そこからさらに母校を飛び出し、パルデア地方のオレンジアカデミーへ向かうのであった。
末日から6月へと切り替わる5月の最終週、31日にリコたち1年生を乗せた飛行機はハッコウシティの空港へと約20時間ほどかけて到着。
翌6月1日日曜日の正午に到着してすぐにアカデミー行きのバスを乗り継いで行く。
「あっ、見えてきたよ!」
「うっは〜! テンション上がってきた!!」
「元から無駄に高いままだろ」
窓の景色からモンスターボールを模したオブジェをロイが指差せば、アンはテーブルシティのシンボルを見て目をキラキラさせる。
飛行機に乗ってた頃より疲れ知らずな2人にドットは辟易を露わにしていた。
創立805年とパルデアの地でもっとも古く、世界基準でも有数の歴史がある学校『オレンジアカデミー』はパルデア地方の象徴であり、この地のポケモンリーグとも深い関わりがある。
バトル業界においても現在ではポピュラーな切り札システムのうち1つに数えられている『テラスタル』発祥の地で、全国地方の仲間入りを果たしたポケモン歴2000年前後にはその修得のため、多くの強豪トレーナーたちが足を運ぶので賑わいを見せていた。
『どうしてわざわざ遠いカントーの学校の寮に入るんだい? オレンジアカデミーなら家から通えるじゃあないか』
窓の向こうの景色を見ているのは仕草の上だけのことで、リコの意識は景色に向いてはいない。
パルデアに到着してから定期的にフラッシュバックするのは、進学の際に翻意を促す父の表情と、そのやり取りだ。
リコから見た父アレックスが執拗なまでにセキガクへの越境入学に難色を示していたのは娘を大事に思う父親としてより、外に出て働いている母ルッカへの夫としての体裁のためだったのだろう。
『何かあったら大変だ』という父の憂慮は、どこまでも夫としての領分から来るものであり、父としての発露とは思えない。娘を自分の目の届く場所で管理しておきたいという妻に対しての立場を優先してのものにしか見えなかった。
セキガクへの入学を決めたリコに対してルッカからの返答は『あら、そう』の一言のみ。それもスマホロトム越しでほんの1分未満のうちに終わった酷く簡素な家族通話1回きりのやりとりであった。
「にゃあお?」
「ん。起きた?」
リコの膝の上で寝ていたニャオハがバスの振動で目を覚ます。
その背を優しく毛並みに沿って撫でれば、ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「はぁー……」
ニャオハの放つ香りによって冷え切った家族関係のことなどどうでもよくなるような多幸感にリコが包まれる中、4台のバスはテーブルシティへと入っていった。
「あっ、アレ見て!」
「んー? うわ、マジ?」
バスが駐車場に到着すれば、下車したロイが指差す先には漆黒のバスが停まっていた。
ただ黒いだけならまだいい。リコたちが乗っていた貸切バスとは明らかにグレードの違う自家用車両然とした雰囲気の車体には、デカデカとエクシード社のロゴが貼り付けられていた。
その近くにはスーツスタイルの学生服にバスのロゴと同じ校章が刺繍された一団……!
「間違いない、エクシード学園の連中だ……」
ドットが呟く視線の中の一団には、紛れもなく練習試合で見た顔も混ざっていた。
「あ゛ぁ゛!? なンだよコラ!! 見せモンじゃねーぞ!!」
ピンクのツインテールが揺れ、ズカズカと歩いてくる。
確か、1年生のサンゴとか言ったか? 記憶の引き出しを探るので反応が遅れるロイの胸ぐらを、そのサンゴは掴み上げていた。
「うわわ、なにするのさ!?」
「人様のツラジロジロ見くさりやがって!! 1回練習試合で勝ったからってチョーシコイてんじゃねェぞ!? 弱小オニカスチームの分際でよォ!!」
「ガラルの学校の人たちがパルデアにいたら気になって見るに決まってんじゃん。離せよ、その手」
サンゴに投げかけるドットの言葉は分かりやすく火に油だった。
「あ゛ぁ゛!?」
「こちとら長旅で疲れてるんだ。キャンキャン喚かれると迷惑なんだよ、このチンピラ野郎!!」
「サンゴちゃん野郎じゃねーし!!」
『チンピラは否定しないんだ……』
サンゴの剣幕に対してドットが1歩も引かず互いにメンチを切る中でリコはつい苦笑いをしてしまう。
ロイの胸ぐらを掴み上げたままドットを睨み付ける中、サンゴの小さな体を背後から持ち上げてロイから引き剥がすのは巨体のオニキスだった。
「よせ。他校と揉め事を起こすな。これから合宿だというのに」
「離せ! 離せよコラ!! テメェからブッ殺すぞこのオニ木偶の坊!!」
「騒ぐな。余計な手間をかけさせるな。お前がどうなろうと知ったことじゃあないが、暴れ回られて出場停止にでもされたら俺たちが困るんだ」
