サンゴのオニゴーリを相手に、マフィンは瞬く間にファーストアタックを奪い取るのであった。
『開幕を飾るファーストアタックはゲッコウガ! オニゴーリ、不意打ちによろめくーッ!』
「どうなってんだよ、畜生ッ!!」
「なんてスピードだ……かげうちの先制に勢いがある!」
サンゴとてゲッコウガが初心者用ポケモンの中でも素早さに置いてはトップクラスであることは知っている。
エクスプローラーズへの将来的な加入を条件としてお高い学費諸々を免除してもらっているのを鼻にかけ、必要最低限の単位目的でしか授業に顔出さないサンゴが持つなけなしのトレーナー知識だ。
ジルにもゲッコウガのスピードは想定外であった。
「オニゴーリ! かみくだーく!!」
「おにゃがあッ!!」
「おっと危ない! ゲッコウガ、退避!」
オニゴーリが反転し、大口を開けて迫ればゲッコウガの全身はみるみるうちに足元の影へ溶け、まんまと消えてゆくのでかみくだくを回避する。
「オニウザいんですけどぉぉぉ!?」
先制され、反撃を空振りにさせられるサンゴは分かりやすく苛立ち、叫んでいた。
「ゲッコウガがオニゴーリに向かったということは!」
ジルとしてはある意味ありがたい展開となった。
かろうじて善く捉えてみて、ギリギリ無軌道という評価が適切なサンゴを相手にチームワークを求められるなど、ハッキリ言って無茶振りもいいところとしか言いようがない。
「ニンフィア!」
「ふぃ〜!」
「どああい!」
コレ幸いとばかりにサイドンはニンフィアを迎え撃つ構えを取る。
ホタルのニンフィアが真っ直ぐサイドン狙いで仕掛けに来てくれたので擬似的なタイマンが2つ並列する形になる。
この状況においては、まずは自分の状況をクリアにするよりないのだ。そうとなればサンゴのフォロー、という無茶振りよりは遥かにマシな盤面だった。
「くらえ! ロックブラスト!」
サイドンの周囲に岩弾がいくつも生成され浮き上がる。それらを制御し、ニンフィアめがけ一斉に発射した。
「あぁっ、ホタル副部長、危ない!」
「あちゃー……こりゃあ災難だな」
リコとナギの言の意味としては全くの逆だった。
リコはニンフィアが攻撃されるピンチをストレートに感じ、ナギはジルの技の選択ミスを確信している。
「来るぞニンフィア! 全てレシーブだ!」
「ふぃふぃ〜あッ!!」
「な、なにィッ!?」
命中でも、回避でもない。ニンフィアの対応がジルを驚愕させた。
『あーーーッとニンフィア、放たれたロックブラストを全てリボンで空中に打ち上げてしまったぞーーーッ!!』
「凄い! ホタル副部長!!」
「……ホタルは元々バレー部志望。飛んでくる弾丸の類は彼女のポケモンたちには効かない」
ロイが快哉すればキラリが補足を入れる。
事実上、ホタルのポケモン全てが特性『ぼうだん』を備えているようなものだと分かればリコはただただ驚嘆するよりなかった。
「……!」
ドットの視線は、迷いなく空中へ飛ぶニンフィアへと釘付けになる。
「お返しだ。くらわせろニンフィア!」
「ふぃぃ〜あッ!!」
「アターック!!」
再度リボンを振るえば、打ち下ろされるロックブラストがサイドン自身を襲う形となった。
「ざ、さい〜ッ……!」
「サイドン!」
「全く、何をしてるのですかそれしきのことで! あなたたちは栄えあるエクシード学園生なのですよ!?」
「タイプ相性としてはじめんタイプを持つ以上、いわ技のロックブラスト自体は返されたとて効果今一つだが……」
アメジオはジルがサイドンを手塩にかけて育てており、ロックブラストも自慢の技として常日頃から鍛えていることを知っていた。
サイドンが受けるダメージそのものが軽微で済み、支障はないとしても、自慢の技を相手にそっくりそのまま跳ね返されたという事実はトレーナー側のジルのメンタルを揺るがす打撃となり得ることへと思考を導き出す。
この辺りの心の機微は、世の中のあらゆることを数値の羅列でしか判断しないスピネルなどには思い至らない類の話だと思えた。
「落ち着けジル! サイドンはまだまだ戦えるぞ!! ニンフィアの隙を突いていくんだ」
故に、アメジオはベンチから一声をかけた。
「あ、アメジオ様……!」
得意のロックブラストを逆用されたショックからジルは、アメジオの一声で正気を取り戻す。
岩弾を打ち返したニンフィアは、アメジオの言う通り自由落下の最中、完全に隙を晒していた。
