リコに割り当てられた行き先はナッペ山ジム……アメジオの忠告を受けながらパルデア最大の氷山へ向かうのであった。
パルデア地方最高峰を誇る雪山はタウンマップにおいて北部に位置し、多様なこおりタイプポケモンの生息地である。雪山である以上、表面部においては当然こおりポケモン以外の生物が暮らすには厳しいものがある。
そんな環境のため、他の地域と比べても気温が低く、ライドポケモンの表皮に雪や霜がついてしまう程だ。
そんな山の天辺にあるジムを目指し、リコはビワの案内の下、2つある登山ルートのうち1つとしてチョイスしたプルピケ山道を通り抜け、山頂に到着する頃にはお昼を過ぎていた。
「相手はパルデア最強ジムリーダー。万全の状態を整えてから挑むべきだよ」
「はい!」
道中よりビワの助言を受けたリコは、山頂に到着してから一旦ポケモンセンターに立ち寄る。
「おまちどおさま! ポケモンたちは元気一杯異常なし、思いっきりバトルして大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
カントーのジョーイさんがまさしく医療スタッフというイメージそのままを伝えてくる純白の衣装に対し、パルデアのジョーイさんはどちらかといえばガソリンスタンドやコンビニエンスストアの店員を思わせるモンスターボールデザインの制服で勤務していた。
そもそもがパルデアのポケモンセンター自体フレンドリィショップと併設されており、カントーと違って町の外の至る所に設置されているのも活動的なイメージをプラスさせていた。
「にゃろ」
「いらっしゃい!」
「ぼうッ!
それでも、どこであろうとも変わらないのはポケモンセンターとしての仕事の誠実さと確実さである。
「よし……行こう!」
リコはポケモンたちのコンディションを確かめた後、万全な状態であるのを繰り返し確認してからジムへと向かった。
「ようこそ、ナッペ山ジムへ!」
「あの、テラスタル研修の応用テストを受けに来ました、リコです」
「トレーナーカードを」
「はい」
セルクルジムと同様の共通規格で建てられたジム施設に入る。
受付を行っている整えられた口髭のナイスミドルへとリコはトレーナーカードを手渡す。
「トレーナーID971001……セキエイ学園1年生のリコさんですね。確かにテラスタル研修の申し込みがアカデミーから入ってますね」
受付はトレーナーカードに記載されているIDを手元の機械に読み込ませてからリコに手渡しで返した。
「結構、無事に確認が取れました。外のバトルコートで待機をお願いします。ジムリーダーグルーシャもすぐ向かいますので」
「はい! よろしくお願いします!」
試合が成立すればリコとビワは受付にペコリと頭を下げてからジムを出る。
可憐なだけではない。礼儀正しさも好印象な反面、受付はグルーシャ相手の試験を受けることになっているリコを気の毒にも思っていた。
『心が折られなければいいが……』
ジム戦にしろ試験にしろ、グルーシャがどういう応対で以て挑戦者を出迎えるのかを誰よりもよく知っているからだ。
ナッペ山ジム絡みの試合が行われるバトルコートはポケモンセンターより下段にある足場に建てられていた。
雨風、ここに関してはそれ以上に雪がメインであるが、それらを防ぐ屋根などはない簡素な作りだ。
「あ〜あぅ!」
「ん、アレは……?」
白くてまん丸な体に手足が生えた愛嬌あるポケモンをリコはポケモン図鑑アプリでチェックする。
りくくじらポケモンアルクジラ。真っ白いボディからのイメージ通りにこおりタイプ。この辺りではポピュラーな1体だ。
「あぅ〜あ!」
「そんなとこにいたのか」
ひたすらにダウナーな声音の主は、見るからに美形だった。リコからしてもビワからしても、女の子が持つ一般的な美醜の感覚としては間違いなくイケメンの類だ。
髪型は長髪で、水色のハーフアップに黄色のグラデーションのかかっている青年がアルクジラに歩み寄る。
「うう……サムい……」
肩の部分が特徴的な黄色のセーターを着こみ、モンスターボールがあしらわれたマフラーを口元まで上げて着用しているその佇まいから、彼こそがこれから戦うパルデア最強のジムリーダーであるとなんとなくリコは察した。
「……あんたら、サムくないの?」
青年がまつ毛の長い髪の色と同じ水色の瞳をリコと、外野に控えるビワに向ける。
2人に投げかけた言葉には心配というよりは驚き、呆れの色が強い。
リコはセキガク指定の、ビワは普段使いのジャージ姿でありとても防寒が足りているとは思えなかったのだろう。
