その冷酷なまでの戦いぶりを前にして、リコの闘志はさらに燃え上がるのであった。
テラスタルを発動させたグルーシャのチルタリスを見上げるリコもまたジャージのポケットからテラスタルオーブを取り出す。
「凄いパワー……! 凄い圧力……!」
元よりレベルで絶対的な差を付けられている。それは、どうしようもない事実だった。
「でもッ!!」
それでも、少しでもパワーバランスの面から追いつくためには出し惜しみなどしていられなかった。
「いくよ、ニャローテ! 満開に、輝いてッ!!」
起動させたテラスタルオーブをリコもまた放り投げる。
空中に弧を描くオーブはニャローテの頭上でクリスタルを生成し、全身の輝きと頭上にはくさのテラスタルジュエルを咲かせる。
「言っておくけど『一生懸命』とか『頑張ったから』とか、そういうサムいノリは要らないから。ぼくから合格を引き出したいなら、ぼくたちに勝ってみることだね」
「もちろんですとも! ニャローテ! マジカルリーフ……いっぱい!!」
「にゃろおおお……!!」
リコの指示に呼応したニャローテの気合いにテラスタルジュエルも輝きを増してゆけば、周囲に無数のくさのエネルギー葉を展開する。
「にゃろぉらぁ!!」
ニャローテはそれらを一斉にチルタリスめがけて発射した。
「そんなもの……」
マジカルリーフの技としての性質は当然グルーシャも知っている。精密性の高いくさエネルギーの奔流は、生半可な回避行動を許しはしない。
だがそもそものところとしてニャローテとの実力差は歴然。わざわざ避けるまでもない、と内心呟きながらグルーシャの指示を受けることなくチルタリスは輝く羽毛をはためかせる。
無論、マジカルリーフを弾き飛ばすためだ。が……
「ちぃるッ…!」
「全部は弾き返せないか」
「よしッ!」
「だけどまぁ、それだけだ」
エネルギー葉のいくらかが突風のガードを抜けてチルタリスのボディに突き刺さる。といってもそのほとんどは胴体や翼の羽毛部分であるためさしたるダメージはない。
「ニャローテ! アクロバット!」
「ちるぅ!?」
マジカルリーフがそのまま通るはずはない、そんなことは百も承知であった。
リコにとってはあくまで牽制、本命は接近戦の間合いに飛び込んでの打撃であった。
「にゃおおう!」
「ちるばッ!?」
マジカルリーフで仰け反るところに跳躍したニャローテの踵落としがチルタリスの脳天にヒット。
たまらずフィールドへ落着させられた。
「よしッ! いいよリコちゃん! ナイスダメージ!」
「にゃがあああ…!」
「ニャローテ!?」
チルタリスを空中から叩き落とし、軽やかに着地したニャローテが呻く理由は明快だった。
踵落としを振るった右足が凍り付いていたからだ。
『なんで!? なんで!? なんで!?』
マジカルリーフを防ぎきれなかったところへの追撃で完全にニャローテが攻めの空気を掴んでいたはずだった。
リコは表情を険しく保ちながらも内心としては動揺を隠しきれていない。
「ぼくのチルタリスはこおりテラス……無論、その凍結パワーも極限まで研ぎ澄ませてある」
「ちるぅ……!」
ニャローテのアクロバットで空中より叩き落とされたチルタリスはゆらりと起き上がる。
額に僅かな蹴り痕が残るだけで、何事もなかったようにケロリとしていた。ほとんどダメージなしと言ってよかった。
「研ぎ澄まされた凍結パワーを前に、下手に触ってみたところで逆にそちら側が凍り付くのは物の道理さ」
ふわり、チルタリスは翼を羽ばたかせ宙に浮く。
「にゃぐッ…!」
対するニャローテは苦悶の表情を浮かべながらチルタリスを睨む。
事実上、右足はこの試合中死んだも同然だった。
「あんなに綺麗に入ったのに、まるで効いてないなんて!」
ビワも戦慄を隠せない。
せっかく叩き込めたニャローテの一撃が効いていないどころか、むしろ首を絞める形となってしまっていたのは皮肉どころの話ではない。
遠距離からの撃ち合いは吹き飛ばされ、近距離での殴り合いは逆に凍らされてしまうでは完全に八方塞がりとしか言いようがない。
「でも打つ手はまだある!」
リコの瞳が闘志でギラギラと燃える。ナッペ山の雪風が吹き抜ける寒さにも挫けてはいなかった。
「ニャローテ! マジカルリーフ、もっといっぱい!」
「にゃはあああ……!」
「れいとうビーム」
ニャローテがエネルギー葉を生成するところにグルーシャの氷点下の声音が響く。
「にゃあがぁッ!」
「くッ……!」
テラスタルジュエルにより増強されるチルタリスの凍結光線が、ニャローテの左肩から腕全体をごっそり凍らせた。
