そのまま他地方交流におけるバトル部最重要ミッションであるテラスタル研修は基礎テストへ移るのであった。
「あっ、見えてきた!」
「うん! アレがセルクルタウン!」
テーブルシティ西門から出た先の南2番エリアに広がる荒野地帯。その中心部にあるのがセルクルタウン、リコがテラスタル研修において基礎テストを行うジムのある町だ。
「この辺りはかなり見ての通り干上がってるんだけど、そこを利用してオリーブ栽培を成功させて盛り上がってる町なの!」
「そうなんですか」
「あ、そういえばリコちゃんもパルデア生まれなんだっけ」
「はい。でも、今の初めて聞きました」
「そっか」
新しいお友達が出来て舞い上がっていた、と頭をかくビワの解説を受けるリコは、感心と同時に内心自嘲していた。
カントーの学校に越境入学しているとはいえ、パルデアこそ地元なはずなのにろくに名所も知らない体たらくであったからだ。
セキガクに行く前の自分は世間的には『箱入り娘』なのだろうとリコは思う。両親共働きで、両者それぞれに纏まった収入はあるにしろ所詮は一般家庭の範疇に過ぎない。
なにより両親が娘である自分に求めているのが『善き親の証明』でしかないならば、世間知らずのまま育ち、親の脛を齧るようになるくらいがむしろ都合がよかったのか? それでは実績解除のトロフィー扱いでしかないじゃあないか。
ふとしたことからこんな思考がぐるぐると巡るのが、パルデア滞在中のリコのメンタルだった。
「むきゃ! むきゃ!」
「ここのオリーブを使った化粧水の香りがこの娘のお気に入りなの」
「オシャレさんなんですね」
水先案内人として同行するビワが連れ歩きをするぶたざるポケモンオコリザルがセルクルタウンにいくとなれば終始上機嫌で、ポケモン図鑑が解説する生態にあるような暴れ放題ぶりは鳴りを潜めていた。
「にゃお〜ん……」
その頭の上にニャオハを乗せたまま、優れたバランス感覚により落とすことなく2人についてきている。
ビワがそれだけ大事にオコリザルを育ててきた熱心さをリコは感じ取っていた。
こうやって外の事象へ積極的に意識を向けなければ家族とのことで思考の渦を巻いてしまう自分にリコは嫌悪した。
「あらあら〜! いらっしゃ〜い! パティスリー『ムクロジ』店長のカエデです〜。あらら〜? 今はセルクルジムのシフトだったわ〜。いけないいけない。ジムリーダーのカエデですね〜」
「よ、よろしくお願いします!」
ミントグリーンの髪を左耳側へ流し、ひとつに束ねているその頬はうっすらとしたピンク色に染まり、左頬のほくろがおっとりとした彼女の印象にプラスαで残る。
薄いベージュのコックコートにベレー帽、焦げ茶色のエプロンを着用し、エプロンには蜘蛛の巣のようなマークがあしらわれている。
帽子や袖には虫の触角のような模様があり、道中のリサーチ通りむしタイプ使いであるアピールとしてのアクセントを見せながら、ジムリーダーカエデは朗らかな笑顔を携えリコとビワを出迎えた。
「カエデさんはパティシエさんで、お菓子作りがとっても上手なの!」
「え、そうなんですか!? ならテスト終わったらお店の方に行っていいですか?」
「あら〜嬉しい! あ、そうだ〜。テストに合格出来たら2人に好きなのご馳走しちゃおうかしら〜」
「ええっ!? い、いいんですか!?」
「えぇ〜。確かリコちゃんって言ったかしら。わざわざカントー地方から来てくれたんだもの〜。なにかおもてなし、してあげたくなっちゃいましたから〜」
「うわ〜! リコちゃん! 頑張って合格してね! 美味しいケーキのためにも!!」
「は、はい!」
カエデの申し出に鼻息をふんす、と鳴らすビワにリコも頷き返す。女の子にとって、スイーツとはやる気を引き出す魔法なのだ。
個人の嗜好として例外はあるにしても、少なくともリコとビワには当てはまる話だった。
「これよりテラスタル研修、基礎テストバトルを行います! 使用ポケモンは双方共に1体! 使用可能な切り札システムはテラスタルのみとなります!」
ジムトレーナーのヒロミツが審判コーナーに入り、試合の進行を行う。
屋外に設置されたバトルコートからは周囲に広がるオリーブ畑や荒野地帯を一望できる設計だ。
「ビビヨンちゃん、た〜んと召し上がれ〜」
ファンシーな色合いをした翅をはためかせながらりんぷんポケモンビビヨンにカエデは特製のお菓子を差し出せば、少し怪訝に見てから一口含み、
「びよん〜」
そこからはみるみるうちにガッツいては完食をする。
お腹が膨れて気をよくしたビビヨンは笑顔で飛び去っていった。バトルはおろか、カエデのポケモンということでもないらしい。
