勝ち続けることでしか『柱』の役割を果たせなかった男は、最後の最後まで勝利により己が使命を果たし抜いたのであった。
『マフィン選手、凄まじいりゅうせいぐんによるド派手な一発逆転KO劇にて大勝利!! トリックルーム破りからのテラスタルで華麗にシングルバトル2を制し、決勝の行方はシングルバトル1へと委ねられました!! チャンピオンサトシ、どうでしょうかここまでの試合をご覧になって?』
『なんていうか、トレーナーの技術やポケモンのレベル以上の思いがこっちまで伝わってくるよね。俺もなんだか熱くなってきた!』
真剣勝負に賭ける学生たちの熱い思いを目の当たりにしてきたことで、サトシはいつしか触発されていた。
元々熱くなりやすい性格ではある。
『ぴかぴかちう』
ピカチュウは長年の付き合いから知っていた。こうなった主人は自分もバトルがしたい、と血湧き肉躍る戦いを求めることを。
この場において惜しむらくは、今のサトシの欲求を満たせる相手も機会もそうそう訪れないというところにあった。チャンピオンの悲哀である。
あいにく年末企画にも今年は特にお呼ばれしていない……。
去年の今頃は何をしていただろう、とリコは敢えて昔を思い出す。
最終決戦を控え、深呼吸を繰り返しても収まらぬ胸の高鳴りと緊張を解すのに必死で、そのためならばと思い出したくない過去であってもやむを得ないとばかりに引っ張り出していた。
リコの家族とは母のルッカが主導権を握り、父のアレックスは常に母の言いなりである。
自分が寮生活を始めてからもそこは変わっていないという確信がリコにはある。
むしろいない方があの両親にとってはスムーズですらあるのでは? そんな邪推が邪推でもないくらいには『夫婦仲は』良好だ。おそらくは、今もなお。
ルッカは、リコから見て祖母であるダイアナから、母としての愛を満足するまで受けずに育つよりなかった女性だった。
娘を食わせるために、という方便から宿願に背を向け、稼ぐために方針転換をしながらも冒険家としての性と仕事を優先するダイアナのもとに産まれ落ちたルッカに、自分の子供へ満足な愛情を注ぐという意識が欠落するのも当然の帰結であった。
ルッカは、リコが1人で歩き出した辺りから早々に生き甲斐としている教師の職場へと復帰していった。
家を出ていくその足取りはひたすらに軽かったことを、リコは今でも鮮明に覚えている。
そんなリコには、クリスマスや誕生日のような記念日に母から何かをもらった記憶などはない。決まって書斎を根城として自宅を守る父を通して現金を贈られ、それで好きなものを買ってもらえばいいというスタンスをセキガクに行くまでずっと押し付けられていた。
年に数回あればいい方の一緒にした食事の席でルッカが言うには、祖母もかつての自分に対し、誕生日や祝い事ではそうされてきたとのことだった。
母の方針に逆らうことのない父も、母娘の仲に口を出すことはしなかった。
娘を大事に思いこそすれど、それは妻の意向ありきだというのがリコには透けて見えていた。そもそも父に母の温もりを求める女の理屈を解する気配があったかも怪しい。父も父で教師寮に入り浸る母とは事実上の別居であるのだ。
10歳を迎えるまでのリコの中で、そんな両親であっても少しでも振り向いて欲しい一心で、『出来のいい子』を取り繕う上っ面の部分だけが構築されていった。
「リコ」
緊張が引っ込むのと同時に気分すら沈み込む回想から、リコの意識を引き上げたのは背後からの呼び声。
「は、はい!」
慌てて振り向けば、声の主であるホタル以下、バトル部の仲間たちの眼差しを一挙にリコは浴びていた。
そこには、リコが家族に求め、得られなかった温もりがあった。
仲間たちの眼差しが沈むリコの心へ一気に活力を注ぎ込む。皆が送るのは眼差しだけではない。
期待、いや、信頼だ。
「思い切りぶつかっていけ。練習量ならば負けていないはずだ」
「気負うことなんかないよ。相手も同じ1年生なんだしさ!」
「ぶいぶいぶーい!」
「副部長……ミコ先輩……」
リコの周りをイーブイが走り回る。元気付けようとしているというよりはこの場の雰囲気に乗っているのが正しい。
そういうお気楽な性格であると常々ミコは語っていた。
「……貴女の潜在能力はまだまだ未知数。準決勝で見せたように、さらなる覚醒に期待する」
