カルボウのガッツによりアーマーガアを退かせたリコは、1番の相棒をフィールドへ送り出すのであった。
『投げ込まれるオーブ!! アメジオ選手の燃え滾る闘志を表すかの如きほのおテラスタルだーッ!!』
「アメジオ様……」
エク学の試合が始まるタイミングに合わせ、ハンベルはシュートスタジアムの客席の中に混ざり、試合を最初から観戦していた。
スピネル主導のラクリウム研究が実践段階に入っているのを同じエクスプローラーズの別視点から視察する任務もそこそこに、その双眸は潤んでいた。
昨晩、仕えるアメジオたっての頼みであると聞いてみれば、試合を是非観に来てほしいとのことだった。
本当ならば祖父や父に投げかけられ、応えるべきであろうもの。それが許されないのが大企業を預かる創業者一族の宿命といえた。
実際、祖父ギベオンはラクリウムの原産地であるという『ラクア』の捜索に執心していてアメジオに見向きもしていない。父クレイブは間違いなく息子を愛してこそいるがやはり婿養子として会社を預かる立場があり、そうそうオフィスを離れられはしなかった。
『お祖父様や父さんの代わりではない。俺をずっと見てくれていたハンベルだからこそ観に来て欲しいんだ。絶対に観ていて気持ちのイイ試合をしてみせるから』
そんな無情な現実へ内心嘆いていたのを看破していたのか、アメジオはこう続けて念を押して来たのを思い出す。
「マリア様……若様は、立派なスポーツマンとして堂々と戦っておられますよ。貴女と同じように」
ハンベルの両手には、額縁に収められた美女の写真があった。アメジオの母、マリアの遺影だった。
血湧き肉躍る熱き戦いを満喫し、活き活きとしているアメジオの横顔を彼女に見せてあげられたのが何より嬉しかった。
「テラスタルパワー!! むねんのつるぎ!!」
「ぶふぉあああ!!」
灼熱のほのおテラスが輝き、ソウブレイズの炎剣に力を加える。
「ぎゃにゃッ!?」
振り抜かれる双太刀の一閃でニャローテの華奢なボディは弾き飛ばされた。タイプ相性から来るパワーの差だ。
「ニャローテッ!!」
「まだまだゆくぞッ!!」
今度はソウブレイズから踏み込み、激しい剣戟へと発展する。
「にゃろぉッ……!」
剣と剣がぶつかり合い、飛散するエネルギーの僅かな粒子がさながら火花のように互いの表皮を焼き、傷を刻んでいく。
熾烈な剣のやり取りの中で明らかに苦悶の表情が顕著なのはニャローテであった。
「……タイプエネルギー同士がぶつかり合う場合、その優劣は原則として18のタイプ相性に帰属する。今ああやってチャンバラが成立してるように見えるのは、ニャローテのくさエネルギーがソウブレイズのほのおエネルギーを前にして消散させられる先から新たに供給され続けているからに過ぎない」
「テラスタルと、ニャローテ自身が持つ他の個体とは一線を画したエネルギー器官により辛うじて均衡が保たれているというわけか」
「でもそれも、エネルギーを引き出すニャローテ側の体力という限界がある……」
パワーバランスはとうの昔に崩れ始めている。いかにリコのニャローテが同種に比べて豊富なくさエネルギーを保有、行使できるといえども盤面は厳しい。
ホタルたち2年生女子3人は、この時点でソウブレイズに押し負けて終わるニャローテの姿を幻視し、受け止める覚悟はしていた。
「ぶいぶい! ぶいーあ!」
ミコのイーブイはそんなこと露知らずとばかりにそこだ、やれやれ! と囃し立てていた。
『エネルギーを扱えなくなるまで体力を枯渇させる……それもまた、真剣勝負における勝利のための択だろう。だが!!』
ニャローテの窮状を見知ったアメジオはソウブレイズを僅かにバックジャンプで退がらせる。
「ッ! くるよニャローテ!」
「にゃろあ……!」
リコたちからして、ソウブレイズが距離を取るのが退却の意図であるはずないのは明らかだった。
紫色の瞳に、熱き闘志がメラメラと燃え上がっていたからだ。炎の男の矜持は、いたぶることを良しとはしない。
「『真っ向勝負』こそ我が道よ!! くらえリコ!! くらえセキガク!!」
「ぶふううおおお!!」
『ソウブレイズの二刀から激しい炎が噴き上がったーッ!!』
『素晴らしい闘志! まさしくテラスタル・フルパワーだ!!』
「コレぞフリード直伝! 野鼠ナンテ流『×の字斬り』!!」
