スピネルの悪意がなおも降りかからんとしているのは知る由もないことであった。
「おはようございます」
朝6時に起床し、日課のロードワークを済ませてからシャワーを浴びてホテルのビュッフェに行けば、既にアンの他バトル部の皆が思い思いの朝食を既に取っている。
「おはよーリコちゃ〜ん!」
「おはようございます、部長」
自分の隣の席が空いていると猛烈なアピールをしてくるマフィンに返事をしながら、アピールに関してはスルーをしてリコはアンの隣に座る。
「今日でここのビュッフェも食べ納めかぁ」
山盛りのスクランブルエッグを前に少し物寂しげに呟きながらもロイは食べ進めていく。
ラッキーのタマゴを使った栄養満点の一品で、ホカホカご飯との相性がいい。
「次の開催地は来年になってみないと分からないからな」
「うん。でも来年もこうやってみんなでいたいよね」
「当たり前だろ」
主語のない会話をリコとドットは交わす。
来年もこうやって、セキガクバトル部を全国大会の決勝まで、いや、優勝まで導くのだという決意に満ちていた。
そのためにはまず今年の、12月29日の決勝戦を勝ってからの話だが。
「皆、試合が終わって帰ってきたらすぐチェックアウト出来るように、部屋の荷物はまとめておいたな?」
「「「はい!」」」
「よし! 行こう」
朝食を終えた8時30分にロビーに集合からの送迎バスに乗り込む流れも大会初日から変わらない。
泣いても笑っても、今年はコレが最後だ。
「ようお前ら!」
バスの最後部席をフリードが独占していたのも慣れた光景だった。
「全国192校のポケモンバトルに青春をかけた学生たちの汗と涙の果て、その頂点に立つチームが今日決まります! 全国のポケモントレーナー、ポケモンバトルファンの皆さんこんにちは! 本日は第98回全国中学校ポケモンバトル選手権大会決勝と3位決定戦の模様をお送りします! 実況は私ガラル担当ジッキョーブラザーズの三男ジッキョー!! 素敵な解説には伝説の名チャンピオンに来て頂いております!!」
「ふわわ……」
「ぴかぴ」
「あが!? こ、コホン。うんと、俺、マサラタウンのサトシ! こいつは相棒のピカチュウ!」
放送席に座るのは健康的な日焼けがすっかりトレードマークとなった筋骨隆々たる二の腕を見せ、28年前と変わらぬ白地に赤のラインが入ったシャツと青いジャケットを合わせた黒髪の男。
大きなあくびを無理矢理飲み込んでからあまり得意でない営業スマイルを見せる。
初代にして現アローラチャンピオンの座に就き続けるサトシにとって、試合解説ほど退屈な仕事はない。昔馴染みと一緒ならば楽しく思えもするのだが、自分1人だけではどうにも気分は乗り切らないが故のあくびだった。
ピカチュウとしてもその辺りの主人の機微は把握済みだ。28年来の付き合いから、サトシは果てしなく『動』の人であるのを知り尽くしていた。
「チャンピオンサトシは今年開催されました第6回ポケモンチャンピオンカーニバル(PCC)にて初回大会から続けて6回連続の優勝を果たし、今や押しも押されもせぬグレートチャンプ! 今日行われる試合について、なにかありますか?」
「え? そうだなぁー……そりゃあ、みんな頑張って欲しいかな。な? ピカチュウ」
「ぴかぴかちう」
ピカチュウがいるだけでも味気ないコメントが幾分かマシになる、というのは別にサトシの計算でもなんでもない。
ただ単にピカチュウがモンスターボールの中に入るのを極端に嫌っているというだけの話である。
『さぁー、既にフィールドのセンターサークル内では3位決定戦を戦う両チームが整列しております! 東口側はエクシード学園! 西口側はアサギ塾! チャンピオンサトシはアサギ塾のナンテ監督とは確かPNTTで繋がりがあったとか』
『はい。同じチームだったり敵チームだったりしました。そういえば、ナンテさん自身とは未だにバトルしたことないんだよなー』
「これより3位決定戦、アサギ塾vsエクシード学園の試合を始めます! 両選手、礼ッ!!」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
「おなしゃ〜す」
アサギ塾側は一糸乱れずの一礼とともに腹の底から声を張り上げるのに対し、エク学側の一礼は全員バラバラ。サンゴのなんとも気の抜けた声だけでそそくさとベンチへ戻って行ってしまう。
「なんなんだよあいつら! メガ舐めた態度しやがって」
「落ち着け。舐めた態度取ってて赤っ恥かくのはあいつらの方さ」
あまりにもの対応にウルトが後を追い、詰め寄ろうとするのをモモが肩を掴み止める。
