リコは、バトルの中にポケモンとの絆を深める術を見出してポケモンバトル部の一員となるのであった。
ポケモンバトル部に入部したリコの放課後は翌日5月8日より慌ただしいものとなった。
午後の授業が終わればすぐにアンと寮へ戻り、ジャージに着替えて校門へと向かう。
バトル部の基礎練習としてセキエイ高原を下ってトキワシティを経由し、その北部にあるトキワの森までのロードワークが始まるからだ。
セキエイ学園の時間割としては原則以下の通りとなっている。
8:30 朝礼
8:50〜9:40 1時間目
9:50~10:40 2時間目
10:50〜11:40 3時間目
11:50〜12:40 4時間目
12:40〜13:40 給食、並びに昼休み
13:40〜14:30 5時間目
14:40〜15:30 6時間目
放課後の時間帯は学年や学科ごとの授業日程により違ってくるが、全員普通科に通うバトル部は大体が早くて5時間目の終わり、遅くとも6時間目の終わりとなる14時半から15時半の辺りには練習開始であった。
「来たな。紹介しようリコ。ボクと同じ2年のキラリだ。生徒会の会計も兼任していて、そっちの都合で練習には遅れたりいなかったりすることもあるがウチの頼れるデータマンだ」
「キラリ先輩ちーっす!」
「昨日入部したリコって言います! よろしくお願いします!」
「……よろしく」
ホタルの紹介から後輩たちの挨拶を受けるのは濃紺の髪を水色の髪留めでポニーテールで後ろに纏め、瞳の色と同じピンクのリボンを左こめかみ部の髪へ巻く女子で、アンとリコへ言葉短に返事をする。
「口数が少ない分余計なことも言わないタイプだ。分からないことがあればなんでも聞くといい」
ホタルのフォローにほんの一瞬だけキラリの表情が和らいだようにリコには見えた。存外仲良くやれるタイプなのかもしれない。
「……」
リコの練習初参加ということでの顔合わせに混ざることなく、ドットはジャージ姿で準備運動を黙々と済ませる。
「あっ、ドット! 今日からよろしくね」
「お喋りする余裕あるんならさっさと準備しなよ」
ぶっきらぼうな物言いにアンは、ドットが昨日のバトルのことを気にしているのかと思う。
バトル練習では同じ1年生同士、仮入部期間からずっと自分相手に勝ってきたドットからすれば、タイプ相性の差こそあれど同じ1年のリコに負けた事実は腹立たしいのだろう、と。
「う、うん」
態度はともあれ言ってること自体はドットが正しい、そう思ってリコは準備体操に移る。
昨日の時点では自分は確かに部外者で、入部してきてすぐに仲良くしろと言う気はリコにはない。ただ、それにしてもやはり無愛想に過ぎるドットの対応に段々と釈然としないものが湧き上がってくるのもまた事実だった。
『なんか……距離感あるかも』
リコとドット、あまりよろしくないファーストコンタクトからチームメイトとなった2人に、アンはほんの少しだけ戦々恐々とする。
「やっほー! おほっ、リコちゃ〜ん!!」
ほどなくマフィン部長も合流し、基礎トレーニングスタートとなった。
「ファイオー! セキガク! ファイオー! セキガク!」
「お前が1番遅れてるんだよポンコツマフィン!!」
「ふぃ〜」
ご機嫌な声出しとは裏腹に、全身汗だくでガタガタな走行フォームの無様を晒し、ぶっちぎりの最後尾を走るマフィンへ先頭を走るホタルが怒鳴っていた。
彼女の足元にはパートナーのむすびつきポケモンニンフィアが並走する。
「まふぉ、まふぉ、まふぉ」
ホタルの隣でキラリは涼しい表情のまま走り、その傍らにはパートナーのキツネポケモンマフォクシーも続く。
「にゃにゃにゃーお!」
「ニャオハ、元気いっぱいだね!」
「リコ、だいじょぶそ?」
「うん!みんなゆっくりめのペースにしてくれてるみたいだし、なんとか」
ホタルとキラリの先頭集団にリコ、アン、ドットの1年生組と、そのパートナーたちも追従していた。
ニャオハなどはミジュマルやクワッスより軽快に走り続けている。
学園の外の景色がいい刺激になっているようでリコもニャオハを見て嬉しくなった。
『こいつ……!』
面白くないのはドットだ。
昨日の今日で入部をし、早々に練習参加という状態で学園からトキワの森までを往復するロードワークを取り入れた基礎体力トレーニングに平然とついて来れるリコは想定の範囲外であった。
入部して最初の内は、自分もアンも先頭集団から遅れるのが普通だったことを考えると、リコの体力は1ヶ月分の差をまるでないものとしてしまうほどに2人より頭抜けていると考えるよりない。
「……ホタル」
「あぁ。そうだな」
