最後まで戦い抜く……そんなリコの不屈の魂が、ニャローテに最終進化の活力をもたらすのであった。
「いいぞ! 真剣勝負とはこうでなくてはな!!」
「ありがとうアメジオ!」
土壇場での最終進化を目の当たりにさせられたアメジオの闘志はより激しく燃え滾る。
相手が強くなればなるほど燃えるのがアメジオだからだ。
無論、闘志が激しく燃え滾っているのはリコも負けてはいない。
「いくぞリコ! マスカーニャよ!! 最後の勝負だ!!」
「ぶッふぉわあああッ!!」
ソウブレイズが駆ける。両腕の炎剣で×の字を作りながら。
『アメジオ選手、ニャローテの進化を前に怯みません!! むしろ踏み込んだーッ!!』
『互いにテラスタル状態でソウブレイズはほのお、マスカーニャはくさのテラスタルを発動していて現在それぞれほのお、草の単タイプ! だからソウブレイズはマスカーニャが使えるあく技を気にしなくてもいいんだ!』
ソウブレイズが今一度双剣を構えたまま跳躍、自由落下の勢いを加えてゆく。
「野鼠ナンテ流『×の字斬り』ィィィィィッ!!」
「ぶふぉぉぉぉぉあッ!!」
「マスカーニャ!!」
優雅に両手を広げたままのマスカーニャは斬りかかるソウブレイズの二刀に対し、なんら抵抗なくその身で受けてしまった。
「ふぉあ!?」
斬り下ろした瞬間ソウブレイズの瞳が揺れる。
視界に捉えていたはずのマスカーニャに対して『手応え』がまるで感じられないからだ。
「な、なにィ!?」
斬り捨てたように見えたマスカーニャのボディが風に吹かれ舞い散っていく。
アメジオはそれが、くさエネルギーにより精巧に再現されたダミーだと気付かされた。
「マジカルフラワーを応用した分身かッ!!」
「にゃあッ!!」
本物のマスカーニャは、『草分身』より後方。ソウブレイズ渾身の二刀太刀を完全にやり過ごしていた。
体力は依然として風前の灯、されど気力は充実している。
「いくよマスカーニャ! トリックフラワー!!」
マスカーニャに進化したことでくさエネルギーの習熟度が向上した今ならば、リコは使えるようになっていると確信していた。
他地方交流の際にテレビで見たPWCSランクマッチ、かつて気前よく挑戦を受けてくれたチャンピオンネモも連れていたマスカーニャの得意技だ。
「むむッ! ソウブレイズ!」
なおも斬りかからんとしたソウブレイズの足をアメジオは止めさせる。
『トリックフラワーはマスカーニャ手製の爆弾をこちらの急所へ叩き込む技……今のソウブレイズは、マジカルリーフの剣を突き刺された胸と左脇腹が急所!!』
熱く燃えながらも勝つために必要なクールさを併せ持つのがアメジオだ。
「送り込んできた爆弾をそのまま打ち返してやるんだ! いかに進化したとて体力が全回復することはない。マスカーニャの体力は……変わらず残り僅か!!」
推論としては的確。事実であった。
が、花束爆弾が送り込まれる気配がない。トリックフラワーへの警戒が、ソウブレイズの進撃を止めた。
「にゃあああッ!!」
刹那、炸裂。フィンガースナップをきかせて起爆させ、マスカーニャが横っ飛びにソウブレイズめがけ突っ込んだ。
「しまったッ!!」
『あーッと! リコ選手側トレーナーサークル手前から爆発! 爆風に乗ったマスカーニャが一気にソウブレイズへ突撃だーッ!!』
『そうか! マスカーニャはトリックフラワーを背後で爆発させ、その爆風を利用したんだ!! あくまで肉弾戦での決着のために!!』
「ならば俺たちにはコレがある!! ソウブレイズ!! いけぇッ!!」
「ぶふぉらぁ!!」
迫るマスカーニャに対してソウブレイズも両腕を突き出しての錐揉み回転とともに飛び込む。
「ポケモンバトル回転殺法スクリュー・ドライバー……! マスカーニャ!! 私たちも!!」
「かにゃらぁぁぁッ!!」
マスカーニャもまた自らを矢として両手を突き出し、錐揉み回転を加えてゆく。
「「テラスタル・フルパワー!! いけぇぇぇぇぇッ!!!」」
マスカーニャとソウブレイズのジュエルがこの日最も激しく煌めいた。それはまさしく、リコとアメジオの魂の輝きだ。
『センターサークルでの正面激突ゥーッ!! マスカーニャとソウブレイズが光の矢となった!! 競り勝つのは一体どちらかーッ!?』
ぶつかり合い、回転し続ける2体のエネルギーが火花を散らす。
内から湧き上がる勝負にかけた熱情が、滝のような汗としてリコとアメジオの全身より流れ出る。
