セキガクの前に立ち塞がるはオレンジアカデミーのスター団。全国制覇を目前とした戦いが、ついに始まるのであった。
「ピーニャくん! オルくん! ファイトだよー!!」
客席のフェンスから身を乗り出さんばかりの勢いでビワは声を張り上げる。
この身が試合に出られないならば、せめて気持ちだけは皆と一緒に戦うという強い気持ちからだ。
「「「オウ!! オウ!! オウ!!」」」
地鳴りのようにスター団の仲間たちも声をあげていく。
「オーライ! まずはステージを整えていくよドンカラス! おいかぜ!」
「くぁ! くぁ!」
ビワからのエールに応えながらピーニャが先手を打った。
ドンカラスの自慢である漆黒の大翼が激しくはためくことでフィールドに強風が吹く。
「ぶいい!?」
「相棒!?」
「ニンフィア!」
イーブイの小さなボディが風に煽られ、宙に舞うところへニンフィアはリボンを伸ばす。
『コレはニンフィアのファインプレー! おいかぜで飛ばされそうになったイーブイをナイスキャッチ!』
「助かったよホタル」
「この上はこうする他あるまいな……」
リボンでキャッチされたイーブイをニンフィアは背中に乗せてやる。
「ゆくぞ! ニンフィア!!」
「ふぃッ!!」
ニンフィアが走り始める背でイーブイは攻撃準備に入った。例えるならばニンフィアが車両でイーブイが砲台であろうか。
「イーブイ、びりびりエレキ発射!」
「ぶいびりりッ!」
ミコが右の人差し指で示す狙いはドンカラス。タイプ相性上のセオリー通りの攻めだ。
「がかッ!?」
イーブイが全身から放射したでんきエネルギーが命中する。ドンカラスは苦悶の表情とともに高度を下げてしまう。
効果は抜群だ。
『あのイーブイ、相棒技を使うのか!』
『ぴかぁ!?』
効果抜群のダメージとともにドンカラスへまひ状態を押し付けるイーブイにサトシは目を丸くする。
28年間のキャリアにおいて、相棒ポケモン使いともバトルしたことはあるサトシだがやはりその数としては少なく、1人1人がそれぞれ印象に残っている強者ばかりであった。
正直なところとして、学生レベルの試合で使い手にお目にかかれるとは思っていなかった。
「ドンカラスッ!」
「集中砲火だニンフィア! ムーンフォースを喰らわせろ!!」
「ふぃぃぃあッ!!」
月のエナジーと親和性の高いフェアリータイプのエネルギーを弾丸としてリボンで勢いよく弾き放つ。狙いはドンカラス。
「ぼうふうッ!!」
ピーニャとしてはここでまひの効果が出てしまったらどうしようもなかったが、ドンカラスは奮起してくれた。
「くぅあああ!!」
空中で体勢を立て直し、より激しく大翼を震わせるので生み出す突風がムーンフォースの勢いを弱める。
「どか!?」
『ムーンフォースもヒットーッ!!』
それでもエネルギー弾そのものをかき消すなり逸らすまでには至らなかったが、本来の威力のまま受けるよりはずっとマシだった。
現にドンカラスはダメージこそあれど健在なのだ。
「ぶぅりぃー……!」
集中的に狙われているドンカラスを尻目にブリムオンはその場から動かず瞑目していた。
「いいぞブリムオン」
女魔法使いを思わせるボディから精神エネルギーと同期するサイコパワーの高まりをオルティガは感じ取る。
ドンカラスのフォローに入らないのはスタンドプレーとは真逆の、彼らなりの戦術故だった。
ホタルとミコがダブルバトルの基本に忠実に、ドンカラスへ狙いを集中させているのはむしろ好都合ですらあった。
「もう一度だ! ムーンフォース!」
「ふぃぃ!」
「させるか! ドンカラス、もう一度頼む! 動いてくれッ!」
ドンカラスがまひ状態となったことによるピーニャの『綱渡り』は依然続いていた。
集中砲火に晒される中で体がしびれて動けない、となってはその時点で袋叩きにあっておしまいであるからだ。
「かぁ〜ッ!!」
ソフト帽を思わせる意匠の鶏冠の下の眼光から闘志が鈍ることはない。
「あくのはどう!!」
体のしびれに負けることなくドンカラスは胸から黒と紫の光線を発射する。
「ふぃぃッ……!?」
追い風に乗っての一撃が先に届く。
あくエネルギーの光線がフェアリータイプにヒットしたところで効果は今ひとつでしかない。しかしピーニャの狙いは別にあった。
「怯ませられたッ……!」
「でもまだこっちが残ってる! イーブイ!!」
「ぶぅ〜い!」
あくのはどうの着弾によりニンフィアの足が止まり、ムーンフォースのエネルギーチャージもストップさせられる。
それでも砲台代わりのイーブイがドンカラスへ狙いをつけていた。
「きらきらストーム!!」
「ぶいいきらら!!」
