最悪なフィールドにおいてマフィンは吼える。セキガクを背負い続けた『柱』の咆哮が、スタジアムに響くのであった。
セキガクの時代とはポケモン歴1982年から1984年までの全国大会V3を達成した時期のことであり、その原動力こそが元ジョウトリーグチャンピオンワタルだった。
ワタルのトレーナーとしての才覚はもちろんのこと、代名詞となるドラゴン軍団を後に形成するポケモンたちのポテンシャルは学生時代から圧倒的であった。
今ここに集った仲間たちの力を結集すれば、かつていち時代を築き上げた偉大なグレートチャンプの若かりし日に並び、超えてゆくことも夢ではないとマフィンは確信していた。
「な、なんて気迫だ……!」
たまらず圧倒されてしまうメロコ。自分よりも小さな最上級生の気迫を前に、右足がほんの僅かにずり下がる。
「メロちゃんいけるよ! その調子その調子!!」
そんなメロコに客席からビワが、
「ナイス、トリックルーム!」
「まだ効果時間はたっぷり残ってるよ! 焦らずいくんだ!」
「メロコ殿ならばやれるでござる!」
「今こそ根性見せろよ! 燃え上がれよ!」
ベンチからはボタンたちが声援を送り、気持ちを寄り添わせる。
「「「「「シェダル!! シェダル!! シェダル!! シェダル!! シェダル!!」」」」」
メロコが預かるチーム・シェダルもここぞとばかりに声を張り上げていた。
『そ、そうだよな。トリルはまだ続く。戦局はどう考えてもオレに傾いてんだ!!』
マフィンの気迫に対してメロコもメンタルを持ち直し、ボールを構える。
「いくぞ、ドラパルト!」
「戻って来いボウジロウ!!」
「めしゃ〜……い?」
「しゃめ〜……」
マフィンがドラパルトを繰り出すのとすれ違いにメロコはボウジロウを引っ込めた。
ドラパルトに付随する2体のドラメシヤは、歪曲空間により自由自在に飛び回れぬ不便に首を傾げ、不快感を露わにする。
「ぱるぅ〜……」
ドラパルトとしても普段とは勝手の違うフィールドに戸惑いは拭えなかった。
『マフィン選手の2体目は予選リーグでも姿を見せたドラパルト! 対するメロコ選手は何を繰り出すかーッ!?』
「コータス! 決めに行くぞ!!」
「くぉ〜ッ!!」
クイックボールから飛び出すやいなや、鼻孔や甲羅からは煙を噴き出しながら重量感たっぷりにコータスがフィールドへ着地。
『おっ、コータスだ!』
『ぴぃかちゅ!』
これまた強く意識を向けるのは、やはりサトシもコータスをゲットしているからだ。
ホウエン時代、情に厚く涙脆い性格をしていて、事あるごとに激しく感動。もらい泣きするたびに黒いススを吐き出す頼れる仲間のことを思い出していた。
「そりゃあトリルを前提にパーティーは揃えてるわな」
「考え込まれてるってわけね」
ナギにミコも険しい表情で呟く。
甲羅からパワーボールを打ち上げ、歪曲空間となっているフィールドにさらに晴れ状態を持ち込むコータスは典型的な鈍足ポケモンである。
故にトリックルーム下においては最速で動き回ることが出来るとナギは語る。
「部長……」
リコは依然、ネクストサークルからフィールドを注視するのみだった。
ドラパルトによる起死回生の一手がどう打たれるのか、セキガクの柱として戦い抜くマフィンの背中を見届けねばならないからだ。
「セキガクのマフィン部長ともあろう者が墓穴を掘ったな! 確かにドラパルトは強力なドラゴンポケモンだ。だがしかしッ!!」
コータスが首と4足を甲羅の中へ引っ込めれば、煙を噴出させながら激しく回転。
「強力ゆえにスピードもゲッコウガ以上! つまりこのスピードが反転する歪曲空間においてはッ!!」
「ぬぅッ!!」
「ロクに身動きも取れねぇってことだぁ!!」
「くぉ〜!!」
そのまま甲羅を回転させた遠心力でかっ飛ぶコータスの突撃がドラパルトを捉え、大きく仰け反らせた。
「これは見事な! ジャイロボールはポケモンの素早さの低さがそのまま威力に繋がる。トリル中においてはコータスの鈍足と、それによるジャイロボールのパワーは絶大でござる!!」
膝を打つシュウメイにスター団ベンチが湧く。
ただ1人、ネクストサークルから試合を見るボタンは気付いていた。ジャイロボールがドラパルト本体を捉えていないのを……。
「チッ、器用に防ぎやがる……!」
