マフィンのゲッコウガの忍びの秘奥義が炸裂し、見事初戦を勝利で飾るのであった。
「これよりシングルバトル2、セキエイ学園1年、ドット選手vsエクシード学園1年、オニキス選手の試合を行います! シングルの試合方式は3C1Dルール! 切り札システムの使用はダブルバトルと同様!!」
「うっわ! なにアレ……あんなの大人と子供じゃんか」
アンが呟くのも無理はないとリコは思えた。
向かい合うドットとオニキス、同じ中等部の1年生とするにはその体格差にあまりにも開きがあった。
150はおろか140cmにすら満たないドットに対し、相手側の少年は180cmは下らないように見える。さらにその体付きとしてもあらゆる意味で薄く小さなドットと、長身に見合う筋骨隆々とした四肢の相手とでは、まさしく小枝と巨木という表現が比喩でもなんでもないように思わざるを得ない。
「でもさ、ポケモンバトルはトレーナーの体格で決まるモンじゃあないよ!」
「ロイの言う通りだ。頑張れよードット! このまま連勝で俺たちの勝ち決めちまえー!」
呼応するロイの頭に大きな手を乗せ、くしゃくしゃ撫で回しながらナギが調子良くエールを飛ばす。
『そうだよね。ポケモンバトルは、ポケモンが戦うものなんだから』
ポケモンバトルで強くなるにはトレーナーの鍛錬は必須。しかし競技性を考えて見ればこの帰結は当然のことである、とリコは改めてフィールドへ視線をやった。
「頼んだよ、ぐるみん!」
「いけキョジオーン」
「ぐるぅみぃん!」
「きょおじ……!」
「ぐるるぅ!?」
ドットが繰り出すニドリーナのぐるみんは、対するオニキスのがんえんポケモンキョジオーンがその巨体で降り立つ振動からアタフタとしてしまう。
「ぐるみん、大丈夫!?」
「みんみん……!」
ドットの声掛けですぐに平静を取り戻すぐるみん。トレーナー同士のみならず、ポケモン同士のサイズ差も0.8mと2.3mで歴然だった。
「俺はどんな相手だろうと決して油断はしない」
オニキスの言は無機質な感触と共にドットの聴覚に届く。そこにはチームへの帰属意識、というよりは自分の役割を果たしさえすればあとはどうだって構わないというような個人主義の発露、ないしは無責任が垣間見えていた。バトルへの情熱も、勝ちへの執着もありはしない。
エクシード社の重役を両親に持つオニキスは、人生とは組織の歯車として消費すべきものと定義されてきた。両親と自分に豪華な暮らしを与えてくれたエクシード社、引いてはエクスプローラーズへの従属を強要されて育った。
その養育を受ける過程で家出をし、ストリートファイトに身を投じたオニキス決死の『反抗』も、両親にとっては『ちょっとしたハプニング』に過ぎなかった。養育の範囲内に収まる程度のものとして、社会の底辺を知るにはちょうどいいと寛大な放し飼いのもとに放置されていただけだった。
しばらくの後にあっさりと連れ戻され、エクシード学園へと放り込まれた。オニキスの自我は、エク学入学と共に死んだようなものだった。
今はただ、与えられた役割を果たすこと以外に興味はない。スピネルのような小悪党に顎で使われる現状にも関心はない。巨大な思惑の前では、気持ちを昂らせてみたところでどうにもなりはしないと反抗の果てに知ったからだ。
『そう言う奴ほど内心で見下してんだよ』
オニキスの言にフン、と鼻で息を吐く。
『舐めやがって、見てろ!』
心の中で呟くドットに呼応するようにぐるみんがジャンプ。空中でエネルギーを溜め込み、
「ぐるみん、10まんボルト!!」
「み゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ッ!!」
全身から放つ強烈な電撃を叩き付けた。
「やった!」
思わずリコが快哉する。お月見山でズバットの群れを瞬く間に追い散らしたぐるみんの鮮烈さが目に焼き付いていた。
本場さながらのでんきエネルギーとすら思える初撃から、そのまま倒せてしまうのでは? そんな淡い期待すら生まれるほどに。
「きょじぃ……」
キョジオーンが敢えて先手を譲るのは巨体故の鈍重さと、相手の攻撃を受け止め、その直後に確実な反撃を加えるためである。重量級ポケモンを扱う上での教科書通り、といったところだ。
「しおづけ!」
オニキスの指示にキョジオーンは突き出した手の先に白い光球を形成し、ぐるみんめがけて発射。
「ぐッるぅ!?」
着地際を取られた形の被弾、事態はそれだけにとどまらない。
「みみみ……!」
身体中が塩で蝕まれ始めたのだ。
「こ、これはッ…!」
『あーーーッと! キョジオーンのしおづけ攻撃によりニドリーナの体中に岩塩が張り付いたーーーッ!! みるみるうちに体力を吸われていくぞーーーッ!!』
