週末、バトルコートに姿を見せたのは療養帰りの2年生ミコであった。
相棒技とは呼んで字の如く、トレーナーとポケモンが互いに相棒と認識し合うほどに絆を深めた同士の関係性となったところをスタートラインとして、そこからさらに厳しく、専門的な特訓の果てに習得出来る既存の技術体系からは独立した技である。
この技術体系の獲得のためには多大な犠牲が求められる。ポケモンが体内に持つ基礎的なエネルギーリソースを費やす為に事実上進化が出来なくなるのだ。
「ぶち抜け相棒!! 必殺、ブイブイブレイクだぁぁぁッ!!」
「ぶいぶいぶいぶいぶいあああああッ!!」
ミコのシャウトに応えたイーブイが星型のフェアリーZパワーを突き抜け、ニンフィアへ肉薄する。
「ふぃあッ!?」
「なにィ!?」
Zワザを放ち、硬直しているところのニンフィアへイーブイが全身をぶっつける。
イーブイが突き抜けたラブリースターインパクトはミコの右隣を掠めて飛んでいき、上空で霧散していった。
「ぶいぶい!」
渾身の突撃を押し通したイーブイはミコの元へ走って戻る。
ニンフィアは、完全に目を回して倒れていた。
「そうか……そういうことだったか」
ニンフィアをボールに戻すホタルは、改めてフィールドを確認するのでこの攻防の結果に納得をした。
うっすらとだが、確かにイーブイをガードする力場があったのだ。
「先の念弾はエスパータイプの攻撃としても申し分なかったが、同時にひかりのかべをも展開していた。だからニンフィアのZワザのダメージも軽減し、正面突破が出来たということか」
「それでも思ってたよりずっとダメージが大きかった。やっぱり凄いよホタルは」
ミコに口角を吊り上げて見せてからホタルはフィールドを離れ、ニンフィアのボールを回復装置にセットする。
「何をしている! 次、誰かミコの相手に入れ!」
そして呆けているリコたちを一喝してからランニングを始めた。
「誰もやらないならボクがやるけど」
ホタルと入れ替わりでランニングから戻ってきたドットも、走りながらミコのイーブイの戦いぶりは見ていた。
「待って! 私がやる!」
そのままトレーナーサークルへ向いたところでリコがしゃしゃり出てくるのにドットは分かりやすくイラッとしたが、ちょうどそのタイミングでB面も一戦終わっていた。
「フン!」
キラリがランニングへ出掛けて行くので空いたマフィンの相手に、そのままドットは収まることにした。
「おっ。噂のルーキー登場だね。お手柔らかに頼むよ!」
「はい! 思いっきりいきます!」
ミコにとってリコの返事は100点満点だ。こういった元気と真摯さを併せ持つ後輩は先輩として気持ちがイイものだ。
「ぶいぶいぶい!」
ダメージを負いながらもイーブイは依然やる気満々である。
「いくよ、ニャローテ!」
「にゃおおッ!」
今の自分の全てをぶつけて新しい先輩相手に実力を試す、リコの頭の中にはそれしかなかった。
「ん〜〜ッ! このなんともごみごみした感じ、ニドリーナ寮に帰ってきたって気がしてきたわ〜〜!!」
「おーミコっちじゃん! 体はもういいわけ?」
「ご覧の通りよ!」
その夜、練習終わりの大浴場でミコは感無量の声をあげていた。顔馴染みの同級生とも気さくに言葉を交わしている。
同様の感動を昨日他地方交流から帰ってきたばかりのリコたちが得ていたのが2週間であったのに対して、3月の終わり頃から6月の初め頃まで学園にいなかった分、ミコの方が湧き上がるものとしてはずっと大きいのも納得といえた。
「あの、ミコ先輩。背中の方は……」
「おっ、流してくれるの? ありがと。ちょーっと見苦しいかもだけど気にせずゴシゴシやっちゃってよ」
セキガクの学生寮においては、原則として部単位での行動が定着している。
食堂では部ごとにスペースが用意されているし、決まった時間に大浴場へ行って皆で入浴するのが当たり前のことだ。
そして大浴場では後輩は先輩の背中を流すのが決まりであり、バトル部ではホタルとキラリの2人の背中を誰が流すかでリコ、アン、ドットが毎日スッポンポンのままじゃんけんで決めていた。
それがミコの帰還により自然とその手間が消失したのだ。
「えーと……」
リコがおずおずと見るミコの背中には、右肩側から左の脇腹へ一文字にザックリとした切り傷に対する痛々しい手術痕が刻み込まれている。
どうにも尻込みが先に来てしまうが、当人が構わないと言うならば信じるよりなかった。
「ポケラインでおおよその事情は聞いたが、実際のところはなにがあったんだ?」