イーブイが全身から放ったのは、鼻腔をくすぐり、むせ返るような香り。
薄いピンク色の花びらを思わせるエネルギーの粒子と共に香りが風となり、やがて竜巻へと変わればドンカラスの身を激しく打ち付けた。
「ががぁ〜!」
「くッ……耐えろッ、耐えてくれドンカラス〜……!」
ピーニャは歯を食いしばり、握り拳を震わせる。ここも耐えてもらわないとどうにもならない。
「すぅ〜ッ……!」
『立て続けに集中狙いで攻められっぱなしのドンカラス、どうにか耐え凌いでいる状況! ブリムオンの動きは見られるのか!? 試合開始から微動だにしていないぞーッ!?』
『動いてはいるよ。ブリムオンは最初からずっとめいそうを使ってる。ドンカラスはブリムオンを守ってるんだ』
『ぴかぴかぁ〜?』
『なんのために? って聞かれてもそこはあの2人に聞いてみなきゃ分かんないけど』
サトシは、ピカチュウとのやり取りにおいて彼の主張をハッキリと言語として理解している訳ではない。波導の技術を抜きにして、サトシにポケモンの言葉を理解する異能などは持ち合わせていない。
長年ずっと一緒だったが故に『なんとなく』で何を言ってるかがだいたい分かる、という程度のものだ。
もうすぐ30年来にもなる仲であっても普通にコミュニケーションエラーは起こるし、なんだったらしょうもないことで喧嘩だってする。
そういった部分も含めてサトシとピカチュウの関係性であり、こうした『なんとなく』の範囲でコミュニケーションを取り合うのは、円熟期を迎えたポケモンとトレーナーならば特段珍しい光景でもないのだ。
「待たせたピーニャ! ブリムオン! ミストフィールド展開だ!!」
「ぶぅりッ!!」
オルティガのひと声でブリムオンは開眼。全身からフェアリーエネルギーを放出。
「ぬうッ!?」
放出されたフェアリーエネルギーが変質することでフィールド全体が霧に覆われたミストフィールド状態となってゆく。
霧により視界が奪われる、ということはないものの、セキガクタッグが問題としたのは、ブリムオンが本格的に動き出したこと自体にあった。
「何をしてくるつもりだ……!?」
「そりゃあ、ただの居眠りだとは思ってなかったけど……」
ドンカラスを攻める中、横目で絶えず確認を繰り返し、ブリムオンへの警戒は怠っていなかったミコが呟く。
ブリムオンと同じフェアリータイプであるニンフィアを扱うホタルとしても決して楽観視はしていない。
「ミコ。ドンカラスはボクたちで処理する。ブリムオンには必殺技で一気に仕留めに行けるか?」
「オッケー。この追い風だから勢いだけ欲しいかな」
「了解した。ニンフィア!」
「ふぃ!」
ニンフィアがリボンでイーブイのお腹周りを掴む。
「むむッ! 来るよオル。悪いけどコレ以上は保たないかも」
「分かってる。ここまでくればドンカラスには自分の身をどうにかしてくれたらいい。ピーニャ流に言うなら『永遠にチルアウトさせてやる』ってやつ!!」
「オーライ! 見せてやりなよ! セギンとルクバーのコラボナンバー、お待ちかねのサビ部分をさ!!」
「ふぃぃぃぃぃあッ!!」
「ぶーい!!」
ニンフィアがリボンをフルスイングすることで、イーブイはブリムオン目掛け一直線にかっ飛んでゆく。
『あーッとイーブイがここで必殺技! 凄まじいエネルギーを放ちながら、イーブイ自身が光の矢となり突撃ーーーッ!!』
「……おかしい」
最初に異変に気付いたのはキラリだった。すぐにタブレットロトムを慌ただしく操作していけば、ミストフィールド上のフェアリーエネルギー濃度が急速に上昇していくのが分かった。
「……まずい」
「え?」
リコたちがキラリを見るも返事も解説もない。
それは事実上これから先の事態は見た方が早いのと、もっと前からの立ち回りでないとブリムオンからの一手に対して回避は不可能であるというデータマンとしての判断からだった。
ドンカラスに粘られたのが、そのまま悪手として跳ね返ったことを。
「いけーッ! 相棒!!」
「ぶいぶいぶいぶいぶい!!」
「飛んで火に入る夏の虫! 最高にかわいくない1発、ぶちかましてやるよ! 頼んだブリムオン!!」
「ぶぅー……!!」
オルティガがオーブを投入することでブリムオンはテラスタル。
ブリムオンのフェアリーテラスにより活性化され、ミストフィールド下のエネルギー濃度がより高められる。
「ッ……!!」
キラリに遅れてミコは相手タッグの狙いに辿り着き、背筋を凍らせるも、ここにきてはもはや手の打ちようがなかった。
「輝き1発!! ピンク・フルパワー!!」
「りいいいいい!!」
ブリムオンの全身からいくつもの光芒が放たれ、次の瞬間!
