2人はいつか先の再戦にて決着を誓い合い、セキガクバトル部は2軍相手とはいえ去年の全国覇者を相手に互角に戦い抜いたのであった。
アサギ塾との練習試合を終えたリコたちは翌5月26日、セキエイ学園で行われる中間テストに臨んだ。
1時間目から5時間目まで、『国語』『社会』『数学』『理科』『語学』の5科目を100点満点の答案用紙により1日かけて消化していく流れだ。
「お、終わったぁ〜……!」
5時間目のチャイムが鳴り、テスト終了を告げると同時に気の抜けたアンの声が1年1組に響く。
それが長い対策勉強の果てのテスト本番から解放されてのものなのか、中身がどうにも振るわないことが確定的であるからなのかは隣の席のリコには分からない。
「アン、お疲れ様」
机に突っ伏してダウンするアンに一声かけてから、リコは教室の後ろの掃除用具を取りに動いた。週に1度の掃除当番だからだ。
「エクシード学園に勝ち、アサギ塾に引き分けとなったのはかなり大きな反響があったらしい。そうだな? 監督?」
月曜日ということでオフの前のミーティングのためにバトル部は2年のほのお校舎にある部室へと集合していた。
普段と変わらず司会として進行をするホタルにフリードは頷く。
「あぁ。練習試合ではあるがどちらも弱小校からしたら本来雲の上の存在。そいつら相手に上手いことやり合えたと聞きつけたんで、どんなもんかいっちょ試合でも組んで見てみようか、なんて考えてるであろう連中からのお誘いがドンと増えたんだ。えらく人気者になったモンだな? お前ら」
「でもタイミングとしてはあまりよろしくない……いや、逆にいいのか。もったいなくはあるけど」
マフィンにホタルも頷く。
セキガクは年間スケジュールとして、5月の終わりから6月を迎えての約2週間ほどを使い、全学年『他地方交流』が予定されていた。これにより全校生徒は学園はおろかカントーにすら不在となるからだ。
他地方交流とはその名の通り、セキガクから他の地方の学校へと生徒が送り出され、受け入れ先の地方にある学校ならではの授業カリキュラムを通し、各々大きな飛躍を願っての大規模な名物行事である。
3年生は在学中最後に体験するこの留学行事を『修学旅行』として扱っていた。
「今週の土日にそれぞれ移動だから、来月に練習試合を組めるのは3、4週目か。他地方交流の成果をチェックするにはちょうどいいな」
「なら3周目だけにしよう。地方間移動の疲れだってあるし無駄に手の内を晒しすぎる必要もない。再来月の夏休みに入ったらもう地方予選だからね」
「了解」
マフィンの一声にホタルも同意をする。
「じゃあそこでどことやる?」
「タマ大やトキワ台からはないの?」
「ねェな」
「ならとりあえずお誘いがあった中で強いところよろしく」
「了解」
マフィンに頷いてからフリードはスマホロトムを操作しながら部屋の隅に行く。練習試合を申し込んできた相手と日程の都合を合わせるためだ。
「さて。キラリが来てないので分かるように明後日には体育祭だ。サボるのは論外だが、我々バトル部の本分はあくまで勉学と部活動だ。他地方交流も控えていることだし各々怪我だけは避けてくれ」
「「「はいッ!」」」
「ウス」
リコ、アン、ロイが元気よく返事し、遅れてドットもリアクションを返す。
ホタルはコクリと頷き、そのままミーティングの解散を告げた。
セキガクにおいて部活動の実力が全国区として通っているということは、そのまま学園内での影響力にイコールである。
セキガクは主に野球部、バレー部、柔道部に吹奏楽部が4強として扱われ、生徒会が分配する部費もこの4つの部へとそのほとんどが割り振られ、残った僅かな額で他の部は細々としたやりくりを強いられている。
当然、リコたちが所属するポケモンバトル部も『その他諸々』の一部として扱われ、オニスズメの涙ほどの部費をやりくりして活動しているのである。
セキガクは1学年16人構成のクラスが4つあり、1組と2組が『普通科』、3組が『スポーツ特進コース』、4組が『勉強特進コース』と細かく分けられている。
授業内容も異なっており、3組は部活メインに動くので1年のうちに理数系は小学生の復習のみで、2年生以降は授業すらないのに対し、4組は既にハイレベルな高校受験を見据えた実践的な授業を繰り返している。
リコたちバトル部は全員普通科所属であり、ごく一般的な中学レベルの授業を受けていた。
「まぁ、そりゃあこうなるよねぇ……」
体育祭というのはクラス対抗でポイントを競い合う性質から、事実上スポーツ特進コースの集められた3組の独壇場といえた。