「おおおおおッ!!!」
「にゃッしゃあああああッ!!!」
命が燃える。魂が吼える。
「ぶふぉ、あああーッ!!」
『ソウブレイズ、吹っ飛ばされたーッ!! マスカーニャ、真正面から打ち勝ったーッ!!』
回転突撃を押し通し、勢いのままに突き抜けたマスカーニャに対して、ソウブレイズが真上に吹っ飛び、頭から落着をする。
セキガクベンチはもちろんのこと、会場の誰もがゴクリと息を呑んだ。
『しかしカブさん。一見互角だったように見える今の激突ですが、なにが両者を分ける差になったのでしょうか?』
『ソウブレイズもマスカーニャもテラスタルしていて、それぞれむねんのつるぎもトリックフラワーもパワーアップしている。加えて回転殺法を取り入れることで回転エネルギーをプラスときた。ここまでは同じように見えるね。だけどぶつかる前に既にマスカーニャ側には1つのプラスが、ソウブレイズ側には1つのマイナスがある』
「あのマスカーニャの特性は『しんりょく』……ピンチの時にくさのタイプエネルギーを活性化させ技の威力を増大させる。コレによりトリックフラワーの威力もまた増大し、爆弾の爆発力がさらに強まった。それだけ突撃に勢いが付いたんだ」
カブの指摘に客席のシゲルが誰ともなく呟き、
「ソウブレイズ側のマイナスは、トリックフラワーを警戒するので足を止めちまったところだな。故に回転に活かすための運動エネルギーにおいては上手く確保しきれず、マスカーニャに競り負けちまったんだな」
フリードがセキガクベンチで皆に解説を懇切丁寧にしていた。
「ぺッ! ぺッ!」
マスカーニャが口の中にも入った砂を吐き出している。
初めてかつ咄嗟の回転殺法を使ってみたはいいが、如何せん使い慣れていないので着地に失敗し、口の中に加えて全身砂や砂利まみれになってしまっていた。
マジシャンポケモンという優雅さを想起させる分類にしては泥臭い姿だった。真剣勝負の世界においては『それがいい』のだ。
「ぶ……ぶふ……」
そんなマスカーニャの姿をソウブレイズは首だけ動かして見上げる。
目を細めたのは、自分を打ち破った強者への賞賛からであった。
「ふぐぅッ!」
「ソウブレイズ!」
ガクリと頭を地面に付けて崩れ落ちれば、ほのおのテラスタルジュエルが消失。ソウブレイズは意識を手放していた。
「ソウブレイズ、戦闘不能! マスカーニャの勝ち!! よって勝者、セキガク1年リコ選手!!」
それは、5月の練習試合を終えてからずっと追い求めていた勝ち名乗り。今日まで励み続けてきた結果としてなにより最上の響き。
三度目の正直であった。
『ソウブレイズ倒れるーーーッ!! リコ選手、ニャローテの進化からマスカーニャと共に見事な逆転劇!! コレによりセキエイ学園、決勝進出決定です!!』
「勝った……」
勝ち名乗りにリコの理解が少し遅れる。ニャローテがマスカーニャに進化してからは無我夢中だった。
「勝った……?」
少し遅れた理解が進み、
「勝った……!」
その事実を咀嚼した時、リコは両手を振り上げ、体を思い切り逸らしていた。
「やったあああああッ!!」
「にゃあああああッ!!」
全身から流れ出る汗とともに喜びを発散させる。
マスカーニャも同じく咆哮をした。
彼女なりに主人と気持ちを共有するために勝利パフォーマンスを真似するようになっていた。
「お姉さーーーん!! おめでとーーー!!」
「ほほッほーーーう!!」
リコの大勝利にチャンはオドリドリと抱き合いながら飛び跳ねる。
シゲルも客席に腰掛けたまま腕を組み、穏やかな笑みで何度も首肯をしていた。
「ご苦労だった。ソウブレイズ」
そんなリコの周りに集まる仲間たち……セキガクバトル部の形成する暖かい空気は、まさしくアメジオが目指すチームの理想像であった。
厳しい鍛錬を重ねる中で互いを認め、励まし、支え合う……エク学に入ってからずっと追い求め、終ぞ形成することの出来なかった光景は、アメジオにこの敗北を受け入れさせるにじゅうぶんだった。
「おめでとうリコ。それにセキガクの皆さん」
全力で戦い、その末に敗れた。悔しさは、もちろんある。それ以上に清々しい思いとともにアメジオが右手を差し出せば、リコは快く握手に応じた。
「こちらこそ、ありがとうアメジオ。アメジオがニャローテを、マスカーニャを励ましてくれたから私、最後まで戦えたんだ」