キラリに答えるホタルとしても、別段ペースを意図的に落としてなどはいなかった。新入部員1人のために全体単位の配慮をして練習の強度を落としては本末転倒なのだ。現にドベのマフィンの姿はもう見えない……。
走行スピードによる負荷を一定の分量かけ続けることで心肺機能を鍛錬し、ポケモンバトルに不可欠なトレーナー側のスタミナを強化する目的としてこのロードワークはあるからだ。
『リコは、ボクたちが思っていた以上に掘り出し物かもしれないな……マフィン』
「ぜぇ〜……! ずぇ〜…! ファイ、オゥ、セキガクぅ〜……!」
初日から苦も無く練習についてくるリコにホタルが期待を胸に浮かべる中、当のマフィンはずっと最後尾から、行きの段階で体力をほとんど使い果たす有り様だ。
ホタルからすれば、どうしようもない虚弱体質としか言いようがない。
「よし! 2人1組で先当て形式のバトルトレーニング! 負けた方はその場で腹筋、腕立て、背筋を30回ずつ! 勝った方は学園までダッシュでそのまま解散!!」
「「はいッ!!」」
「ウス」
鬱蒼とした森林内部にてホタルは立ち止まり、皆に指示を飛ばす。
リコとアンが元気よく返事をし、ドットが少し遅れて低い声を絞り出す。
ドットがこの手のノリに合わせづらいのは生来からのものだ。
同時にニンフィアはキラリのマフォクシーと間合いを取り、臨戦態勢に入っていた。
「リコ! あたしが相手だ!」
「アン! うん!」
息を整え、額の汗を拭いながらリコとアンが対峙する。
「にゃおん……!」
「みぃじゅう……!」
ニャオハとミジュマルも互いの動きに神経を傾ける。
『先当て形式』とは、読んで字の如く先に攻撃をクリーンヒットさせた方が勝ちというルールだ。
リコは事前にアンからバトル部の練習内容をおおまかながら聞いており、流れとして頭に既に叩き込んでおいた。
「フン……」
1人余った形のドットは仕方なくリコとアンのバトルを見るよりなかった。未だ最後尾のマフィンが追いついて来ないからだ。
「ミジュマル! シェルブレード!!」
「みじゅうま!」
お腹の貝殻『ホタチ(帆太刀)』を手にミジュマルは走れば、そのホタチからみずエネルギーの刃が伸びる。
「ニャオハ、バックステップ! ミジュマルに近づかせちゃ駄目!」
「にゃおおう!」
しなやかな身のこなしでニャオハは斬撃を回避する。
身軽さを見せるニャオハのフットワーク、その着地際こそが、アンの狙い目であった。
「みずでっぽう!!」
「ッ!」
「みじゅぶしゅうううッ!!」
ミジュマルは口から水流弾を発射する。くさタイプのニャオハにはさして大きなダメージを与えられないだろうがこの場においては問題ない。先に当てた方が勝ちというルールであり、そういった戦術面の開拓もまた、ポケモンバトルには必須であるのだから。
「一か八か……ニャオハ、このはッ!!」
「にゃおおおうッ!!」
主人の声からすっかりと『おもねり』が消えた、それはニャオハにとっていい傾向だった。
1ヶ月前、ボールの中より自分を出し、目の当たりにしたリコの感動に打ち震える目に対し、そこまで悪い気はしていなかった。ただ、その視線にはあくまで愛玩動物に向けられた庇護の意識がない混ぜになっていたのがどこか気に入らなかった。
そこからリコがリコなりにアプローチを重ねてきた中で、昨日ついに糸口を見出してくれた。真剣勝負で勝利を目指すことこそがニャオハと心を通わせ、絆を深める近道であると知ったのだ。
そのためにリコは、ポケモンバトルへ本気で向き合う決意を固めていたのだ。
リコの決意の程にニャオハの興味はない。ただ主人が望むのならばそのために戦うのみだ。気まぐれであるが気位を高く持つ彼女なりにリコのポケモンとしての矜持がそこにあった。
「うッ!?」
ニャオハがこのはを強行するとなり、アンは内心勝利を確信していた。
昨日見ていたドットとのバトルからして、発動されてしまえば脅威だろうが、技としてはパワーを集中させる時間がどうしてもかかると踏んだのだ。
このはが放たれる前にみずでっぽうが命中する、そう思っていたのだが……。
「このはのパワーをバリア代わりにしたのか!」
ドットは口走ったがそれだけにとどまらないとすぐに理解する。
「ニャオハ、ジャンプ!」
くさエネルギーの防壁に阻まれ霧散する水流弾に気を取られ、ニャオハの跳躍にアンの反応が遅れる。
「くッ、シェルブレードッ!!」
アンの指示は通る。が、アクションとして反映までには至らなかった。
「みぃじゅう……!」
ニャオハは太陽光をバックに跳んでおり、まんまと後光を受け視界を封じられてしまったからだ。
