他地方交流を終えそれぞれ寮に帰れば、先輩たちが暖かく出迎えてくれるのであった。
翌日日曜日の朝6時、リコたち1年生4人は学園にあるバトルコートの整備をしていた。
「んしょ、んしょ」
「よっこいしょ!」
ホタル副部長よりの指示であり、2面あるのをリコとアン、ドットとロイで手分けしての作業だ。
木製のグランドレーキ、通称『トンボ』を用いてフィールドの表面を平らに均していく。
トンボを使った整地の後はフィールド上に転がっている石ころやゴミを拾い、始末をつけていった。
野球部や陸上部もリコたち同様、1年生がグラウンド整備に駆り出されているのは変わらない。
セキガクは原則年功序列文化であるのだ。上の学年からの命令には従わねばならない。
「完成したんだね。体育館」
「みたいだねー」
トンボを片付ける最中にふとリコが視線をやる体育館には、入学時にはあちこち見受けられたビニールカバーが取り払われ、真新しく作り直されたピカピカな外装がお披露目されていた。
他地方交流で全校生徒がいない間に創立80周年の目玉である体育館の改築工事が終了したのだ。
「じゃあオリオさんもういないってこと?」
「そりゃ次の現場に行ってるんだろ」
アンにドットがにべもなく言葉を重ねる。
体育館の改築工事に関わっていたオリオはきっぷのいい女性で、幼馴染であるというフリードとのやり取りも見物だったが、工事が終わった以上ここに留まる理由もないというのは当然の帰結だろう。
バトル部に度々顔を出し、仲良くなったオリオとちゃんとお別れできなかったのが、リコたちには少し心残りであった。
どこか『ボタンの掛け違い』があったらば、彼女はもっと身近な存在になっていたかもしれない……ふと、そんな思いがリコ、ドット、ロイの中に浮かんでいた。
「集合!」
朝の8時半。ホタルの号令の下バトルコートに全員集合をする。
普段は仕事をしているナギも今日は休みということで練習に参加していた。
「4月から5月にかけてはトレーナーの体力作りを重点的に行い、2週間近くの他地方交流を経てボクたちは基礎的なところから鍛え上げてきた。今日からは実戦形式のバトル練習を増やすことにする! よりポケモン側のトレーニングを行い、来月の夏休みに始まる地方予選へ向けそれぞれに長所を伸ばし、短所を克服していこう!」
「「「はいッ!!!」」」
「ウス」
練習前のホタルの訓示から、リコ、アン、ロイが元気よく返事をし、ワンテンポ遅れてドットがダウナー気味な返事をする。このリアクションも久々だった。
目配せを受けたマフィンを起点に横一列に並ぶ。
「全員、礼ッ」
「「「「「よろしくお願いしまーすッ!!!」」」」」
練習として使わせていただくバトルコートへと全員で一礼をする。
リコたちが儀礼的な流れを消化する中、監督のフリードはコート端のベンチで眠りこけていた。
ベンチの横にはフリードが私物として持ってきたポータブルのポケモン回復装置が置かれている。持ち運び機能に特化してこそいるものの、肝心の回復機能はポケモンセンターに設置されている最新型のそれと大差ないスグレモノだ。
マフィンらからして練習に必要なのはあくまで回復装置であり、練習が始まって早々居眠りをかますようなぐうたら監督は別に必要ではないので捨て置いていた。
「よし! 早速バトル練習を開始する! ルールはシングル、1vs1! 勝った者は連続で次の相手と戦い、負けた者はポケモンを回復させている間にコートの周りをランニング10周! 始めるぞ、ドット!」
「ウッス」
このホタルの明瞭な指示出しによる部活の進行もまさに久しぶりであり、リコはなんとも心地が良かった。
他地方交流の間は大半が自主トレで、たまにアンやロイと一緒にトレーニングするばかりだったからだ。
ドットとは……朝晩のロードワークが被るのみで何ら距離感が縮まるようなことはない。縮めようとも思ってはいないが。
「……他地方交流で得た分のデータを収集させてもらう……マフィン」
「いいでしょ。どこからでもかかってきなさぁい」
「A面はホタルとドット、B面はマフィンとキラリか。こりゃあどちらも見逃せんな」
ケタケタと笑うナギ。
練習に顔を出していること自体が貴重な存在だが、言っていることは事実だとロイは思った。
「ゆくぞッ!」
「こぉーん!」
「アレ、ロコンだよね?」
きつねポケモンロコン。
