死力を尽くした戦いの果てに、リコはついにアメジオへのリベンジを果たすのであった。
全国大会準決勝のスケジュールは大会運営側の予定通りに消化されていった。
第1試合は10時から、第2試合は12時からの開始で滞りなく終了し、17時を迎える頃には参加チームやその関係者、観客らは皆帰った後でありシュートスタジアムに出入りするのは清掃業社だったりの管理側スタッフのみになっていた。
同じ17時頃、セキガクとの試合で最高に熱い戦いを楽しんだアメジオの心は急速に冷える羽目となった。
「アメジオくん……その、なんだ。きみにも事情や、譲れないものはあるとは思うんだ。担任の先生からも授業態度やクラスメイトとの関係は良好だと聞いているし。だから、部活動で不満があるならば一度スピネル監督と腹を割って話をしてみたらどうかね? 互いに歩み寄る姿勢から理解とは深まるものだからね? ね?」
ソウブレイズの回復を済ませ、スタジアムを後にしたところのアメジオは学園へと呼び出され、行ってみれば待っていたのは校長からのヒアリング、という名目によるほとんど弾劾であった。
『アメジオは1年生でありながらエクシード社会長ギベオンの孫、社長クレイブの息子という立場を利用して強引に部長となりエク学バトル部内においては自身の方針に沿わない生徒に対して強引に従うよう迫り、対外試合や合宿も勝手に企画する専横が目に余っていて見過ごせない状況であり、何かしらの処分は必須である』
アメジオからすれば怒りを通り越して呆れる、といった心境であった。
バトル部部長の座はこの弾劾を叩き付けてきたスピネル監督によって半ば強引に押し付けられたものであり、部員に対しては真面目に練習に取り組まない者への注意や、対戦相手へのマナー違反に対する指導しかしていない。練習試合のセッティングや合宿に関しても最終的に監督の承認はもらってのことである。
アメジオはスピネルのことが嫌いだ。他人を見下す顔つきに、真剣勝負の世界を腐すことに躊躇いがないどころかむしろ好き好んでいる節すら見える態度ややり口などから不倶戴天のものとすら思っていた。
それが大会を終えて日付が変わらぬうちよりこちらを排除するために動いてきたというならば、もはや是非もない話だ。当然、オドオドしながら言葉を選んでいる雇われ校長の言う通りに歩み寄るなど以ての外だった。
『手間が省ける展開である』のが唯一前向きな話と言えた。
「そうですか……分かりました」
アメジオからすれば真剣勝負の舞台で自分を磨き上げ、やがては父や祖父の役に立てる立派な男になるためならば、その学び舎として腰を据えるにエク学へこだわる理由もなかった。
「お世話になりました」
半ば一方的に2通の封筒を校長へ押し付け、アメジオは校長室を後にする。
「え!? あ、アメジオくん! 待ちたまえ!! 待っておくれ〜!!」
封筒を見た校長の顔がみるみる青ざめていく。押し付けられた封筒にはそれぞれ『退部届』『退学届』と書かれていた。
雇われ校長にとって学校を運営している大企業の子息が個人の都合で去っていくなどとんでもない話であった。主に自身の評価の観点から。
「そうですか。呼び付けられたその場で退部届に加え退学届まで」
18時頃にエクシード社の地下よりスピネルは事と次第を校長からの通話で聞かされた。
自分の立場を守るためにギベオンへの体裁を考えて顔面蒼白になっている校長との通話を一方的に打ち切ったスピネルは心の中で快哉をする。小躍りしたい気分にすらなっていた。
アメジオがスピネルを嫌っているように、スピネルもまたアメジオを嫌っていた。
スポーツ精神だの真剣勝負の尊さだのといったくだらないものに熱中するアメジオの姿は、自身の青春時代を灰色に染め上げてきた連中を想起させられ苛立って苛立って仕方がなかった。
スピネルの少年時代とは成績優秀で大人しく、それでいて自分の主張は曲げない少年であった。
パートナーのイーブイに対する愛情も深く、学業の合間に授業や世間からの情報を頼りに育成にも熱心だった。
「なぁ見たかよ? 昨日の試合凄かったよな!!」
「うんうん! やっぱスゲーよな! チャンピオンサトシの根性は」
そんなスピネル少年の通う学校において、マサラタウンのサトシとはテレビの向こうのスーパースターであり、まさしく皆の憧れの的であった。
サトシだけではない。ライバルのシンジやイッシュチャンピオンアイリスといったスター選手の試合があるたびに教室ではその話題で持ちきりとなっていた。
「チャンピオンアイリスも言ってたよな! やっぱ絆が1番! ポケモンとの絆さえあれば何でも出来るって!!」
