『セキガクの柱』……示された道筋の先に、リコは確かな青春の輝きを見るのであった。
5月25日の日曜日を迎え、セキエイ学園西側の体育館を背にした裏門よりリコたちセキガクバトル部は練習試合の相手が来るのを待っていた。
遠征ついでにセキエイスタジアムを貸切にしていたエクシード学園とは違い、今回はセキガクのバトルコートにて試合する予定なのだ。
「おっ、珍しくちゃんと仕事してんじゃん! 青年監督ゥ〜!」
よっ! と気安くフリード監督の肩を叩くのは、創立80周年の節目に始まった体育館の改装工事に関わるオリオだった。その服装はリコたちが普段見かける機能性重視な作業着ではなく、フェミニンかつカジュアルな私服姿である。
変わらないのは真っ白な歯を見せる笑顔くらいのものだ。
「仕事中だって分かってんなら茶化しにくんなよな」
「えー? いいじゃん別に」
当のフリードとしては酷くバツの悪い反応をするも、オリオは全くもって気にしていない。
「あの、お2人は知り合いなんですか?」
「うん? そ。幼馴染って奴」
「腐れ縁とも言うがな」
質問をした返しから生まれる2人の間の空気にえもいわれぬ感覚をリコは得る。ちょうど余暇で読んでいる少女漫画に出てくるヒロインとお相手、その関係からしてそのままダブッて見えていた。
ニドリーナ寮には卒業生が置いていった蔵書が保管されており、よほど状態が悪くない限りは処分されることもなく寮生たちの憩いの友となっていた。
「お前は休みで、どっか行くんだろ?」
「モリーとバス停で待ち合わせ。ちょーっとタマムシまでショッピングにね!」
スマホロトムで時間を確認したオリオは、ご機嫌なまま立ち去ってゆく。
「頑張ってねバトル部! 監督が怠けてたら遠慮なくあたしに言ってね。ビシーッと叱ったげるから!」
「「「はーい!」」」
手を振りながらのオリオに元気よく返事をするはマフィンにアン、ロイ。
「なんだよ、まったくよう」
好き放題言われてばかりだったフリードとしては苦笑いするよりなかった。
「いい女だな。フリードにゃもったいねー」
「同感だ」
「おっ、珍しく意見が合ったじゃん」
軽口を受けキッ! と睨み付けるホタルに、吐いた張本人であるナギは両手を頭の後ろで組み、そっぽを向きながら口笛を吹く。
オンライン生として実生活上の事情を汲み、実力こそ認めているものの、その軽薄さからホタルにとってナギとは好きになれないタイプの人種だ。
その辺りを理解しながら、ナギもナギで堅物のホタルにちょっかいをかけるのが悪癖としてあった。
「……珍しい取り合わせ」
キラリとしてはそんな同期の2人のじゃれ合いをいつものことと気にすることはなくスルーし、オリオとモリーがつるんでいる様をポツリと評していた。
「なんだ? この音……?」
そんなやり取りを無視し、ずっとスマホロトムをいじっていたドットが顔を上げる。
遠くより、なにやら地面を打ち鳴らす音がした。
「何か、近付いてくる?」
地震というほどでもないが、確かな物音が地面の揺れと共に伝わってくる。
「あッ! アレを見て!」
ロイが指差すは皆で待ち構える正面方向。砂煙を上げ疾走する集団が見えた。
「こっちに来る!」
「「「「「わっせ! わっせ! わっせ! わっせ! わっせ!」」」」」
それは漆黒……決して何物にも染まらぬ強き意志を体現したような学ランの軍団が、むさ苦しい掛け声とともに蓮台神輿を担いで走って来ていた。
見るからに屈強な学ランの男たちが担ぐ神輿には、長めの白髪と白く太い眉に髭を生やした老人が正座をしている。
「来たな……去年の優勝校、全国最強アサギ塾……!!」
「まさしく中学バトル界の魁、といったところか」
全国制覇を公言して憚らないマフィンからすれば、まさしく最大級の仮想敵の到来である。ガラにもなく握り拳を作り、震わせていた。
その気持ちにはホタルも同調をする。
「おいおい……まさかあいつら、アサギシティからあのお神輿担いでここまで走って来たってのか!?」
「あそこならそれくらいはやるよ」
神輿を担いだ学ラン集団が迫り来るのに驚愕するナギが呟くのに対し、フリードは反応はいかにも当然、とばかりに呟く。その口ぶりには、大きな実感がこもっていた。
「……詳しい」
「まぁ、OBだからな一応。ああいう無茶な遠征は昔からよくやってた」
キラリが聞いてくるのに合わせ、あっさりとなされたフリードの唐突なカミングアウトは、今日の練習試合を組めた理由そのものであるという納得を、驚きと共にリコたちに与えた。