ホタルが繰り出すポケモンのフォルム自体はアンも馴染みのあるものだ。
特徴的な先端が丸まった6本の尻尾に赤いボディが記憶にあるもので、ホタルが繰り出したのが雪に混ざるような純白のボディに加え、綿雲のように変化した尾と前髪がアンの中で混乱を招いた。
「アローラの姿だよ。きっと他地方交流でゲットしたんだと思う」
「あ〜! なるほど」
リコの言葉でアンはすぐに納得をした。
「いけッ、カヌチャン!」
「かゃ〜!」
「ほう、4体目か」
ポケモンバトルの団体戦において、ダブルバトルは2体、シングルバトルは3体ポケモンを用意すればルール上は事足りる。
大会の中で限られた時間においては、メンバー1人につき3体を実戦レベルまで育て上げ、経験値を集中させるのが有効である、というのが学生バトル界の常識だ。
『よほど気に入るだけの光る何かがあると見た』
効率を重視するタイプであるドットもその辺り把握していることとホタルは思っていた。その効率をあえて無視するということは、それ相応の可能性をこのカヌチャンに見たということだろう。
「カヌチャン! たたきつける攻撃!」
「かぁ〜や!」
カヌチャンが得物のマイクを振り回しながらロコンへ駆けて行く。
ひと目でまだまだバトル慣れしていないことが分かった。
「ロコン! こなゆきだ! マイクを狙え!」
「こふぁ〜!!」
ロコンの吐息が冷気を帯び、ひんやりとしたプレス攻撃となればその軌道はカヌチャンの振り上げたマイクへと一直線。
「かゃ!? ややや……」
「カヌチャン!?」
こなゆきで氷漬けにされた事によりマイクの重さが増し、たまらずカヌチャンは尻餅をついてしまう。
「勝負アリ、だな」
その間にロコンは尻餅をついたカヌチャンに対し、至近距離まで近づいて見せた。
如何にこおりタイプの技がはがねタイプに効果今ひとつといえども、防ぎようのない距離まで肉薄されては相性など関係なくなる。
ホタルが実際にトドメの一撃を放たせなかったのはゲットされたばかりのカヌチャンを慮ってのことに過ぎない。
「寸止めなら回復装置を使わせず、外周するだけですぐまたバトルに参加できてあのカヌチャンに実戦経験を積ませることが出来る。相変わらず流石だね、ホタルは」
そんなホタルの考えを正確に言語化する声は、1年生には聞き覚えのないものであった。
前髪をパツンと揃えた茶髪のショートボブに、左こめかみの毛にサクラポケモンチェリムのポジフォルムをイメージした髪飾りをつけるその容姿に見覚えもなかった。
「来たんならマフィンもホタルも容赦はないぜ。大丈夫か?」
「病み上がりだからこそ、そうじゃなきゃ困るよ」
少女に気さくに話すナギに、リコたちは察した。
そんなリコたちに残るわずかな困惑を少女は感知したのか、
「セキ学バトル部2年、キッサキシティのミコ! ただいまをもって自宅療養解除となり戻って参りました!」
高らかな自己紹介と共に右手で敬礼を作る。
「ぶーい!」
そんな彼女の左肩にイーブイが飛び乗るのを見ながら、リコたち1年生はミコに倣って敬礼をした。
「はじめまして! 私、1年1組のリコといいます!」
「同じく1年1組のアン!」
「僕は1年2組のロイです!」
小気味のいい自己紹介にミコはうんうんと頷いてみせる。
「1年2組、ドット、ッス……」
「よろしく! イキのイイ1年揃ってるじゃない」
「だろ?」
ドットはおずおずと名乗り、会釈してからランニングに出て行く。
1年生たちに満足げなところにナギが自慢げに言うのもミコはスルーした。
「次だ! 早く来い!」
A面コートに残るホタルが次の対戦相手に来るよう声を張り上げる。
「おっ、行くのかお前」
「そのために来たって言ったでしょう?」
片目を瞑って見せながら歩みを進めるミコに、リコたちは下級生としては異を唱える選択肢などはない。
「こちらも他地方交流の手応えを確かめたいんだ。手加減はしないからな」
「それでこそホタル……まさしく『鬼軍曹』だよ」
「ぶい! ぶい!」
『見た目より好戦的……どんな戦い方をするんだろう?』
リコの素直なファーストインプレッションであった。
「どうする? ミコっち帰って来たけど、データ集めとか」
「……今はいい」
帰って来たならばいつでもデータ収集は出来る、とマフィンが暗に出してきた休戦の申し出をキラリは拒否する。
「まふぉあ!」