ドットが背中を流すホタルがミコに問いかける。ミコを真ん中としてホタルは右隣、キラリは左隣からアンに背中を流してもらいつつ傾聴の姿勢を取っていた。
「うーんと、ね」
ミコとしてもこの展開は予想通りであった。
ミコの語ることの次第としては春休みにまで時は遡る。
練習の合間に親戚の不幸ごとが起き、葬儀に参加するために地元であるシンオウ地方、キッサキシティへ帰省していた時だった。
大人たちが諸々の準備をする中で手持ち無沙汰な親戚の子供たちの引率としてミコは町の北側、キッサキ神殿を目印とした町外れでトレーニングがてらに人慣れしている野生ポケモンたちと遊ぶ親戚のちびっ子たちを見守っていた。
そんな時だった。
「きにゃあああああッ!!」
「あっ、危ない!!」
いきなり草むらから飛び出してきた野生のかぎづめポケモンマニューラが、逃げ遅れたちびっ子に鋭い爪を振り下ろした。
「うッ、ぐぅッ……!!」
「ぶーいッ!?」
ミコは反射的にちびっ子を庇う形で爪による斬撃を背に受け、イーブイがたまらず駆け寄る。
鮮血が瞬く間に積雪を染め上げる。薄れゆく意識の中、ミコはそのまま病院へと運ばれた。
「病院に運ばれてすぐ手術になってさ。傷がかなり深くって、あとほんのちょっとズレてたら内臓までいってたかもねって。それでどうにかこうにか一命は取り留めて、そのあとは療養しながら特訓してたわけ」
「その間にイーブイに相棒技を仕込んだのか」
「ちょうどキッサキに相棒化の伝道師さんが来てて、私の話を聞きつけて訪ねてくれたんだ。イーブイも私が怪我したのを気にして、強くなりたいって思ってくれたのがよかった。ただ……」
「ただ……?」
それまであっけらかんと話していたミコの表情が途端に暗くなる。
感情表現がストレートな人だとリコは思った。
「襲ってきた野生のマニューラなんだけど、どうにも正気じゃあなかった気がしてるんだ」
「……正気じゃない?」
「うん。背中をやられて、視界がボヤけてく中で見たマニューラは、よく分からないピンク色のモヤに包まれててなんだか苦しそうだった。騒ぎを聞き付けて駆け付けた伝道師さんが神殿の方へ退散させたって聞いたけど……なにか事情があったんじゃあないのかなって」
自分が大変な目に遭った原因であるマニューラに思いを馳せるミコを、リコたち1年はポケモン好きな善い人であると認識を固める。
その辺りの認識は、同級生からすれば周知の事実であった。
「よし! ミーティングを開始する」
翌日、6月9日の月曜日はセキガクバトル部はオンライン勢として平日は働いているので原則学園には不在なナギを除いた8人と、監督のフリードが部室に集まっていた。
他地方交流だったり自宅療養が明けてから初めての定例ミーティングを、変わらずホタルが進行を始める。
「今週末に予定されている練習試合の相手のデータをキラリがまとめ上げてくれた。地方予選でもぶつかる可能性がある相手だ。各自目を通して頭に叩き込んでおくように」
キラリがホチキスで几帳面にまとめた資料をロイに渡せば、全員の手元に渡してゆく。
「チャバ農業大学第1高等学校中等部……」
前日の夜にグループから名前だけは事前に共有されている対戦相手校がそのままタイトルになった資料をペラリとリコはめくってゆく。
「……チャバ農一はタマ大、トキワ台の『カントー2ダイ』の次に来るレベルの強豪校。去年の地方予選でもベスト4まで勝ち進んでる」
「つまるところ、相手の都合にもよるけど今週の練習試合はそのまんま私たちが地方予選でどれくらいやれるかの試金石になるわけだ」
ミコの考えにキラリは首肯をする。
「向こうもこちらが対エクシード学園、対アサギ塾と全国規模に相手を広げてガンガン練習試合を重ね、悪くない結果を出してるので色々見極めるつもりなのだろう」
「要するにどんなもんやら、ってノリね」
ホタルがチラとマフィンに視線をやれば、あいも変わらず女子の制服姿で脱力ながらに資料をパラパラと捲っている。
その間にチラチラと向けられる視線を、リコは苦笑いとともにするーしていた。
「来週のチャバ農一戦を結果に関わらず最後の練習試合とし、残りはガッツリ練習に当て込み、万全の状態で地方予選に突入する。手の内を晒し過ぎる必要もないからね」
マフィンは普段通りに柔らかい口調だった。しかしそこには確かな感情の重みがあった。
『そっか……マフィン部長は、負けたらそこで引退、なんだ』