両腕を振り上げソウブレイズは跳躍。その名の如く『×』の字に合わせて相手を切り裂くシンプルな奥義だが、シンプルであるが故にアメジオとよくマッチした。
「アメジオの奴、俺が教えそびれた技の完全な型を……!」
野鼠ナンテ流をフリードがアメジオに授けたのはあくまで基礎の部分のみであった。極意の部分を伝える前にラクリウムへの恐怖からエクシード社を辞めた。
アメジオが独力で恩師の技を完成させて使いこなす様は、セキガクの監督としては不謹慎だろうが嬉しかった。
「ニャローテ!! ブレードを!!」
「にゃろぁうりゃあッ!!」
斬り抜かれたらおしまいだ。だからこそリコは刹那の一手に踏み切った。
肩口を斬り裂かれながら、ニャローテは両手に纏わせていたくさエネルギーの葉剣を下投げの要領で振り抜いた。
「ぬううッ!?」
するとどうだ。マジカルリーフ・ブレードがニャローテの両手からすっぽ抜けたように離れ、ソウブレイズの胸と左の脇腹へ突き刺さる。
「ぶふぅおわぁッ……!」
「にゃろ、がぁッ!」
ソウブレイズの炎剣が×の字に切り裂くより前に太刀筋こそ止まるも、ダメージはニャローテの方が甚大だった。
「ニャローテッ!!」
完全に決まらずとも効果抜群の斬撃はニャローテをダウンさせるにじゅうぶんすぎる威力であったのと、下投げの反動により背中からフィールドへ倒れ込んでしまった。
『ニャローテダウーン!!ソウブレイズの必殺剣に対し途中で見事なカット!! しかしそれでも効果抜群、ダメージは大きいぞーッ!!』
『テラスタルジュエルこそは消えていない。でも、これ以上となると……』
剣戟の段階からニャローテが完全にパワー負けしていたのを分からないカブではない。葉剣を投げ付けたのも苦し紛れのものとしか見えなかった。
仮にニャローテが立ち上がったところで、豊富なくさエネルギーを扱うだけの体力はもう残っていない。それこそマジカルリーフの応用などは不可能だろう。つまり、これ以上は逆転出来る可能性もないということだ。
それほどまでにこのやり取りにおけるダメージと、双方の体力差は絶望的なのだ。
「ソウブレイズの方はまだある程度余力を残してる。それに対してニャローテはもうボロボロだ。こりゃあいよいよ打つ手なし、ってか?」
「そんなことないよナギ先輩! リコならきっとなんとかする! 今までだってずっとそうして来たんだから!!」
なんとも根拠のない力説をするロイの頭にナギは手をやった。この期に及んでなおリコの勝利を信じて疑わぬ純粋さ、ひたむきさがペテンを友として戦うナギには眩しいからだ。
「リコ……!」
「みぃ」
ミブリムを抱くアンの力が強まる。
キャッチする感情には主人と共に今日までやって来たチームメイトであり、ルームメイトとしての、思いがあった。
その暖かさが、ミブリムには心地よかった。
ソウブレイズに突き刺さった葉剣はエネルギー供給源から離れたことで元のエネルギー葉に戻り、風と共に舞い散ってゆく。
「ぶ、ふふぉッ!」
「そうだな。ソウブレイズ」
アメジオとソウブレイズは抱いた確信を共有する。
「まだまだやれるんだろうニャローテ。だってお前は、本当にリコのことが大好きで、心の底から信頼しているんだものな」
「アメジオ……」
「にゃッ、ろぉッ……!」
「ニャローテ!」
アメジオの呼び掛けなどニャローテには関係なかった。ただ、言ってることそのものは正しかった。
負けたくないのはもちろんある。しかしなにより、ここで自分が倒れればリコは悲しむ。ならば倒れて終わるわけにはいかないのだ。
「そうだ! 立ち上がって来い!! そうしたら決着をつけよう!!」
熱く語るアメジオに、リコの脳裏で過ったのは、ニャローテとのニャオハだった頃からの日々のこと……。
「ねぇ、アメジオ」
「どうした?」
「い、いや……」
『ニャローテが本当に自分を信頼してくれているのか? 本当にそんなように見えるのか?』そう聞いてしまいそうなのをリコは必死に抑えた。その問いはニャローテの信頼への裏切りでしかないと口から出る前に気付けたからだ。
「にゃあああろぁッ……!!」
そしてニャローテは、リコに対して注いでくれた愛情と信頼への何よりの返礼としてその背を見せた。
ここまで大きく育ててくれた背を、これからもっと大きく育つ背を。
