ネモが先手を取るもダンデは百戦錬磨、勝敗はまだまだ予測不可能であった。
装飾的な仮面を着用し、首周りから後方にかけてもマント状の体毛を伸ばし、さらに襞襟じみた形に花びらを咲かせる煌びやかな獣人型のフォルムをしたポケモンだった。
腰回りの毛はスカートのように広がり、脚部も仮面やマント状の部分と同じ深い緑色をしていてタイツを思わせる。
人工的な雰囲気を漂わせながらもその分類通り派手な容姿をしたポケモンの全身あちこちには、つららばりの氷弾が突き刺さっていた。
顔をはじめとした急所をしっかりとガードしている辺り、戦いの作法もわきまえているようだった。
「あのポケモンって……」
「あぁ。マジシャンポケモンマスカーニャ……ニャローテが進化したらああなる」
思わず食事の手が止まり、ジッと画面を見るリコにフリードが言葉を加える。
『にゃあごぅ』
体のあちこちに氷柱が突き刺さった痛々しい状態ながらも優雅な立ち振る舞いを崩さないマスカーニャの姿に、リコもまたドットやロイ同様自分のニャローテの行く末を重ね、夢想させられた。
あのマスカーニャみたいに自分も相棒を立派に育て上げてみたいと。
『チャンピオンダンデの交代読み炸裂ーーーッ!! チャンピオンネモのマスカーニャ、登場して早々に弱点を突かれたーーーッ!! 無敵の男の熟練のテクニックが冴え渡るーーーッ!!』
「どうだ! 勝負はまだまだこれからだぜ!!」
握り拳を作って見せながらダンデは意気込む。
「ふ……ふふふふ! ふふふ……!」
ダンデが一気に反撃ムードへ持っていかんとする中、ネモの中では『心が弾けていた』。
「なんだ? あのネモという奴の覇気が膨れ上がってゆく」
「ぴかぴ……!」
「あぁ……道理でオモダカが気に入ったわけだぜ」
放送席からフィールドを見下ろす形のサトシとシンジもネモの変調に気付いている。
2人の腕には、鳥肌が立っていた。久しく体感していなかった、『ホンモノ』の強者を目の当たりにしての反応だった。
「なんだ? この感覚は!?」
「れおん!?」
ダンデもインテレオンも身構える。
遠くサトシとシンジですら感知出来るのだ。直接対峙しているダンデが感じ取れないはずがない。
「にゃあご……!」
マスカーニャはといえば、主人の様子に呆れこそすれど恐れることもなく、増大し続ける覇気にその身を委ねる姿勢であった。
「いよいよ始まったようですね。ネモの『進化』が」
オモダカは呟き、心中でダンデに感謝の意を示す。
『コレで彼女はまたさらに強くなる』
『ああ……やっぱりいいよ、あなたは』
オーラの類に対する認識の薄い一般人にすらネモの体から発散され続ける『気』が、空間の歪みをなんとなくでも視認できるほど増大してゆく。
その表情は試合が始まる前の若さ溢れるものとは似ても似つかない。恍惚そのものだった。
チャンピオン同士の死闘、一手打ち間違えればあっという間に敗北まで転がり落ちかねない極限のやり取りの連続でネモの意識は完全にトリップし、狂気そのものの笑みで口角を歪み上げていた。
コサジタウンにプライベートビーチを持ち、お手伝いさんが何人も出入りする豪邸を構えるネモの父親はパルデアにあるスマホロトムの会社役員であり、根っからのお嬢様として生を受けたネモの興味が向いたのがポケモンバトルだった。
『ピカチュウ!! この一撃にすべてをかけるぞおおおおおッ!!!』
『ぴぃぃかぁ!!!』
『リザードン!! チャンピオンタイムだあああああッ!!!』
『ぐるぅぅ!! おおおおおうッ!!!』
『10まんボルトおおおおおッ!!!』
『ぴぃかぁ!! ぴぃかぁ……ちゅうううううッ!!!』
『だぁぁぁいもんッッッじィィィィィッ!!!』
『ぐぉうる!! ぐぉるわあああああッ!!!』
『『いっけえええええええッッッ!!!!』』
『ぴっかちゅあああああああッッッ!!!!』
『ごぉあるあああああああッッッ!!!!』
『『おおおおおおおおおおッッッッッ!!!!!』』
「わぁ……!」
めくるめくような死闘の記録の数々、その中で幼き日のネモの脳を最も焼いた『お気に入り』はポケモン歴1997年のマスターズトーナメント決勝戦。
サトシのピカチュウとダンデのリザードンが死力を尽くしてぶつかり合う光景にあった。
試合記録を何度も、何度も何度も、何百回も何千回も見返す中でネモは強く願った。