「そうかな?」
そうした話題の締めは、いつだって『気合いや根性』『絆の力』といった目に見えないものの賛美へと収束してゆく。
「なんだよスピネル?」
「ポケモンごとに計画を立てて、キチンとした育成を施すのだって大事だと思うけどな」
そんなスピリチュアル偏重な空気の中で口を開いたのがケチのつきはじめだった。
「なんだよ、だったら俺たちとバトルしようぜ! 計画的に育ててるスピネルくんはさぞや強いんだろうよ」
ほんの僅かな疑問がガキ大将の不興を買ったのだ。
「うぅ……」
「男と男の真剣勝負が分かんねー奴なんて所詮こんなもんさ! ざまあみろ!」
「やっぱデータや計画なんかより根性、絆だぜ!!」
「チャンピオンサトシ最高〜!!」
初めてのポケモンバトルは、土と砂利の味だった。ガキ大将を相手にイーブイへ上手く指示を出して勝ったまでは良かった。
だが続けざまに取り巻きが間髪入れずに襲いかかって来てイーブイがやられたところに、バトルで負けて面目丸潰れになっていたガキ大将が暴力に訴えてきたのでたまらずスピネルはボコボコにされてしまった。
「ぶい……」
「ごめん、ごめんよイーブイ……」
グラウンドの土で全身ドロドロになっていたところに雨が降り、ずぶ濡れになりながらスピネルはイーブイを抱いて家路に着く。
両親は共働きで家を空けているのが普通だったが、その日は父親がたまたま帰って来ていたのが不味かった。母はともかく、父は体裁に関してはひどく神経質な人物だからだ。
「我が子ながら情けない。男ならば例えどんな不利な状況だろうと正々堂々戦い抜け! 努力と根性に不可能はないのだ!!」
スピネルにとってその展開は読めていた。父は、帰って来た自分から無理やり話を聞き出した上で思い切り突き放して来た。
ガキ大将からのコミュニケーションは、その日以前と以降で変わりはなかった。
スピネルをボコボコにしたことで溜飲は下がったのか、それ以上の無体を働く意義も見出せなかったのだろう。
あれだけのことをしておいて何ら変わらぬ態度で接して来られるのが、却ってスピネルのプライドを傷付けた。
人は勝負付けが済み、自分より格下と分かった人間にわざわざ敵意を向けたりはしない。要は舐められて当然の存在にさせられたのだ。
それでもスピネルはその関係性の是正に動く気にはなれなかった。自分の都合のために相棒ポケモンを傷付ける愚を犯すよりはマシだと思えたからだ。
それが『賢い』ということだと信じて。
そういった鬱屈が積み重なっていったことがいわゆるスポ根蔑視に繋がり、転じて科学信仰を謳う現在のスピネルは存在している。
バトルに負けた腹いせとして取り巻きを止めることはせず、直接暴力に訴えたガキ大将も当然褒められたものではない。
ただ、スピネルがガキ大将に異を唱えたこと自体に我欲がなかったかと言われたら、まったくもってそんなことはない。
クラスの中心人物を相手に持論の正しさを証明し、周囲からの注目と称賛を集められたらいいなという欲求も確かにあったのだ。いわゆる陰キャが陽キャにクラス内ヒエラルキーの逆転を目当てに挑みかかり、返り討ちにあった形だ。
スピネルは、元から周囲を自分より頭が悪いと見下してもいた。そんな内心はクラスメイトたちからは透けて見えていたこともあり、誰もスピネルに寄り添うことはしなかった。
今回の『決起』の源泉とは、つまるところ取らぬジグザグマの皮算用である。その結果としては悲惨なものに終わったわけだが。
コレが、スピネルの冷笑の原点である。早い話が打算と下心のもとにくってかかった結果の自業自得に過ぎない。
真剣勝負に燃える若きポケモントレーナーたちからしたら身に覚えのないとんだ逆恨み、いい迷惑でしかないのだ。
「それにしても随分と用意のいい話だな」
「なにがです?」
「アメジオは呼び出されてその場で退部届と退学届を出したのだろう?」
栄養ドリンクを渡しながらのアゲートの言にスピネルは暫し思考を巡らせる。
導き出された結論にスピネルはクワ、と目を見開いた。表情に焦りが浮かぶ。
「しまった、インディとルーベラを学生身分で手元に置くのは早計だったか……!」
「……?」
僅かに首を傾げ、説明を求めるアゲート。
「アメジオの背後にはハンベルがいます。彼は今でこそ現場からは身を引いて執事なんてやってますが、まだ本社がパルデアにあった頃からバリバリのギベオン側近として動き回っていた人物です。しかもガラル移転の際、パルデア四天王として潜入していたカルセ、ドニー、ペルドットの3将がこぞって現場を離れ会社の取締役に収まって以降は学園による育成環境が整うまでは組織の戦闘部隊への教導も行っていたと聞く。エクスプローラーズにおいては未だ隠然たる影響力を持っているでしょう」