『あーッと、ニャローテ立ち上がった! 立ち上がりましたーッ!! リコ選手を悲しませまいと持ち堪えましたニャローテ!! アメジオ選手もニャローテが立ち上がるよう呼び掛ける姿がなんと清々しいのでしょうか!! シュートスタジアムにスポーツ精神が花と咲いております!!』
サンゴはベンチでペッ、と唾を吐いた。『尊重』『勇気』『覚悟』のスポーツマンシップにおいて、柱となる3つの要素からかけ離れた位置にあるエク学バトル部からすれば最も環境に適応しているが故の反応だろう。スタジアム全体を包み込むクリーンな空気がどうにも馴染めないし、馴染む気にもならない。
オニキスやインディ、ルーベラはただ試合を退屈そのものと見ているだけで、スピネル監督に至ってはインディとルーベラに結果報告を頼んでそそくさと立ち去っている有様だ。
「アメジオ様……」
ジルとコニアは、この退廃的な空気に包まれた場所がアメジオの居場所であっていいはずがないという思いを共有する。
それでもアメジオは全力で戦いを楽しんでいる。その姿が尊かった。
「ニャローテ……!」
「にゃろん」
肩口からお腹の中央に向かうところまでを斬りつけられたダメージは如何ともし難く、ニャローテの表情は苦痛で引き攣っていた。いつ気力が弛緩し、倒れ込んだとしてもおかしくはない。
「にゃろッ!」
だからこそニャローテのやるべきことは決まっていた。我が身が動かなくなるまで、意識が保てなくなるまで戦い続けるためにリコへ指示を要求する。
ニャローテは、リコのポケモンなのだから。
「うん……やろう。やろうニャローテ!! 私は、貴女のトレーナー!! 最後の最後まで一緒に戦う!!」
ニャローテのガッツが、リコの瞳に闘志の炎を滾らせる。
「そして……!!」
「にゃぁぁぁろぉぉぉ……!!」
「絶対に!! 勝ぁぁぁぁぁつ!!!」
「てぃあああああッ!!!」
リコは敢闘と、その先に掴むべき勝利を叫んだ。そんな魂の叫びがニャローテに伝われば、その身の内から眩い輝きが放たれる。
『あーっとニャローテの全身から発光! テラスタルパワーを引き出しているのでしょうか!?』
『いや違う! この輝きは……!!』
「博士! お姉さんのニャローテが……!」
「あぁ。やはり彼女は『持ってる』ね」
チャンに首肯して見せるシゲルはポケモン博士として、ニャローテに起こっていることがなんなのか分からないはずはない。
セキガク側ベンチは皆が目を丸くし、身を乗り出していた。どことなく敗戦やむなしという空気も漂っていたが、驚愕がたちどころに吹き飛ばした。
「そりゃあ……リコのニャローテのレベル的にそろそろだろうとは思ってたが、まさかこのタイミングとは!」
「僕のハッサムとおんなじだ!」
フリードが呟く中でロイははしゃぐ。
「リコは、ポケモンへの理解と協調のためにバトル部の門を叩いた。そこから初めての試合でアメジオに敗れ、勝つことを求める楽しさと厳しさを知った。そして今……アメジオを相手にリコは己が原点に立ち返り、改めて勝利のために奮起した」
「あいつの闘志が、ニャローテの中のスイッチを押したってことスか」
「そう考えるのが妥当だろう」
ホタルはチラとドットの横顔を見る。その表情に描かれているリコへの対抗心を頼もしく思う。
マフィンは、リコのさらなる覚醒を確信して口角を吊り上げた。
「ぶふぅッ……!!」
テラスタルとは別物の内なる輝きが収まれば、姿を見せる有利な立ち振る舞いにソウブレイズは炎剣を構え直す。
その瞳は、好敵手を見る不敵な笑みを携えていた。
「にゃあ〜ん……!」
大きく装飾的な仮面を着用し、首周りから後方にかけてマント状の体毛を伸ばしている花びらを咲かせたような襞襟は、彼女を見るものに派手で煌びやかな印象を抱かせる。
腰回りの毛はスカートのように広がり、脚部も仮面やマント状の部分と同じ深い緑色をしていてタイツのように見えて人工的かつ蠱惑的な雰囲気も漂わせている。
「マジシャンポケモン……マスカーニャ……」
紛れもなくニャローテが進化し、手にした新たな姿。
「お姉さーーーん!!」
客席からチャンが、
「リコーーー!!」
ベンチからアンが、
「「いっけーーーッ!!」」
それぞれの叫びを重ね合わせていた。
『テラスタル・フルパワー』
テラスタル状態とはポケモンにとって、平常時以上のタイプエネルギーを振り回している。
そこに的確なタイミングで増幅されたパワーを叩き付けるための合言葉のようなものが生まれ、それがこのひと言なのだ。