「キラリ先輩……」
寡黙なキラリの言には相変わらず抑揚がない。話している間も頭の中でかき集めたデータをまとめているのだろう。つまりは言葉通りに受け取ればいいのだ。
初めて会った時から、ずっと彼女はこうだった。これからも変わることはないだろう。
「頑張ってリコ! リコならやれるはずだよ!!」
「ま、当たって砕けろの精神でいったらいいさ」
「砕けちゃ駄目じゃん!」
「ロイ……ナギ先輩……」
ナギに頭を肘置き代わりにされながらロイが力一杯のエールを送り、置かれていた右肘を振り払う。
ナギはからからと笑いながら軽くロイをあしらっていた。
「フン……せいぜい用心してかかるんだな。相手は『帝王』を倒して来たんだから」
「ドット……うん。分かってる」
この場で何も言わないのもない、と理解するドットの最低限の言葉にリコは首肯を返す。
声音から、この大一番を託されなかったことへの不満はありありと見て取れた。ドットは戦いたかったのだろう。
それでこそドットだと、リコは安心すらしていた。ここで素直にエールを贈られる方が逆に調子を崩す。
リコにとってのドットとはそういう相手だった。普段から無愛想で、口を開けば毒を吐き、尻を蹴ってくるくらいがちょうどいいのだ。
「リコ。あたしはリコを信じてるから! 絶対リコなら……リコたちなら大丈夫だって!!」
「アン……!」
セキガクバトル部としてのリコがあるのはアンがいたからだろう。
アンの誘いに乗ってバトル部の部室を訪れたことから全てが始まり、いつしかこんな大舞台へとやって来ていた。
アンの誘いを受けなかったら? アンとの出会いがなかったら? そんな『もしも』は、今のリコには考えられない。
「最後に監督!」
「お、俺もか!?」
「監督でしょー?」
アンになんか気の利いたこと言えと囃し立てられ、フリードは暫し思案してから口を開く。
「こいつは恩師からの受け売りだが……バトルとは『楽しむ』ためにあるもんだと」
「楽しむため……」
「ポケモンたちと、楽しめるバトルをやってこい。それだけのトレーニングはしてきたろう」
「はいッ!」
リコの返事にフリードは安堵の表情を浮かべる。長いことぐうたらしていた負い目から、選手に監督として言葉を贈るというのに抵抗は未だ拭えていなかったが、コレでほんの少しだけ前に進めた気がした。
「皆……私、行って来ます!! そして、勝って来ます!!」
心の内から湧き上がる熱いものを抑えることなくリコは吐き出し、ネクストサークルを出る。
そこにはベンチからのエールを一身に受けた後のリコを待つマフィンがいた。
「部長……」
「エク学との練習試合が終わった後の、次の練習で俺が言ったこと、覚えてる?」
「はい」
それは、忘れられるはずのない、次代へ向けた希望。
「そっか」
マフィンからすれば、リコが覚えていてくれただけで万々歳だった。
「あの! マフィン部長!!」
すれ違い、ベンチへ戻っていく小さくも偉大な背中へリコが声をかければ、その足はピタリと止まる。
「私……なります! なってみせます!!」
マフィンはリコへ振り返らない。ただ双眸を開くのみだ。
「セキガクの柱に、私……なりますから!!」
「……そっ、か」
瞼が震える。マフィンは、熱いものが瞳から流れ落ちるを必死に堪えた。
セキガクの柱の継承は喜ばしいものであり、そこに涙は不要なのだから。
「クッソ! クソーッ!!」
トレーナーサークルを出るメロコは、己の不甲斐なさに激発していた。倒れたコータスを労い、ボールへ戻したところまでが感情を抑えることの出来る限界店だった。
せっかく見つけ出したマフィンのポケモンたちの弱点を突き、掌中にあったはずの勝利を取りこぼしてしまった自分がただただ情けなかった。
「メロちゃん」
「ボタン……!」
すれ違い、入れ替わることとなるボタンがメロコを見る瞳は、変わらず穏やかだ。
メロコの激しい性情もまた、友情のもとにボタンは受け入れていた。
「今の試合いい感じだったよ。うちが見てきた中じゃ、今日のがメロちゃんのベストバウトだったと思う」
「ヘッ、負け試合がベストバウトじゃカッコつかねぇな」
「だからこそ、次に向けてもっと最高のバトルを目指していこうよ」
決して安っぽい慰めではない。同学年として、これから先のスター団を盛り立てる仲間として、ボタンがかけるメロコへの期待を率直に言語化していた。
