その間に準備を整えたオルティガがブリムオンを爆発させ、自分諸共セキガクのタッグを粉砕するのであった。
「しかしなぁ。アレを事前に気付けってのもそれはそれでなかなか無理があるぜ」
ナギもこう呟くことで、ミストバーストによる一掃策などは思いもよらなかったと素直に吐露をする。
「……ドンカラスが最後までまもるを温存していたのも、おそらくはブリムオンのミストバーストを読ませないため」
キラリの無表情の中にもほんの僅かな苦々しさが滲み出ていた。
ともあれコレでセキガクは全国大会において、予選リーグのクロ工戦を除き、全てダブルバトルを落とす形となった。ダブルが穴であるというオーダー編成を担当するホタルの懸念が表面化したのだ。
「まぁ、ダブル周りの補強は今後の課題ってことだね」
ネクストサークルよりマフィンはゆっくりと歩き出す。
「部長……」
白い髪を揺らして歩く背中がフィールドへ向かう姿を見送るのもコレが最後だとリコは思い至る。
空いたネクストサークルに入りながら、マフィンの最後の試合を隈なく見届けようというリコの眼差しを背で感じるマフィンの口角が吊り上がっていた。
「や、お疲れッ!」
「マフィン……」
すれ違いざまにホタルとミコに軽く一声かける。
「とりあえず五分に持ち込んでくるよ」
その声色は、2人からして妙に晴れやかであった。中学最後の公式戦を迎えるにしては気持ちが軽すぎるとすら思えるほどに。
「頼むよメロコ!」
「任せろ! オレで決めてやる!」
スター団もまた選手が入れ替わり、トレーナーサークルへメロコが向かう。
「大丈夫なのかメロコの奴? 相手はタマ大やポケスク相手にエース対決で勝って来てるんだろ?」
「メロちゃんが言うには2人みたいに作戦があるんだって。だから任せることにした」
ネクストサークルに入る部長にしてマジボスのボタンは、普段はマネージャーとしてチームの裏方に徹している。
実力こそNo.1であるが、元来の性格から表でチームをガンガン引っ張るというのはどうにも性に合わないからだ。その例外として相応の強者が相手側にいない限りは自身が出ることはない。
試合のオーダー編成も担当しており、セキガクが決勝戦では出し惜しみなしで上級生中心のオーダーを組み、2戦先取の速攻を決めてくるともあらかじめ読んでいた。故に当初はシングル2に自分が入ることで楔を打ち込むつもりであったが、ちょうどそこにメロコがやってきては見せたオーダーに対し直談判をして来たのだ。
『頼むよボタン! いやマジボス!! オレにやらせてくれ!! オレだって、卒業していくビワ姉やピーニャに優勝って最高の『宝物』を持たせてやりてぇんだ!!』
『メロちゃん……』
『それによ。こいつはただの気持ちってだけじゃあねぇ……思い付いたんだ。セキガクのマフィン対策って奴をさ』
力強く訴えてからガラにもねぇ、とはにかみの笑みを見せるメロコの心意気をボタンは買った。
不器用ながらも皆の困りごとや悩みを引き受けてチームのために貢献してきたメロコの優しさ、情の厚さを知っていたからだ。
『実際、どうするつもりなん? メロちゃん……?』
送り出しながらも相手は今大会における屈指の強者であることは変わらない。
実力差は拭い切れず、ボタンの思うところといえばメロコの語っていたマフィン対策の一点に尽きた。
「メロちゃーん! 頑張ってー!!」
ネクストサークルから歩き出すメロコを見てはビワは変わらずエールを送る。
「任せとけ!」
ビワのエールが中心となりスター団の応援が止むことなく仲間たちに注がれる。メロコはそれだけで百人力を得た気分になった。
「ヘヘッ、いい気分だな」
思い返せばスター団の始まりとはいじめを苦にして集ったいじめられっ子の集団だった。そんな自分たちが今となっては学校の看板を背負い、全国制覇まであと1歩というところまで来ている。
「なにがなんでも負けられねェ……!」
メロコは燃えた。燃えないわけがなかった。
「「マフィン部長頑張れー!!」」
アンとロイが声を張り上げれば、マフィンは鷹揚にボールを握った右手を挙げて応える。
「ぜってぇに、勝つ!!」
互いにボールを構えるメロコとマフィン。
両者準備よしと認めた審判は高らかにコールをした。