200mトラックにて待機するアンがチラと校舎に掲げられた得点表を見る。
結果としてはスポーツ特進クラスによるワンサイドゲームであり、体育祭の締めとなるクラス対抗リレーよりずっと前の段階でほとんど趨勢は決していた。
ここから他のクラスに勝ち目を出すならば誰かが超法規的な剛腕を振るう……具体的に言えば『最後のリレーで1着になったクラスには特別に5000兆点』みたいな無茶苦茶を通さない限りは不可能だろう。
そして、それを唯一通せるであろう立場にある現在の生徒会長は会計であるキラリ曰く『普通の堅物』だというのでそんな可能性もありえない。
『さぁ〜いよいよ創立80周年を迎えた我らがセキ学の体育祭も最終競技、クラス対抗リレーによる決戦を迎えます! 果たして1着になるのはどのクラスか?』
リコとアンの所属する1年1組の担任がスターターピストルを持ちスタートライン付近に立てば、第1走者がそれぞれにスタンディングスタートの姿勢に入る。
スポーツ特進クラスは他3クラスに対してハンデとして30秒後スタートのルールが課せられているが、ハッキリ言って全員歩いたところで順位が揺らぐことはないのだ。ただ監督や先輩が見てる中で手抜きをしたせいで練習中のシゴキが倍増するのはたまったものではないので真面目にやるだけだ。
『この子にだけは……!』
『こいつにだけは……!』
『『負けてたまるもんか……!!』』
そんな中スタートを待つ普通科1組と2組の走者はリコとドット、隣り合う2人は互いを横目で見合っては、バチバチに闘志を燃やしていた。
「わぁー……やる気満々だね2人とも」
「こりゃあたしたちも死ぬ気でやらなきゃとばっちり来るね」
第5走者として待機するロイにアンは頷く。リコとドット、どちらの走る順番が違っていたならばこうはならなかったろうと思っていた。
クラス対抗リレーは生徒4人にその相棒ポケモンが4体の合計8ランナー制で競われる。
「にゃにゃあ〜!!」
「うぇ〜い!!」
第2走者として待つニャオハ、ウェルカモもそれぞれの主人がバトンを持ってくるのを今か今かと待っていた。
「それではいきますよ! まずは1年生、いちについてー、よーい……!」
ピピ、と鳴るピストルからのシグナル音に合わせてリコとドットが走り出す。
両者譲らず……互いに隣の奴にだけは負けてなるものかという闘志を剥き出しにしていた。
「いいぞ! いいぞ! リ、コ、ちゃ〜ん!!」
「ドット! 負けるな〜!!」
その鬼気迫る様にマフィンがリコへ、ホタルがドットへそれぞれエールを送る。
140cmちょうどでリコより2cmほど小さいマフィンは体の線も細く、中性的な顔立ちなのも活かしてクラスの応援係としてチアガールの衣装でポンポンを振り、際どい開脚を披露する。
運動音痴の虚弱体質であり、競技においては1ミリも役に立たないのは3年間の付き合いの中でクラスメイトにも周知の事実故にあてがわれたポジションであった。
ホタルは、リコがドットの部内におけるライバルとしての立場を確立し、ともに高め合う仲となっているが故の対抗意識を嬉しく思った。
「やあああああッ!!」
「負けるかああああああッ!!」
割り当てられた200mを走り切り、パートナーへバトンを託す。
リコとドットは、どちらも24秒台で、全く同時のタイミングであった。
「にゃぐう〜!!」
「うぇいうぇいうぇい!!」
主人からバトンを受けたニャオハは口に咥え、ウェルカモは右手に握って全力疾走。そのデットヒートは全くの五分と五分であった。
「いいよニャオハ! そのままダッシュダッシュ!!」
『ウェルカモに進化してようやくスピードは互角、か……』
同速のまま第3走者へとバトンが渡されてゆく。
「お先!」
「こなくそが〜!!」
アンも決して鈍足ではない。リコやドット同様、女子の中では体力自慢と言われる範囲内だと自負していた。
それでもやはり先行を許すのは、離島全体を庭として走り回っていたロイの身体能力故であった。
「頼むよホゲータ!」
「ほげげ!」
アンを一気に引き離し、バトンを第4走者である相棒に渡すロイ。
ホゲータもやる気じゅうぶんであるのは誰の目からしても明らかだった。
「ほげ! ほげ! ほげ!」
だが悲しいかな、ホゲータのボディとしてスピードが求められるかけっこの類はどうしても適性が追い付いているとは言い難かった。
ストライクを出せれば話は違ったのだが、体育祭において生徒が扱えるのは学校より配布された相棒ポケモンのみであり、それ以外はレギュレーション違反なのだ。