「どうせ天下のアサギ塾さんとの試合ならば、最大戦力である1軍メンバーとやり合いたかったのですがねぇ?」
「いやはや申し訳ない。ウチは敗戦の時点で最上級生は引退というのが創立からのルールでして。ま、お手柔らかにお願いしますよ」
スピネルの嫌味に対してナンテは頭をかきながら返す。両チームのオーダーは以下の通りとなった。
ダブルバトル
トガシ&トラマルvsインディ&ルーベラ
シングルバトル2
ウルトvsサンゴ
シングルバトル1
モモvsオニキス
控え
ツバキヤマvsパライ
「ウルトの奴大丈夫かな……」
一昨日同様にセキガクバトル部は控え室のモニターから試合を観戦している。
ロイの不安とはひとえにラクリボールによって強化されたポケモン相手に自分がまるで通用しなかった準決勝でのことから来ていた。
「ぶっちゃけキツイだろうな。相手はボールデコにかこつけてドーピングかましてくる連中だ。今日も使ってくるだろうぜ」
ナギとしても気楽に心配を晴らしてやれるほどの条件は揃えられなかった。
ラクリボールの効力下に置かれたポケモンがトレーナーの指示から離れた半ば暴走と変わらない状態に陥るというところに気付けないと勝ちの目を手繰り寄せるには厳しいのだ。
「アメジオ、どうしたんだろう?」
そんな中でのリコの疑問は、善きライバルアメジオの姿が入場からずっと見えないところにあった。
優勝こそ逃したとはいえ3位決定戦も重要な試合なのは間違いない。そんな一戦にアメジオがいないということに違和感を拭えずにいた。
「あのいけすかない監督さんとなにかあったんだったりしてね」
なんとはなしのマフィンのひと言がそのものズバリであったのは、当の本人にすらこの時では知りようのない話だ。
ドットは、解説に呼ばれたサトシにテンションが上がるも、表情に出さぬよう努めていた。
「「「「「フレー!! フレー!! アサギ塾!!」」」」」
「さて皆さん。ありがたいことに目の上のタンコブだった1軍の皆さんは全員3号生だった、ということでまるっと全員いなくなってくれました。これからはあなたたち2軍メンバーの時代です。もっとも? あなたたちチームがそのまま1軍昇格となるかはさておきですが」
客席の一角を陣取る長ランにセーラー服の一団は是全てアサギ塾の生徒であり、一方的に声援を響かせているそのほとんどは明日の1軍を狙う者たちばかりである。
そんな中、円陣の中でナンテは塾長として、チームの監督として不敵な笑みをメンバーへ送る。
「ひとまずはこの試合、『楽しい試合』をしましょう」
「「「「「押忍ッ!!」」」」」
「頼むぜトガシ! トラマル!」
「応よ! 任せとけぃ!」
「派手にかましたるわい!」
大きな声援の中、学帽を被った右目に傷があるのと年末近くの真冬にも関わらず学ランを脱ぎ捨て筋骨隆々な上半身を晒すのが2人、どちらも蓬髪でお世辞にも美形とは言い難い風体だ。
彼らは粗にして野だが卑ではないを体現していた。
「「ぶもぉぉぉ〜ッ!!」」
そうして始まった試合だが、やはりというべきか、セキガクバトル部の大体が思い浮かべる展開が繰り広げられていた。
『インディ選手とルーベラ選手のダブルケンタロス、爆走が止まりません!! 1回戦からずっと続くパワフルファイトにアサギ塾タッグは防戦一方です!!』
『なんだろう? あのケンタロスたち……』
なんだか苦しそうだ、とは口の中だけでサトシは呟く。意識を何かに取り憑かれた、というよりは呑み込まれたような、少なくともまともな状態とは考えにくかった。
「それくらいがなんじゃい! ガラガラッ!!」
「がらぁッ!!」
トガシのほねずきポケモンガラガラがルーベラのガラガラによるとっしんをジャンプでかわし、そのまま背中へ飛び乗る。
「なッ!?」
「パワーが自慢なんだろうが、捕まえちまえばこっちのモンよ! ガラガラ、根性で乗り回すんじゃ〜!!」
「がらららぁ〜!!」
ブレイズ種のたてがみを手綱代わりに無理矢理掴み、ガラガラがルーベラのケンタロスの爆走を狂わせる。
乗りこなしているわけではない。ただ単に走る方角を強引に変えただけだ。
「「ぶもあッ!!」」
その強引な進路変更が、インディのケンタロスとの正面衝突を生んだ。
「「ケンタロス!?」」
「今じゃトラ!!」
「おうッ!! ゆけガオガエン!! わしらの全力叩き込んだれぃや!!」
「がががおがぁぁぁッ!!」
頭から正面衝突し、目が眩んで動きが止まるケンタロスは2体ともすぐ近くの距離……まとめて叩くにはじゅうぶんなシチュエーションであった。