現地民である自分ですらガッチリ防寒フル装備であるのだから……。
「大丈夫です! 私たち、テストに向けてテーブルシティからここまで走って体温めて来ましたから!」
「ねー!」
意気込みながら答える美少女2人に青年は目を丸くする。
「あーう?」
アルクジラは、そんな青年の表情を珍しく思った。
「まぁ、いいけど。ぼくはグルーシャ。確かセキエイ学園のリコ、だったね。予定通りあんたのテラスタル研修の相手役をさせてもらう。」
アルクジラの体を撫でることで促し、バトルコートの外に出してからグルーシャはリコと対面のトレーナーサークルに入る。
「ウォーミングアップをきっちり済ませて体を温めて来たのは悪くないと思う。でもあまり気をよくしないで」
グルーシャはチラッと右手側にそびえる雪山へ視線をやる。
「雪山は危険だ。簡単に人生のコースを狂わせる。ポケモン勝負も同じ……いつだって慣れ始めが1番恐ろしい」
改めてこちらを捉える水色の瞳から、それまでとは違う圧をリコは感じる。
グルーシャなりに戦いのためのスイッチを入れたのだろう。
「ルールは分かってる?」
「はい! 受付さんから聞きました。使用ポケモンは2体で、先に2体倒れた方が負けの使える切り札システムはテラスタルのみ!」
「OK。じゃあ始めようか」
「よろしくお願いします!」
「頑張ってリコちゃん!」
ビワからの応援にリコは顔は向けず首肯のみを返す。
『浮かれているわけじゃあないのは確かなようだ。だけど、それだけかな』
グルーシャが抱くリコへの初対面での印象、それ自体はそう悪いものではなかった。
ただ、それとテストの是非は別儀であるのだ。相手を見てやりようや評価の軸を変えることなどはあり得ない。
「これよりテラスタル研修応用テストを行います! 双方、最初のポケモンを」
審判役は受付のナイスミドルだ。
「チルタリス」
「るぉ〜!」
「ッ……!? カルボウ、お願い!!」
「ぼうッ!」
リコが繰り出されるチルタリスを見て瞳に驚愕の色を見逃すほどグルーシャは甘くない。
「こおりタイプのジムリーダーだから、最初はこおりタイプを出すと思った? 確かにぼくのチルタリスはこおりテラス……そのカルボウからしたら相性が良いこおりタイプになるけれど……」
チルタリスが高度を上げ、眼下にカルボウを見下ろす。
羽毛を蓄えた翼とは裏腹にその眼光は冷たかった。ゲットされたポケモンは、トレーナーによく似るというのは真実そうだとビワは思わされていた。
「そういう小賢しいことするのが1番サムいんだよ」
「ちぃるううう〜!!」
「カルボウ、クリアスモッグ!」
カルボウが右手に生成した煙玉を放り投げるが、強烈な突風を前にあっさりと霧散。
当然、チルタリスへ届くこともない。
「ぼ、ぼうッ!?」
「そんな!?」
「チルタリスのぼうふう攻撃……」
クリアスモッグを一方的に突き破り、突風がカルボウの体をまるで小枝のように宙へ舞い上げてゆく。
「カルボウッ!?」
突風に呑まれ、空中で身動きを取れないカルボウは受け身も出来ず頭からフィールドへ勢いよく落着してしまう。
「これが現実だよ」
うつ伏せで横顔を除けば、完全に目を回していた。
「カルボウ、戦闘不能! チルタリスの勝ち!!」
リコ 残りポケモン1体。
グルーシャ 残りポケモン2体。
「こんな、こんなのってないよ……!」
ビワは震えた。ナッペ山の寒さに体が冷えたからではない。
「ジムリーダーは対戦相手のレベルに合わせて実力を調整するのが鉄則のはず! なのにこんなの一方的過ぎる!!」
「ビワさん……」
リコは倒れたカルボウをボールに戻す。
ビワの糾弾にグルーシャは冷ややかな目を向けた。
「あんたが言ってるのはジムチャレンジに来たトレーナーへの対応であって、テラスタル研修ではまた違った対応をするに決まってるだろう。外野は口を挟まないでもらいたいな」
「そんなの横暴よ! こんなのじゃあリコちゃんのポケモンたち、なぶり殺しじゃない!!」
「ビワさん!」
リコはビワに対して首を横に振って見せた。『口出し無用』と、自身の意思を示したのだ。
「リコちゃん…!」
「私なら大丈夫。なにがなんでも勝ちますから。絶対に合格して、みんなと合流するって決めたから! それにアメジオとも約束したから」
力強く言い切ってから、リコは2体目のボールを投げる。
「ニャローテ、いくよ!」
「にゃろぅ!」
ボールから出て来て構えを取るニャローテの全身からグルーシャはおおよそのレベル帯を割り出す。