「いや、俺はただ気持ちのイイ試合をしたくて必死だっただけさ。最後まで戦えたのはきみたちのガッツだよ」
互いにリスペクトを送り合う。リコとアメジオは握手を解く。
「またバトルしようね。私、もっともっと強くなるから!」
「もちろんさ。次は負けないぞ」
肌を打つ寒風とは違った、人の心を熱くさせる爽やかな風がシュートスタジアムに吹き抜けていた。
『本日の試合結果から明後日12月29日に行われる3位決定戦はアサギ塾vsエクシード学園! 決勝戦はオレンジアカデミーvsセキエイ学園となります!! 第98回全国中学校ポケモンバトル大会、いよいよ明後日優勝校が決まります!!』
「そうですか。負けましたか、報告ありがとうございます」
監督としての試合への帯同を放棄したスピネルの姿はエクシード社の地下研究施設にあった。スタジアムのガヤガヤとした空気が漂う屋外より、アルコール消毒の匂いがキツく漂う屋内の方が断然彼の心を落ち着かせていた。
試合を通してのラクリボールの運用データをアゲートに渡したところでスタジアムに残していたインディより連絡を受け取ったスピネルは施設の通信用ルームへ赴き、専用の回線を開く。
「なにか」
モニターの向こうから、重く響く声とともに表示されるのは、紫の光を放っている紋章のようなものがある黒い壁画。その光がラクリウムの成分をうっすらと散布されているものだと分かるのは、エクスプローラーズにおいても地下研究部に精通している一部スタッフのみだ。
エクシード社の会長にしてエクスプローラーズのボス、ギベオンへの直通回線を繋いだスピネルは、サウンドオンリーの通話相手に恭しく一礼をしてから口を開いた。
「ご令孫様のことでございますが、私から再三訴えと指導を重ねましてもなお是正の兆しは見られず、数々の専横行為も止まらず……本日、チームも敗戦致しましたので新体制へ向けて心苦しい限りですが、ご令孫様に対しては相応の処分を申し渡したいと思いまして……」
「そうか」
通話越しの声になんら感慨はない。
「エクシード学園とは未来のエクスプローラーズを育て上げるための下部組織。そこでの話は校長に通せば良い。肩書として名義だけ置いている私に対する気遣いは無用である」
言外に育成施設レベルの話をわざわざ自分の下に持ってくるスピネルのおもねりも無駄だとギベオンは切り捨てた。
本質的に人を見下し、頭を下げることを嫌うスピネルとしてはこのボスの物言いにも苛立ちこそしてはいるが、そんなことはおくびにも出さない。
「差し出がましいことをお耳に入れてしまい、申し訳ありません」
「チームの和を乱す者は組織において悪影響をもたらす。それは学生機関とて同様。むしろ学生の内に仕込まねばならぬ教育。そのような者は誰であっても容赦してはならぬ」
「たとえご令孫様であっても、でしょうか?」
「たとえ私の孫であっても、だ」
スピネルが1番欲していた言質とともに通話が切れる。ギベオンの方から回線を切ったのだ。
「ウフフフフ……!」
通話を終え、スピネルは薄ら笑いとともに展開の広がりを確信していた。
「大人しく創業者の孫として軽い神輿として担がれていてくれていればよかったものを、意識だけ無駄に高いからこうやって排除されるのですよ」
侮蔑の意とともにスピネルはスマホロトムを操作し早速エク学の校長へ通話をしてゆく。
所詮は育成組織を学校として成立させるためだけに置かれた雇われの立場、ギベオンの存在をチラつかせるだけであっさりとバトル部監督としての方針を受け入れたのでスピネルは満足して一方的に通話を切る。
『アメジオさえいなくなってくれれば彼に影響されてる残りの部員は勝手に押し黙るしかなくなる。そうすればエクシード学園バトル部は事実上私の研究成果を試すための実験場として利用できるわけです。ウフフフフ……!』
ラクリボールを始めとしたラクリウムの力を利用した技術開発はあくまで地下研究部全体で遂行されるものであり、スピネル個人の成果にはなり得ない。
だがそんなことは科学はもちろん、他者を自分の存在価値を高めるための下駄として使えるかどうかでしか判断しないスピネルに通じる理屈ではなかった。
『回転殺法』
文字通りポケモン自身や技に回転を加えることで既存のものとは別の変化をもたらす技術。
偉い人は昔こう言ったという。『回ればなんとかなる』と。