SEKIGAKU DIARY   作:nami73

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 グルーシャから絶対的な実力の違いを叩きつけられながらも、リコは決して心折れることなく最後まで戦うことを選択する。
 そんなひたむきなリコの姿に、グルーシャの精神が氷解したのであった。


Driving Myself

 リコはジムへ向かう道中のポケモンセンターにニャローテとカルボウを預けてからナッペ山ジムに入り、受付の案内で奥のゲストルームまで招かれていた。

 

「お2人とも、エネココアはお飲みになりますか?」

 

「あ、はい。その、普段からはあんまり。でも飲めると思います」

 

「わたしも」

 

 エネコの顔がプリントされたマグカップにはチョコレートクリームとモーモーミルクを混ぜて煮溶かした液体が湯気を立てている。

 ナイスミドルがそれぞれにマグカップを置けばリコもビワもペコリと頭を下げた。

 

「ここはサムい町だから……温暖なアローラ地方で作られた奴がよく合うんだ。いい感じに体を温めてくれるから」

 

 グルーシャも口元のマフラーを下げ、一口マグカップに薄めの唇をつけて音を立てることなく啜っていた。

 

「あの……」

 

「さっきのバトル、ニャローテは頭と胴体、そして右腕以外は凍らされ、ろくに身動きは取れなかったはずだ。それでもあんたは『ニャローテが諦めていないから』、そう言って試合続行の意思を示した」

 

 バトルコートでのやり取りを復唱するグルーシャにリコは返事をしながら首肯する。

 

「ぼくとしては両足を凍らせた時点で、あんたくらいのレベルのトレーナーはチルタリスに対して打つ手はない。いくら強がってみたところであのまま続けていれば全身を凍らせてぼくが勝っていたことだろう」

 

「そんなッ……!」

 

 『そんなことない』とハッキリ言い切れなかった時点で、リコとしてはグルーシャの言を認めたも同然だった。

 同時に、これほどまでに何かに意地を張って見せたのは、ドットとの痩せ我慢、しょうもない意地の張り合いをしている時くらいのものだった。

 

「それだよ」

 

「え?」

 

「ぼくがバトルを通して試験の中で見たかったのは小手先の技術なんかじゃあない。圧倒的な実力差を叩き付けられ続けてもへこたれない精神力……即ちガッツ」

 

「ガッツ……」

 

「他の言い方がいいなら、決して折れないファイティングスピリッツ、かな」

 

「ファイティングスピリッツ……確かにさっきのリコちゃんは凄く闘志に溢れてた!」

 

「そ、そうでした……?」

 

 左隣からキラキラと目を輝かせるビワにリコは照れ隠しの苦笑いを返す。

 

「先週、基礎テストを受けに来た、なんていったかな?」

 

「エクシード学園のアメジオくんです」

 

「そうそう。そのアメジオも相棒のソウブレイズをいくら痛めつけても決して諦めなかった。あんたと同じくらいガッツのある奴だったよ。勝ち名乗りを受けてからも、あんたと同じように抗議してきた」

 

「アメジオが……」

 

 出発前のアメジオたちの険しい表情をリコは思い出す。

 アメジオほどの実力者ですらグルーシャを前には折れぬ闘志を見せ続ける形でなければ合格を引き出せなかったとあらば、今現在彼を目標としている状態である自分が勝って見せるなどおこがましいにも程がある話だろう。

 

「そういうわけで応用テストの結果としては合格。帰ればアカデミーの方から正式に研修クリアの認可を受けられることだろうね」

 

 思考がぐるぐると回っているリコに構わず、グルーシャはサラリと合格通知を宣告する。

 

「……もし今日の結果が気に食わないって気持ちを持ち続けるなら話は簡単だ」

 

 グルーシャは、瞳に僅かばかりの期待を込めてリコを見る。

 

「あんたもジムチャレンジに名乗りを上げたらいい。パルデア中のジムを巡り、強くなってからもう一度ぼくに挑みに来るんだ」

 

「……それ、アメジオにも言ったんですか?」

 

「言った。断られたけどね」

 

 一瞬グルーシャの瞳がナンパに失敗したような虚しさを浮かべたのが、ビワは少しだけおかしかった。

 

 

 

 合格通知を受けたリコはポケモンセンターに立ち寄りニャローテとカルボウを引き取ってからビワとともに下山。テーブルシティへの帰路についていた。

 

「やっぱり、モヤモヤしちゃってる?」

 

「まぁ……はい」

 

 山道を駆け下りながらリコはビワに言葉を返す。

 ビワがそこから話を振れなかったのは、リコがグルーシャへの雪辱を重く受け止めることでパルデアに残り、ジムチャレンジをし始めると決意をしてしまうのではないかという懸念からだった。

 

『ハッキリ言ってつまらないんだよね、今時の挑戦者は。その中にあんたや彼みたいのがいてくれるなら少しはアツくなれるかもしれない』

 