『下手な飛び道具はあのリボンで跳ね返され、また反撃に使われるかもしれん……ならばサイドンのパワーを生かした肉弾攻撃あるのみ!』
こうして冷静に攻め手を組み立てることが出来たのもアメジオのおかげだとジルは思った。
「今だサイドン行けーッ! メガホーンを叩き込め!!」
「ううう、さぁ〜!!」
鼻先の角がむしタイプエネルギーにより黄緑色に光り、サイドンは巨体を震わせドスドスとニンフィアへと迫る。
「こがッ……!」
ニンフィアとサイドンの間に影が浮き上がれば、ゲッコウガが割って入る形となる。
「は……はぁぁぁ!?」
ゲッコウガの挙動は、サンゴからすればプライドを逆撫でされる行為の何物でもなかった。自分を放置されての味方のもとへ走られるなど、目立ちたがり屋な本質から到底許せるはずがない。
「オニ舐めたことしてくれんじゃん! くらわせっぞオニゴーリ! ふぅぶぅきぃぃぃッ!!」
「にごあああ〜!!」
「ま、マズイ! サイドンッ!!」
完全に頭に血が昇りながらのサンゴの指示でオニゴーリは再度強烈なブリザード攻撃を発射する。その範囲と角度が不味かった。
「さ、さいい……!」
『あーーーッとオニゴーリ、味方であるサイドン諸共セキガクタッグに攻撃を仕掛けたーーーッ!!』
サイドンは既にニンフィアを狙った接近戦の間合いであり、オニゴーリによるゲッコウガとニンフィアを狙うふぶきは自然とサイドンをも襲っていた。
左半身側より吹き付けられるブリザードを前にみるみる薄いグレーの巨体が凍り付かされてゆく。タイプ相性から効果抜群であった。
「どうだ見たかよ! サンゴちゃんを無視するからこういうことになる、んだ……よッ!?」
勝ち誇り、嘲りの言葉を投げつけるサンゴであったが、すぐにそのキャンキャンとした甘ったるい声音が止まり、表情が引き攣る。
オニゴーリのふぶきは、長方形の土の板によりガードされていたのだ。
「アレは?」
「ゲッコウガのたたみがえしさ。マフィンの野郎、最初からこのシチュエーションへ持ってくつもりだったなー?」
迫るふぶきに対し、ニンフィアを背後に置いたゲッコウガは瞬時に地面を蹴り上げてひっくり返す。文字通り『畳返し』の要領で防壁を展開することにより、オニゴーリのブリザードをシャットアウトした。
ナギとしては相変わらずの技の冴え、リコたち1年生からすれば驚愕であった。
あの虚弱体質なマフィンが、試合となれば完全にフィールドを支配しているのだ。
「ゲッコウガ、今こそ『忍びの秘奥義』を!」
「げこがぁ〜!」
9つの『印』を次々に結びながらマフィンが高らかに告げる。
たたみがえしに使った土壁を勢いよく蹴り放てば、ゲッコウガは影に溶けることなくその俊足でもってオニゴーリに接近をする。
「にぐぁ!」
巨大な顔面そのものを全身とするオニゴーリに命中した土壁が砕け散る。それだけで視界を封じることに一役買った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「前に来たぞオニゴーリ! かみくだくだ! かみくだくで迎え撃つンだよ!」
半狂乱で叫びながらの指示に素直に従えるのはオニゴーリがサンゴを主人としてしっかり認識し、懐いている証左といえる。
が、その鋭い牙がゲッコウガを捉えることはなかった。
「かげぶんしん!」
牙が捉えたのは影……オニゴーリの周囲を無数のゲッコウガが取り囲む。
それらがみずエネルギーにより生成された小太刀を構え、次々と通り抜けざまに切り付けてゆく。その実体はあくまで1つだが、サンゴには到底判別出来はしなかった。
かげぶんしんとゲッコウガの高い素早さを活かしての目眩しを加えた渾身のラッシュに、オニゴーリはただただ打たれ放題となっていた。
「とどめの一撃ッ!!」
マフィンの号令に合わせ、ゲッコウガが上を取れば、
「くぁが!!」
間髪入れずに右腕を振り下ろし、オニゴーリを地面へ叩き付ける。
「な、なぁなぁなぁ……!」
オニゴーリのボディは3回フィールドでバウンドした後にコロリと転がったまま完全に目を回してしまう。
ワナワナと全身を震わせるサンゴは、軽やかに着地するゲッコウガを睨むよりなかった。
「オニゴーリ、戦闘不能! ゲッコウガの勝ち!! サイドンは…」
審判員が駆け足でフィールドに入り、オニゴーリのジャッジを下してからサイドンのチェックにも入る。