「口に入れて幸せなお菓子も、草木に潜むむしポケモンも、小さいけど大きな力を持ってます〜」
「なんとなくですけど、ビワさんやカエデさんのお菓子を食べたビビヨンを見たら分かる気がします」
リコにカエデは何度も頷いて見せる。研修に意識が向いてるばかりでなく、自分の語ることに耳を傾けてくれているのでフラットなメンタルを維持出来ていると判断をした。
「足を掬われないよう踏ん張ってくださいね〜」
「はい!」
センターサークルより互いに距離を取り、トレーナーサークルにて改めて2人は対峙する。
「リコちゃーん! 頑張って〜!!」
「むきゃきゃ、むきゃー!!」
バトルコートの端からビワとオコリザルが囃し立てれば、オコリザルの頭の上で依然ニャオハはぐでーっと伸びたままであった。
「そ〜れ〜! いきましょうねぇ〜」
「くまぁ〜!」
カエデが繰り出すのはこぐまポケモンヒメグマ。
むしポケモンの使い手だという触れ込みを聞いていたリコは少し面食らったが、繰り出すポケモンに変更はなかった。
「いくよ! イシツブテ!」
「らっしゃい!!」
薄茶色で、丸みを帯びたぬいぐるみのクマのような愛らしいヒメグマに対し、ゴツゴツとしたイシツブテが対面で睨み合う。
『ちゃんとタイプ相性はお勉強してきてるみたいねぇ〜』
チラと横目でリコを応援するビワ、彼女のオコリザルが頭に乗せたままのニャオハをカエデは見る。ニャオハの様子から、彼女はあくまでリコのポケモンであることを即座に見抜いていた。
くさタイプをわざわざ自分にぶつけてこないリコの判断を評価したのだ。
「サナギを破り、強く大きく育ちましょう〜!」
「い、いきなり!?」
カエデがモンスターボール型のデバイスを開幕早々取り出すのでビワは驚愕する。
彼女への印象から序盤は軽く様子見をしてゆくものとばかり思っていたのが大外れであった。
そもそもとしてカエデという人間は、周囲がイメージとして抱く通り温厚で天然な部分を持つ性格ではあるが、ことポケモンバトルとなっては好戦的な面が前に出るタイプであった。
「くまちゃ〜ん。テラスタルよぉ〜!」
「くんまぁ〜!」
カエデの投げ込むテラスタルオーブが放つ結晶エネルギーに包み込まれ、ヒメグマは蝶の触覚を思わせるむしのテラスタルジュエルを頭に被る。
そのまま一直線にイシツブテ目掛け走ってきた。
「イシツブテ、がんせきふうじ!」
「らっしゃい!」
ヒメグマを迎え撃つ構えのイシツブテはいわエネルギーを具現化させ、自身と変わらぬサイズの岩石を生成する。投げつけるも直接叩きつけるも自在の構えを取った。
「れんぞくぎりよ〜!」
「くまぁ〜…!」
テラスタルジュエルが輝き、ヒメグマの両手の爪が金緑色のむしタイプエネルギーを纏う。単純なパワーのみならず、リーチの拡張にもテラスタルは寄与していた。
「イシツブテ、ガード!」
「らーっしゃい!」
リコとイシツブテは『後の先』を取る形を選んだ。
がんせきふうじで生成した岩石を盾にし、反撃でそのまま盾に使ったのをぶつける算段だった。
『戦い方もゴリ押しでなく実に理知的……でも問題はこの後よ〜?』
両手の爪を構え、間合いに飛び込むヒメグマは×の字に両腕を振り下ろす。
テラスタルによりパワーアップしていたれんぞくぎりは、イシツブテが構えた岩石をまるでバターのようにあっさりと両断してしまった。
「らっしゃ!?」
「すてみタックル〜!」
「くンまッ!!」
岩石が切り裂かれ、守る物のなくなったイシツブテにヒメグマのショルダータックルが突き刺さる。
テラスタルの恩恵を受けてのむし技に加え、本来のタイプであるノーマル技のパワーも変わらず行使されていた。
「イシツブテッ!!」
すてみタックルで足元まで吹っ飛ばされるイシツブテ。
「不味い……!」
如何にいわタイプにノーマルタイプの技は効果今ひとつといえど、万全の防御を破ってから差し込まれるのは精神的なダメージが大きいとビワは思う。
「むきゃあ……」
オコリザルも不安そうに口元を両手で押さえていた。
『このままじゃ、やられる……!』
正直なところ具体的な打開策があるではない。ただ、このままやられるよりは精一杯の頑張りを見せるべきだとリコは右手にテラスタルオーブを取る。実技テストに合わせてアカデミーより一時的に貸与されたものだ。
「ら、らっしゃ〜い……!」
「イシツブテ、私たちのできることを全部やろう!」
意を決したリコがオーブを突き出した時、イシツブテも両手を天に突き上げた。
「らっしゃぁぁぁぁぁい!!」
シャウトとともにイシツブテの全身が光に包まれてゆく。
「こ、これは!?」
リコのオーブはまだ投げ込まれてはいない以上、テラスタルでないのは分かる。
