強豪チャバ農との練習試合を控える中、リコはロードワーク中に小さな女の子と出会うのであった。
「ゴローン! お願い!」
「いらっしゃ〜い!」
来襲するオニドリルを前に、リコは一昨日の大浴場でのミコの話を思い出していた。
ピンクのモヤが付き纏う危険な野生ポケモンの話……シンオウ地方から遠く離れたカントーの、それも最初の町であるマサラタウン付近に住み着くには明らかに場違いと断言できるほどに凶暴化しているのが見て取れた。
元よりこの辺りを訪れる際、決まってオニスズメの群れに絡まれはしていたが、雑に追い払ってしまえばそれでその日は事足りる、ということがほとんどであった。
群れのボスが直々に出向いてくるなどは初めてのケースだ。
無論、ピンクのモヤもリコは初めて見るものだ。
「がんせきふうじ!」
「いらっしゃいッ!」
ゴローンが周囲の地面をくり抜いて生成した岩弾を思い切り発射する。
「けやぁ!!」
岩弾のいくらかが直撃コースを飛んでくると分かったオニドリルは全身を使って激しく錐揉み回転。
がんせきふうじをまんまと防いで見せ、さらにそのままゴローンめがけて突撃をかけてきたではないか。
「ドリルライナー……!」
「じめん技だ!」
「ほーう……!」
リコの背よりチャンとオドリドリが恐る恐る戦況を見ている。
この子たちを守るためにも絶対に引き退るわけにはいかない、そうリコは決意を改めて固めた。
「いらっしゃあああい!!」
激しい回転をかけたまま突っ込んでくるオニドリルのくちばしをゴローンは4本ある腕全てで掴んでゆく。
リコの決意は、しっかりゴローンへと伝播していた。
「お姉さん! このままじゃゴローンのおててが削り取られちゃう!」
「大丈夫! ゴローンはこれくらい平気だよ! だって……」
リコはチャンに振り向き、眩しい笑顔を見せた。
ゴローンを心配してくれる優しさへの感謝と、絶対に貴女たちを守るというリコの熱い決意が爽やかな風を呼び、チャンの褐色肌をくすぐった。
「私たちは、全国制覇のために頑張ってる! こんなところで遅れなんか取ったりしないんだから!!」
「全国……制覇……」
チャンは、ハッキリと言い切るリコの笑顔を目に焼き付けていた。
「けや!?」
オニドリルの猛烈な回転突撃が徐々に勢いを減らしてゆき、やがて嘴をガッシと掴み取られる形となる。
ゴローンの腕力と、不退転の意地の前にドリルライナーが止められた。
「ゴローン! オニドリルを放り投げて!」
「いらっしゃ〜い!!」
押さえ込みに成功したくちばしを掴んだままゴローンはオニドリルをジャイアントスイングの要領でぐるんぐるんと振り回し、勢いをつけてから真上に投げ飛ばす。
「けやぁ〜!?」
技の直後の僅かな硬直からされるがままに上空に投げ出されたオニドリルは、今度は急降下の勢いを活かしたドリルライナーの体勢に入るが……
「がんせきふうじ、いっぱい!!」
「いらっしゃいいいッ!!」
ゴローンは投げ飛ばしてすぐに先程より大量の岩弾を展開しており、今度は360℃からの岩弾を見舞った。
「けや!? けや〜〜〜ッ!!」
回転による迎撃が間に合わず岩弾の何発がオニドリルの翼に命中し、そのまま全身を岩弾が押し包んでいく。
文字通り岩石による封じ込めがなされては、オニドリルを閉じ込めた巨大な岩弾の塊が地面に落下した。
「けけぇ〜ッ!?」
「けけけぇ〜ッ!!」
オニドリルが沈黙させられ、たまらずオニスズメの群れは一目散に逃げ出してゆく。
「けッ、けゃ〜〜〜ッ!!」
「まだ元気みたい……!」
群れの離散を察知したオニドリルは岩弾を振り払い、怒号を飛ばす。
痛い目を見せられたリコよりも、自分たち可愛さから逃げ出すオニスズメたちを許せぬものと狙いを変えたのか、その後を追いかけるべく飛び立たんとした、まさにその時だった。
「ゆけッ! モンスターボール!!」
「なに!?」
不意に飛んでくるボールにチャンが驚愕をする。
ボールは逃げ出した群れに意識を向けていたオニドリルの後頭部へ正確にヒットし、全身を内部へ閉じ込める。
3度、もがくように震え続けていたボールがやがて停止する。オニドリルはゲットされたのだ。
「すまないね横槍を入れてしまって。もしかしてこのオニドリル、ゲットするつもりだったかい?」
