ルームメイトのアンに連れられポケモンバトル部を尋ねてみればいきなりバトルをする流れになるのであった。
「おっ? 今日は振替で休みじゃあなかったっけバトル部……?」
改修工事の真っ只中で体育館の屋根に乗り、作業中にほのお校舎からバトルコートに出る一団を見かけたオリオはTシャツで口元の汗を拭う。
明るめの茶色とオレンジのグラデーションを基調とし、後ろへ1つ結びにした建築技師の美女がバトル部の週間スケジュールをなんとなくとはいえ把握しているのは、腐れ縁の幼馴染が監督を務めているからというのが大きかった。
もっとも、その幼馴染といえばだらけた態度で生徒に絡んでいるだけの典型的なお飾り監督でしかないのだが……。
学年校舎北側にある体育館を外周部に置き、セキエイ高原に建てられた公式専用スタジアムにあるものと全く同じ仕様のフィールドが縦に2面ずつ並べられているのがセキエイ学園自慢のバトルコートだ。
日中行われるバトル学の実習授業や、休み時間中は基本的に全生徒に向けて開放され、放課後や休日はバトル部のための練習場となっている。
「じゃあリコちゃんとニャオハがどんなものなのか、軽く見てみよっか」
マフィンの提案とは至極シンプルなものであった。ポケモンバトルの様子を見て両者の関係の問題点を洗い出してみようというのだ。
その対戦相手として部長命令のもと指名されたドットからすれば全く以ていい迷惑でしかなかった。
そもそもリコは部員ですらないのに……そんな思いが渦巻く中で至る結論は1つだった。
『こんなバトル、すぐに終わらせてやる!』
「頑張れリコー!」
この展開が寝耳に水なのはリコも同様であった。バトルを前にした緊張から、アンのエールも耳に入っていない。
『こんなことになっちゃって……私、大丈夫かな?』
ニャオハのボールを握る手が不安で震える。
「それじゃあバトル開始! いってみよー!」
「ん……!」
マフィンの号令でなけなしの勇気を振り絞り、リコはボールをフィールドへ放り投げた。
「いけっ、ニャオハ!」
「なごぉ」
「クワッス!」
「くんわっす!」
ドットとかいう同じ1年が繰り出して来たこがもポケモンクワッスが、アンのミジュマルとおなじみずタイプのポケモンだというのは日々の授業で押さえていた。くさタイプのポケモンであるニャオハからすれば有利に戦える相手だ。
まともに戦えるならば、だが……。
「あ、あのねニャオハ? これからバトルだから一緒に頑張ろ? ね?」
指を組みながらお願いするリコをニャオハは横目で捉え、
「にゃんころころ」
その場で横たわってしまう。リコからしたら普段と変わらぬ対応だった。
「にゃ、ニャオハ〜……」
「つばさでうつ攻撃だ!」
「くわッすッ!」
ニャオハとしても体を寝かせたのがまずかった。
横たわった分反応が遅れたボディで回避が間に合うはずもなく、クワッスの両腕の翼がクリーンヒットした。
「ぎにゃッ!?」
「ニャオハ!?」
「バトルスタートはされてるんだぞ!!」
つばさでうつで叩かれたニャオハは軽やかなバックステップで距離を取る。
機先を取った形のクワッスは続けざまの一発狙いで取られた分の距離を走って詰めてゆく。
「もう一度つばさでうつ!!」
「ニャオハお願い! かわして!!」
再度振り下ろされるクワッスの両腕に対して、今度のニャオハは機敏だった。
「なにッ!?」
鮮やかな四つ足のステップで左腕側よりクワッスの背後に回り込む。
『かわしてくれたッ!』
それが自分の指示を聞いたからなのか、ニャオハが勝手に判断したからなのかは分からない。
リコからすれば、バトルの中で自分の指示とニャオハのアクションが一致すること自体が初めてのことだった。
「後ろに回り込んだからって……!」
「くわぁ……!」
「いい気になるなよ!!」
クワッスはその場でブレイクダンスのウィンドミルを披露。それだけではない。
「にゃぎゃう!」
「ニャオハ!」
口から発射する水流が防護壁のようにクワッスの全身を覆い、その勢いにニャオハは弾き飛ばされてしまった。
「アレは……『カウンターシールド』……!」
ホタルは目を見張った。ドットが初めて見せた戦術であるのもそうだが、その内容自体に驚いた。
「ほー……!」
マフィンとしてもそこは同様だった。それ以上にニャオハを通してリコを見定めるのを優先していたが。
