部活動の洗礼を受けながらも、リコは今までにない充実感を味わうのであった。
セキガクバトル部の1週間のスケジュールは連休などの事情が絡まない限りは原則として以下の通りである。
月曜日 オフ(放課後にミーティング)
火曜日 基礎練習
水曜日 基礎練習
木曜日 基礎練習
金曜日 オフ
土曜日 練習試合または基礎練習
日曜日 練習試合または基礎練習
平日は学園からトキワの森まで片道約1時間、10キロほどのコースを往復するロードワークを中心とし、ポケモンバトルに関わる専門知識の吸収や実際にポケモンを動かすトレーニングのは部活中は最低限に留め、各々の自主練に委ねる形を取っている。
そんなバトル部の休日練習は朝から晩までたっぷりと使って行われ、平日以上に強度の高い体力トレーニングが待っていた。
「見えてきた。アレが……」
5月11日の日曜日。9時に学園を出発し、トキワの森から先のニビシティをさらに経由して東に向かった先の『お月見山』の入り口までリコたちは来ていた。
ここまで来るのにすでに平日の往復分の距離は走っているので相応の疲労が溜まっていた。
「よし。出発前に決めた組み合わせで山内の指定されたチェックポイントに行きそこでバトル。その後麓のポケモンセンターで昼休憩を取る。いいな?」
「「はい!」」
「ウス」
ペースを落とすことなく走りながらホタルが話すのに下級生3人は返事をする。
ホタルとアン、リコとドットがペアになり、洞窟内へ足を踏み入れてゆく。
「……遅い」
キラリは、やはり大幅に遅れているペアのマフィンを入り口で待ちながらタブレットロトムを起動させる。データマンの手癖だった。
「よし! アンよ、どこからでもかかって来い!」
「あいーッス! いくよミジュマル〜!!」
「みじゅまーッ!!」
ニンフィアを相手取り、ミジュマルはホタチを構えシェルブレードを展開。真っ直ぐ斬りかかりに走る。
「ぬッ!」
「みじゅ!」
ニンフィアの首元から伸びるリボン状の触覚をミジュマルはシェルブレードで迎撃して見せる。
ホタルからしてこれまで見たことのない太刀捌きだった。
「成長してるじゃあないか! アン!!」
「チェストォーーーッ!!」
ホタルは、アンの成長がルームメイトのリコの入部にあると見た。
リコは入部してから食事トレーニングこそはまだ慣れるのに時間が掛かっているものの、平日の練習における順応度の高さには目を見張るものがあった。
そんなリコに追いつけ追い越せで、アンやドットら同級生たちが日々の練習に熱を入れてくれるというのは喜ばしい話である。
「だが!!」
「みじゅま!?」
「うッ!?」
が、それはそれとして、まだまだ後輩に一本取られたくはないという先輩の意地があるのもまた事実。
「ふぃ〜…!」
ニンフィアの左耳に巻きつく形の触覚が追加で伸び、ミジュマルを捉え、
「まだまだ甘いッ!」
ガツンと地面に叩きつけた。
「クワッス! アクアジェット!」
「くんわす!」
ビシュウ! 俊敏な挙動でクワッスがニャオハの周囲を動き回っている。
「にゃ、にゃおあ…!」
「これじゃどこから来るか分からない…!」
クワッスの動きを目で追うリコは舌を巻いた。ドットの仕掛けてきたスピード殺法は、初めてバトルした時や練習の中でも見せてこなかったものだからだ。
それもそのはず、ドットからすればこの一戦は7日の初めてリコとバトルした時の雪辱戦であった。
「今だ! クワッス、つばさでうつ!!」
「くわぁぁぁ〜ッ!!」
アクアジェットの連続機動から一点、背後より上を取り飛びかかるクワッスにリコとニャオハの瞳がキラリと光る。
「ニャオハ! このは、『展開』!!」
「にゃおおんう!!」
猛烈なエネルギー葉が舞い散る。ドットにとって厄介なのは威力よりその分量だった。なにしろ1枚でも付着すればそれだけで被弾認定されてしまうからだ。
「くうッ! クワッス! 空中で羽ばたいて離れるんだ」
リコのニャオハがそこらの同種より豊富なくさエネルギーを行使できる強力な個体であることは、この1週間でドットも把握していた。
計算違いだったのは、リコがニャオハの有するくさエネルギーを積極的に活用する術に手を出し始めていたことだ。
『こいつ……ドンドン強くなってる!』
接近して肉弾戦に持ち込む際のカウンターとして、クワッスにつばさでうつの応用による空中バックを仕込んでいたのが幸いしたのはたまたまでしかない。
『クワッスじゃあ、勝てないのか……?』
腰のボールホルダーに手が伸び、頭によぎった思考は、ドットからすれば認めたくないことだった。