「くそっ、戻れぐるみん!」
10まんボルトに対し余裕を持って受け切られたことと、しおづけによる継続的なダメージを考慮したドットはぐるみんを回収する。すぐに次のポケモンを繰り出す思案を巡らせた。
『いわタイプを相手にズバット、それもゲットしたばかりのじゃあいくらなんでも無茶が過ぎる。と、なれば……!』
入れ替え先のボールをドットは構え、
「頼むぞクワッス!」
「くんわっすぅ!」
クワッスにこの場を託す選択をした。
「ふふふ、タイプ相性につられてみずタイプとは。キョジオーンのしおづけは、苦手とするみずタイプとはがねタイプにこそ最大限効果を発揮します。それに、如何にみずタイプで弱点を突こうともたかがクワッスでは元々のパワーからして違う。この勝負見えましたね」
黒フチ眼鏡のブリッジを中指でクイ、と上げながら得意げになり勝利を確信するスピネルの講釈などアメジオは聞いていない。聞く価値も見出せないからだ。
「今こそエクシード学園が誇る最新の科学トレーニングによる成果を見せる時!」
『数字でしか世の中を見ていない男が……』
それは、エク学バトル部全員が共通して抱くスピネルへの所感であった。端的に言えばスタメン、控えはもちろんのこと、マネージャーら含めて全員この監督が嫌いだった。
「足を狙えクワッス! アクアジェット!」
「くわぁ!」
水流を纏った突撃がキョジオーンの左足にヒットする。相性上の効果は抜群だが、いかんせん巨体にどれだけ効いているかは判然としない。
オニキスのポーカーフェイスとキョジオーンの無機質な岩石ボディは、他者からの推察を強く拒絶していた。
「しおづけ!!」
「きょおじ…!」
オニキスの指示に反撃するはずのキョジオーンは動かない。動くに動けなかったのだ。全身に電流が走っている……。
「10まんボルトでまひ状態になってたんだ! 体が痺れて動けない!!」
ぐるみんの一撃は無駄ではなかった、とロイが唸る。
「くっ……もう一度しおづけだ!」
足元に打撃を加え、水流と共に距離を離すクワッスに今度はキョジオーンが両手を突き出してゆく。
白い光球がクワッスへ襲い掛かれば、
「シールド展開ッ!!」
「くわすわすわす!!」
クワッスはカウンターシールドを発動。ウィンドミルをしながらみずでっぽうを周囲に放ち渦巻きを形成した。
『あーーーッと! こ、これは!!クワッスのカウンターシールドに用いられたみずでっぽうの渦巻きに、多量の岩塩が付着してゆくーーーッ!!』
ひどく前衛的な水と岩塩のオブジェ、その渦巻きの『目』の部分からクワッスが飛び出す。しおづけの作用からはまんまと逃れていた。
「今度は右足! アクアジェット!!」
「くぅぅ〜わッす!!」
「そう何度もやらせるか、キョジオーン! ストーンエッジを合わせろ!!」
オニキスの指示に呼応し、3段構造の白い岩塩ブロックで出来た肩に挟まれている形の頭にあるブーメラン状でオレンジ色の目が光る。
「ッ!!」
狙われている右足を踏み込めば、尖った石柱が勢いよくクワッスを迎え撃つ形となった。
「くわぁ〜!!」
「クワッス!!」
完全にカウンターの形でクワッスは吹っ飛ばされ、ドットの目の前に背中から落着した。
『あーーーッとクワッスにストーンエッジがクリーンヒット!! ダメージは大きいぞーーーッ!!』
「あのしおづけの前じゃあ弾の撃ち合いは不利になるから近付くしかない、はそうだが……」
ホタルから見て戦況は芳しくない。やはりポケモンのスペック差、パワーの違いが如実に現れていた。
クワッスが何発も攻撃をヒットさせなければならない反面、キョジオーンの側はクリーンヒット1発でじゅうぶんという精神的な余裕の違いがドットとオニキスを分けているのだ。
キラリも言葉なく厳しい戦局を見つめるよりない。
「マフィン……?」
そんな中でナギは、マフィンの視線がフィールドではなくネクストサークルに入っているリコへと向いているのを感じ取る。
『相当に入れ上げてやがるな』
ストレートに心の中で呟いていた。
「それでいいのです。これぞ最先端の科学技術がもたらす力! 体をいじめるだけの時代遅れのトレーニングをしている連中と我々とでは所詮レベルが違うのですよ。旧態依然とした根性論など現代においては無用の長物、身の程を弁えなさい」
鬼の首を取ったかのように喜ぶスピネルにとってオニキスの優勢、ひいては試合のための選手たちの努力などは興味の外にあることだ。科学的トレーニングを正しくこなせば誰だって確実に強くなれる。個人の素養など何の価値もないと切り捨てるような男なのである。
スピネルにとって、『努力』や『根性』とは最も唾棄すべき概念であった。