この元パルデア四天王で現エクシード社の取締役となっているカルセとドニーの間に産まれたのがオニキスであるが、そんなことは今のスピネルからすればどうでもいいことだ。
「彼は一貫してラクリウムの技術開発に反対の姿勢を貫いてましたからね。彼が独自のルートから横流しさせた研究データをアメジオへ握らせ、デボンコーポレーション辺りにでも転がり込まれたら厄介なことになる!」
「なるほど。なら私のツテで動かせるスタッフに声をかけておく」
「お願いします。あぁ、そうだ」
早速連絡をつけるべくスマホロトムを取り出すアゲートにスピネルは待ったをかける。
「動いてくれる方々にはラクリボールを持たせましょう。コレもいい実地試験になる。それと、アメジオと、彼の側にて動く連中の生死は問わないということで」
「いいのか?」
「『重要な機密情報の持ち逃げ』とあらば、ある程度選択肢を広げておくことも必要でしょう? むしろデータ流出を防ぐために口封じは必要な措置です」
その口ぶりからしてスピネルがアメジオに生死の内の死の方を願っている内心にアゲートは口出しをしなかった。
単に興味がないからだ。
『ウフフフフ……! 育成レベルでのことはいちいち報告しなくてもよい、でしたよね? ギベオン様?』
『……小さい男だ』
そうしてスピネルとアゲートは、まんまとアメジオに対してラクリウムの研究データ持ち出しの濡れ衣を着せ、追跡部隊を動かすのであった。
結果から言うならばスピネルの推察は全く的外れでしかなかった。
アメジオがエク学を去ると決断をしたのはセキガクとの試合が終わった直後、儀礼の挨拶からのベンチを後にする際のことだった。
「酷いなコレは……」
エク学側のベンチはゴミや食べカスで派手に散らかっていた。
汚し放題にした主犯のサンゴは一切気にすることなくいの一番に立ち去り、一瞬目が合ったオニキスは、自分は汚していないのだから関係ない、と視線で訴えていた。
「アメジオ様、なにを!? そんなことは俺たちがしますから!」
ジルにアメジオは答えない。
アメジオがベンチのゴミを拾い始めるので、ジルとコニアは慌てふためく。
「わ、私、箒とかちりとりとか持って来る!」
「お、おう!」
コニアが一旦ベンチの奥へと引っ込み、ジルもゴミ拾いを一緒に始める。
無秩序、無軌道、無関心……結局自分は、エク学バトル部に対して何ら寄与することは出来なかったとアメジオは思い返す。
「立つ鳥跡を濁さず……か」
ちょうど全国大会も終わった。新天地を求めてみるのも悪くないと、そう思えた。
「本当に行かれるのですか?」
「あぁ。エク学で出来る限りのことはやってみた。だがあそこに俺の居場所はなかった」
スピネルとアゲートが討伐前提の追跡部隊の編成と支給用のラクリボールの確保に躍起になっている頃、アメジオは帰宅し、自宅にてハンベルの見送りを受けていた。
その出で立ちは旅立ちの荷造りを済ませたリュックを背負い、Tシャツの上にコートを羽織り下はジーンズとラフで動きやすく纏められている。
「10歳の時に父さんが誕生日プレゼントとして通帳をくれてな。トレーナーとして独り立ちをするならその際の資金にしろ、と俺の名義で貯金しておいてくれたらしい。いずれ返すとして、今は甘えさせてもらうことにする」
「何処か行く宛などはおありなので?」
「さてな……まずバトル部のある学校だな。出来るなら寮に入れる所がいい。ポケモンたちとみっちりトレーニングを重ねて、また戦いたいんだ。セキガクと」
先の見えぬ展望を語るアメジオの楽しげな表情を見たのはいつぶりだろうかとハンベルは思う。
『マリア様……あなたの残されたお子様は、母の温もりなき生にめげず立派に成長なされましたぞ』
ハンベルの瞳が潤む。色白で儚げな面持ちの中に青年としての精悍さを兼ね備え出した横顔が、彼の亡き母マリアと重なったからだ。
「じゃあハンベル、行ってきます。父さんとお祖父様によろしく」
「行ってらっしゃいませ、アメジオ様」
ハンベルは努めて平静を保ち、アメジオを見送った。男の船出を邪魔する理由がどこにあるというのか。
「行こう。ソウブレイズ」
「ぶふ!」
12月の寒空の下、すっかり暗くなった中でアメジオは旅立っていった。
まだ見ぬ新天地を求め、リコたちとの再戦を願って。
『カルセ&ドニー』
元パルデア四天王でありエクスプローラーズの一員。現在はエクシード社の重役として後方勤務をしている。
父カルセの体格と母ドニーの顔立ちを受け継いで産まれたのがオニキスだ。