「今から15年前くらいだな。ちょうどお前らの年頃にオリオと3年間いてな。まぁ随分とシゴかれたよ。なんせあそこの塾長は……」
「全体ッ!! 止まれッ!!」
「「「「押忍ッ!!」」」」
フリードの昔語りをアサギ塾の一団、誘導として神輿を担ぐ4人の前を走っていた一際屈強な男子の号令がかき消した。
ピタ、と立ち止まる後ろの4人はゆっくりと神輿を下ろす。
「おーいじっちゃん。着いたぜ」
「やぁみ!」
神輿を前列左側より担いでいた少年が老人に声をかける。
緑髪で頭の左右が上に尖り、後ろを三つ編みに結んだその背には、くらやみポケモンヤミラミがしがみついていた。
「うむ」
老人はゆっくりと神輿から降りてトボトボと歩く。
「久しいのうフリード。元気そうで何より」
「そりゃあお互い様だ。久しぶりだなじっちゃん」
「全員整列!!」
「「「「押忍ッッ!!」」」」
フリードと老人が言葉を交わす中、先頭を走っていた塾生の号令で神輿を担いで走っていた4人がバババ、と素早く横一列に並ぶ。
ほんの少しのズレもなく並び、直立する4人の隣に号令役がつけば、
「押忍ッ! アサギ塾試合メンバーとランドウ2軍監督! 現刻11時30分に到着!! セキエイ学園の皆さん!! 本日は練習試合、よろしくお願いします!!」
「「「「押忍ッッ! よろしくお願いしますッッ!!」」」」
引率役の生徒の号令に合わせ、残る4人も腹の底から声を張り上げ、礼儀作法として完璧な45度のお辞儀を見せる。
「「「「「ぽぽーーッッ!?」」」」」
とても5人分とは思えぬ凄まじい声量に、学園に植えられた木々に止まっていた鳥ポケモンらはたまらず飛び去っていった。
「流石全国トップ、迫力が違うな……!」
「2軍監督、ってお爺さんが塾長先生じゃあないの?」
ホタルが唸る中、ロイはランドウに問う。
嘲りなどは一切ない。ただ単に見かけからの判断として意外だ、というリアクションにランドウはからからと笑った。
「ワシなどは塾長に雇われとるだけの単なるお飾りじゃよ。定年後の再雇用というやつじゃ」
「ちなみに、塾長はどこに?」
「今朝方、1軍の3号生たちを引き連れてホウエンまで泳いで行ったわい。」
「「「ホウエン地方まで!?」」」
「キンセツ大学のバトル部と練習試合じゃて」
「大学生相手に練習試合、それで朝から荒行かよ…!」
フリードが聞いた答えにリコ、アン、ドットは開いた口が塞がらない。
中学相当の私塾ながら当たり前のように大学チーム相手に試合が組まれ、しかも生身での地方間移動を鍛錬代わりとするアサギ塾に、ホタルも重ね重ね圧倒されるよりなかった。
「おうおう! オレ様たちだって負けてないぜ? 今でこそまだ2軍だが、近いうち1軍に上がってやるんだからな!」
「キミは?」
「オレ様は1号生のウルトってもんだ。オメェは?」
「僕はロイ。よろしく!」
「おうッ!」
意気込む緑髪の少年ウルトとロイが名乗り、握手を交わす。
「「んん……?」」
握手を通し、2人の脳裏に見知らぬやり取りがフラッシュバック。肩を並べて何かに立ち向かうようなビジョンが脳裏に浮かび上がる。
この時互いに、相手とはまた別の出会いがあったかもしれない……そんな予感を覚えた。
そうした2人の抱く予感は、試合メンバーの到着から少し遅れての1台のバスの到来によって瞬く間にかき消された。
「「おはようございまーす!」」
2人ほど黒いセーラー服を着た女子生徒がクーラーボックスをショルダーベルトで抱えながら降りては、またすぐにバスが発進をする。
「「よろしくお願いしまーす!」」
アサギ塾においてバトル部のサポートを担当するマネージャー集団もまた、溌剌とした挨拶をセキガクバトル部へきちんとする。
「頑張んなよウル坊!」
「負けたら承知しないかんね!」
「お、押忍……!」
「……?」
男子に負けず劣らず、むしろそれ以上の勝ち気さを全面に押し出すマネージャーらにウルトがあからさまに顔を真っ赤にするのを、ロイは首を傾げながら見ていた。
異性に対する耐性をウルトがまるで持ち合わせていないなどとは、初対面のロイには知る由もないことだ。
「流石に裏方メンバーはバス移動だよな。俺がいた時からそうだったし」
「2軍もこやつらだけではないからのう」
バスに乗ったまま立ち去る女子生徒は別の場所に遠征をする2軍メンバーのサポートとして赴くに過ぎないとランドウは話す。
アサギ塾はセキエイ学園同様全寮制で入塾資格はトレーナー免許の保持のみ。生徒数は各学年ごとに30人ずつの計90人。男女の制限は特にない。3年制で各学年生を『1号生』『2号生』『3号生』と独特の呼称で扱っている。