「ボクはお前みたいに自分やポケモンを甘やかし、可愛がっていたいだけのやつとは違うんだ! ボクは強くなって……1流のトレーナーになるんだからな!!」
ドットの母ブランカは自他共に認める強烈な女傑だ。
親の反対を押し切って僅か13歳でドットをこの世に産み落とし、その負担もなんのそのと今も元気に生きている。
『この世界』には10歳になり、ポケモントレーナーとしての認可が下りた時点で大人と同等の扱いが法的に定められており、『こちらの世界』でいう『18歳未満お断り』の概念は存在しない。
故に飲酒や喫煙、それに結婚も10歳となってしまえば法的には可能なのだ。まぁ、倫理的な部分だったり当人たちの心身における成熟度の問題から実際にそれらの権利が行使される際の問題はまた別なのだが……。
そんなブランカによる胎教、そしてドットが産まれてから何かと目に触れさせ続けたのがポケモンバトルの実況中継だった。
ブランカ自身がトレーナーとして、旅先で出会った旦那……ドットからしたら父親との熱いバトルが出逢いのきっかけである故に我が家にポケモンバトルは欠かせない、そんな家風であったからだ。
『エンテイ、戦闘不能! ウェーニバルの勝ち!! よって勝者、チャンピオンサトシ!!』
『やりましたチャンピオンサトシ!! チーム<シロガネ>の超新星ミー・スノードンを下し、ポケモンナショナルチームトーナメント第3回大会!! ホームであるマナーロスタジアムでV3達成!! 自らの手でアローラ代表チーム<マナーロ>の3連覇を決めましたーーーーッ!!』
「わぁー……!」
そうやってお腹の中にいた頃から血湧き肉躍る死闘に触れ続けてきた幼き日のドットの目を、そして心を奪ったのは、肩にピカチュウを乗せた遠い遠い島国に君臨するグレートチャンプの姿であった。
常人には思いつかない奇想天外な戦い方で相手のド肝を抜き、勝ち名乗りを受け右腕を豪快に天へ突き上げる様に憧れを抱いたのだ。
暇さえあれば過去の試合記録を見返す中でバトルの世界に魅了され、トレーナー養成機関として名高いセキエイ学園の門を叩くのも自然の流れであった。
「にゃあぐぉ……!」
弾き飛ばされたニャオハは空中で体勢を立て直し着地に成功する。
リコの頭の中を逡巡が支配した。
『あのクワッス凄い! それにあんなにみず技を使いこなせるように育てたドットって子も! こっちも対抗するには、ニャオハのくさ技を使うしかないけど……』
普段のバトル授業からリコの頭の中には既に基礎的なタイプ相性は頭に入っていた。
が、ニャオハの望む戦い方との乖離を恐れた。
リコの発想がニャオハの顔色を窺い、その意を汲むことだけに躍起になっていたのも、出会ってすぐからの1ヶ月間のすれ違いからむべなるかなと言えた。
逡巡が頭の中で絡まった糸のように錯綜し、肥大化を繰り返し、リコの思考がオーバーフローを起こす前に白い影が1つ。
「リコちゃんは優しい子なんだね。ニャオハが言うこと聞かないのも自分のせいだって、絶対にあの子を責めたりしないんだから」
「ッ!?」
振り向けばそこには風にそよぐ白髪があった。
マフィンは穏やかな笑みで語りかける。
「ポケモンが何をしたいのか察してあげるのは確かにポケモントレーナーとして大事だよ? でもさ、それと同じくらい大事なのは、リコちゃんがニャオハと一緒になって何をしたいのか、だと思うんだ」
「私が、ニャオハと……?」
「リコちゃんからもハッキリ言ったらいいんだよ。ニャオハに『自分のしたいこと』を」
マフィンの言いようは、リコの非凡さと不明さを端的に表していた。
ゲットされたポケモンが主人の指示に従うのは当たり前…そんな観点から居丈高になり、ポケモンとの関係を悪化させるトレーナーの事例は枚挙に暇がない。
ポケモンではなく自分にこそ責任があると、絶対にニャオハに不満をぶちまけたりしないリコの優しさがマフィンの見出した非凡さならば、それ故にエゴを抑え込み、ニャオハの顔色を窺ってばかりなリコの態度は不明さといえた。
「ニャオハだって分かってると思うよ? リコちゃんが優しいご主人だってことは。そうでなきゃあの子は、リコちゃんの側に居続けたりはしないはず」
ニャオハというポケモンは気まぐれかつ気位の高い性質をその種として大なり小なり持ち合わせている。そんな性質の持ち主が主人に求めるのは、必ずしも自分の顔色を窺い、おもねることばかりではないとマフィンは付け加えた。
「私が……したいこと……」