それはたった1ヶ月の仮入部期間とはいえ、より速くバトル部の門を叩いたドット故の後続であるリコに対する対抗心に他ならないのだ。入部のきっかけで自分がダシに使われたこともリコのことを気に入らない要因の1つなのは言うまでもない。
「「「「ききききーーーーッ!!」」」」
「なに?」
そんな時だった。リコとドットがバトルしている洞窟のフロア内で、こうもりポケモンズバットの群れが何かを取り囲んでいた。
「ら、らっしゃい……」
群れに包囲されているのは頭部と一体になった球状の岩のボディ、その左右から伸びる腕で必死に庇っているがんせきポケモンイシツブテだ。
「いけない!」
「あっ、お、オイ!」
反射的に駆け出すリコ。その後をドットは追う。
「放っておけよ! 野生同士の話なんだぞ!」
「分かってるけど……でも!」
野生のポケモンたちにはそれぞれ独自のルールがあり、ポケモントレーナーとしての節度から彼らの生きる自然界への過干渉は慎むべきである、とは授業でも散々触れられている話だ。
それと同時にポケモン愛護の重要性も説かれているが、今のリコには勉強机に着いて得られる知識などは頭の中から吹き飛んでいた。
ただただポケモンが好きで、傷付いているポケモンを助けてあげたい……イシツブテが虐められている光景を見て浮かんだのは、その一心しかなかった。
「ニャオハ! このはーッ!!」
「にゃあああおーう!!」
クワッスを迎え撃つために展開していたこのはをニャオハは撃ち出す。
「きー!?」
放たれたくさエネルギーの奔流を前に不意を突かれた形のズバットの群れはたまらず吹き飛ばされる、が、ダメージは軽微だった。
「にゃうう……!」
「全然効いてない……効果が今一つだから…!?」
どくとひこうの2つのタイプを併せ持つズバットには、いかにニャオハ自慢のこのはといえどその威力は半減、いや、4分の1にまで減衰させられてしまう。それ以上に複数の標的を無理にまとめて狙ったのが不味かった。
リコとしてはズバットたちの意識をイシツブテからこちらに向けることが出来れば御の字ではあったわけだが、そんな向こう見ずなどは、ドットには迂闊でしかなかった。
『群れがこいつら4体だけなわけない……応援を呼びに行かれるにしてもボクたちを敵に回したらマズイ、そう思わせなきゃキリがないことになるぞ……!』
「くわぁ……!」
主人の右手が改めてホルダーのボールを手に取るのをクワッスは見る。
「あーもう! 世話焼かせやがって!!」
意を決したドットは、勢いよくボールを放り投げた。
「いけ『ぐるみん』!! 10まんボルトだ!!」
「ぐるみん……?」
飛び出す影とは体色は水色、胴体に薄い紫色の角張った斑点模様を持つどくばりポケモンニドリーナ……
「ぐぅ〜! るぅ〜! みぃぃぃん!!」
「ききききィィィィ!?」
その全身から放たれる強烈な電撃がズバットの群れのうち1体を捉え、瞬く間に全身黒焦げにしていき、
「今だッ! いけ、モンスターボール!!」
すかさずドットが放り投げたボールの中へ収まってゆく。ズバットを押し込めたボールが3度揺れ、やがて動きを止めた。
「よしッ!」
ドットはゲットしたズバットのボールを拾い上げ、残りの群れに見せつける。
「さぁ! やるんだったらかかってこい! みんなまとめてゲットしてやるぞ!!」
「ぐるぅみん!」
「ドット……」
思い切り啖呵を切ったドットはリコにアイコンタクトを送り、イシツブテへと顎をしゃくって見せる。
囮の意図を察したリコは頷き、イシツブテへと駆け寄った。
「らっしゃい……?」
「大丈夫? もう心配いらないからね」
よく見れば体のあちこちがひび割れ、衰弱しているのが分かる。ズバットの牙が食い込み、すいとる攻撃で体力を吸われているのだろう。
「ん、しょ……!」
ニャオハのおおよそ5倍ほどの重さだが、泣き言は言っていられない。
リコはイシツブテを両腕に抱え洞窟の出口へ走り出す。
「ったく……!」
ズバットの群れ3体が退却したのを見届けてから、ドットはリコの後を追った。
「ボクがいなかったらどうするつもりだったんだよ?」
「うん……本当にごめんなさい。あと、ありがとう」
全国各地に点在するポケモンのための医療施設『ポケモンセンター』ではポケモンの医療行為やトレーナーへのサポートを原則無償で行っている。
お月見山の麓に建てられているポケモンセンターのロビーにあるソファに隣り合って座った形でドットは膝の上に頬杖を立てながらフン、と鼻息を鳴らした。
洞窟から戻り、2人ともポケモンセンターを管理するジョーイさんにポケモンたちを預けている。救助したイシツブテも含めてだ。程なくアンや先輩たちも戻ってくる頃だろう。
「ねぇドット……?」
