」
最初のかみなりで空いた穴を勢いよく飛び越え、その着地でズシリと約50kgほどメガシンカにより増量したボディから振動を響かせる。
バンギラスは、そのまま巨体をサンダースめがけて走り出させた。
「ミサイルばり!!」
「さだだだだぁッ!!」
四つ足で構えたままサンダースがバックジャンプ。バンギラスから飛び退きながら帯電している逆立った体毛からむしエネルギーの弾丸を連射する。
「うッ!?」
ミサイルばりが着弾し、爆発をかき分けながら突き進むバンギラスにボタンは呻いた。
「さぁッ……!」
バンギラスはミサイルばりの直撃をものともせず猛進し、サンダースの首根っこを掴み上げる。
「そのままぶんまわす攻撃!!」
「ばんばんばんばんばんんん!!」
「さぁうわぁ〜!?」
バンギラスが右手を下から上へ振り上げる形にぐるぐるとスイングすれば、サンダースの黄色のボディが目まぐるしく円形を描いた。
『あーッとバンギラス! ロックカットで得たスピードアップを活かしてサンダースを捕まえ盛大に振り回しているーッ!!』
『コレはなかなかに強烈だね。ボディへのダメージ以上に三半規管に効くやつだ』
「仕留めるぞバンギラス!!」
「ばぁらッ!!」
散々に振り回したサンダースをバンギラスは頭上高く放り投げては両手を水平に突き出す。するとフィールド中に突き刺さっていた岩弾が次々と浮き上がっていくではないか。
「そうか! オトシドリのがんせきふうじは攻撃に使ってよし、相手のフットワークを阻害してよし、さらにはバンギラスの攻撃に繋げてよしの3段構えだったのか」
「サイクル戦の妙味って奴だわな。戦術より戦略ってこった」
ジャキの立ち回りにロイは息を呑み、ナギとしても大いに参考にしていた。ペテン、即ち詭道とは正道の裏返し。相手を引っ掛けるためのテクニックとして、双方共に鍛えなければならないからだ。
「やれバンギラス!! ストーンエッジ!!」
「んばらあああッ!!」
バンギラスが広げた両手を振り上げ、制御下に置いた岩弾を勢いよくサンダースめがけて打ち出す。
迫る岩弾の弾幕を前に額から汗が滴り落ちる。それでもボタンは冷静だった。
「まもるッ!!」
「さあッ!!」
主人の指示にサンダースは空中で姿勢制御をこなし、全身からエネルギーバリアを展開。ストーンエッジから身を守った。
『あーッとサンダース! 万事休すかと思われたところでしっかり防御! まもるで耐え凌ぎました!!』
『見事な身のこなしだね』
「戻っといでサンダース!!」
着地を待つことなくボタンはサンダースをボールへ戻す。
『ここまではよし、コレでこの子を出したとしても、タイプ相性で有利を突くためとしか思われはしないはず……!』
交代先のボールを握る力が否応なく強まる。試合展開そのものは、一貫して想定通りに推移していた。
それ以上にボタンを燃え上がらせるのは、やはりビワの見せたガッツに他ならなかった。
『うちは勝つ……! 絶対に、勝つッ!!』
右手を外側へ横凪に振り抜き、3体目を投入する。
「ふぃ〜あ!」
姿を見せたのはニンフィアだ。
「ニンフィア……間違いない。彼女は『フレンズトレーナー』だ」
「「フレンズトレーナー?」」
ホタルの口から出た聞き慣れぬ単語にリコとアンの疑問が重なる。
「イーブイの進化系……通称『イーブイフレンズ』の愛好家で、その系統を中心にパーティ構築をしてるトレーナーのことさ」
「ぶいっ」
2人の疑問に簡潔にミコが説明を入れる。
相棒のイーブイが何故だかムフ、と誇らしげな笑みを浮かべていた。
「実際理に適ってる部分もあるんだぜ。イーブイの進化系ってのはタイプはバラバラだし、それぞれステータス上の得意不得意がハッキリしてる。そいつらをかき集めて1つのチームとすりゃあ不得意な部分を埋めることも可能って寸法よ」
イーブイ系列のポケモンは非常に愛くるしい見た目も相まって、チーム単位での運用例にもこと欠かない。
有名どころとして、イッシュ地方にて大規模な防災事業を立ち上げ全国規模に展開している『株式会社イーブイレスキュー』の社長で、チャンピオンリーグ出場経験を持つバージルや、全国で初めてイーブイの安定した繁殖環境を整えるのに成功し、そのノウハウを伝えるイーブイビジネスの最有力である『ひばりカンパニー』の代表取締役を務めるひばりの名をナギは挙げた。
『ボタン選手、3体目のポケモンはニンフィア! コレでボタン選手はこの試合における使用ポケモン3体全て明らかとなりました!!』