「続きましてシングルバトル2、オレンジアカデミー1年メロコ選手vsセキエイ学園3年マフィン選手の試合を行います!!」
『さぁシングルバトル2に入りましてオレンジアカデミーからは1年生のメロコ選手、セキガクはマフィン部長が試合に臨みます! オレンジアカデミーが連勝にて優勝を決めるのか!? それともセキガクが最終シングルバトル1へもつれ込ませるのか!?』
「ボウジロウッ!!」
「ぼううッ!!」
メロコが先発で繰り出すは黄色い甲冑に身を包んだ剣闘士の姿を持つひのせんしポケモングレンアルマ、名を『ボウジロウ』。アカデミー入学時より一緒だった相棒だ。
スター団に加わって以降学校に置き去りにした過去もあったが、それも今は昔だ。ボウジロウは何にも気にしていない。
「アレがグレンアルマ……」
「ソウブレイズとどっちかでカルボウが進化するんだよね?」
「うん」
アメジオのソウブレイズ、オルティガのブリムオンに引き続き、リコは手持ちのポケモンの進化系を目の当たりにさせられる。レベルアップを重ね、カルボウやミブリムがその選択をするならばいずれは自分が扱わねばならぬポケモンだ。
アンに軽く首肯とともに返しながらもリコの視線はフィールドを注視したままだった。
「頼むぞ相棒!」
「げこッ!」
『おっ、ゲッコウガだ』
『ぴっかちゅか』
マフィンが繰り出すゲッコウガに思わずサトシは反応を示す。同じポケモンをゲットしている相手を見るとついつい意識してしまうのがポケモントレーナーの性だった。
求められない限りは口に出しはしないが、特にゲッコウガにはカロス地方を巡ってた時期の思い出が色濃く紐付けされているのだ。
『さぁメロコ選手はグレンアルマ、マフィン選手はゲッコウガを繰り出しタイプ相性上は断然マフィン選手が有利を取って試合開始です!』
「こちとらみずタイプ対策くらいしてらぁ!!」
「ぼうッ!!」
ボウジロウは突き出した両腕の先に肩当てを移動させて重ね合わせる。すると腕全体がさながら大砲のように変形をした。グレンアルマというポケモン特有の砲撃モードだ。
「エナジーボールだ、発射!!」
砲口より発射されるのはくさタイプのエネルギー弾。
大自然の力を凝縮して放たれる光球の向かう先に、ゲッコウガの姿はすでになかった。
「ぼうッ!?」
手応えがなかった、それどころか発射した段階ではもうゲッコウガは消えていた。
「後ろだボウジロウ! 影の中!!」
「ぼぼッ!?」
振り向いたところであった。
背後の影より這い出たゲッコウガの突き出す蹴りをお腹へ叩き込まれ、ボウジロウはたまらず尻餅をついてしまった。
『ファーストアタックはゲッコウガ! かげうち攻撃でグレンアルマのエナジーボールをまんまとかわし、影を伝い先制したぞーッ!!』
『まさかエナジーボールがその対策、ってわけじゃあないよな……?』
メロコからの直談判に際し、ボタンは自身ありげに語られるマフィン対策の詳しい内容を聞きはしなかった。
それはボタンにとっての仲間たちへの信頼の証左であり、マジボスとはあくまでチームの象徴。そこに権威や、皆との格差が生まれるのを嫌ったが故の計らいなのだ。
「みずしゅりけん!」
「げこここッ!!」
追撃、素早く放たれるみずエネルギーの手裏剣がボウジロウに命中はしなかった。
ゲッコウガの手から離れた先から手裏剣の形に成形されていたみずエネルギーが飛散していったからだ。
「サイコショックか」
ボウジロウが視界に捉えたみずしゅりけんに対し、不可視のサイコパワーを叩き込むことで撃ち落として見せたのだ。
「やっぱりな……テメーほどの相手とまともにやり合うとなると、まずスピードの差でいいようにされちまう」
「ゲッコウガ」
ゆらりと起き上がるボウジロウにゲッコウガは構え、両手にみずエネルギーのクナイを握る。
飛び道具としてのみずしゅりけんが通用しないならば肉弾戦で切り付けるよりない、と名前を呼ぶだけの指示でマフィンと意思疎通を完了していた。
「ならその自慢のスピード! 使えなくしてやるしかねぇよな!! やれッ!! ボウジロウ!!」
「ぼぼぼ!!」
ボウジロウの全身が青白く輝けば、瞬く間に白と黒の壁が張られた半透明の箱のような空間がフィールド全体を覆ってゆく。
「げこ……!?」
「……!!」