マフォクシーが魔法の杖として扱う枝を振り抜き、肉薄するゲンガーを振り払う。
ゲンガーはその身を影の中に溶かし、キラリを撹乱しにかかっていた。
「ニンフィア! ムーンフォースでスパイクだ!!」
「ふぃぃぃあッ!」
ロコンから入れ替えたニンフィアがフェアリーエネルギーの球弾を打ち上げ、高くジャンプと同時に首元のリボンを振り抜くことでエネルギー弾を勢いよく発射する。
ホタルのバレー戦法もリコたちには久々の代物だ。
「イーブイ! レッツゴー!!」
「ぶいいいッ!!」
ミコの左肩に乗っていたイーブイがそのままバトルにも参加すれば、自身を中心としてむせ返るような香気を撒き散らす竜巻を起こし、ムーンフォースの軌道を逸らしてしまう。
「ぶげ!?」
幸か不幸かムーンフォースはベンチをベッド代わりに依然として眠っていたままのフリードを直撃。
だらしなくベンチから転がり落ちる監督の様などはリコたちの眼中ではない。
「今の技、なんだろう? 副部長のニンフィアの全開スパイクを跳ね返すなんて……」
「ナギ先輩。ミコ先輩のイーブイは何をしたの?」
リコの疑問をそのままロイはナギにぶつけるが、ナギも首を横に振る。
「オレにも分からん。少なくとも……春休みで帰省する前のミコのイーブイがあんな技使ってたのは見たことない」
トレーナーサークルにいるホタルも、ナギと同様困惑が表情に出ていた。
現段階のミコのバトルスタイルは、同じ2年生からしても理解の外であった。
「今度はこちらから! 攻めるよイーブイ! 念じて!!」
「ぶーいぶいぶいぶい……!!」
イーブイがぐむむ、と表情を歪めて念じれば、エスパータイプのエネルギー弾が周囲に展開されてゆく。
「こ、これは!?」
ホタルもニンフィアも驚くよりない。
これほどのサイコパワーは、イーブイが進化したエーフィであらば十八番といえる領域であり、進化しないまま駆使できるものではないからだ。
「くッ……!」
しかし、エネルギーの『弾丸』であるならば対処出来ないではない、いや、なにがなんでもしてみせるというのがホタルのプライドであった。
「ニンフィア!」
「ふぃふぃふぃ!」
リボンを振り抜いてエネルギー弾をことごとく弾き飛ばす。
球や弾丸の類は通用しない……そういう風にポケモンたちを育成したのがバレー部志望であったホタルの方針だった。
「ならばこれならどうだ!」
左手首に巻き付けたZパワーリングを起動させる。
正直なところ、この試用はもう少ししてからのつもりだったのだが、ミコのイーブイの得体の知れなさがホタルを急かした。
「ホタルの奴、いきなりいくつもりだ」
顔と胸の前で両腕をクロスさせ、続けて両手で丸を作ってから全身で羽を生やした妖精の様を表す『ゼンリョクポーズ』にナギは息を飲む。
ホタルのZワザが火を吹こうというのだ。
「流石はホタル。他地方交流、しっかりやり込んできたと見た!」
「向かい風の強さは己のゼンリョクの証!! やるぞニンフィア!!」
「ふぃあああッ!!」
ホタルから注がれるZパワーを星の形に纏うニンフィアを前にミコは揺るがない。
主人の意を汲んで見せたイーブイは、まっすぐニンフィア目掛け突っ走っていく。
Zワザの圧力を前にしても一歩も引かぬ胆力そのものは、在りし日のミコとなんら変わらないと確信できるホタルだった。
「輝け! ラブリースターインパクト!!」
「ふぃぃぃぃぃあッ!!」
ニンフィアが全身より纏った星型のZパワーを放射する。
本当に容赦がない、それでこそホタルだとミコは思った。
「私たちは以前のままで帰ってきたわけじゃあない! その証を見せよう! 相棒!!」
「ぶぅぅぅい!!」
「あのイーブイ、構わず突っ込んじゃった!」
「Zワザのパワーに呑み込まれちまうのがオチだぞ……?」
あまりにも強引な正面対決へ自らの肉体を弾丸として撃ち出すイーブイに、ロイもナギも絶句する。
「いてててて……お? ありゃあ、『相棒技』じゃあないか」
そんな中、流れ弾によりベンチから転げ落ちて叩き起こされたフリードから、何気ない調子でミコのイーブイに関するすべてのアンサーが呟かれたのだった。
『ミコ』
11歳。セキエイ学園2年1組所属。
ポケモンバトル部の一員で事故に遭い負傷。自宅療養を余儀なくされていた。
相棒ポケモンはイーブイで合言葉は『レッツゴー』だ。
想定CVは佐倉綾音さん。