 とんだ物言いだ、そうビワはグルーシャが語っていたことに対して内心で吐き捨てる。

 確かに今どきの若い世代はサトシ世代に比べて張り合いがないのかもしれない。実際、そういった論調はよく聞く。

 それでも自分たちは日々頑張っているのだ。そんな憤慨をランニングの運動エネルギーとして発散させていた。

 

 

 

 合格通知を受け、ジムで話をしたリコが納得しきっていないことはグルーシャとしても分かっていた。

 

『諦めたら、そこで試合終了じゃあないですか』

 

『最後まで……希望を捨てちゃあいかん。あきらめたら、そこで試合終了だよ』

 

 心の中で反芻されるリコの、ナンジャモの一言。

 『あの日』からずっと右足にへばりつくチリチリとした疼きが、ふと気付けば失せていた。

 グルーシャは、きっかけが欲しかったのだ。

 胸の奥底に押し込んだものからすれば、リコがイマイチジムチャレンジに乗り気にならないのもそれでよかったのかもしれない。

 

「……ふぅ。サムい」

 

 グルーシャは小さく自分に吐き捨てる。

 『あの日』から封印した未練、その捌け口にジムリーダーの立場を使っていた自分にだ。

 スノーボードの未練は、スノーボードをすることでしか晴らせはしない。

 青年の肌を打ち付けるナッペ山の冷風は、再起を促すように厳しく吹き抜けていた。

 

 

 

「そっか。みんなも大変だったんだね」

 

 テーブルシティに帰り着き、アンたちと合流したリコはそれぞれの応用テストの仔細を聞き、自分もナッペ山でのことをそのまま話した。

 

「応用テストのジムリーダーに勝てたのはリコだけかぁ」

 

「とてもじゃあないけど勝ったなんて言えないよ」

 

 サンドウィッチ店『まいど・さんど』でテイクアウトしてきたサンドを腹の中へ雑に放り込みながらホテルへの道を歩く。

 ロイが話す通り、リコ以外の3人はバトルに敗れてしまっていた。

 アンはコルサに、ドットはアオキに、ロイはナッペ山山頂付近にあるブリッジタウンにジムを構えるジムリーダーライム相手に力及ばず。

 それでもテストとしては合格をもらえたが、やはり負けたのは悔しい。

 

「うんッ! いいようにやられちゃったけど合格はした! これであたしたち4人全員テラスタルオーブを持ち帰れるのは決まり!」

 

 沈む空気の中、スパッと明るいムードを呼び込むのはパン! と両手を叩いてリコたちの視線を集めるアンだった。

 

「研修だけじゃあない! リコはカルボウを! ドットはカヌチャンを! ロイはカイデンを! ん? 3人とも『カ』から始まるポケモンだね? まぁそれはいっか。あたしはパモを新しくゲットしてメンバーを増やした! スター団との団体戦にも勝った! まぁ、そこはアメジオのおかげなんだけども……」

 

 語り出す中にところどころ締まりが悪いのもアンの愛嬌と言える。

 

「あたしたちみんな、やれるだけのことはやったんだ! 胸を張ってセキ学に帰ろうよ! そして先輩たちに強くなったあたしたちを見てもらうんだ!」

 

 行く手を遮るように前に立ち力説し、アンは右手の甲を差し出す。勢いの通りに声も大きく、道ゆく人々も最初こそ怪訝な顔をするものの、すぐにそれがいわゆる青春のやり取りだと把握しては柔和な表情になり日常へと回帰をしてゆく。

 

「そうだよ! 僕たち、この他地方交流ですっごく強くなったんだ! きっとナギ先輩たちにだって負けやしないさ!」

 

 アンにロイは同調をしながら右手を重ねる。

 

「先輩たちだって他地方交流で特訓はしてるだろうけどな」

 

 ドットが若干水を差すような物言いを挟むが、先輩方が強くなるのもチームにとっていいことではあるのでスルーをした。

 

「……ああ、もう!」

 

 代わりにアンとロイがジトジトと見つめるのに根負けし、右手を重ねる。

 

「うん……うん! 私たちは強くなった! それだけじゃあない! 応用テストの悔しさをバネにして、もっと強くなろう! そしてみんなで成し遂げよう!」

 

 最後にリコが1番上に右手を重ねれば、セキ学1年4人衆の心は1つ!