それまで軽やかだったゲッコウガの身のこなしが、目に見えて重苦しくなっていった。
『歪んでいます! ……おかしい! ……何かが! ……フィールドの!!』
『ぴかぴ!』
『あぁ、トリックルームだ!』
「まずいなこりゃあ……マフィンにとっちゃ最悪の一手だ!」
ナギが頭を抱えんばかりに苦々しく声をあげる。
「そっか! 部長のポケモンはゲッコウガにゲンガー、ドラパルトだから……」
「そうだ。生まれつきどうにもならぬ虚弱体質であったマフィンがバトルをやっていく中で導き出した最適解が、速攻アタッカーによる短期決着だ。3体ともスピード自慢で、速さを起点に攻め立てるマフィンのスタイルにとってトリックルームは最大の弱点と言っていい」
「トレーナーが持つバトルスタイルの弱点を突かれるのは、ポケモンのタイプ相性で弱点を突かれるよりキツいって言うものね」
アンがマフィンの手持ちを思い返すところにホタルとミコが口を開く。
「部長は、何かトリル対策とか用意してないんスか?」
「……分からない。マフィンが対戦においてトリックルームを発動されたこと自体、この試合が初めてのケース」
ドットに答えるキラリとしても表情には戦慄が拭えない。なにしろマフィンにとって最後の最後に最悪の試合展開が待っていたのだ。
セキガク全国制覇の夢に、事実上黄色信号が灯ったような気分だった。
『トリルとはね……』
ポケモンのスピードが反転する歪曲空間は、マフィンにとってまさしく鬼門であった。しかし嘆いてばかりもいられない。
「ゲッコウガ、影の中へ!」
「させるかッ!!」
自身の影にボディを沈み込ませ、姿を消さんとするゲッコウガだったが、その沈下もまたトリックルームの影響によりノロノロとしたものにさせられていた。
そこにボウジロウはキャノン砲を既に向けている……!
「今度は当てる! エナジーボール発射!!」
「ぼぼぉう!!」
放たれた新緑の光球がゲッコウガのボディを捉えた。
「げッ、くが!?」
足から影に沈下をし始めていたのが直撃の原因だった。エナジーボールを前に、身体を逸らして避けるにしてもトリックルーム下においてそんなアクロバティックは許されなかった。
『あーッと! グレンアルマのエナジーボール炸裂! 効果は抜群だーッ!』
『いや、抜群じゃあない。ゲッコウガはまだ立つ!』
語彙力を養えていないながらもサトシの指摘は的確だった。
「こぅッ…!」
エナジーボールをお腹に受け、沈下するための影から弾き出されながらもゲッコウガは立ち上がった。
「クソ! 抜群だったら仕留められたのに」
悔しがりながらもメロコはマフィンの使ったテクニックをすぐ導き出した。
ゲッコウガの特性『へんげんじざい』により、本来のみず、あくからかげうちの属するゴーストタイプへと変化したことでエナジーボールを効果抜群で喰らうのを避けたのだ。
『とても影の中でやり過ごさせてはくれそうにないな』
マフィンとしてはかげうちでゲッコウガの身を影の中に隠し、トリックルームの効果時間が切れるのを待ってから一気に本来のスピードでやっつけにいく算段であった。へんげんじざいによるタイプ変化によりエナジーボールを等倍で受けたのはその副産物的な結果に過ぎない。
「戻って来て、ゲッコウガ」
傷付きながらも立ち上がってくれた相棒をボールへ戻す。
『効力が切れるまでやり過ごすのは不可能……ならば残っている手立ては1つしかない』
マフィンはほんの少しだけ後方に意識をやる。
完全に不利な盤面に放り込まれた自分の背中へ注がれる眼差しを感じ取ることで百人力の勇気を得た。
その中には、セキガクの柱を託さんと願うリコのものもある……。
「勝つのは俺たちセキガクだ……」
交代先のボールを握り、マフィンは闘志を漲らせる。
「そしてセキガクの時代を再び築き上げる!!」
高らかに告げる勝利宣言で退路を断つ。
セキガクバトル部部長として、セキガクの柱として、ここからがマフィン最後の大立ち回りの始まりだった。
『バトルスタイルの相違』
トレーナーに戦い方の理想があるならば、当然ポケモンにも戦い方の理想はある。それらは常に同じものが共有されているとは限らない。
双方の意見を擦り合わせ、互いに納得のいく着地点を見つけるのがコミュニケーションの肝なのは人同士と何も変わらないことだ。