下手に言葉を飾るより直球で言う方がメロコの心には刺さると知っていたが故だ。
「ボタン……」
「あとは任せて。みんなの思い、確かに受け取ったから」
すれ違う横顔に、少し押しの弱いところのあるボタンはいなかった。
スター団をまとめ上げる『マジボス』の闘気が滲み出ていた。
「お疲れ。メロコ」
「ん。ボタン、すげぇ顔してた」
「だろうね。なんせ大一番だもん」
ピーニャからタオルとドリンクを受け取り、メロコは喉を潤していく。
「気合い入っておられまするな。マジボス殿」
「心配要らないさ。オレたちのマジボスが負けるような相手なんて、ネモか『あいつ』くらいのもんだよ」
メロコをスター団ベンチは暖かく迎え入れ、ボタンへの、マジボスへの絶対の信頼を吐露する。
彼らの信頼を背負うボタンもまた、負けることなど許されるはずがないのだ。
『いよいよだ。この子たちがずっと頑張ってきたのが報われる時がやってくる』
言葉には出さずともキハダはボタンの、スター団の勝利を信じて疑わない。
ドンと胸を張り、腕を組んでフィールドへ歩みを進めるマジボスの背を見送っていた。
「おねーさーん!! 頑張れ頑張れ頑張れーーーッ!!」
「ほうほう! ほほほーう!!」
「ボタンちゃーん! 気合い一発だよーーーッ!!」
リコにはチャンとオドリドリが、ボタンにはビワがそれぞれエールを送り、客席全体からも思い思いの歓声が止むことはない。
『さぁシングルバトル1を戦う両選手がトレーナーサークルに入り、いよいよ決勝戦は大詰めを迎えます!! 第98回全国中学校ポケモンバトル選手権大会、優勝の栄誉に輝くのは果たしてオレンジアカデミーか!? それともセキエイ学園か!?』
『なんかいいなぁ。こーゆーの』
『ぴかぴ?』
マサラタウンのサトシのトレーナー人生、その始まりがドラマチックなものとして扱われるのは彼が世界最強のポケモントレーナーという立場を確固たるものとしている前提のもとに過ぎない。
10歳を迎えたサトシは故郷からの旅立ちを当然のものとして受け入れ、その先にあるポケモンマスターという見果てぬ夢を今も追いかけ続けている。
進路選択の前提として、マサラタウンには義務教育以降の教育機関が存在せず、外部と繋がる路線バスもまだ開通していない背景が影響していたのも事実としてはある。
選択肢として母ハナコはセキガクをはじめとした全寮制学校への進学も提示したが、バトル&ゲットに満ちた冒険やポケモンリーグに憧れるサトシ少年の琴線に触れるものではなかった。
旅立ちの朝、盛大な寝坊をかましたことでオーキド博士のもとに用意されていた初心者ポケモンたちは皆持っていかれ、ちょうど余っていた『問題児』との出会いは、今でもバラエティやトーク番組の再現ドラマで誇張して作られている。なんでも近々、本格的なドキュメンタリー映画として製作の用意があるとポケウッドで映画監督をやっているイッシュ時代の知己から聞かされたのはまた別の話だ。
もしかしたら自分にもこうやって学生としてポケモンたちやチームの皆と切磋琢磨しながら大きな目標を目指す道があったのかもしれないし、何より学生バトルの熱量も捨てたものじゃあない。
ポケモンスクールでカキが熱くなる理由も分かる気がする、そう思いながら、サトシは膝の上の相棒の頭を撫でていた。
リコが、ボタンが、トレーナーサークルへゆっくりと入る。
必勝を期した視線が交錯をする。
『お願い……!』
『頼むよ……!』
右手に先発を託す子のボールを握り込む。双方共に審判へ準備よし、とアイコンタクトを送った。
「これよりシングルバトル1、オレンジアカデミー1年ボタン選手vsセキエイ学園1年リコ選手の試合を行います!!」
「「絶対に……絶対に、勝つ!!」」
互いにボールを構え、フィールドへ放り投げる。引き分けとなり、控え戦に回らない限りはコレが最後の先発投入だ。
全国中学校ポケモンバトル選手権大会、盛り上がりは最高潮。
最終決戦の火蓋が切って落とされた。
『旅立ち組と学生組の違い』
10歳を迎え、トレーナー免許が交付されてから義務教育以降の教育機関に向かうことなくトレーナー活動を行うのを旅立ち組、中等教育から受けていくのを学生組としてそれぞれ区分される。
言うまでもなくサトシは旅立ち組でリコは学生組だ。