左半身側を凍結させられたサイドンはバランスを崩して倒れ込み、オニゴーリ同様目を回していた。
「サイドンも戦闘不能! よって勝者、マフィン選手&ホタル選手!!」
『ゲッコウガ乱舞! セキエイ学園の部長、キャプテンとしてチームを引っ張るマフィン選手がフィールドを掌握、そのまま見事チームに1勝目をもたらしましたーッ!!』
「ナイス、ホタル」
「うむ」
通して見れば盤石の試合運びと言わざるを得ない。どうしようもない虚弱体質を抱えてこそいるが、それでも普段の練習から自身の立場やセンスを鼻にかけることなく取り組む姿勢こそがマフィンの確かな実力の根源であった。
それを1番近いところから見てきたからこそ、ホタルはバトル部に身を置いていた。
「リコちゃ〜ん! 見ててくれた? 俺の戦いぶり〜!」
両手とともに愛想を全力で振りながら戻って来るマフィンに苦笑いするよりないリコだが、実際そのバトルは圧倒的であると思わされた。
オニゴーリのふぶきの誤射を誘発する流れなどはまさしくトリッキーさの極みだった。
「でもなんであんな縦横無尽に影を使った移動ができるんだろう?ゴーストタイプでもないのに」
アンが呟くのにリコもロイもそういえばと思い立つ。
「そりゃあ出来るさ。少なくともかげうちを使ってる間はあのゲッコウガはゴーストタイプなんだから」
「「えっ?」」
ナギの一言にリコとアンが同時にリアクションをする。
「……マフィンのゲッコウガは特性『へんげんじざい』。いわゆる隠れ特性」
決定的な理由を話すのはキラリだった。
セキエイ学園にて支給される初心者用ポケモンの出所は、その大半を専門の保護施設としていた。
そのうち少数は新人トレーナーの旅立ちを支援するポケモン研究所から払い下げられて来る新人に選ばれなかった子たちでもあり、多数少数に関わらず個体差の範疇として他の個体と違った特性を突然変異的に有する『はぐれ者』が混ざっているのもよくある話なのだ。
「マサラタウンのサトシも、カロスのポケモン研究所で訳ありのケロマツを引き取ったって話だからね。それがサトシゲッコウガ」
ポツリ、呟いたドットが歩き出す。シングルバトル2を戦うためだ。
「試合の空気を感じてくれたらいいよ。楽しんでおいで」
「思い切っていけ。日々の練習を思い出してな」
ポケモンたちをボールへ戻し、フィールドの白い枠線を境界としてマフィンとホタルに頷き、トレーナーサークルへと足を踏み入れる。
デビュー戦にドットの胸は高鳴った。
「なんたる失態ですか! せっかくの緒戦を落としてしまうなんて。エクシード学園生として恥を知りなさい、恥を」
一方のエクシード学園側ベンチでは、負けて戻ってきたサンゴとジルに対してスピネルがここぞとばかりに小言を積み重ねてゆく。
完全実力主義を是とした部の体系からして、それは当然の流れというよりなかった。もっとも、そこには他人をこき下ろして気持ち良くなりたがるスピネルの性癖も見え隠れしているが……。
「このバトル部もまた、偉大なるエクシード社からの多大な支援を受け、その最先端の科学技術の恩恵に預かることでどこよりも効率の良いトレーニングを積める環境が整っているのです。それで敗北するというのは即ち『科学の敗北』であって……」
「もういいでしょう監督。次の試合が始まる」
そんな長々とした嫌味な説教を途中でぶった斬れば、スピネルが睨んでくるのをアメジオは意に介さない。
スピネルとしても創業者一族の御曹司を利用することでエクスプローラーズの中で自らの立ち位置を確固たるものとする魂胆から入学早々に部長とキャプテンへ任命した以上、引き下がるより他になかった。
「アメジオ様……」
「気にするな。相手の方が上手だっただけさ。またトレーニングを重ねて、次はリベンジしてやろう」
ジルを労うアメジオの横顔を睨むはもう1つ、漆黒の瞳……、
『ハァ? なにこいつ? 恩を売ってきたつもりかってんだよ、オニムカつくんですけどぉ……!』
逆恨みもいいところなサンゴであった。
そんな自陣営のギスギスとした空気を我関せずと巨漢がトレーナーサークルに入っている。
一重瞼の黄色い瞳は、ただただ真っ直ぐドットを視界に捉えていた。
『キラリ』
11歳。セキエイ学園2年1組所属。生徒会会計。
バトル部きってのデータマンでたくさんのチームや試合のデータをかき集め、仲間たちに伝えている。
寡黙だが勝利を目指すひたむきさを持つ女の子だ。
想定CVは茅原実里さん。