その凄まじいパワーの前にロイがタイカイデンを倒されたのを見たミコは、審判に降参を告げるのであった。
『ミコ選手の降参が認められ、ダブルバトルはエクシード学園が勝利! 決勝進出に王手を賭けました!!』
「うぅー……」
「ほーう……」
「まだまだ勝負はここから。コレくらいのピンチはいくらでもあったし、それらを全て跳ね返してきたのがセキガクバトル部だろう?」
セキガクが先手を取られ意気消沈してしまうチャンとオドリドリへ、シゲルは優しく励ましの言葉を送る。
「それに後には、チャンさんお気に入りの『お姉さん』も控えてるみたいだからね」
言葉と共にシゲルは右目を瞑ったウインクを見せる。
「博士……そう、だよね!」
みるみるうちにチャンの表情に生気が戻っていった。
「よう! お疲れさん」
「ナギ先輩」
「噂のバレねェドーピングだが想像以上だな。ありゃあポケモンが持つ攻めのためのステータスや技の威力が1.5倍……いや、2倍近くは引き上げられてやがる」
「どうにかできる策はあるんでしょ?」
「マフィンからの受け売りだがね。コレが刺さればオレ自身のペテンは温存出来ていいんたが」
ナギはロイが前線を支え切れずあえなくパワー負けを喫した事実などを言及するつもりはない。ただ力強く肩を握るのみであった。ミコにはひらりとかわされたが。
「とにかくやるだけやってみるとするぜ」
ナギがトレーナーサークルへ入った時にはもう既にサンゴが準備を完了していた。
スピネルの腰巾着であるインディとルーベラなどはサンゴとしてもシンプルに嫌いであり、交わす言葉などはない。
「これよりシングルバトル2、エクシード学園1年サンゴ選手vsセキエイ学園2年ナギ選手の試合を行います!!」
「アンタの前にやってたやつ、勝てなくなったから審判に泣きついて降参するとかオニダサいんじゃなーい? キャハッ!」
「お前さんはこれから負けて泣きべそかかなきゃいいがな」
ミコを貶すサンゴに対してナギもまた火の玉ストレートの煽りをくれてやった。
ナギは知っていた。ミコがなにも勝負の無駄を悟っただけで降参をしたわけではないことを。
ミコは、ラクリボールによる負担がかかっていたインディとルーベラのポケモンたちにも配慮していたのだ。
「ハァ〜!?」
他人を貶すのをなんとも思わないくせに自分が貶されるのは大嫌いというサンゴの性質にはまさしく急所に当たる一言といえよう。
「ブッ潰すッ!! オニゴーリ!!」
「ごぉりぃ……!!」
苛立ちのままにサンゴの放ったモンスターボールからピンク色の煙が開閉エフェクトとして散布し、その只中から姿を見せるオニゴーリの全身にはインディとルーベラのケンタロス同様にピンクのモヤが上がっていた。
『そうか、思い出した。確かマクワくんが言ってたな。キルクスタウンでやってた予選リーグで様子のおかしなポケモンを使ってるチームがいたって』
カブは予選リーグ中、根城としているエンジンシティのスタジアムにて解説の仕事をしていたのでエク学のいたグループCの話は伝え聞いたものレベルでしかない。
それに加えて第1試合でのビワの我が身を犠牲にした勝利を目の当たりにして猛烈な感動に打ち震えていたので今の今まですっかり忘れていた。
どのみち審判団が追求をしない以上はどうにもならない話ではあるのだが……。
「そうらッ!」
投入自体はサンゴと同じタイミング。ナギの先発にはどちらかと言えば味方であるセキガク側が驚かされることとなった。
「げんげーん!!」
『サンゴ選手は予選から一貫してのオニゴーリ! ナギ選手はゲンガーをそれぞれ先発させました!! 果たしてエク学はこのまま連勝なるか!? それともセキガクが意地を見せるのでしょうか!?』
「なぁマフィン。ナギの先発、アレは……」
「あぁ。俺のゲンガーだよ。試して欲しいことがあったんで『部長命令』で持たせといた」
ホタルの問いにマフィンはあっさりと認める。
一昨日、2人にリコの3人でした話の通りに虚弱体質であるマフィンの体力はまだ万全ではない。
であるからこそ決勝に万全の状態のマフィンをぶつけるべくオーダーから外したホタルであった。
「ナギの試合を見ていれば、狙いは分かるのだろうな?」
ここで根掘り葉掘り聞き出すのは野暮であるとホタルは最低限の部分だけを確認する。
マフィンは、ハッキリと首肯して見せた。
「それじゃあ思いっきし嬲り殺しタイムといっちゃおっか! オニゴーリ! アターック!!」
「ごりぃぃぃッ!!」
オニゴーリが口から強烈なピンク色の混ざったブリザードを放てば、指示を受けるまでもなくゲンガーは跳躍。
元よりマフィンのポケモンだ。細かな回避運動は最初から丸投げしているナギだった。