当事者としてメロコはハッキリとドラパルトの挙動を一部始終見ていた。
ドラパルトはコータスがジャイロボールで仕掛けてくるのに合わせ、両手の合間にみがわりの技で人形を生成し、衝突直前に盾の代わりとしたのだ。
本来ならば人形を盾に本体は退避するものだが、そこまでの動きはトリックルームにより阻害されていたが故の苦肉の策だった。
「あいつ、上手いなぁ」
当然、そんなドラパルトの防ぎ手はサトシにもハッキリ見て取れた。
マフィンを褒める素朴なひと言には、自分が同じ状況だったと仮定した上でこの場をひっくり返す逆転の一手をすでに思い付いた上での評価も含まれていた。
「ぴぃかぁ……」
ピカチュウがジッと見ているのはフィールド上空、地上を囲う歪曲空間の境目部分へと向かう2つの影……。
「みがわりは作り出すたびにポケモンの体力を消費する! トリルが切れるまで上手いこと耐え凌ぐつもりなんだろうがそうはいかねぇぞ!!」
メロコは自分の絶対有利を疑わなかった。間違いなく実力上位の相手を型にハメた状況というのは、逃してしまえば一転不利になる。このまま決め切るよりないというある種の強迫観念ですらあった。
「くぉらぁッ!!」
コータスの激しく回転する甲羅による突撃が再度、また再度とドラパルトを襲う。
空中を縦横無尽に飛び回っての連続攻撃。本来ならばありえない超スピードによるラッシュもまた、トリックルームが可能にしたことだ。
『コータス猛攻! 連続でジャイロボールだーッ!!』
「ぱ、ぱるるッ……!」
その度にみがわり人形を生成し、盾として使って凌ぎ続けるドラパルト。その表情は次第に苦しくなっていった。
「みがわりに必要な体力は大体全体の4分の1……トリル下のコータスの攻めがハイペース過ぎてもうドラパルトには身代わりを作れるだけの体力が残ってねェぞ!」
「でもナギ先輩! あと少しでトリックルームも切れるんじゃあないの?」
「そこまで耐え凌ぐための手立てがもうねぇんだよ」
ロイは絶句する。身をかわすにもトリックルーム下においてはコータスの方が身軽に動けるのだ。
ここが絶体絶命の状況だと理解するよりなかった。
「ふふ……」
「何がおかしい!?」
「いやね? マジボスの部長さんだけじゃあない。きみみたいに強い1年がいるのならオレンジアカデミーはこの後も安泰だろうなって」
「お、おう……」
急に対戦相手から褒められてはメロコとしても悪い気はしなかった。事実上の降参宣言とも取れたからだ。
しかしここは真剣勝負、最後まで何があるか分からないと浮かれそうな心を律した。
「コレでオレの勝ち! 全国制覇はいただいていく!! 投げろ! ジャイロボール!!」
勝利を企図した最後の指示を出してから、ふとメロコの中に疑問が浮かぶ。
『そういや、あのチビたちどこ行った?』
ドラパルトとは、付随する2体のドラメシヤを含めてはじめて1種のポケモンとして成立し、バトルにおいても1体分としてカウントされるいわば群体系の性質を持っている。
その2体のドラメシヤが、みがわりを駆使して猛攻を防いできたドラパルトの側から忽然と姿を消していたことにたった今気付いた。
「らぱぁッ!!」
刹那、ドラパルトが口を開けて放ったのはシャドーボール。しかしその狙いはコータスではなく、天井部分だった。
「血迷ったかって……はうあ!!」
闇球が放たれた先を見上げ、メロコの双眸が驚愕のもとに見開かされた。
「血迷い続けて歩んできたのも、我が道よ!!」
『あーッと! はるか上空へ打ち上げられたシャドーボールがトリックルーム天井部へ着弾! そこにドラメシヤ2体が取り付いている! 2体もシャドーボール発射秒読み態勢だーッ!!』
「あの子たち、あんなところで何してんの?」
「そうか、分かったぞ! トリックルームとはポケモンが持つサイコパワー……即ちエスパーのタイプエネルギーがベースになっている。歪曲空間を作り出す壁とはエスパーエネルギーの塊! そこに弱点となるゴースト技を立て続けに叩き込めば!」
「……ドラメシヤの一時離脱は、コータスからの追撃が届かない場所への退避と、狙う壁の大まかな目安を指し示すため」
アンが呟き、ホタルとキラリがマフィンの狙いを理解する。
「めしゃら!」
「しゃめら!」