ベンチではしゃぐスピネルの雑音などは、オニキスも聞いていない。ただニュートラルポジション近くまで吹っ飛んだクワッスへの追撃しか頭になかった。
ストリートファイト時代に培った容赦のない攻めだ。
「しおづけ!!」
みずタイプとはがねタイプに特効となるしおづけをクワッス相手に戦術として組み込むのは、オニキスからして当然の理屈であった。
「きょじじじ……!」
が、再度キョジオーンの挙動が不自然に停止する。まひで体が動けないようだ。
オニキスは、ほんの少しだけ表情を歪めた。
「ドット! クワッス! 頑張って!!」
リコは自分でも分からぬうちに声を出していた。
ドットとクワッスは、バトルを通してニャオハとの関係性を切り開いてくれた恩人たちだ。その苦戦には、自然とエールが口をついて出た。
ドットにとってはぐるみんこそが安心してバトルに出せるエースであり、セキガクに来てからゲットしたクワッスやズバットはまだまだ育成中という位置付けだった。
クワッスがキョジオーンのパワーを前にこのまま押し負けてしまうのも今の状態では致し方ない、とどこかで思ってしまっていた。
「く、くわわ……!」
「クワッス……! お前、まだ……」
そんなクワッスがリコのエールに反応し、起き上がらんとするのを見てドットは己を恥じた。
「そう、だよな……ボクたちはまだまだ……」
それになにより、背後から『気に入らない奴』のエールを受けてなお負けて戻ったでは格好が付かない。
「くわぁ……」
「これからだぁッ!!」
「くわッすぅぅぅ〜〜〜!!」
ゆっくりと立ち上がり、ドットに呼応したクワッスの全身を光が包み込む。
「きょじッ!?」
「この光は……!?」
やがて光の中でクワッスの身体つきが変化していけば……
「うぇぇるぃ!」
大きな眉毛がキリリと凛々しい顔立ちに一役買い、バレエダンサーを彷彿とさせる姿を見せた。
『あーーーッとクワッス、試合中に進化!! レッスンポケモンウェルカモに進化したーーーッ!!』
「す、凄い……凄いよドット!! クワッス、いや、ウェルカモも最高!!」
試合中の進化というのは、そうそうお目にかかれるものではない。奇跡を目の当たりにしたロイは感動に打ち震える。
「ウェルカモ……!」
ドットもまた感動の只中にいた。セキガクにやって来て出会った相棒ポケモンの成長が分かりやすく現出したのだから。
「進化したからなんだというんだ! キョジオーン! しおづけ!」
オニキスの声と共にキョジオーンがまたも光球を構えるのでドットは現実に意識を向け直す。
「進化でパワーアップしたならば、出来るかもしれない……!」
ウェルカモがドットに視線をやり、確かに頷く。勝ちへの光明が見えた!
「ウェルカモ、アクアジェット!!」
「うぇるぅい!!」
水流を纏うウェルカモが、突撃しながら塩のビームを回避する。
「なにッ!?」
クワッスの時とは段違いのスピードにオニキスは面食らった。
『狙いはダメージを与えた左足……!』
キョジオーンに迫りながら構える両手にみずのエネルギーが宿る。
「ウェルカモの特性『げきりゅう』が発動してる!!」
同じ特性を持つミジュマルがいるアンだからこそ気付けたことだ。
「いけウェルカモ! アクアカッター!!」
「うえええいるあッ!!」
アクアジェットによる突撃のスピードを乗せながら、ウェルカモは両腕のみずエネルギーをウォーターカッターとしてキョジオーンの左足へ思い切り斬撃を見舞った。
「きょ、じ、おおッ……!!」
「キョジオーン!!」
240kgの巨体を支える片足に強烈な一撃をくらってはたまったものではない。
「みずでっぽう!!」
キョジオーンが左半身よりバランスを崩したところにさらに水流のブレスをウェルカモが至近距離から浴びせかければ、巨体は完全に崩れ落ちた。
アクアカッター、みずでっぽうとげきりゅうの特性によりパワーアップした状態のものを立て続けに直撃させられては、流石の重量級もひとたまりもなかった。
「キョジオーン、戦闘不能! ウェルカモの勝ち!! よって勝者、セキエイ学園1年、ドット選手!!」
「かもっ」
勝ち名乗りを受け、ウェルカモは踵を合わせ、つま先を反対方向に向け両足をぴったりと重ねた状態で、腕は体の前で丸く、指先が触れ合うようなバレエの5番ポジションを取る。
「よし……よーしッ……!!」
逆転勝利を飾るドットは小さな体を震わせ、両手でガッツポーズを作った。
飛び散る汗は、死線を潜り抜けたドットの充足感を内包していた。
『オニキス』
12歳。エクシード学園1年生。
エクシード社の重役を両親に持ついわゆる二世のとっつぁん坊や。
パートナーは巨体のイメージに違わぬキョジオーンでパワーファイトが得意だ。