「い、いえ。特には」
「そうかい」
揺れが収まったオニドリルのボールを拾い上げるのは、トゲトゲした茶髪の非常に端正な顔立ちをした男前だった。
メンズの真っ赤なワイシャツに土色のパンツを合わせ、白衣を羽織る男前は、リコとチャンに爽やかな笑みを向けた。
「僕の名前はオーキド。みんなからはポケモン博士と慕われているよ」
男前は、その男性な顔立ちを使って余すことなく笑みを作る。
「シゲル博士〜!」
「ほうほ〜う!」
チャンとオドリドリが駆け寄るのはオーキド・シゲル……『2代目オーキド博士』その人であった。
ポケモン歴2022年、『初代オーキド博士』ことオーキド・ユキナリは80歳でこの世を去った。諸事情こそあれど、公的にはそうなっている。
彼がマサラタウンに遺した研究所と、その敷地内として広がる山岳地帯、そして祖父の通り名を35歳で相続してからシゲルは現在に至っている。
10歳で2度のリーグ挑戦を経てトレーナー業から研究者へと転身したシゲルはシンオウのナナカマド研究所所属からフリーとなり、ホダカ博士が立ち上げた『プロジェクト・ミュウ』では幾度となく未開のテーブルマウンテンの調査に加わった。
『最果ての孤島』とも称されるポケモン世界最大の秘境へのトライを繰り返した結果、エリア全体のうち8割の生態系確認に貢献した俊英は、祖父の研究所を拠点として現在も精力的な活動をしている。
「そうか、セキエイ学園からわざわざ訪ねに来てくれたんだね。あそこには、ルーキーの子たちが選ばなかった初心者用ポケモンを卸させてもらっているからそれなりに付き合いがあるんだ」
オニドリルの一件から、リコとチャンはシゲルの案内で研究所の応接室に通されていた。
シゲルはお茶菓子を持って部屋に戻って来て、対面側に座る。
「あの、オニドリルみたいなことはいつから? 私もあの辺りをロードワークで走ってるんですけど、今日みたいなことは初めてで」
「うん。僕も実際に個体を確認したのは今日が初めてなんだ。近頃になって、野生ポケモンたちの唐突な凶暴化の事象が全国各地から報告としてあちこちの研究所に届けられていてね。僕もフィールドワークの回数を増やしてカントー中の調査を進めているんだ」
「凶暴化した野生ポケモンたちって、みんなあの不思議なピンク色のモヤが周りに渦巻いてるんですか?」
「あがっている報告にある特徴としては共通しているね」
リコは改めてミコの話を思い出す。
彼女が出会したケースが発生していたのは、シンオウだけではなかったのだ。
「ウチの部の先輩も、同じ特徴をした野生ポケモン相手に怪我させられたんです」
「なるほど……それは気の毒だったね」
シゲルがオニドリルをゲットしたのも、凶暴化したポケモンを徹底的に調べるためという目的からであった。
報告通りであればトレーナーや周辺住民はもちろんのこと、野生の生態系すら破壊しかねない。
リコの奮戦は、シゲルにとってまさしく僥倖であった。
全国規模においてこの案件の調査に関しては現状遅々として進んでおらず、他の研究所もモヤを被った凶暴化ポケモンに対するデータ量はタネボーの背比べというような有様だが、今日その当該ポケモンをゲット出来たのは大きな前進に繋がるだろう。
「わぁ〜あははッ!」
「ぽぉ〜!?」
話し込んでいる空気に飽き始め、応接室の窓から覗ける外の様子にソワソワし出すチャンを察したシゲルに促され、3人は研究所の庭へと場所を移した。
「祖父はトレーナーから預かったポケモンたちのお世話にも熱心でね。そのためにマサラタウンの周りの山々を丸ごと買い取ったんだ」
「初代のオーキド・ユキナリ博士のことは、歴史の授業で聞いたことがあります」
「勉強熱心で結構」
「「「「「も〜〜〜〜〜!!」」」」」
爆走するケンタロスの群れの中の1体の背に乗り、全身で風を感じながらはしゃぐチャンと、必死にチャンにしがみ付いているオドリドリをシゲルは微笑ましく見つめる。
「チャンさんは1人で帰すのは危ないからね。ご両親に事情を説明して迎えに来てもらうことにした」
「あのオニドリル以外にも凶暴化したポケモンがいるんですか?」
「いないとも言い切れないが故の措置さ」
シゲルにリコはあぁ、と納得を示す。
「にゃっ、にゃっ、にゃっ、にゃっ、にゃっ」