例外なく皆の視点が上空へ向けられる中、ドラメシヤたちのシャドーボールがドラパルトの先に放った1発の着弾箇所へ至近距離から叩き込まれる。
「し、しまったぁッ!!」
3発分のシャドーボールが短い間に同じ箇所へ叩き込まれたことでサイコパワーが異常を来し、歪曲空間を生み出すトリックルームの壁がみるみるうちに崩壊。
「ぱぁッ!!」
本来のスピードを取り戻したドラパルトは、可愛いチビたち2体のもとへ全速力で飛翔。歪曲空間を利用して超スピードを叩き出していたコータスのジャイロボールの射程からもあっさり離脱して見せた。
『あーッと! トリックルーム、破れるーッ!! 壁面の一点目掛けての集中砲火によりドラパルト、危機を脱しましたーッ!!』
『懐かしいなぁ。俺も昔あのトリックルーム破りやったっけ』
サトシが思い返したのは28年前、カロス地方を巡っていた頃に挑んだクノエジム戦のことだった。
エスパータイプはむしタイプの技に弱い。
ジムリーダーマーシュの繰り出したこうすいポケモンシュシュプの展開したトリックルームに対し、レスリングポケモンルチャブルのシザークロスを駆使して歪曲空間の破壊を敢行したのだ。
「今こそ見せよう、俺たちの輝きを……セキガクの輝きを!!」
飛翔したドラパルトを追わせるようにマフィンが小さな体を振るわせ、下手から投げ込むはテラスタルオーブ。
「ぱぅるるるぅぅぅあああッ!!」
上空にてドラメシヤたちを従えるドラパルトが結晶に包まれ、輝きを放つは精悍な竜の首と翼を生やしたドラゴンテラス。
「く、クソッ! コータスえんまくだ! えんまくを張れッ!!」
「くぉぶふぅ〜ッ!!」
元の鈍重さが戻ったコータスが鼻息と共に大量の煙をフィールドへ充満させる。
『これだけの煙幕なら、如何にドラパルトが強くたって正確な場所への攻撃は出来ねぇはず。頃合いを見計らってもう一度ボウジロウでトリルを張り直す! 奴のポケモンはどれもスピード自慢だ。張り直しさえしちまえば……!』
メロコの思考を途切れさせるのは、一際輝きを増すドラゴンジュエル。
「は、はうあ!!」
上空を覆い尽くさんばかりの『竜星』には、もはや小手先の策など問題ではなかった。
「コレが俺の、俺たちの3年間の集大成……!」
マフィンは右手を空へ向け上げていき、
「テラスタルパワー全開!! ドラパルト!! りゅうせいぐん!!」
勢いよく振り下ろした。
「らぱぁぱぁぁぁぁぁッ!!」
「めぇしゃぁ〜ッ!!」
「しゃぁめぁ〜ッ!!」
マフィンの号令に応え、ドラパルトが竜星を上空から次々とフィールド目掛けて落下させていく。
着弾から、ドゴンという轟音が連続して鳴り止まない。
全開に振り切ったテラスタルパワーの発現は華やかで、それでいて激しかった。まさしくマフィンの中学生活の総決算だった。その勢いの前にはコータスがどこにいようとも、メロコがポケモン交代をかけようとも関係のない話だった。
『マフィン選手、煙幕で狙いが定められずとも構うことなくりゅうせいぐんをフィールド全体へ叩き付けるーッ!! まさに絨毯爆撃だーッ!!』
激しい『動』から一転、粛々とした『静』へと移るドラパルトはゆっくりと高度を下げてゆく。
えんまくの技で撒かれた煙ごとモヤが晴れ、ニュートラルポジションへドラパルトが降り立つのと同時にフィールドへ審判が駆け込む。
いち早く状況を認めた先では、甲羅をひっくり返し倒れるコータスの姿……審判の確認により、目が回って動けない様子からコールが入る。
「コータス、戦闘不能! ドラパルトの勝ち!! よって勝者、セキガク3年マフィン選手!!」
「めしゃ〜!」
「しゃめ〜!」
勝ち名乗りを受け、ドラメシヤたちがドラパルトの頭上で喜び飛び回る。
「すげぇ!!大逆転勝利だ!!」
ド派手な勝利に湧き上がる歓声の中、マフィンは両手を力一杯に天へ突き上げた。
言葉は必要ない。その背中で以て、セキガクの柱としての責務の完遂を示していた。
マフィン最後の公式戦は、確かな集大成のもとに勝利として結実したのだ。
『みがわりのバリエーション』
みがわりという技は相手の一手より身をかわすのが目的であり、そのためのダミーを用意する術はポケモンごとに異なる。
有名なみがわり人形をエネルギーで生成したり、ポケモンに限りなく似せた変わり身を立てたりなどトレーナーの方針に合わせて様々だ。