「なに」
「あのニドリーナ、凄く良く育てられてるよね。初めて見たけど、強くってビックリしちゃった」
たどたどしいリコの物言いに苛立ちはあれど、言ってる内容そのものに悪い気はしないドットであった。
「……ぐるみんは、ニドランだった頃からずっと一緒だからな。マードックの赴任に引っ付いてセキ学に来る時も離れ離れなんてありえない」
「マードックって、食堂の?」
「叔父なんだよ。アレでも」
ドットは、豪放磊落で押しの強い母ブランカとはどうにも性格的に合わなかった。叔父のマードックが学食担当としてセキエイ学園へ行くというのは、進路選択以上に体のいい母離れの方便として使えたのでそれに乗っかったと話す。
リコはくさ校舎の食堂を根城としている厳つい顔つきの筋骨隆々な褐色男性を思い浮かべる。
屈強な体格ながら愛嬌のある顔つきがそういえばどことなくドットと似ている……そんな気がした。
「言っとくけど、これまでぐるみんを出さなかったのは手加減とかじゃあないからな? クワッスで不覚を取ったなら、クワッスで取り返すまでってだけの話!」
「うん。分かってる」
捲し立てるドットにリコは頷いた。
まだ入部してほんの数日でしかないが、バトル部の一員としてアンやホタルらと手合わせする中で、リコはトレーナーとしての根本的な部分において自分が未熟であると深く認識をしていた。
ドットに対しては、ぐるみんというパートナーが控えている分の力の差を痛感させられた形だった。
「リコさん! ドットさん! お預かりしたポケモンたちはすっかり元気になりましたよ」
「らっきらっき〜」
ジョーイさんの聞くものを幸せにするかのような声音とともにたまごポケモンラッキーが医療用カートを引いてニャオハらのボールを返却しに来た。
「らっしゃい……」
「よかった。元気になって」
イシツブテはおずおずとリコに両手に持つ物体を差し出す。マーブル模様の角ばった石だ。
「それは……お礼、的な?」
「らっしゃい!」
意図が伝わりイシツブテはニッコリ笑みを浮かべる。
「そのイシツブテ、お2人のトレーナー登録が入ってなかったから野生の子だと思うけど、ついてた傷からして持ってるつきのいしを拾う道すがらにズバットたちの群れの縄張りに足を踏み入れちゃったんじゃあないかしら」
「そんなにお気に入りなのにくれるの?」
「らっしゃい……」
イシツブテは全身を使って頷いて見せる。義理堅い性格なのが窺えた。
「ならドットに渡してあげて」
「いいのか?」
「ズバットたちを追い払ってくれたのはドットだから」
リコの申し出にドットは目を丸くする。
イシツブテが向き直り、つきのいしを差し出してくるなら断る理由はなかった。
「なぁ……こいつ、ゲットしてやったらどうだ?」
「え?」
つきのいしを受け取るドットはイシツブテを見やってから口を開く。
「だってこいつ、元々ズバットの群れにいいようにやられるようなやつなんだぞ? それが人間の匂いまでついて野生に帰ったら、それこそ居場所なんかないだろ?」
「それなら、私よりドットの方が」
「冗談じゃあない! ただでさえクワッスをお前のニャオハにリベンジさせるために鍛えてたところに予定外のゲットをして、この上さらにもう1体だなんて面倒見切れるわけないだろうが!」
リコとドットのやり取りを聞いているジョーイさんは微笑みを浮かべた。その予定外のゲットなズバットに関してきっちり面倒見る気満々であるドットの不器用な優しさを垣間見たからだ。
「それに試合に出ることも考えるなら、いつまでもニャオハだけって訳にもいかないだろ」
「ん……」
言外に覚悟を決めろと促すドットに曖昧な表情を向けていたリコは、改めてイシツブテを見る。
「らっしゃい……!」
両手を組み、見上げてくる瞳に確かな思慕を乗せる。
リコは、その瞳に根負けをした。
「イシツブテ……私はトレーナーとしてまだまだだけど、貴女が良ければ一緒に強くなっていかない?」
「らっしゃい〜!」
願ったりの申し出にイシツブテは両腕でガッツポーズを作る。
リコがそっとボールを差し出せば、イシツブテは右手の人差し指で開閉ボタンを自ら押し中に入り、一切の抵抗なくボールの中へ収まった。
「イシツブテ、ゲットです」
イシツブテのボールを胸元に抱き、リコは瞑目する。
思いがけぬところから初めてのポケモンゲットで、新しい仲間が増えた喜びを噛み締めた。
『ドット』
10歳。セキエイ学園1年2組所属。
叔父の赴任にくっついてやって来た寡黙な女の子。口は悪いが性格は決して悪くない。
パートナーのニドリーナこと『ぐるみん』の10まんボルトは本場のでんきタイプにも負けない威力を誇るぞ。