SEKIGAKU DIARY   作:nami73

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 団体戦の決着をつける控え戦にアメジオは臨み、見事勝利を収めた。
 リコとアメジオは全国大会での対決を誓い合い練習試合は幕を閉じるのであった。


念願のパモ

 スター団との練習試合から翌日を迎えたリコは、アンと一緒に林道と海岸線で構成された『コサジの小道』を訪れていた。

 事前にしていたリサーチ通り、パルデア地方の公認ジムは土日祝日に関してはリーグ挑戦者のみに受付を絞っており、テラスタル研修などそれ以外の目的に対応した営業は行っていなかった。

 制度上の問題な以上こればかりはどうにもならない、とアンに誘われ、応用テストに向けての自主トレに付き合うことにしたのは昨晩寝る前の雑談でのことだった。

 

「どこかなぁ〜? どこにいるのかなぁ〜?」

 

 テーブルシティのホテルから出発し、ロードワークで到着してすぐアンはあちこちの草むらを回り始める。

 

『ね、パモって見たことある?』

 

『うん。すぐ逃げられちゃったけど……』

 

『いいなぁ〜。あたし、カントー地方の外に行ったことないんだよねー』

 

『私も。パルデア地方の外、出たことなくて、これが初めて』

 

 ジャージの膝が汚れるのも構うことなく四つん這いとなり、頭から草むらに突っ込むアンの姿に、入寮してすぐにした会話をリコは思い出す。

 ロードワークがてらにパモをゲットしに行くというアンに付き合うことにしたのはいいが、今現在のリコは正直気が気でなかった。

 

『あの人は大体家とプラトタウンにある画材のお店を行ったり来たりくらいしか外出しないから、この辺りには来ないはず……』

 

 リコの父親アレックスは絵本作家である。仕事の関係もあるのだろう、その行動パターンは一貫していた。

 幼い自分への食事を用意する以外は基本的に書斎へ引きこもり、外に出るのはネタ探しや気分転換を兼ねて画材調達に出かけるくらいのものだった。お気に入りの画材が置いてあり、贔屓にしている店がプラトタウンにあるのだ。なんでも手触りが違うのだとか。

 リコも何回かおつかいとして画材を買いに行かされたことがあったのでその際に店主より父の話を聞いたのであり、父から直接画材へのこだわりを聞かされたわけでもない。

 父は、見た限りほっそりとした体つきに穏やかさとひ弱さが混同している容姿で、人と争いごとをするようなイメージからはかけ離れている人物だと思う。実際、父が声を荒げるところなど少なくともリコは見たことがない。

 母との馴れ初めや、結婚して自分が生まれるまでを語ってくる表情はなんとも誇らしげで、真実母を愛していることはリコにも分かる。

 リコは、アレックスが自分に対して過保護なまでに優しく、手元に置くことにこだわるのは母への体裁もあるが、もっと突っ込んだ解釈をするならば『自分がルッカに……愛する妻に似た容姿を受け継いでいるから』なのだろうと思っていた。

 だからこそセキガクへの進学を訴えた際、その発想自体には深い感銘を見せながらも寮に入ることには難色を示し続け、自宅からの登下校を勧めてきていたんだ、と。

 パルデアに来てからというもの、気付けばこうやってよろしくない方向へと家族のことが頭に浮かぶ。その思考のスタートラインは、いつも遠ざかる両親の背中から始まった。

 パルデアを飛び出し、リコなりに外の世界を見聞してゆく中で深まる両親への思いというのは、日増しに後ろ暗いものとなっていった。

 父にとって自分は『大好きな妻であるルッカからの預かり物』であり、『ルッカの面影を引き継ぐ代替物』に過ぎないのだ。

 父は、この髪や、瞳を通して自分に母の面影を見ているのだ。

 ならば、とリコは考える。

 父親似で眼鏡をかけた冴えない顔付きだったり、いっそ男の子として生まれてきたならば何か変わったのだろうか……? なんならどちらにも似ていない方がマシだったのでは……?

 もっと言えば、生まれて来なければこんな苦しい思いも……。

 

「にゃろてん?」

 

 思考の渦に呑まれ、意識が沈澱しそうになったリコの意思を呼び止めたのはニャローテだった。

 

「ん。ううん。大丈夫」

 

 『ポケモンと一緒なら』……そう語っていた祖母の言葉の真実味をリコは噛み締めた。だからといって祖母を尊敬するかは全く別問題だが。

 

「あっ、いた〜!」

 

「ぱもぱも〜!」

 

 そんなリコの中の思案は、アンの大声であっという間にかき消されていった。

 お目当てとしているねずみポケモンパモを見つけたようだった。

 

「ぱんも!」

 

「おッ!」

 

 草むらから飛び出し、オレンジのふかふかとした体毛で膨れたずんぐりボディで身構えるパモとアンが対峙する。

 パモは、四つ足で構えキリリと表情を引き締めていた。

 