『さて、どうなりますことやら』
跳躍したゲンガーに対し、ナギはこの試合、彼に対して飛ばす予定であるたった1つの技の指示を出した。
「ゲンガー! ほろびのうたッ!!」
「なッ!?」
「げげげげげげぇぇぇ〜〜〜ッ!!」
それは歌、というよりはデスメタルやハードコアなどの激しい音楽で使われる低く唸るような『デスボイス』と捉える方が的確なシャウトであった。
『あーッとゲンガーがここでなんと! ほろびのうただーッ!! ゲンガーとオニゴーリ、両者の頭上に滅びのカウント『3』が点灯! このカウントが0となった瞬間、技の効果によりそのポケモンは強制的に体力の全てを喪失し戦闘不能となってしまいます!!』
『なんとも大胆な一手だ……なにか作戦があるのかな?』
ポケモン歴2000年に公認ルールとして導入された『CD(チョイスダウン)方式』はポケモン愛護団体からの『要望』に配慮しつつ、バトルにおけるテクニカルな要素を残したものとして現在でも運用されている。
CD方式において最もポピュラーなルールとして用いられる『3C1D』は使用ポケモン3体に対し、1体でも倒されれば負けという都合上、じばくやだいばくはつのような自滅技は自然と技の選択肢から外れていった。
ほろびのうたもその技の性質から元より覚えるポケモンも扱えるトレーナーも少数であったのがより使い手の減少に繋がっていた。
「監督の話やキラリの確保してた試合記録を見せてもらって、連中のドーピングの肝はボールエフェクトにあるんじゃあないかとなっただろう? ならば交代を強要し、サイクル戦に無理やり持ち込んでみたらどうかなってさ」
「なるほど……ボールの開閉を短いスパンで繰り返させることでドーピングをもたらす機構を消耗させるわけだな」
マフィンの開示した作戦をホタルは理に適っていると思った。
「……でもそれは相手がポケモンをボールへ戻す前提の話」
「向こうだって全国ベスト4まで来てるんだぜ? まさかレギュラーが1体しか手持ちがいないなんてあるわけないない!」
キラリの指摘を笑い飛ばすマフィンであった。
『ち……ちくしょう……ちくしょう……!!』
が、そんなキラリの指摘はズバリ的中していた。サンゴはここに至るまで、オニゴーリ以外のポケモンをゲットしていなかったのだ。
試合に投入するポケモンのチョイス数はルール内であれば少ない状態で置くのはあくまでトレーナー側の判断、自己責任としかならない。
「落ち着けサンゴ! 滅びのカウントが0になる前に相手を倒せばいいんだ!」
ネクストサークルからのアメジオの声掛けが、そのままセキガク側にもサンゴの窮状を伝えることになったが、コレはアメジオとしては出来る限りのチームメイトへのエールに他ならないものだった。
スピネルからの甘い誘いに乗っかってラクリボールに手を出したとはいえ、エク学メンバーはアメジオにとって仲間という最低限度の認識は残っていた。
アメジオはシンプルにサンゴを励ましたのだ。
『あンのお坊ちゃんがよぉ……! でも言う通りだ。速攻でやっつけちゃえば!』
「ごりあああ!!」
「オニゴーリ!?」
落ち着いて攻めていけばまだなんとかなる、そう思っていたサンゴをよそにオニゴーリは再度ふぶき攻撃。
「オニ分かってんじゃ〜ん!!」
トレーナーの指示を待つことなく勝手に動き出すパートナーに対してサンゴが不審に思うことはなかった。
面倒な事態を引き起こした相手を叩きのめし、自身の凄さを示すことより優先すべきものはないからだ。
「げんッ!」
そんなトレーナーとポケモンの意思疎通が取れているようで取れていない攻撃を、ゲンガーは自身の影にボディを沈み込ませてやり過ごす。
「流石はマフィンのポケモンだ。心得てらぁ」
『部長命令』をこなしたナギとしては、これ以上ゲンガーに拘る理由もなかった。
「お疲れさん」
ゲンガーをボールの中へ引っ込める。同時にオニゴーリの頭上の滅びのカウントが『2』へと切り替わった。
『ナギ選手、ここでゲンガー交代により滅びのカウントをなくしました! 対するサンゴ選手のオニゴーリは滅びのカウントが2に進行! しかもサンゴ選手、手持ちはオニゴーリ1体のみの模様です!!』
『CD方式における最低限の編成数はダウン数に帰属するから、3C1Dならば1体でも試合は可能。それに、サイクル戦への対応を敢えて捨て、1体のみの育成に注力する選択肢もあるにはあるんだよね』
こう語るカブとしても、実際のところサンゴがそういった明確なビジョンを持ってポケモンの育成を行なっていたようには見えなかったが、それを言わないのがプロの配慮である。
「あとは俺らでやってこうぜ、相棒!」