ニャローテが研究所の回復装置を使わせてもらい、全快したゴローンの上に乗って見事な玉乗り芸を披露すれば、庭のポケモンたちに大ウケ。
「だにゃにゃにゃ!」
本体と背中の種の合間から伸ばしたつるを使って器用に拍手をするたねポケモンのフシギダネからは、その小さなボディからは想像もつかない威厳が溢れ、
「ぼーう!」
カルボウを背に乗せマサラタウン中を飛び回るリザードンもまた、歴戦の猛者たる風格をあるがままに放っていた。
「実を言うと、きみがオニドリルと対峙した辺りから既に僕は草むらに隠れてスタンバッていてね」
「そうだったんですか!?」
申し訳なさそうに頭をかきながら語るシゲルに、まるで気付けなかった、とリコは驚愕の表情を見せる。
「さっき話したように凶暴化ポケモンの資料をたくさん確保したくてね。確実にゲット出来るようチャンスを窺っていたんだ」
「なるほど……」
「きみのおかげで労せずして上手くいったのさ」
「私はただ、チャンちゃんを守らなきゃって思って必死だっただけです」
「その誰かを守るため、という心意気は大事にするといい。そのために振り絞れる勇気もだ」
「は、はい!」
返事をしながらもリコは、シゲルの本題はここからだとその整った横顔からなんとなく感じ取る。
「僕もデビューしてすぐはトレーナーとして頂点を目指し、ポケモンリーグに挑んでいてね。その夢はあっさりと打ち砕かれてしまった」
話を聞きながらリコは、研究所を案内されている合間に見かけた棚の上に飾られているケースと、その中にあるジムバッジを思い出す。
18個のバッジが屋内の照明を反射して輝く様は、トレーナー時代のシゲルの闘志の証だと思えた。
「リコさんは、ポケモンバトル部で全国制覇のために頑張っているんだったね」
「はい」
「どんな世界においても、その頂点を目指すというのは厳しく険しい道のりだ。辛いこともたくさんあるだろう」
「それでも、頑張るだけの価値はあると思っていますし……その価値をみんなで共有出来てると私は思ってます」
リコはバトル部の仲間たちの顔を思い浮かべた。
アン、ドット、ロイの同級生たちにホタル、キラリ、ナギ、ミコの先輩たち、そしてマフィン部長……。
こうしている今もどこかでそれぞれのオフを過ごしながら、これからの戦いへ向け英気を養っていることだろうと思いながらリコは言葉を紡ぐ。
気持ちは、皆1つである。
「それに何より……私自身が心の底から目指したい、頑張りたいって思えた初めてのことなんです」
「それはいいことだね」
空を見上げるリコの横顔に見える確固たる信念は、シゲルからそれ以上の言葉を封じた。
苦難の道は承知の上、と杞憂を察したのだ。
「オーキド博士、今日はありがとうございました!」
「またいつでも、今度は仲間たちも連れておいで」
「はい!」
「お姉さん! ありがと〜!!」
チャンに手を振り返してからリコは大急ぎで走り出す。
「急ぐよみんな!」
「にゃーい!」
「いらっしゃーい!」
「ぼう! ぼう!」
門限自体はなんてことないが、バトル部単位で動き回る夕食や入浴のことがすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
ホタル副部長からの大目玉をどうにか避けようと急速に小さくなってゆくリコの背中へ、見えなくなるまで手を振り続けるチャンは1つの決意を固めていた。
「シゲル博士、あたし、決めた!」
「なにをだい?」
「トレーナー免許が来たらあたし、セキエイ学園に行く! セキエイ学園のバトル部に入って、お姉さんと一緒に頑張るんだ!」
「ほうほうほーう!」
「それはいいね」
意気込みを見せるチャンを後押しするようにオドリドリがチアリーディングを思わせるダンスで翼を振るっている。
『憧れ』は無限にも等しい原動力となる……そのことをよく知るシゲルは、チャンの決意に大きく頷いた。
そして、そんな小さくとも確かな『憧れ』を生んだリコたちの活躍を心から祈った。
シゲルもまた、リコのことを気に入っていた。
『シゲル』
38歳。マサラタウンにあるオーキド研究所の所長。
通称『2代目オーキド博士』。偉大な祖父の後を継いだポケモン研究者。
非常に多才かつ容姿端麗、女性ファンもたくさんいるみたいだよ。