「逃げないんだね」

 

「ぱんもぉ!」

 

 パモは四つ足で構えたままアンを見上げ、戦う顔をしながら睨み付けている。

 アンとしても相手が逃げ出すというならば無理に追い回すつもりはなかった。

 野生のポケモンにも心があり、たとえ人に見つかったとしてもゲットされるのを嫌がるならば逃げの一手で立ち去るのみである。

 野生で生きる選択をし、ボールを構えるトレーナーに出会して即座に逃げないというのは、暗に『ゲットされたならばそれはそれ』という認識をポケモン側も大なり小なり抱いている証左なのだ。飯と寝床を提供してくれるならば、基本的に彼らは主人に従う性質をしている。

 少なくともパモにとって、ゲットされる可能性を考慮した上で対峙する選択を取ってもいい程度にはアンへの初対面での印象は悪くなかったのだろう。

 

「アン、頑張って!」

 

「オッケー! やったるもんね!」

 

 後ろから見守るリコに鷹揚に返すアンがボールを放り投げれば、

 

「ふぅ〜たッち!」

 

 出てくるフタチマルを前にパモは両手の肉球で頬を撫で回し始める。

 その様子にリコはまずい、と思った。

 

「アン!」

 

「分かってるって! まぁ見てて」

 

 まぁまぁ、とアンはリコを制する。

 パモが頬を撫で回すのは、未発達な電気袋を刺激することで放電機関である前足から電撃を放つ為だ。

 みずタイプのフタチマルはでんきタイプの技に弱く、このままでは効果抜群のダメージを受けてしまう……。

 

「ぱんも〜!」

 

 頬の電気袋を起動させ、パモは両手から電撃を発射する。でんきショックだ。

 

「チャンスッ!!」

 

 アンは素早くボールを構え、フタチマルを回収する。

 急いで投げ込む別のボールから飛び出す影がでんきショックを受ける形となった。

 

「あ、そっか」

 

 ここでリコはアンの狙いを理解した。

 

「こじょーう!」

 

 でんきタイプの技はじめんタイプには効果がない。

 パモのでんきショックがじめんタイプであるサンドに効かないのはタイプ相性の道理であった。

 

「ぱも!?」

 

「隙アリ! サンド! じならし攻撃!!」

 

「こじょこじょこじょ!」

 

 ボールから姿を現し、着地と同時にサンドは両足に力を込める。

 

「ぱもぁ!?」

 

 サンドの足元から放たれた地面の揺れを受け、パモは盛大に尻餅をついてしまった。

 ただ転んだだけではない。地面を通してじめんタイプエネルギーを叩き込まれたことで効果抜群のダメージを受け、起き上がれなくなっていた。

 

「今だッ! モンスターボールッ!!」

 

 アンがボールを放り投げればパモの額にコツンと当たり、赤い光の中に取り込まれボールの中へ収まってゆく。

 

「ううう……!」

 

 パモを押し込み、揺れるボールにアンはついつい両拳を握り、息を呑む。

 

「こじょ……」

 

 ボールの動きが止まらない以上、サンドも臨戦態勢を崩さぬままだ。

 

「……!」

 

 見守るリコがゴクリと生唾を飲み込んだところで、3度目の揺れとともに、ようやくボールの動きが収まった。

 

「や、やったー!! パモゲットー!!」

 

「こじょじょ〜!!」

 

「やったね! アン!」

 

「ん! やったやった!」

 

 アンがリコの手を取り、両手繋ぎでくるくると回る。喜びのダンスだ。

 

「っと……出ておいで」

 

 ひとしきり喜んでからアンはパモをボールから出す。

 

「ぱも?」

 

「パモ。これからよろしくね!」

 

 パモの体を持ち上げ、同じ視線でアンは語りかける。

 

「ぱんも!」

 

 自分が歓迎されていると感じたパモは笑顔を見せ、右手を上げる。

 上手く意気投合をし、白い歯を見せ合うアンとパモの明るい笑顔がそっくりだとリコは思った。

 

 

 

 手持ち無沙汰な土曜日をトレーニングで消費していたのはリコとアンだけではない。ドットにロイもまた、それぞれテーブルシティを飛び出して特訓に励んでいた。

 

「きゃ〜〜〜!!」

 

「ん?」

 

 ハッコウシティより南西に位置する東2番エリア、彼方に大都市の威容が見える廃墟の影より飛び出す濃いピンク色のポケモンが、仮面のように見える顔の黒い羽毛と、目の周りにある白い模様が特徴的な小さい鳥ポケモンの群れに追われているのがランニング中のドットの目に止まる。

 

「……逆じゃあないのか?普通は」

 

 得物を持って泣き叫びながら逃げ惑うピンク色のポケモンはかなうちポケモンカヌチャンで、群れでカヌチャンを襲うのはことりポケモンココガラだ。

 カヌチャンが成長した先の最終進化系であるデカヌチャンは、ココガラの最終進化系であるアーマーガアを狙って狩りをする習性だと遠い昔に見たポケモン講座の内容を思い出す。