「目眩しッ!?」
「ひっかく!」
「にゃあおんッ!」
指先の爪を急降下と共に振り下ろせば、眩しさのために反射的に日除け代わりになっていたホタチへとヒット。
ミジュマルはたまらず尻餅をついてしまった。
「か、勝てた……!」
「くぅ〜ッ!! まさかこのはにあんな使い方があるなんて〜ッ!!」
悔しがりながらアンはその場に仰向けに寝転がり腹筋からスタートする。
ミジュマルが申し訳なさげに主人の側まで行くのを微笑ましく見るリコの後ろから濃紺の気配が声をかけた。
「……リコ」
「キラリ先輩」
「……行こ」
「はいっ」
容姿から来るイメージ通りの涼やかな声に振り向けば、キラリの背後でホタルがペナルティーをくらっていた。
その隣ではようやく追いついてきたマフィンにやられたらしいドットも筋トレをしている。
「にゃあご」
そんな2人を見ていると足元からニャオハがひと鳴き。キラリがすでに走り出しているのを教えてくれた。
慌ててリコは先輩の後を追い走り出す。このまま寮に戻ればそれで今日の練習は終了。コレが、セキガクバトル部における普段の練習風景だ。
セキエイ学園の学生寮であるニドリーノ寮、ニドリーナ寮は共に門限を春季から夏季においては20時、秋季から冬季は19時としており、原則この時間帯に合わせて部活動に勤しむ生徒たちは帰寮する。
全国区として非常に高い影響力を持つ野球部などは部単位で寮や学校へ働きかけをして融通を利かせているようだが、リコたちポケモンバトル部にはそれは不可能であった。弱小部故の悲哀だ。
女子生徒の為のニドリーナ寮にある食堂にて、リコはバトル部の面々と夕食にありついていた。
そんなリコの前に、ホタルはドン、とどんぶりを置く。
直径21.5cmに高さ8cmの大盛りラーメンサイズで、そこに山盛りの白米がホカホカと湯気を立てている。
「ポケモンバトルは体力勝負。ボクたちの仲間になった以上は体づくり……いわゆるトレーナー・マッスルの構築のためにこれから毎食3杯はいってもらうぞ」
読めていた流れでこそあったが流石に実物を見せられリコは面食らった。4月の半ば辺りにアンが同じどんぶりを持っているのを知っていたからだ。
ポケモン社会においてトレーナーがポケモンを強く鍛えるのは当然として、そのためにトレーナー自身が心身を鍛え上げるのも必要不可欠である。
心の面は『トレーナー・メンタル』、身の面は『トレーナー・マッスル』として扱われ、それらのバランスがバトルを有利に進めるためには必須であるとホタルは言うのだ。
食事もまた、トレーナー自身を鍛えるトレーニングの場であった。
「……ふりかけにお茶漬け、たくさんあるから遠慮なく使って」
キラリがバラエティ豊かなパックをテーブルの真ん中に置いている。
「あ、ありがとうございます。あ、あはは……」
少なくとも食堂から出るおかずが枯渇してもご飯の味変には困らなさそうだ……そうリコは苦笑いするよりなかった。
「にゃおん」
ある意味練習より大変な食事トレーニングに直面する主人の足元で、ニャオハはマイペースにポケモンフーズを齧っていた。
「ううっぷ、体が重い……」
「あたしも最初そうだっからねー」
部屋に戻り、ボフリとベッドに頭からダイブするリコをアンはカラカラ笑いながら雑にベッドであぐらをかく。
4月中ずっとニャオハの気まぐれに振り回され、学園中を走り回っていたからか、体力こそ元から豊富だったリコだが、流石に食事量の急な増加にはグロッキーにさせられてしまった。
夕食終わりの道すがら共用ランドリールームに立ち寄り、空いていた洗濯機に2人とも着ていたジャージをぶち込んで今は機能性重視……というよりは機能性以外に取り柄も可愛げもロクにないスポーツブラとショーツだけのいわゆる下着姿だ。
女子寮で同姓同士、練習疲れもあり何を気にする必要があろうかという話だった。
入寮時から感じていたアンのズボラさに難色を示す権利すら、今のリコにはない。
「にゃお〜」
「色々大変だけど……なんだか、楽しい」
草木の香りが鼻腔をくすぐれば、ニャオハが顔の近くまで来て喉をゴロゴロと鳴らす。
うつ伏せなまま気まぐれな相棒へ顔だけを向け、リコは顎下を優しく撫で回した。
10年間の人生の中で感じたことのない疲労感と、この先の部活動への期待感でその口元には笑みが浮かんでいた。
『マフィン』
12歳。セキエイ学園3年1組所属。
ポケモンバトル部部長でキャプテン。男子だが女子の制服を着ている。
体力はからっきしで部の管理は副部長のホタルに任せっきりにしているがここぞという場面のキャプテンシーは天下一品。
CV想定は村瀬歩さん。