それでも生成されたエネルギー葉は右手に集約されていく。
『アレは…マジカルリーフの応用技ね!』
ビワは、リコにもまだ望みが残っていることを喜んだ。
ニャローテのマジカルリーフの応用は、誰あろう自分が1番最初に味わったのだ。敗れた悔しさこそあれども、この場においては打開の切り札として頼もしく思えた。
加えてテラスタルを切ったことにより、グルーシャのチルタリスに対し、ニャローテのくさ技の通りが良くなっていることにも気付いた。
『ドラゴン、ひこうタイプだったチルタリスがテラスタルによりこおり単タイプになっている今ならば、リコちゃんのニャローテ渾身の一撃が通ればもしかしたら……!』
こう思わせるほどのパワーと可能性をバトルした際リコに感じ取っていたビワである。
なによりグルーシャに一泡吹かせて欲しいとも思っていた。
『左足だけの跳躍でどれだけ加速できるかは分からないけど……やるしかないッ!!』
ニャローテが『剣』を形成した右手のエネルギー葉を構え、左足をググ、と曲げる。
リコもニャローテも気持ちは1つ。覚悟は完了していた。
「ニャローテ! マジカルリーフ『牙突』!!」
「にゃろぅがあああッ!!」
左足でフィールドを踏み抜き、チルタリス目掛け突進するニャローテ。
その様を捉える水色の瞳は、依然として氷点下の冷たさを携えたままだ。
「もう1発れいとうビーム」
「ちぃるばぁ!」
テラスタルジュエルが再度輝き、チルタリスの口が開かれては凍結光線がチャージされ、何ら感慨もなく放たれる。
「にゃあッ……!?」
「ひ、左足が……!!」
「これで両足とも死んだね」
ニャローテの左足がれいとうビームにより撃ち抜かれ、フィールドとくっつく形で凍らされてしまうので突進の勢いが瞬く間に殺される。
「まだまだぁッ! ニャローテ! 『剣』をッ!!」
「にゃあああッ!!」
ニャローテが腰の捻りを全開にして残された右腕を振り抜き、エネルギー葉の『剣』を突き出せば、
「ちるぶへ!?」
右手に纏われていたくさエネルギーによる葉剣が勢いよく発射され、チルタリスのお腹に突き刺さる。
そのままチルタリスは吹っ飛ばされ、フィールドに倒れ込んだ。
「なにッ……!?」
「わぁ〜!! 凄い凄い! リコちゃん今のは!?」
「マジカルリーフの『剣針飛ばし』……咄嗟に思いついたんだけど、成功してよかった」
リコが呟くのでビワは驚愕した。
圧倒的な実力差を構うことなく振り回して来る強者を前に咄嗟の思いつきが出来るアイデアと、即座に実行できる胆力を持つリコを凄まじいと思った。
『ボタンちゃん……セキガクはわたしたちが思うよりもっと、もっともっと強くなるかもしれないよ』
グルーシャとの力の差は歴然。それでも決して諦めることも腐ることもせず挑み続けるリコの姿は、ビワの尊敬すら芽生えさせた。
それでもビワの中で喜びが優るのは、リコたちセキガクバトル部全体を善きライバルとして好ましく受け止めているのが大きい。
「ちぃるぅ……!」
「にゃろッ!?」
「まだまだ元気みたい……!」
「くさのテラスタルパワーを集約させていたパワーにより全身に薄く張り巡らせていたこおりの凍結フィールドが突き破られた、そこは認める。だけどチルタリスのお腹は元から羽毛がバリア代わりになっているんだ。だから悪いけどさっきのは……ほとんど効いちゃあいない」
グルーシャが話すのをニャローテは聞いていなかった。
「にゃろあ!」
凍り付かされていた左足の氷の接地部分を力任せに殴り壊し、辛うじて両の足で立ち続けられるようにしていたからだ。
右足に関しては凍ったままだが、設地さえしていなければ身動きそのものはどうにか出来る。
「いいよニャローテ! これならまだやれる!」
「……まだやるの?」
「え?」
「あんたのニャローテは頭と胴体、それと右腕以外は凍り付かされて本来の身のこなしなんか取れやしない。そんな状態からチルタリスと、後に控えるもう1体を倒せると本気で思ってるわけ?」
ハッとしたのはビワだ。
応用テストのルール上、グルーシャにはまだこの試合において影すら見せていない2体目が控えているのだ。
仮にチルタリスを倒せたとして、万全な状態の2体目を相手に現時点で満身創痍なニャローテが2枚抜きなどは、正直言って絶望的な話だと認めざるを得ない。
「にゃろあ……!」
リコの答えは、1つしかなかった。
「やります。少なくともニャローテがやる気満々な以上、トレーナーの私だけが諦めるなんてできません!」