『あーッと!! ミストバーストだーーーッ!!』
強烈なエネルギー爆発がフィールドを呑み込み、見る者たちの視界をピンク色に染め上げていった。
「ば、爆発しちゃった!」
「ほほー……!」
「セキガク側からしたらまさかの一手だろうね。いくらダブルとはいえ、1体やられたら終わりの1D環境で自滅技なんて今どき想定に入れられるもんじゃあない」
チャンとオドリドリが呆然とし、ポンポンを振る手が止まる中でシゲルはスター団側の攻めの上手さを評価していた。
CD方式が浸透した現代のバトル環境において、じばくやだいばくはつに代表されるいわゆる自滅技の類はもとより扱うに高いテクニックを要求されていたところから、ルール上の観点によりさらに採用しにくい技となっていた。
なにせ3C1Dがスタンダードである以上、発動すればその時点で負けになるからだ。
『ドンカラスはブリムオンの準備が整うまで持ち堪える役割だったんだな。おいかぜで起点作りのアピールをして、ぼうふうやあくのはどうでニンフィアとイーブイを足止めしてたんだ』
『ぴかぁ』
爆発のモヤが晴れ、モニターにはミストバースト発動の際の一部始終が映し出されていた。
必殺技であるブイブイブレイクのセットアップからブリムオンを狙い、襲いかかっていたイーブイは爆心地の至近距離から技を受けひとたまりもなく吹っ飛ばされていく。
ニンフィアは相方のフォローのためにイーブイを受け止めようと吹っ飛ばされる先へ飛び出した。
健気なチームプレーの発露であったが、この時に関しては命取りだった。
必殺技発動のために纏う強大なノーマルエネルギーを光の矢としていたイーブイを受け止めるということで、本来ブリムオンに叩き込む予定であったブイブイブレイクがそのままニンフィアへ叩き込まれてしまったのだ。
事実上の誤爆に加え、ミストバーストによる爆風も受けたニンフィアはイーブイと交錯しながら双方共に吹き飛ばされ、後方フェンス手前に落着をする。
「ニンフィアッ!」
ニンフィア、イーブイ、ともに目を回していたのでホタルは苦虫を噛み潰した表情となる。
「でも、あくタイプな以上あんな威力の爆発を抜群で受けることになるドンカラスが耐えられるわけ……」
吹っ飛ばされた2体へ振り返るホタルの右肩に手を置きながら話すミコの視界に飛び込む光景は、ここまでの流れを相手タッグは最初から想定してのことだと思い知らされる。
爆発した張本人であるブリムオンのジュエルが消失し、仰向けに倒れているのは当然のことであったが……
「ど、どんかぁ……」
『あーッとドンカラス、無事です!! タイプ相性としてはひとたまりもないであろうミストバーストを前に、防御フィールドを展開して耐え凌いでいたーッ!!』
「ドンカラスが相手を引き付けてる間にブリムオンはめいそうによるパワーアップとフィールド展開。そしてテラスタルでさらに爆発力を上げ、いざ爆発の際にはドンカラスはまもるでやり過ごす……タッグ戦術の差が出ちまったな」
2vs1の初歩的なセオリーを逆用してきたスター団タッグにはフリードも舌を巻くよりなかった。
ダブルバトルに対する習熟度の差がそのまま勝敗に繋がっていた。
「ブリムオン、ニンフィア、イーブイ、戦闘不能! よって勝者、オレンジアカデミー3年ピーニャ選手&2年オルティガ選手!!」
「ナイス、オル! ブリムオンの1発、最高だったよ!」
「へへ……ピーニャと、ドンカラスのガッツのおかげさ」
爆発の影響が収まり、ポケモンチェックに走っていた審判により決着のジャッジがなされる中、ピーニャとオルティガはコツンと拳を合わせた。
『CD方式誕生の裏側』
バトル文化の発展に伴う過激なポケモンへのダメージ問題が頻発化し、ポケモンリーグ本部に対するポケモン愛護団体の執拗な圧力によりポケモン歴2000年に試験的に運用されるようになった。
その草案にはアサギ塾塾長ナンテも深く関わっているという。