血湧き肉躍る死闘の日々を自らも過ごし、彼らのように極限の生を満喫したいと。
『見てますかサトシ……。あなたの死闘の日々が、確かに次世代を作ったのですよ』
側から見ても異常と言える速度、たった1ヶ月ほどでパルデア地方8つのジムを攻略し、チャンピオンテストで四天王と次々相対するネモの『力』をオモダカは目の当たりとし、次世代の到来を確信した。
戦えば戦うほどに悦楽を噛み締め、その度に相手のあらゆる強みを吸収して自らのレベルアップに繋げる。
文字通り『無限に進化し続ける才能』を持つネモにとって何より必要なのは、『強者との死闘』に他ならない。
だからこそオモダカはPWCSへの参加を勧めたのだ。
そして、ネモは弾けた。全国の猛者たちを相手にさらなる進化の加速を見て現在に至る。
「驚いたな……まさかこれほどまでとは」
心の奥底に僅かにあった『諦め』……ネモの存在は、サトシたちの後に強い次世代などもう出てこないというダンデの気持ちに対する明確な反証そのものであり、その出現は、バトル業界の行く末を真に憂う者としては喜ばしいことこの上ない。
『こいつがガラル出身だったらば言うことなかったんだがな』
変貌を果たした相手に気圧されるではチャンピオンに非ず。
「こおおお……!」
ダンデもまた大きく息を吐き、気を発散させてゆく。
「いいぞネモよ! お互いの死力を尽くし、徹底的に戦り合おうぜ!!」
「いいいいやッはァァァァァッ!!」
ダンデの手招きにネモは奇声で応え、呼応するマスカーニャが両手を広げれば、
「インテレオン! すべて撃ち抜けッ!!」
「れぉれぉれぉうッ!!」
瞬時に周囲に振って湧いた花粉のたっぷり詰まった『花束』を即座に両手指からの水流弾で撃ち抜いてゆく。
爆発の連続とともにフィールド中が爆煙に包まれ、見る者たちの視界を遮った。
「今の、急にインテレオンの周りに爆弾が出てきたけど……」
「マスカーニャが得意技としているトリックフラワーだ。花束型の爆弾を自在に運用する。進化と同時に覚えるはずだから今のうちにイメージだけでもしておけば楽に立ち回れるかもな」
独創的な戦い方を要求されるマスカーニャではあるが、フリードとしてもその辺りの心配はリコに対してあまりしてはいない。
今日までアイデア溢れる戦い方を通して成長を重ねていることを知ってるからだ。
「なんだ? この音は?」
爆煙に包まれ、視界を遮られたフィールドからの謎の音に観客は首を傾げる。
「あのネモとかいう娘、どうやら本当にここからが本領発揮らしいな」
「あぁ。すげぇやつだぜ!」
「ぴっかぁ〜!」
放送席のサトシとシンジがフィールド内の状況を具に把握できるのは歴戦のトレーナーとして鍛え上げた『目』があるからだ。
多少の視界不良などは問題にならない。
「にゃああごッ!」
「れおうらッ!」
モヤが晴れ、クリアとなった視界においてもマスカーニャとインテレオンの姿は一般人には視認できなかった。
超ハイスピードの攻防に、目の動きと力がまるで追いつけないからだ。
トリックフラワーでの爆破は、接近戦に持ち込むためのブラフでしかなかった。
マスカーニャは両手の爪先にあくタイプエネルギーを纏わせ、インテレオンは両手指先にのばしたつららばりを発射することなく鉤爪代わりにして振るうことでマスカーニャのつじぎりを受け止めていた。
「にゃにゃあッ!」
「今だッ!! 撃てインテレオン!!」
「うおれぁッ!!」
既に何十回と切り結ぶ中でマスカーニャの爪筋を見切ったダンデに応え、インテレオンはつららばりを発射する。
「ぎにゃはあッ!!」
『あーーーッとマスカーニャ!! つららばりが再び被弾!! 宙へ吹っ飛ばされるーーーッ!!』
再度身体中につららが突き刺さり、効果抜群のダメージで苦悶の表情を浮かべるマスカーニャにダンデは1つの確信を得た。
『あのマスカーニャは隠れ特性じゃあないな』
マスカーニャの隠れ特性は『へんげんじざい』。エースバーンのリベロと同じく発動する技のタイプに自らのタイプを変化させるものだ。
もしマスカーニャがへんげんじざいならば、この盤面でのつららばりの被弾によって弱点ダメージを受けるはずがないのだ。
「となれば『しんりょく』……このまま仕留めるぞ!! 奥の手だ! インテレオン!!」
「れおがあ〜ッ!!」
空中で仰け反ったままのマスカーニャめがけ、インテレオンは口を大きく開く。