グルーシャの瞳が、ほんの少し揺れる。
「それに……」
「それに?」
「それに……あきらめたら、そこで試合終了じゃあないですか」
「……!」
ニャローテの闘志が折れるまで戦い抜く覚悟を携えたリコの瞳と、その口が紡いだ言葉が、グルーシャの心中を大きく揺さぶった。
『えー、続いてのポケマロはー、14歳のグルたみん氏から!』
時は再び遡り、右足の手術を乗り越えた矢先のことだ。
『なになにー? 『ぼくはプロのスポーツ選手でしたが、最近大怪我をしてしまい、選手として活動を続けるのは難しいと病院の先生に言われてしまいました。ナンジャモさんは大変な目に遭った時、どうやって持ち直したらいいか知っていますか?』……おほぅ、なかなかにヘビーな質問だぞぉ? これはボクも真面目モード全開で答えなきゃ駄目だと見た!』
スノーボーダーとしての選手生命を断たれた直後のグルーシャはうちのめされ、流石に精神の動揺を抑え切れていなかった。
どこかに思いの丈を吐き出さなければどうにかなってしまいそうな自分を見つけた時、匿名メッセージサービス『ポケマロ』を通じて推しのナンジャモにメッセージを送った結果、雑談配信中にそれが拾われたのだ。
『グルたみん氏! グルたみん氏がどれだけ苦しい状況なのかはショージキこのマロからはよく分かんない! けど、けどだよ? それまで一直線でプロとしてやって来たその道だけがグルたみん氏の人生全てってわけじゃあないとボクは思うんだ。それは、決してグルたみん氏の頑張りを否定したいんじゃあなくて、一度他の道に目を向けてみてもいいんじゃあないかっていう神様からのお告げなんだとボクは思うな』
画面の向こうのナンジャモが、普段の袖を振り回す癖すら止めて真っ直ぐにリスナーに向き合って言葉を紡ぐ。
グルーシャにとってその一言一言が、面と向かって言われている以上に胸に響く。
『グルたみん氏もボクも、皆の者もそれぞれの『人生』という長ーい試合の中でたった1人のプレイヤーとして頑張ってる。だからこそ……うん。だからこそ』
力強くも、確かな信念と誠実さに満ちた声音は、普段のナンジャモのそれとは乖離したものに聞こえた。
『最後まで……希望を捨てちゃあいかん! あきらめたら、そこで試合終了だよ』
マロへの回答をしているナンジャモの姿がグルーシャの視界ではぐしゃぐしゃに歪んでいる。
大粒の涙が水色の瞳からとめどなく流れていたからだ。
時を戻そう。
「あんた、ドンナモンジャTV見てたりする?」
グルーシャからの不意の、それもおおよそ考え付かない類の問いかけにリコはキョトンとさせられる。
「い、いえ。私自主トレとかしたいから、あんまりそういうのは。友達は何人か見てる人いますけど」
「あっそう」
瞳の冷たさは、グルーシャなりの戦闘モードの発露であった。
リコの返答にグルーシャの瞳から氷点下の冷たさが失せてゆく……。
「チルタリス、戻って」
グルーシャはチルタリスをボールに戻す。
「えっ?」
「にゃろお?」
突然の事態にリコもニャローテも困惑を隠せない。
そんなリコたちをよそにグルーシャは審判役の受付とアイコンタクトを交わす。
ジムリーダーの意向を正しく受け取ったナイスミドルは、リコを指し示しながら高らかに宣言をした。
「ジムリーダーグルーシャ、試合続行意思喪失の為この時点で棄権! よって勝者、リコ選手とします!!」
「にゃろあ!?」
突然の勝ち名乗りにニャローテは素っ頓狂な声をあげる。
「えぇ……!? なんで!? なんで!? なんで!?」
訳が分からないのはリコも同様であった。
「ぼくは試合放棄をし、戦闘意志を示し続けたあんたが勝ち名乗りを受けた。それだけのことだ」
「そんなッ……! 待ってくださいよ! こんなので勝ったって、胸を張れるわけないじゃあないですか!? なによりニャローテが納得しない!!」
リコの訴えにグルーシャとナイスミドルは顔を見合わせる。
「最後の要項も合格、ですかな?」
柔和な笑みを向けられ、グルーシャも小さく首肯を返した。
「その辺の話をするにしても場所を変えよう。ここはサムいから……」
ぶるる、と身震いしながらグルーシャはジムへと歩き出す。
リコとビワも合否判定を聞くためどのみちついてゆくより道はなかった。
『ドンナモンジャTV』
ジムリーダーナンジャモが運営するポケチューブチャンネル。『おはこんハロチャオ』の挨拶が特徴。
運営初期は体当たり企画がメインで、現在はジムチャレンジの様子や企業案件が主な配信内容となっている。