 

「「「「全国制覇!!!!」」」」

 

 青春の風が、夏へと向かう季節のテーブルシティの中央通りより爽やかに吹いていた。

 

 

 

「リコさん。アンさん。ドットさん。ロイさん。テラスタル研修、お疲れ様でした。ユーザー登録が完了したことにより、貸与してあったテラスタルオーブは正式にあなた方の所有物となります。これからもポケモンたちとともに、テラスタルのように輝ける自分だけの道を進み続けてください」

 

 翌日、呼び出しを受けた4人はクラベル校長直々の祝辞とともにテラスタル研修の修了を通達された。

 

「おめでとうリコ!」

 

「やるじゃねぇかバトル部!」

 

 グラウンドに居合わせたセキ学、アカデミー問わず様々な生徒たちに加え、通りかかる教師らも足を止め拍手を送る。

 周囲からの祝福ムードに気恥ずかしくなりながらも、改めて自分のものとなったテラスタルオーブに更なる研鑽をリコは誓う。

 その誓いは、アンたちもまた同様であった。

 

「テラスタルオーブ、ゲットしちゃったね!」

 

「次にするバトルは研修をクリアして初めてのバトルになるんだ」

 

「つまらない相手に使いたくはないな」

 

 アンとロイはもちろん、ドットも僅かに声色が上擦っていた。

 テラスタルの使用が公認されたことでバトルの戦略が一気に広まった興奮からだ。

 

「テラスタルを使えるようになってから最初のバトル、か」

 

「にゃあろ?」

 

 リコが呟いたことにニャローテは反応した、のではない。

 グラウンドからエントランスに戻れば、何やらただならぬ人だかりを指差した。

 

「なんだろう?」

 

 気になったリコたちは人だかりにその身を潜らせてゆく。

 合間を縫うように前へ前へと進めば、その中心にはいつぞやの熱狂を生んだ張本人の姿があった。

 

「チャンピオンネモ……!」

 

 チャンピオンランク保持者でなくても生徒会長だ。アカデミーにいること自体は学生として当然の話だろう。

 それ以上に先週の土曜日に行われたランクマッチで心震わされた者たちが殺到するのも自然であった。

 

「1年A組のネモ、ただいまガラル地方より遠征から帰って参りましたー!」

 

「いよっ! お疲れさんッ!」

 

 野次馬からの威勢のいい声にも気さくに手を振るネモに、リコの中でふと1つの情動が湧き上がる。

 

『今の私とあの人と、どれくらいの差があるんだろう?』

 

 知的好奇心、とするには刺激が強すぎるのはすぐに自覚した。要するに、ネモとバトルしてみたくなったのだ。

 

「私これからちょっと出かけるんだけど、誰かウォーミングアップ代わりに1発戦らない?」

 

 それはリコからすれば渡りに船であった。

 

「よ、ッと……!」

 

 同時に全体として数歩引き下がったのを利用してリコは人だかりを突破してネモと正対をする。

 アンたち3人はまだ人だかりの中にいた。

 ネモは、ふと目の前に出てきたリコのジャージから、今が他地方交流の期間中であったことを思い出す。

 

「あの……私、セキエイ学園1年のリコって言います」

 

「リコね。私はネモ! よろしく」

 

「えっと、その……バトル、したいんですよね?」

 

「うん! トップがどうにも忙しそ〜〜〜にしてたからジムの視察を代わりに引き受けたんだよね」

 

 

 

「くちゅん!」

 

「おや理事長、遠征疲れですか? あまり無理をするとお体に触りますよ?」

 

「いえ、このくしゃみはきっと誰かが噂をしているのでしょう」

 

 ネモの後見人としてガラル遠征に付き合い、帰省して職員室に顔を出したトップチャンピオンオモダカが、クラベルに気にしないよう笑みを向ける。

 ネモがリコに語ったのはあまり正確性のない話だ。

 バトル狂いであるところから半ば強引にオモダカのタスクを奪い取ったのだから。

 それでも自分が回るよりはネモの方が視察として各所のジムリーダーたちには刺激となるだろう。そんな意図から改めてネモに視察を任せることにしたのである。

 

 

 

「あの、もしよかったら、私とバトルしてくれませんか? チャンピオンランクの人を相手にどこまでやれるのか、自分を試してみたいんです」

 

「……ッ!!」

 

 ネモにとってチャンピオンランクなどは大好きなポケモンバトルを追い求め続けた結果でしかなく、それそのものに大した意味などは見出していない。

 目を見開くほどに心を打ち震わせたのは、アカデミーに入ってひと月と経たずに誰1人として持ちかけてこなくなっていたバトルの申し出を受けたことにあった。

 

「にゃろお……」

 

 ギョロリと見開かれ、妖しさに満ちたネモの眼光にニャローテは本能的なところから一瞬怖気付くもすぐにリコの隣で構えを取る。

 リコがニャローテの折れぬ闘志に寄り添ったグルーシャ戦から、ニャローテもまたリコの闘志に寄り添うことを覚えたからだ。

 




 『コルサ』
 38歳。ボウルタウンのジムリーダー。キャッチコピーは『ネイチャーアーティスト』。
 芸術家としても著名であり、代表作は『投げやりのキマワリ』。
 トレーナーを見極める審美眼も確かなもので、くさのテラスタルを使わせれば天下一品。
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