来月の地方予選はマフィンにとって、全国制覇を目指すラストチャンスである……その事実に、リコたち1年生はゴクリと生唾を呑んだ。
どうしようもない変態野郎でこそあるが、マフィンが全国に熱い思いを秘めていることはバトル部みんな知っていた。
なにより、ただの変態ならばホタルやキラリがついてくるはずもないのだ。
「今週以降も学園のコートを利用したバトル練習を中心のメニューを組むから、各員それぞれに自身とポケモンのコンディションを整えておくように。解散!」
改めてホタルの訓示と号令によりミーティングは終了。
以後は1週間の予定通りオフであった。
「ふぅ……」
「ぼぅ」
ミーティングの後、リコは普段と変わることなく自主トレのランニングに出掛けていた。
セキエイ学園からトキワシティへ向かい、南下していけば彼方にマサラタウンの町並みを眺める。
日々の体力作りが功を奏し、夕食どきまでにはまだまだ余暇を残していた。
リコは、マサラタウンのオーキド研究所を訪ねるべく意を決した。どんなものなのだろうか? そんな興味本位からだった。
「止めて! 来ないでよ!」
「けゃあ〜!!」
そんな時、近くから悲鳴と、無数の羽音がリコの耳に入る。
「あっ!」
耳を頼りに辺りを見回せば、ポケモンを連れた女の子がオニスズメの群れに襲われているではないか。
「ニャローテ! ゴローンを!」
「にゃああろッ!!」
リコのランニングに合わせ、カルボウはその足元をついて走り、ニャローテは玉乗りの要領でゴローンを転がしながら追従していた。
「わっ、な、なに?」
ニャローテが飛び降り、勢いよく蹴り出すことでスピードに乗って転がるゴローンが右隣を掠めるように通り過ぎれば、女の子はたまらず尻餅をつき、オニスズメの群れはたまらず退散してゆく。
「ごめんね。大丈夫? この辺りにいるオニスズメの群れは結構しつこいから」
そこにリコは駆け寄り、女の子に手を差し伸べる。
差し伸べられた手を掴んで立ち上がるのは白のワンピースとのコントラストから健康的なイメージを全面に出した褐色に、ブラウンの瞳。
「ぽるるぅ……」
白い髪をポニーテールに纏めた女の子の側には、チアリーダーを彷彿とさせるレモンイエローの体色と翼の先端に付いた黄色いボンボンのような綿毛が特徴のポケモンは、与える花の蜜によりフォルムチェンジをするダンスポケモンオドリドリだとリコは分かった。
「あ、ありがとうお姉さん。あたし、チャン。この娘はオドリドリ。パパがゲットしてくれたお友達なの」
聞けば両親の仕事上の都合から全国各地を転々とする家庭で育ち、来年にトレーナー免許取得を控える9歳の女の子であるという。
現在はトキワシティに住んでおり、小学校の授業が終わり、放課後の散歩をオドリドリとしていたところをオニスズメの群れに絡まれたのだ。
「私はリコ。チャンちゃんとオドリドリは、怪我とか大丈夫?」
「うん! ちょっと頭つつかれたけど、あたし頑丈だから! オドリドリもぱちぱちしてる時はでんきタイプだから大丈夫」
「ぽるるるぅ!」
褐色に映える真っ白い歯を見せるチャンに呼応するようにオドリドリも威勢よく翼を上げて見せる。
本当に仲の良い同士であるとリコは思った。
「お姉さんのポケモンたち、凄く強そう! トレーニングいっぱいしてるの?」
「うん。セキエイ学園のポケモンバトル部でたくさん練習してるからね」
「セキエイ学園の、ポケモンバトル部かぁ〜……!」
目を輝かせるチャンにリコが照れ隠しで視線を逸らしている時だった。
「にゃにゃ!」
ニャローテがリコに事態の急変を告げる。
「ニャローテ?」
ジャージの袖を掴み、ニャローテが指差す先には……
「けやぁぁぁぁぁッ!!」
「オニドリル!?」
くちばしポケモンオニドリル。オニスズメの進化系であり、群れの統率役なのだろう。
周囲には先ほど追い払ったオニスズメたちが取り巻きとして付き従っている。
連中がボスに告げ口の1つもしたのは明らかだった。それはいい。
「チャンちゃん、私の後ろに隠れて!」
「う、うん!」
リコはチャンを庇うようにオニドリルらの前にて対峙をする。
「けやあああああッ!!」
こちらを捕捉したオニドリルの周囲にはピンク色のモヤが付き纏い、一直線にリコ目掛けて襲いかかってきた。それが不穏であった。
『チャン』
9歳。トキワシティ在住。
両親共働きで全国各地を転々としている女の子。現在トキワシティに住んでいるのもたまたまのこと。
オドリドリは親にキープしてもらっている大事なお友達だよ。
想定CVはファイルーズあいさん。