「そのニンフィア、フェアリースキンであるな」
「分かるんだ」
「全身より漲るフェアリーエネルギーでな」
ジャキもまた隠れ特性に関しては自らがコレを持つポケモンを運用しているため察知するに堪能であった。
『やはりフェアリータイプであることに意識が向いている……!』
ボタンは、秘めた策がまだ活きているという確信とともにユニフォームのズボンポケットへ手を突っ込む。
右手に握り、取り出すはテラスタルオーブだ。
「星々のようにテラスタル! なりたい自分に変身しろ!」
この場におけるボタンの『なりたい自分』とは、皆の期待に応え、勝利を掴むマジボスに他ならない。
右腕を犠牲にしながらも勝利をもぎ取ってくれたビワの笑顔が脳裏に過ぎる……。
「ふぃぃぃぃぃあ!!」
結晶に包まれたニンフィアがフェアリーのテラスタルジュエルを被る。天使の翼をあしらったピンク色のハートのティアラだ。
「フェアリースキン×テラスタルか。その破壊力、想像するまでもなく筆舌に尽くしがたいものとなるであろう。直撃を受ければメガバンギラスとてひとたまりもあるまい」
ジャキに油断はない。ボタンのニンフィアの威をすぐに認めた。それはそれとして、目の前の難敵をどう仕留めるかに意識を向ける。
「それがいいんですよジャキくん。相手を認めるリスペクトの精神こそが真剣勝負の純度を高め、互いをより大きく成長させるのです。それこそがアサギ塾魂!」
ナンテとてアサギ塾の側が勝ってくれることがこの場におけるベストなのは言うまでもない。それでも教育者として学生スポーツの世界に携わる以上、相手もまた学生であるという認識を外してはならないとも考えていた。
自分のチームにとって、自分にとって、思い通りの展開にさえなってくれればそれでいい。相手がどうなろうが構わないなどという発想は教育者以前に人間として下劣である、というのがナンテの持つ最低限度のモラルであった。
「ならばこちらも必殺の一撃で以て、この大いくさに幕を下ろすより他あるまい!!」
「んばあああ……!!」
ジャキの決意がバンギラスへ伝播する。
「なんてパワー……!」
「ふぃ……!」
バンギラスが若干重心を前へ傾ける。
凄まじい圧力にボタンもニンフィアも身構える。
「バンギラスはその生態として山をも崩すほどの暴れ者。それがメガシンカにより更なる力を増して今に至っている。貴様も知っていよう……破壊を生み出す方程式を」
「『握力×体重×スピード=破壊力』……!」
「今こそ見せよう!! その方程式の証明を!!」
「ばんんッ!!」
ニンフィアからすれば『いつの間に』というどころの話ではなかった。
圧倒的な俊足により、バンギラスの巨体が自らを足元に捉え、握り拳を空高く抱えていたのだ。山をも崩す剛腕を、だ。
『バンギラス速いッ!! ニンフィアを既に接近戦の間合いに捉えているーッ!!』
『ロックカットによるスピードアップを最大限に活かしたフットワーク! しかもメガシンカにより常時わざプラス状態である中で、拳に急接近の勢いを乗せたコレは……!!』
「怒拳!! ギガインパクト!!!」
「ばんんんんぎぁらあああああッッッ!!!」
山を崩す剛腕が振り下ろされれば、耳をつんざく爆音とともにフィールドの表土部分が軒並みひっくり返り、多量の砂煙が客席はもちろんのこと、モニターの向こうからの視界も封じてしまった。
「ボターン!!」
たまらずメロコはベンチから身を乗り出しながら叫ぶ。すぐさま飛び交う突風にバランスを崩すも、キハダが腕を伸ばし転倒を防いでいた。
『さぁ、どうなる?』
全てを任せてボタンを送り出した以上、監督としては試合の行く末を見届けるよりないのはキハダも分かっていることだ。
「流石は『帝王』……今すぐでも地方予選で通用するって言われるだけあるぜ」
フィールドを掘り返す勢いの大破壊をもたらすなどはほとんどプロの領域だとナギは舌を巻く。
「あれッ!?」
モヤが晴れてゆけば真っ先にロイがフィールドの状況に声をあげる。各サークルや白線ラインがボコボコにひっくり返され見るも無惨な状況に驚いた……訳ではない。
「ニンフィアが……消えた……!?」
リコも呟く。最悪体を横たえ、倒れた姿であったとしてもニンフィアのファンシーなボディがフィールドのどこにも見えなかったからだ。
『トレーナー・メンタル』
読んで字の如くポケモントレーナーのメンタル面全般を指す専門用語。
問われるは知識や肉体のみにあらず。精神力も鍛え抜き、人としての完成度も競う総合スポーツこそがポケモンバトルなのだ。