「みじゅう〜!!」
「ナイスミジュマル〜!!」
トテトテと頑張って走っているのは間違いないホゲータをミジュマルが颯爽と追い抜いてゆく。
「くっそぉ〜!!」
ミジュマルがクラスメイトにバトンを渡し、バトル部内のリレー対決としてはリコとアンの1年1組に軍配が上がる。
「ま、結局はこうなるわけか」
その後、ハンデを受けたスポーツ特進クラスの驚異の追い上げにより1組も2組もあっという間に追い抜かれ、そのまま1着を掻っ攫われていった。
予定調和……茶番を茶番として正しく認識するのも社会に出て生きる上で重要な処世術である、とセキガクの生徒たちは大なり小なり学ぶのだった。
体育祭が終わり、2日後の金曜日の夜。リコとアンは他地方交流のため荷物をまとめていた。
「はぁ……」
「やっぱりお母さんと会うかもしれないって憂鬱?」
「うん……」
手際よく折り畳んだ衣類をキャリーケースにしまいこむリコのため息の理由をアンは端的に口にする。
リコは力ない笑みを向けながら軽く頷く。
「リコのお母さんって別にオレンジアカデミーにいるわけじゃあないんでしょ?」
「そうだけど、いつどこで会うか分かんないって思うと、ね……?」
アンからすれば今回の他地方交流においてリコの気が進まないのは、あくまで出身地への里帰りという形となり、なんとも新鮮味に欠けるからだと軽く考えていたが、どうにも話が違うらしい。
リコがどこか家族と顔を合わせることに対して忌避感を抱いているように見えた。実際、それは正しい。
絵本作家の父アレックスと教師の母ルッカの間に生まれた1人娘であるリコは、物心ついた頃より家族の中で孤独感に苛まれながら10年間を過ごしていた。
アレックスは穏やかで物腰こそ柔らかいが、基本的に自宅の書斎に引き篭り、ルッカに関しては教師寮に入り浸って自宅に帰ってくることなどは稀だった。
『お母さん! お父さん!』
今でもたまに夢で見る。マリナードタウンの市場を歩く中、父と母が楽しげに会話をするその後ろでリコはニャオハのぬいぐるみを抱えて呼びかける。
だが、2人はこちらを顧みることなく歩を進め、やがて華やかな出店が立ち並ぶ市場の景色が色を失ってゆく……そんな『悪夢』を。
セキエイ学園への越境入学を決めたのも、根っこのところにあるのは両親の母校に通う自分の姿を見て振り向いて欲しい……そんな子供心の発露であった。
そして、その発露など知る由もなく2人は今も自分の仕事をエンジョイしているのだろう。
入学してから1週間後にアレックスから電話が来たのが、現状最初で最後のコンタクトであった。
「リコはさ。セキガクに来て変わったと思うよ?」
「えっ?」
「そりゃああたしはこうしてルームメイトになって2ヶ月くらいの付き合いでしかないけどさ。セキガクに来てニャオハと出会って、バトル部に入って練習や試合をして、今のリコはすっごく活き活きしてる! だからさ、お母さんと会うことになったとしてもドーンと胸張ってたらいいんだよ! 私は成長したんだぞ、これからもっと成長するんだよ! ってさ」
初夏に似合わぬ蒸し暑さと、風呂上がりの火照った体を冷やすためのスポーツブラとショーツ姿でさえなければ励ましも様になったろうに、とリコはアンを見て思う。それでも自分を気遣ってくれること自体が嬉しかった。
「にゃおん」
ニャオハがベッドに腰掛けるリコの膝の上に乗り、我が物顔で寛ぐ。これも1ヶ月前では考えられないことであった。
「もし……もし今の私が変われたって言うなら、それはアンのおかげだよ。アンがバトル部に連れて行ってくれなかったら、多分今もニャオハとのことだけに四苦八苦してたと思う」
リコはニャオハの頭を撫でながら、改めてアンを見る。
「ありがとう、アン。アンとルームメイトになれて本当に良かった」
腹蔵なく本音を伝える。
「あ、え、えへへ……!」
アンは照れ隠しにミジュマルを抱き寄せ、返事はしなかった。できなかった……という方が正しい。
「他地方交流、頑張ろうね。たくさん頑張って、いっぱいレベルアップしよう!」
「ん……うんッ!」
白い歯を見せ合うリコとアン。そうして翌日を迎え、1年生はバスでクチバシティの空港へと行き、そこから飛行機で地方の垣根を飛び越える。
リコたち1年生の他地方交流の行き先は、パルデア地方。
目指すは1つ、テラスタルデビューだ。
『アレックス』
30歳。絵本作家。
リコの父親で温厚な性格。妻のルッカとは今でも大の仲良し。
リコのことも大事に思ってはいるのだが当のリコにはほとんど伝わっていないようだ。