『ニャオハと仲良くなりたい』という漠然としたものではないのだ。少なくともこの場で求めるべきは、ただ1つしかなかった。
「ニャオハ……私……!」
「にゃおぅ?」
ニャオハがリコを見る。その眼差しは、リコを主人として担ぐに値するかどうかの、いわば最後通牒の意を秘めていた。
「私、あなたと一緒にこのバトルに勝ちたい!! 力を合わせれば出来るはずだから! ニャオハとなら、きっと!!」
「にゃああお……!」
「だからお願い! 私の言うことを聞いて!!」
「にゃおッしゃあッ!!」
リコにニャオハは初めての表情を見せた。
好戦的で、不敵な笑み……ようやく主人が吐露した『自分の気持ち』と、ニャオハ自身が生来持つ闘争心がリンクした。
「ニャオハ……このは!!」
「ぶんんん、にゃあああああッ!!」
首周りの葉が体内に内包するくさエネルギーの活性化により緑色に発光し、無数のエネルギー弾として放たれる。
「くわすぅ!?」
『なんて量のこのはだよ!? まるでリーフストームじゃあないか!!』
ドットとクワッスからすれば、その分量が問題だった。
「特性しんりょくか? だとしてもなんというパワーだ」
「リコとニャオハ……すっごぉぉぉ!!」
あり得ないものを見る目のホタル。
その隣でアンはテンションを上げはしゃぎ、たまらず飛び跳ねる。
リコとニャオハが気持ちを1つにしたことも嬉しかったが、なによりフィールド全体を埋め尽くさんとするほどの勢いのこのはの凄まじさが驚愕の第一であった。
「クワッス! カウンターシールドだ!!」
到底かわせるような規模の威力ではない、そう判断したドットは水流のバリアでやり過ごす択を取った。
「くわぶひゅう〜!」
すかさずクワッスは再度カウンターシールドを展開する。このはが迫る僅かな内に展開まで漕ぎ着けたことはよかった。
「し、しまった!!」
ここでドットは自分の指示の愚を悟る。しかしもう既に後の祭りだった。
大量のこのはがカウンターシールドの回転により巻き上げられ、『台風の目』から中心へ侵入してゆく。
「く、くわあああ〜……!」
クワッスは事実上、自ら退路を断った形としてこのはの直撃を受けてしまった。
「クワッス!!」
叫んでみたところで何が変わるでもない。
カウンターシールドの水流は内側からこのはにより吹き飛ばされ、中心部のクワッスは効果抜群のダメージにより仰向けに倒され目を回していた。バトル終了である。
「リコ〜! やったじゃん!!」
走り込んできたアンからのハグにリコは呆けてしまっていた。
ニャオハと初めて息を合わせて出来たポケモンバトル……そして、初めての勝利の味……。
それらが体を貫けば、リコの心をガッチリと掴んだ。自分は、この感触を得るために住み慣れたパルデア地方から越境して来たのだとすら思えた。
リコは、天啓を得た気がした。
「にゃおん」
「ニャオハ……お疲れ様」
ひと仕事終えてお疲れ気味の相棒をリコは腕の中に迎える。
ニャオハは、特に抵抗をしなかった。
「これでもう大丈夫そうだな。後は今日の感覚を忘れないようにしながらニャオハと付き合っていけば……」
「あ、あのッ!」
語りかけてくるホタルにリコは向き直り、ニャオハの温もりを感じながら大きく頭を下げる。
「私、もっとニャオハとバトルがしたくなって……それで、せっかく勝ったこの気持ちよさをもっと味わいたくなって……!」
声を震わせながらのリコの言葉をマフィンもホタルも決して遮らず待つ。上級生の度量だ。
「お願いします! 私を、あなたたちの部に入れてくださいッ!!」
「じゃあ改めて自己紹介、いってみよっか!」
「はいッ!!」
肯定の意を込めたマフィンの返しにリコの瞳はパァァと輝く。
「1年1組! 普通科コースのリコ! パートナーはニャオハです!! 一生懸命頑張ります!! これからよろしくお願いします!!」
「にゃあおん」
声量たっぷりなリコに対し、ニャオハはなんとも気の抜けた相槌を打っていた。
主人が決めた道ならば一緒についてゆくのみ……その道の如何などにはさほど興味がないのだ。
「うむ! 歓迎しよう!! ようこそ、セキガクバトル部へ!!」
快活なホタルの返答により、リコはセキエイ学園ポケモンバトル部……通称セキガクバトル部へと入部を果たした。
『アン』
10歳。セキエイ学園1年1組所属。
底抜けに明るくギャル気質の女の子。勉強はちょっぴり苦手(本人談)。
パートナーのミジュマルとはいい感じの信頼関係を築けているよ。