「がらッ!!」
ガラガラがブレイズ種の背から飛び退き、2体より全力で離れる。
そこにヒールポケモンガオガエンがゼンリョクのほのおとあくのエネルギーを纏ったボディプレスで押し潰すことにより、強烈なエネルギー爆発が発生。
『Zワザだぁ!』
派手好きなサトシは無邪気に喜んだ。
「どうじゃ見たか! コレがわしらのゼンリョク、ハイパーダーククラッシャーじゃい!!」
「がぉうらぁ〜ッ!!」
1番の見せ場を決め切ったガオガエンが客席へ向け右手人差し指を空へ突き上げながら炎の腰巻きを発火させて見せるアピールをしている脇で審判はダウンしたケンタロス2体をチェック。ジャッジを下した。
「インディ選手のケンタロス、ルーベラ選手のケンタロス、共に戦闘不能! ガオガエンの勝ち!! よって勝者、アサギ塾1号生トガシ&トラマル選手!!」
「キャハハ! そんなちっこいのでサンゴちゃんに勝てるわけないじゃん! オニゴーリ! オニ派手に凍らせちゃって!!」
「ごりりりりりィッ!!」
『Zワザによる豪快な幕引きの勢いを活かしていざ連勝をと臨むウルト選手、サンゴ選手のオニゴーリが放つ凄まじいふぶき攻撃に防戦一方! コレはシングルバトル2はエクシード学園がもらったかーッ!?』
『オニゴーリもか……』
『ぴぃかぁ』
パルデアケンタロスたちに浮かんだ違和感と同じものをオニゴーリにもサトシは感じ取る。
ピカチュウも険しい表情で戦況を見つめていた。
「こいつはッ……流石に無理かッ……!」
「そーだよ! 諦めちまえよ!!」
ピンクのブリザードを放ち続けるオニゴーリを前にウルトが口にした『諦め』は、試合を捨ててのものではない。
言葉の表面だけを聞いたサンゴは得意げになって嘲笑い、その辺りを推し量ることはしなかった。
『『こいつ』を公式戦で使うのはあの野郎とまたやる時まで隠しときたかったが、それで負けちゃあメガしょーもねェからな!!』
ポケットより取り出すメガリングを左腕に装着するウルトにサンゴの嘲笑が止まり、
「ヤミラミ! とんでもパワーで全開突破ァ!!」
「やみみみみぃッ!!」
キーストーンを起動させたウルトによりヤミラミが虹色の繭に包まれ、メガシンカした姿を見せる。
『おぉっ、メガシンカ!!』
コレにもサトシはいいリアクションを見せる。
目の宝石が赤く歯が金色になり、角のような突起部分が大きくなった程度だがメガヤミラミの真骨頂は本体ではない。
メガシンカエネルギーが集中した結果分離、巨大化した胸の宝石こそが最大の特徴であった。
「やンみッ!」
なおも続くふぶき攻撃を前に、ヤミラミは巨大宝石を盾としてその影に隠れ、そして影に身を溶かしてゆく。
「確かにすげーパワーだよ。そいつは認める。だがな!」
ヤミラミが躍り出た影は、オニゴーリの影。強面な顔面ボディを宙に浮かせていたことによりできる影が、かげうちによる奇襲ルートとなったのだ。
「ポケモンバトルはそれだけじゃねーんだぜ! ヤミラミ! パワージェム!」
「みみみみみ!」
飛び上がるヤミラミの『宝石眼』からいわタイプのエネルギーがさながら拡散弾のように発射される。
オニゴーリはラクリボールの影響で低下した思考レベルにより強化されたふぶき攻撃を垂れ流すのみであったところにボディ底面への直撃を受けた。
もっとも、まともな状態なら対応できたかと言えばサンゴのトレーナーレベル的に無理ではあったが。
「今だ! じごくづき!!」
ヤミラミは飛び上がった勢いのままに両手をオニゴーリの底面へ突き刺し、
「やっちまえーッ!!」
「やみぉらぁぁぁッ!!」
力任せにフィールドへ叩き付けた。
「ごりぁッ!?」
オニゴーリがフィールドで2バウンド程跳ねる間にヤミラミは着地し、盾として地面に突き刺したまま放置していた宝石のもとへ戻る。
バウンドしてから勢いを弱め、やがてゴロリと転がり止まったオニゴーリは強面な目付きをグルグルに回していた。
「オニゴーリ、戦闘不能! ヤミラミの勝ち!! よって勝者、アサギ塾1号生ウルト選手!!」
「ヘッ、メガ当然の結果さ!! オレ様たちならな!!」
ウルトが右腕を突き上げて見せるのでヤミラミもそれに倣う。
突き上げた右手は、好敵手ロイに対して強くなった自分をアピールする以外の何者でもなかった。
『ジッキョー一族』
ポケモンバトルの実況を生業とする一族であり、ジョーイやジュンサー、ドン・ジョージらと同じく全員が同じ顔をしている。
熱い実況で試合を盛り上げることに定評のあるプロフェッショナル一族だ。
想定CVは太田真一郎さん。