四肢をバタつかせながら罵詈雑言を吐き散らかすサンゴをオニキスは気にすることもなく歩き出す。さりとてセキガクメンバーに対して謝罪することも特にはなかった。
最初から眼中になどない、というような無関心がありありと見て取れた。
「なんだよあのデカいの。まるでチンピラのピンク頭を怒らせたボクたちが悪いみたいな態度取りやがって」
「まぁまぁ怒らない怒らない」
いきり立つドットをアンが宥めにかかる。せっかく落ち着いたのにこちらから吹っかけに行かれたら元の木阿弥だ。
「申し訳ない、ウチの部員が迷惑をかけた。と、きみたちは……」
オニキスと入れ替わりにやって来て、黒と薄鈍色のツートンカラーの頭頂部を見せるように頭を下げる色男はエク学バトル部1年生部長のアメジオだ。
すぐにリコたちを先の練習試合で戦った相手であると思いだしていた。
「い、いえ! 僕が彼女を怒らせてしまったのが悪かったんです」
「いや。ウチのサンゴは少々自意識過剰なところがあって、なおかつ短気だ。きっとまた勝手な被害妄想を爆発させたに過ぎない。どう考えても落ち度はこちらにある話だ」
アメジオにロイも頭を下げては互いに手打ちとする。こうなってしまえばドットも引き下がるよりなかった。
「にしてもアンタも大変だね。あんなマルマインみたいな地雷女の面倒見なきゃいけないなんてさ」
「まぁ、うむ……」
それでもコレだけは、というようなドットのずけずけとした物言いに対して、チームメイトのことを庇い切れないながらもどうにかフォロー出来る部分を探しているところにアメジオの人の良さと、立場からくる悲哀をリコたちは感じ取っていた。
「ん。監督からの集合命令だ。それでは失礼する」
一部始終をエク学バトル部をまとめつつ遠目よりアメジオを認めるのはスピネル監督だ。
「共にオレンジアカデミーでレベルアップ出来ることを祈っている」
彼方よりの視線に一瞬苛立ちの表情を見せてから、アメジオはリコたちには爽やかな風を吹かせながら持ち場へと戻っていった。
「エク学っていろんな人がいるモンだねー……爽やかプリンスだったり、爆弾みたいな娘だったり、岩みたいなデッカい子だったり」
「あと顔はイイかもだけど絶対陰険な監督」
「アッハッハ! ドット言い過ぎ〜!」
ボソリと呟くドットにアンは腹を抱えて笑う。
「ねぇロイ。前にアサギ塾のウルトって子と知り合った時、何か変な感じだって言ってなかった?」
「え? あ、うん。なんだか、あの場以外であの子と出会う道があったかも、みたいな……」
「私も……それ分かるかもしれない」
去り行くアメジオの後ろ姿を見ながら、リコは言葉にし難い感覚を得ていた。
立場が違えば、今こうしているとはまた違った関係が展開されていたような、予感や予知とも違った感覚だった。
「むむ……なんだ? この感覚は」
そしてそれは、アメジオもまた感じていたものだった。
リコたちは駐車場から宿泊拠点とするホテルへ行き、制服からジャージに着替えてはそのままアカデミーへ入る。
「セキエイ学園1年生の皆さん! エクシード学園ポケモンバトル部の皆さん! ようこそお越しくださいました。私はここ、オレンジアカデミーで校長をさせていただいております、クラベルと申します。今回の交流を通し、是非パルデア地方の豊かな風土に触れ、皆さんのより良き成長のためのサポートとなりたいと心より願っております。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします。」
受付を通り体育館に集められれば、そこで物腰穏やかな老紳士の挨拶を受け、リコたちはクラベル校長に対し拍手を送った。
セキ学1年生の総数63人に対し、エク学バトル部はそれより少し多い80人ほどという、クラブ単位で考えればかなりの大所帯だ。少なくともセキガクバトル部と比べれば規模は段違いである。
その中でクラベル校長に拍手をしていたのはアメジオとそのお付きであるジル、コニアくらいのもので、それ以外は年寄りの退屈なスピーチと見下し、リスペクトを抱きはしなかった。
「さて、我が校の特色として個性あふれる素敵な先生方による楽しい授業はもちろんですが、遠く地方を超えてやって来てくださった皆さんに是非おすすめしたいのは2つ、1つは『宝探し』。もう1つは『テラスタル研修』です」
「宝探しと、テラスタル研修……」
「『何処へ行き、誰と出会い、何を為すのか』。パルデア地方を自由に冒険し、出会いや経験を通して、自分だけの宝物に巡り合う旅……それが宝探しという我が校自慢の課外授業です。このたび他地方交流にて来てくださった方々には、そのほんの一端だけでも感じ取っていただけたら幸いです」