口には瞬く間に膨大なみずエネルギーがチャージされていき、
「ハイドロカノンッ!!」
「れぉばあああああッ!!」
強烈な水流弾をマスカーニャのお腹へとぶち当て、華奢なボディをさらに宙へ押し上げた。
インテレオンのスタイルとして、みず技を扱うのは両手の指の噴射機能を使用するのがメインだが、進化前のメッソンの頃から備わっている口からの放水能力も別段オミットされてはいないのだ。
『チャンピオンダンデ! 一度掴んだ攻めのチャンスに畳み掛け!! マスカーニャ、なす術なくダウンかーーーッ!?』
効果今ひとつとはいえ、つららばりの何発かが突き刺さり急所と化したお腹を射抜いた水流弾に確かな手応えをダンデもインテレオンも掴む。
「そこだッ……!!」
刹那、凄絶な殺気が発散されるとともにネモとマスカーニャの右で指先がリンクする。
2本の指をパチンと小気味よく弾き鳴らせば、インテレオンの顎下に花束が音もなく出現し、
「うおれぁッ!?」
爆弾として盛大な爆発をもたらした。
「マスカーニャは、私がアカデミーに入学して初めての相棒……! これぞ私とマスカーニャ、命懸けのマジック!!」
「見切られていたのは、俺の方だったか……!!」
モヤが晴れたフィールドには、共に目を回して倒れているインテレオンとマスカーニャ。
「インテレオン、マスカーニャ、どちらも戦闘不能! 両者ダブルノックアウト!!」
2体のチェックを済ませ、審判は両手を突き上げながらコールをした。
ダンデ、残りポケモン4体。ダウン可能数残り1体。
ネモ、残りポケモン5体。ダウン可能数残り2体。
「両者相討ちーーーッ!! インテレオンとマスカーニャが倒れそれぞれ1ダウン追加、チャンピオンダンデはここでダウン可能数残り1体まで追い込まれましたッ!!」
「ダンデさんがだいぶ押されているが……ムゲンダイマックスならばあるいは、か」
「ダンデさん今日は連れて来てないよ、ムゲンダイナ」
「波導とかいうやつか」
「うん」
ダンデがムゲンダイナを公式戦に初めて投入したのは2000年のマスターズトーナメント決勝戦。その際にここシュートスタジアムを盛大に壊し回り、客席に甚大な被害をもたらしたので各所からこっぴどく怒られている。
それでも真剣勝負となれば勝利のためになりふり構わぬ姿勢を崩さないダンデのままではあるが、流石にいちランク戦においてわざわざムゲンダイナを持ち込むかといえばシンジとしても考え辛い。
と、なればその場で追い詰められたダンデが繰り出す1体は、ほとんど見当が付いていた。
「いい仕事ぶりだった。インテレオン」
ダンデはインテレオンをボールへ戻す。
サトシの感知の通り、ムゲンダイナを今日の試合のために連れて来ていなかったのを軽く後悔する。
「お疲れ。マスカーニャ」
それでもネモが初めての相棒とのバトルをこうまで見せつけてくるならば、ダンデも負けてはいられなかった。
「いくぜ! リザードン!!」
「ぐるぅぅぅぼぉぉぉ!!」
『チャンピオンダンデ、ここでエースのリザードンを投入!! チャンピオンネモ、無敵の牙城を崩せるかーーーッ!?』
「あぁ……あぁッ…… ! ダンデさんのリザードン……」
マスカーニャのボールを腰のホルダーに戻し、次なるボールを構えながらネモの表情は悦楽に染まる。
幼き日より脳を焼かれて来た死闘の映像の数々、その中心たる存在と今まさに対峙している現実そのものがネモの脳内に無限の脳内麻薬(エンドルフィン)を分泌させてゆく。
この時ネモは、間違いなく『濡れていた』。
「今こそ私の『お気に入り(フェイバリット)』!! 出番だよーッ!!」
極まった興奮のままに放り投げたボールから飛び出すは黄色の電気袋が映え、オレンジの毛色に鼻と口の周り、前腕、長い尻尾はクリーム色、耳の内側は青緑色をしている2足の丸っこい瞳がリザードンを見上げる。
「ぱもとぅ!」
「てあてポケモンパーモットか……相手にとって不足なし!!」
ネモがパーモットを繰り出し、試合再開のコールとともにダンデはリザードンへボールを向ける。
相性不利を嫌っての交代でないのは、ダンデの勇ましい表情から明らかだった。
『オモダカ』
35歳。パルデアリーグトップチャンピオン。
リーグ委員長とオレンジアカデミーの理事長も兼任する才女。
トレーナーの才能を見極める能力に長けており、ネモを見出した張本人だ。