 その習性故に進化前に痛めつけてしまおうというココガラの群れは、発想としては自然に思えた。

 

「……ぐるみん! 10まんボルト!!」

 

「ぐるみいいいいいん!!」

 

 野生ポケモン同士のいさかいに人間が介入するのがよくないのは百も承知のことだった。それは、お月見山でリコに対して誰あろうドット自身が投げかけた理屈だ。

 

「くぁ!?」

 

「かかぁ〜!!」

 

 だがドットは、気付けばぐるみんを繰り出し、ココガラの群れを追い散らしていた。

 

「かぁ……きゃあ……!」

 

 涙目でこちらを見上げるカヌチャンの得物は、通常の個体が持つ小さくも確かな重みを感じるハンマーではなく、変形した粗末なワイヤレスマイクだった。

 生態として知られている武器を作るだけの金属すらろくに確保出来ない身の上であるのがなんとなく分かる。

 

「……あいつらはまたやってくるし、お前を見つけたらまた襲ってくるぞ。それが嫌なら強くなるしかない」

 

「かぁ……かぁ〜〜〜!」

 

「な、泣くなよオイ……!」

 

 危機が去り、ドットに語りかけられたのでまた泣き叫ぶカヌチャン。

 このままこの娘を放置すれば、いずれそう遠くないうちに他の野生ポケモンの手にかかり食物連鎖における『食われた側』として自然に還ることになるだろうというのは明らかだ。

 

『こんな弱いやつ、ゲットしたって戦力になるわけないんだよな……』

 

 心の中で呟いてからドットはハッとする。

 憧れのスター選手である『マサラタウンのサトシ』は、『弱い』と人になじられ、捨てられたポケモンも分け隔てなくゲットして仲間に加え、鍛え上げることで立派な強いポケモンへと育て上げた話がたくさんあることを思い出したからだ。

 目の前の泣き虫娘をステップアップ、いわば試金石代わりとする打算的なゲットに思うところはないではない。

 だが憧れの人と同じことを始められるという高揚が、ドットの中で上回った。

 

「……おい」

 

「かかぁ?」

 

 カヌチャンに呼びかけるドットは片膝を突き、空きのボールを差し出す。

 

「お前にその気があるのなら、ここから連れ出してやるよ。ただし、ボクが戦うやつらはあんなチンケな群れとは比較にならないくらい強くてやばいんだからな」

 

 憧れはあれどドットもまた現実は見えている。

 先輩たちが目指し、昨日リコが啖呵を切った『全国制覇』……気に入らないリコの前で口にしたくはないが、ドットも気持ちとしては同じくしており、正直胸がすく思いをしていた。

 自分についてくるのも、この住処に残るのもどちらも厳しい道であると説くのは、ドットなりの誠意だった。

 

「かぁ……きやあ!」

 

 あとは自分の気持ち1つ、そう察するカヌチャンはドットの顔をじっと見つめ、意を決した。

 

 ポヒュウ! 自らの意思でボールの開閉ボタンを押し、中へ収まってゆく。

 カヌチャンの入ったボールは定例的な3度の振動ののちに動きを止め、ゲットは完了した。

 

「ふー……コレで4体目、か」

 

 立ち上がり、空を見上げながらドットは大きく息を吐く。

 野生で生きる強者……とはとても呼べないカヌチャンをゲットした。

 これからこいつを鍛えて強くしていくんだという決意とは別の、なにか『収まるべくして収まった』ような不思議な感覚の正体は、ドットには分からなかった。

 

 

 

「いいなぁ〜アンもドットも! 僕も新しい子ゲットしたかったなぁ!」

 

「まぁ、こういうのって『巡り合わせ』があるって言うし……」

 

 アンがパモを、ドットがカヌチャンをゲットしたことを羨ましがるロイにリコは言葉をかける。

 土曜日が過ぎ、日曜日もセキ学バトル部の1年4人衆の日中は変わらなかった。それぞれに自主トレに励んでいたのみだ。

 違いがあるとすれば夕食どきの19時を前にして、フリードに誘われテーブルシティにあるファミリーレストラン『バラト』に集まっていたことだ。

 スター団相手の練習試合に勝利したご褒美として奢りだと言うので遠慮なくお言葉に甘えることにした。

 

「にゃろん」

 

 リコたちの足元では既にバラト謹製のポケモンフーズを振る舞われ、ポケモンたちはディナーを楽しんでいる。

 

「おっ、そろそろだぞ」

 

 フリードがスマホロトムの時刻を確認する。

 19時ちょうどとなり、店内に設置された巨大なモニターが、ナイター中継に切り替わっていた。

 

 

 




 『ルッカ』
 30歳。学校教師。
 リコの母親。パルデア地方の学校、ハッコウスクールに勤務している。
 仕事をこよなく愛しているキャリアウーマンである。
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