「しゃおおうッ!」
ナギの交代先はシャワーズ。オニゴーリは既にこおりエネルギーを冷気に変換していた。
「やっちゃえオニゴーリ!!」
「ごりごりあああッ!!」
3度目のピンクブリザード、本来のレベル以上の威力を持つふぶき攻撃にもナギとシャワーズは冷静であった。
「まもるだ!!」
「しゃわばりッ!!」
いくら放たれる技の威力が凄まじかろうとも明確な防御手段を有していれば怖くはないのだから。
『オニゴーリの滅びのカウントが1になるーッ!!』
「ッ!?」
実況が言い終わる前にオニゴーリはシャワーズめがけて肉弾突撃。全身から展開していたまもるの防御シールド消失と同時に上空へ押し上げる形のとっしん攻撃だった。
「相棒ッ!!」
地上から押し上げられているシャワーズは当然肉薄するオニゴーリからの離脱を試みる。
が、強面な頭そのものをボディ全体とする額部分を押し付けられた両手両足が大の字の形で凍結させられてしまっていた。
「しゃおらぁッ!! 超至近距離ならオニゴーリのパワーでぇッ!!」
ガッツポーズとともに見上げるサンゴの目がキョトンと丸くなる。
両手両足を凍らされ、逃げるに逃げられなくなったはずのシャワーズのシルエットに不気味な『ブレ』が見えたからだ。
「超至近距離から……か。そいつぁ、こっちにだって言えることだぜ嬢ちゃんよ」
逃げ場をなくしたシャワーズが絶体絶命という中でナギは口角を吊り上げる。するとシャワーズの全身に『ブレ』が走る。
「きしぁーッ!!」
幻影の覇者が、その本領を現したのだ。
『あーッとナギ選手! シャワーズとして繰り出していたのはゾロアーク!! 特性『イリュージョン』によりシャワーズへと化けていたーッ!!』
「だからなんだってンだ!! シャワーズじゃあないってンならこおり技は普通に効く!! このまま一気にィィィッ!!」
「言ったろうが。超至近距離はこっちも望むところだって」
ナギの翳す左腕には、いつの間にかにZパワーリングが装着されていた。
時は遡る。
ナギが『部長命令』を受けたのは一昨日の夜のことである。
フラリと部屋を訪れたマフィンにより、ナギはラクリボールの考察を聞かされるとともに、ゲンガーのボールを半ば強引に押し付けられることとなった。
「相手がサイクル戦に乗らざるを得なくなり、ポケモンチェンジを繰り返すことでドーピングの効力を枯渇させられる、ねぇ……相手が1体だけでゴリ押ししてきたら?」
「その時はナギお得意のペテンにかけるだけだろう?」
「ヘッ!」
「頼むぜ、ペテン師さん」
本来ならば自分で試してみるつもりであったが準決勝は温存された身の上から、他に託せる相手がいなかった、とはナギにとって殺し文句だった。
「だがよマフィン……オレぁハナッからお前の作戦だけで勝つつもりはさらさらなかったさ!! いくぜゾロアーク!!」
時を戻そう。
Zパワーリングを起動させたナギのゼンリョクポーズはまさしく灼熱の炎を再現する。
「偽りの衣を脱ぎ捨て、いざ真実の勝利を掴まん!!」
ナギより放たれるZパワーがゾロアークへ注がれ、スタジアム上空を熱気が包み込む。
「オニやば……オニゴーリ!! そいつを離して逃げ、はうあ!!」
Zパワーが注ぎ込まれ、その熱により氷が溶けるも自由になった両手足の爪を突き立てることでゾロアークは密着状態を保持する。
自分が、自分から戦術上の袋小路に入っていった愚をサンゴが悟るも全ては遅かった。
「ダイナミック!! フルフレイムぅぅぅあああ!!!」
「きしゃあああああぼあああああッ!!!」
ゾロアークが大口を開き、Zパワーが凝縮された火炎のブレスをオニゴーリへ吐きかける。
超至近距離からの放射、その勢いは上空から一気に強面の頭ボディを地上へと叩き落としてみせた。
「しゃうッ!!」
オニゴーリが後頭部……背面からフィールドへ落着してからもブレスをしばらく吐きかけてからゾロアークは軽やかにニュートラルポジションへ着地する。
すぐさま審判が全身真っ黒で、ぶすぶすと焦げ臭くなっているオニゴーリの表情をチェックすれば、完全に目を回していた。
ほろびのうたのカウントダウンより、オニゴーリのダメージ過多の方が先だった。
「オニゴーリ、戦闘不能! ゾロアークの勝ち!! よって勝者、セキガク2年ナギ選手!!」
「しゃあッ!!」
会心の勝利にナギはシャウトした。相手を思い通りの策にハメて勝つ……まさしくペテン師にとって至上の喜びであった。
『ルーベラ』
22歳。エクスプローラーズのスタッフ。
スピネル子飼いの部下であり、彼の傘下として活動している。
インディとコンビを組んでおり、扱うポケモンの系列も合わせて連携してくる突撃タイプだ。