『バッジ2つから3つ分くらいの実力……さっきのカルボウは差し詰めゲットしたばかりと言ったところか』
この場で答え合わせがされることはないにしろグルーシャの予測は正確であった。それ自体に彼自身がこだわることも特段ないが。
「勝負と雪山は似てるんだ……あっという間に姿を変える」
勝負を諦める気配の見せないリコとニャローテは、自らが定めた試験の内としては今のところ順調ではある。
それはそれとして、リコのひたむきさは『かつての自分』を見ているようでグルーシャの気分を沈ませた。
時は遡る。
グルーシャの青春時代は雪山と共にあった。
その中でスノーボード競技と出会い、惹かれたことでのめり込んだ。
何をおいても夢中に励み、めきめきと実力を伸ばし続けた結果、10代の若さで『ナッペ山の誇り』とまで呼ばれるプロのスノーボーダーになっていた。
肉体的にも精神的にも、競技人としても最盛期を自覚していた14歳の日のことだった。
「あ〜うッ?」
「ッ……!」
全国各地の雪山を転戦し、地元ナッペ山に凱旋しての大会の最中だった。
滑走ルートに飛び出して来たアルクジラを避けるべく急カーブを切る際に転倒。
ボードに足を固定させている競技の特性上、右足の骨折のみでは済まず、血管や神経にも損傷が広がってしまっていた。
危うく切断までいくところだった大手術はすんでのところで上手くいき、両親からもらった体を欠損させずに済んだことをグルーシャは安堵した。
その安堵は、スノーボーダーとしての競技人生と引き換えのものだったが。
元よりスポーツマンとしてスノーボードに真剣であったグルーシャにとって、リハビリはなんら苦ではなかった。
本来だったらば車椅子生活を余儀なくされるはずのところを苛烈なリハビリを自らに課すことで主治医の予定を大幅に短縮する形で自立歩行を実現。
怪我の原因のアルクジラが病院までやって来て、ろくに隠れられていない木の影から申し訳なさそうに自分を見る姿がおかしくて、鬱屈とした気分を吹き飛ばしてくれたのもある。
そんなアルクジラをゲットして、グルーシャは本来ならば半年はかかる入院のところを3ヶ月で退院して見せた。
『勝負の中で結果を求めて生きていきたい』という信念を醸成していったスノーボードの世界に別れを告げ、グルーシャがセカンドライフとして選んだのはポケモンバトルの道だった。
きっかけとしては暇な入院生活の中で見る機会が増えたポケチューバーだった。
『ナンジャモの~? ドンナモンジャTVの時ッ間ッだぞー!』
スノーボーダー時代からオフの間に視聴していたポケチューバーが、過去にジムリーダー資格挑戦の企画を打ち上げ、見事合格に漕ぎ着けた話に刺激を受けたのだ。ポケチューバーの活動スタイルとしてはジムリーダーになる前の無茶苦茶な企画にたいあたりをしていた頃の方がグルーシャは好きだったが、それとこれとは話は別だ。
15歳で公認ジムリーダーの資格が取れる専門学校に通い始め、持ち前のスポーツマンとしての技能と感覚をバトルに転用することでスムーズに卒業。
18歳の若さで、今度は地元のジムリーダーとして凱旋を果たすこととなった。
そこから20歳の現在に至るまで、ジムリーダーの仕事そのものは順調。だがグルーシャとしては正直言って退屈が先行する日々だった。
ナッペ山自体が到達するまでに労力を要する難所であり、ジムチャレンジをしに来る面々の中にいたグルーシャの心を熱くさせるような相手と言えば、ネモくらいのものであったからだ。
「ぬんッ!」
時を戻そう。
グルーシャはセーターの右ポケットに忍ばせていたテラスタルオーブを起動させ、眩い輝きを放たせながら勢いよくサイドスロー。
「るるぅぅぅあッ!!」
手首のスナップをきかせたことでオーブは勢いよくホップし、チルタリスの頭上からクリスタルで全身を包み込む。
そうして輝く全身、その頭部には雪片を模ったこおりのテラスタルジュエルが輝いた。
「この上さらにテラスタル……!」
ビワは絶句した。グルーシャは、リコに対し一切手加減する気などないのだ、と。
グルーシャからすれば別段リコにだけ過剰な応対をしているつもりもない。テラスタル試験とあらば誰に対してもコレが平常運転だ。
『グルーシャ』
20歳。ナッペ山ジムのジムリーダー。キャッチコピーは『絶対零度トリック』。
元スノーボーダーで、現役時代はかなり名の知れたスター選手であったらしい。
クールな態度に違わぬこおりタイプを扱うテクニックはまさしくパルデア最強のジムリーダーと呼ばれるに相応しい。