「よーし! 宝探しでパルデア地方のポケモンたちをいっぱいゲットするぞ!」
ロイが元気いっぱいに意気込むのをクラベルは微笑ましく見てから話を続ける。
「もう1つのテラスタル研修は、文字通り座学と実技テストを通してテラスタルの技術を習得することでポケモントレーナーとしてのレベルアップに繋がることでしょう。ぜひ奮って参加してみて下さい」
「ホタちゃん先輩言ってたっけ。バトル部は全員テラスタルを習得してこいって」
そういえば、とアンが思い出す。
1学期を終え、夏休みを迎えればバトル部は全国大会出場を賭けた地方大会へ臨むことになる。部員全員のパワーアップとしてテラスタル習得は必須と言えた。
「ホタさんが言ってようとなかろうと関係ないさ。ボクは強くなるために必ずテラスタルを手に入れてやる」
ドットの静かな呟き、そこには確かな決意があった。
他地方交流の肝は、その2週間という期間を現地の学生たちと同じように過ごし、母校とは違った学習環境を通して刺激を受けることにある。
その中でセキガクバトル部の至上命題は『テラスタルの習得』だ。
テラスタル研修の行程としてはまず1日1回、計4回の座学を受け、その後に基礎テストから応用テストをクリアすることで初めてアカデミーから自分専用のデバイス『テラスタルオーブ』が支給される。
原則として座学で4日、実技で移動期間を抜きにしての1発合格となれば2日と、スムーズにいけば1週間以内での修了は可能となっていた。
クラベル校長からの歓迎スピーチを受けた後に解散し、日曜日であるのと渡航疲れがあるので生徒たちの大半はホテルへ帰り、体を休める流れを取った。
リコたちバトル部の4人も翌日以降の活動に全力を注ぐべく、休息を取るのを選んだ。
「アンたち大丈夫かなぁ……?」
「にゃあお?」
そうして迎えた他地方交流初日の6月2日、午前の授業1発目に最初のテラスタル座学を終えたリコは、ニャオハを連れ1人でテーブルシティの外へ飛び出していた。
『ぬぁ〜! 喉のとこまで出かかってるんだけど、答えなんだっけ〜!?』
アンは数学と理科、ドットは国語と社会の2教科、ロイは社会と数学、理科の3教科で中間テストが赤点であった。その補習としてわざわざカントーから遠く離れたパルデアの地で机に向かわされている3人を思いながら、リコは南3番エリアをロードワークのために訪れていた。
母への体裁のために過保護であろうとしていた父により、リコは実家のあるテーブルシティの外れより広がるパルデア中の景色などはテレビ画面を通してでもなければ滅多に見る機会はなかった。
1度か2度、祖母のダイアナがでんせつポケモンウインディの背に乗せて遠くまで連れ出してくれた記憶はあれど、それがどこかまでは定かではない。
どこまでも広がる草原を木陰から見せられながら祖母にはこう語られたものだった。
『怖いのは最初の1歩だけ。踏み出せば見たことない景色が広がって、怖かったことなんて忘れてしまうのさ。ポケモンと一緒なら大丈夫!』
リコは、母の放置に対してなんら口を挟んで解決に乗り出してくれるでもない祖母のこともいつしか好きではなくなっていたが、幼き日に語られたポケモンとのことは事実であると思えた。それが祖母への信頼度をまるっと高めるでもないのだが。
今思うに祖母と母は仲が良くないのだと思う。そうでなければ祖母はもっと家に寄り付いているはずであろうから。
その理由は当人同士の話でしかない以上推し量れるはずもない。が、2人の不仲のとばっちりを受けるのでは子供としてたまったものではないとリコは思えた。口には出さないだけで、言いたいことはいくらでもあるのだ。
「そういえばお祖母ちゃんからもらったペンダント、寮に置いて来たままだっけ……」
赤茶けた大地を駆け、彼方に見えるナッペ山を見ながらふと呟く。
入学祝いに祖母からもらった首飾り……バトル部に入ってからは大抵意識の外に追いやられている代物だった。
こうして思い出しこそすれど、そのことを殊更気にするつもりはリコにはなかった。
端的に言えば『どうでもいい』のだ。
「にゃお! にゃーお!」
「えっ、なに!?」
そんな物思いからリコの意識をニャオハは現実へと引き戻す。
ニャオハの視線をなぞる先には周囲を見下ろす高台の岩場から姿を見せる小さな影……
「ぼうッ!」
軽やかな身のこなしでニャオハの前に降り立つは、騎士のようなフォルムをしているひのこポケモンカルボウであった。
『クラベル』
60歳。オレンジアカデミー校長。
元々は研究員であったがとある事情から半ば強引に校長職に放り込まれた苦労人。
それでも生徒たちのことを思い誰よりも奮闘するナイスジェントルなのだ。