塾全体がポケモンバトルによる個人の栄達を是とした教育方針を取っており、塾生全員が事実上バトル部の一員として扱われ、塾生数=部員数ともなる。
公式戦に出るメインメンバーとなる『1軍』1チームに、サブメンバーとなる『2軍』となる複数が控え、残る塾生たちも交えて常に選手団の席を狙い、日々のスパルタ訓練に取り組んでいた。
そんなアサギ塾の特異な点としてあるのは、強豪校ならではの封建的な空気は生徒間には皆無なところであった。下級生が上級生を顎で使うようなことは塾長の方針により固く禁じられていて、見つかれば即退塾モノである。
ただ、アサギ塾にあるのは学年問わずのフラットな雰囲気ではない。激烈なシゴキと遠征による荒行で肉体も精神もいじめ抜かれるため、疲れ切った体では自分と、自分のポケモンのケアで手一杯となるのでそもそも他人をいびるほどの体力など残らないのが実情だ。
この辺りはポケモン歴2005年に本格的な開業へと踏み切ったナンテ塾長によるカリキュラム設定の妙と言えた。
2005年以前より個人的な縁から指導に関わっていた『ミー・スノードン』『マサト』『ユリーカ』の3名がそれぞれトレーナーとして実績を積み、やがて2012年にてジョウト、ホウエン、カロスにて同時に戴冠し、教え子から3地方のリーグチャンピオンを生んだ功績にていわゆる『名伯楽』のお墨付きを得た。
アサギ塾にもそのナンテの名声と教育方針が還元され、現在へと至っている。
「さぁみんな! セキガクもアサギ塾もたくさん食べてくれよ! 腹が減っては戦はできぬって言うしな!!」
セキエイ学園の各校舎にある食堂は日曜日は一般にも解放され、生徒向けのボリューム満点かつリーズナブルなメニューが提供されている。
1年生のためのくさ校舎の食堂にて、大柄な褐色の男がマスク越しにもハッキリ伝わる笑顔を振り撒いていた。
坊主にエプロンと合わせた純白の帽子を被ったマードックの威勢の良さを尻目に、セキ学メンバーもアサギ塾メンバーも昼食を摂っている。
試合開始は13時。早朝よりアサギシティからセキガクまで走って来たウルトたちアサギ塾メンバーの休憩時間でもあった。
「いいか。相手が2軍といえど全国区。油断は大敵だ。決して楽な戦いにはならんだろう。心してかかるんだぞ」
「「「はいッ!!」」」
「……ウス」
丼を持ちながらのホタルの訓示にリコ、アン、ロイは元気に返事をし、遅れてドットも首肯を見せる。
「下級生中心と言えど2軍の枠に食い込んできた連中だ。コレはオレとしての私見だが、あの緑髪の小僧はなかなかやるんじゃねぇかな」
ナギが15個目のバーガーの包みを開け、かぶり付く。
1個70円ほどながら分厚いミートパティと濃厚なチーズの取り合わせがナギには好みであった。
あのマードックとかいう新入りの学食担当が来てから、加工肉に使う大豆の生産先も変えたのか? そんな風に考えもする。
「マフィンからは何かあるか?」
「全部ホタルが言ってくれたからないね」
そんなマフィンは目の前の丼いっぱいの分量の米にげんなりし、意を決して箸をつけた。
生来よりの少食はそう簡単に変えようもないが、後輩たちの手前、部長の立場で平らげないわけにもいかなかった。
13時となり、両陣営が体育館側の専用バトルコートに整列をする。
周囲にはちらほらと生徒や各方面のスカウトが顔を連ね、ちょっとしたイベント然となっていた。
ポケモンバトルの技能が求められる業種への就職率はポケモン歴1990年代より低下傾向にあった。
1997年、マサラタウンのサトシを中心とした『黄金世代』の台頭により一時期は上向いたこともあったが、彼らのムーブメントがひと段落をした2020年代に入って以降はまた低下傾向が強くなっている。
元来ポケモントレーナーとポケモンコーディネーターとで人材の奪い合いは顕在化し続けている中、バトル路線に限定してみてもポケモンリーグにバトルフロンティア、PWCS(ポケモンワールドチャンピオンシップス)と枝分かれが進んだことに加え、一般職の中にも優れたトレーナー技能の持ち主を優先的に採用する制度の施行が広がったのも人材の流出に繋がっていた。
そんな昨今において、学生バトルの世界は『掘り出し物』を見つける格好の場と言えるのだ。
『モリー』
25歳。セキエイ学園養護教諭。
元々はジョーイさんの一族だったが家族との見解の不一致により家を飛び出し、現在はNPO団体設立のための資金稼ぎの真っ最中。
パートナーであるラッキーとの息の合った治療や看護スキルは本物さ。