となればカエデもビワもイシツブテが放つ光の理由として導き出す結論は同じだった。
「イシツブテ……!?」
0.4mほどの岩の球体ボディがみるみるうちにサイズアップし、一気に1m級へとなった大岩ボディへからは、足が生えたほかに腕も4本に増えている。
「いらっしゃ〜い!!」
がんせきポケモンの分類はそのままに、イシツブテはゴローンへと進化したのだ。
「わ、わぁー……!」
「にゃおお……?」
イシツブテの進化に目を輝かせるリコ。
そんな主人の表情にニャオハはムスッとしながらオコリザルの頭より飛び降り、身軽な動作で降りる。
ジトリとした目つきでゴローンを見る。あからさまにニャオハは嫉妬していた。
「あらあら〜、なんてタイミング。でも……!」
言いながらもカエデは攻め手を緩めない。ヒメグマも再度両爪にむしタイプエネルギーを纏わせ、ゴローンへ迫る。
「れんぞくぎりは使えば使うほど威力が上がるわよ〜」
「くぁまぁ〜!!」
小さな1発の積み重ねで巨体を打ち倒そうとヒメグマの爪が突き立てられる。
「いらっしゃーい…!」
が、進化して厚みを増したゴローンのボディにはテラスタルで強化されたヒメグマの1発も通らない。
タイミングよく腕に掴まれてしまった。
「いくよゴローン!! 満開に輝いて!!」
今こそ、とリコはテラスタルオーブを投げ込み、結晶エネルギーにゴローンは包まれてゆく。
「テラスタルッ!!」
「いらっしゃぁぁぁ〜い!!」
茶褐色の古代遺跡を思わせるいわのテラスタルジュエルをゴローンもまた被る。
新たな力の象徴、さながらティアラの輝きが、ゴローンにこれまでにない力を与える!
「いわおとし……いや! ロックブラスト!!」
「しゃらあああああッ!!」
進化したのはポケモンだけではない。イシツブテ時代に覚えていたいわおとしもまた、より強力なロックブラストへとパワーアップしていた。
左手で受け止め、捕まえたヒメグマに右拳の連打を浴びせかける。
「くぅまぁ〜ッ!」
元より体格差で逆転され、さらにはテラスタルのタイプ変更によりむしタイプとなっていたのがまずかった。
岩石そのものであるゴローンの拳は効果抜群の形で突き刺さり、吹っ飛ぶヒメグマは空中で一回転半して頭部をフィールドに強打。そのまま倒れ込み、テラスタルジュエルも消失。エネルギーは完全に霧散してしまった。
「ヒメグマ、戦闘不能! ゴローンの勝ち! よって勝者、リコ選手!!」
「か、勝った……!!」
ジムリーダーとは対戦相手に合わせて繰り出すポケモンのレベルや、自身の駆使する戦術を調整するものであるというのはホタル副部長から聞かされていた。
こうやって戦ってくれたカエデの実力も、実際の本気から見れば100%中20%もあればいい方なのだろう。それでも、『バトルに勝った嬉しさ』はひとしおだった。試合という形でポケモンバトルをプレイしたのもエクシード学園との練習試合以来であるからだ。
「あ、ありがとうございました!」
勝ち名乗りを受け、リコはペコリと頭を下げる。
「くまちゃん。お疲れ様〜」
倒れたヒメグマをボールへ戻し、カエデはゆっくりとセンターサークルへ歩を進める。
リコも駆け足でそれに倣った。
「お疲れ様でした〜。それじゃあ早速だけどテストの結果、発表しちゃいますね〜」
リコもビワも息を呑む。
実技テストの合否はジムリーダーの裁量に委ねられており、バトルの勝敗そのものが結果に直結するわけではない。
早い話が負けても合格となるのと同様に勝っても不合格となる可能性もあるのだ。
「基本的なポケモンのタイプ相性理解、ポケモンの性質に合わせた戦術選択、劣勢に立たされた時の精神的強靭さ、そして試合中の進化というハプニングにも対応し、ここぞ! というタイミングでのテラスタルを行える判断力……どこを取っても文句なしです〜」
「じゃ、じゃあ……」
「はい〜。もちろん、合格です〜」
「やったぁ〜〜〜ッ!!」
テストを受けた本人以上に喜びを爆発させながらビワが快哉し、本人以上に喜びを爆発させてはリコの体を持ち上げクルクルと回る。
「わわ? わわわ!?」
軽く持ち上げられたリコはアカデミーの制服の袖から覗く隆々とした腕の筋肉の脈動を感じながら、ビワが心の底からテスト合格を祝福してくれているのを感じ取り、笑顔になった。
「いらっしゃあ〜い」
「にゃおん」
そんな主人をよそに、進化して大きさの違いから見下ろす立場となったゴローンに、ニャオハは憮然とするよりなかった。
『カエデ』
35歳。セルクルジムのジムリーダー。キャッチコピーは『お菓子の虫』。
町のパティシエもやっているほんわかお姉さんでスイーツ作りの腕はもちろん絶品。
テラスタルを使いこなすむしタイプのエキスパートだ。