SEKIGAKU DIARY   作:nami73

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 お月見山へのロードワークにて、リコは襲われていたイシツブテに助けの手を伸ばす。
 ドットの協力もあって救出した彼女をゲットし、リコは2体目のポケモンを手にしたのであった。


ロイの旅立ち

 リコたちが通うセキエイ学園のあるカントー地方が属する列島地域は『ニッポン共栄圏』という範囲内に収まっており、ジョウト、ホウエン、シンオウといった地方と言語や文化を一部共有して現在に至る。

 カントーの周辺には独立リーグを持つ『オレンジ諸島』や『ナナシマ』のような独自の生活圏を持った島々が恩恵を受ける中には、これから語る特段名前もないような離島も数多含まれていた。

 

「じゃあ行ってくるよじいちゃん!」

 

「あぁ。気を付けてな。無茶をするんじゃあないぞ?」

 

「分かってる!」

 

 黒髪の中で前髪部分のみ赤い頭髪に黒い帽子を被り、前髪より濃く、真紅といった瞳孔が浅黒い肌に映える様は、見るものに少年の快活さをストレートに与える造形であった。

 白髪ながら短髪の跳ねた毛並みが相対する少年と似通っている祖父はこの島の長老で、旅立つ孫を見送る日を迎えた。

 時は遡り、リコたちがセキエイ学園に入学した4月初頭のことである。

 

「大丈夫大丈夫! 心配しなくても僕にはこいつがいるんだから。な?」

 

「しゅとらい!」

 

 ロイがポン、と背中を押すので威勢よく応えるのはかまきりポケモンストライク。

 緑の体色に爬虫類のような凛々しい顔立ちやフォルムの中に背中の羽と節で分かれた構造になっている腹部に虫らしい名残があり、刃物のような両手を勇ましく振り上げて見せる彼のパートナーだ。

 

 

 

 故郷の離島を出発して3日間のフェリー移動は、ロイの中の青雲の志をより強く燃やしていた。両親が漁師として働く中で遠く離れた地にいたのも、その醸成に一役買った形にはなっている。

 

『いにしえの冒険者のような凄いトレーナーになる』

 

 幼き日より祖父から読み聞かせられた絵本に出てくる英雄への憧れに端を発したロイは、友達として過ごした島内の野生ポケモンたちの中から特に意気投合したストライクを最初の1体に選んだ。

 ロイとストライクの冒険は、ここから始まるのだ。胸の高鳴りのままに、少年は潮風を体いっぱいに浴びていた。

 

 

 

「ここがトキワジムか!」

 

 カントーの地に足を踏み入れたロイは、クチバシティからディグダの穴を通り抜け、トキワの森を経由してトキワシティへと辿り着いた。

 この1週間ほどの間にもぐらポケモンディグダの群れや、道中のトレーナーを相手にポケモンバトルを行い、それら全てに勝利を積み重ねていった。

 

『だぐぅ〜ッ!』

 

 特にディグダの穴の主であるディグダの進化系、分類は同じくもぐらポケモンダグトリオにも苦戦しながら勝ちを拾ったのが大きな自信に繋がっている。

 

『オイオイ、お前本気か?』

 

『筋がいいのは分かるが悪いことは言わねえ。トキワジムだけはやめとけ』

 

『あそこのバッジはジムリーダーが変わらない限り取れねーよ』

 

 頭の中に浮かんだ道中にてバトルをしたトレーナーたちの制止をロイは振り払う。話を聞いてみるにトキワジムのジムリーダーは就任してから28年近くになるが、その中でジムバッジを誰かに渡したことは1度も、誰にもないのだという。

 その難攻不落さこそがロイの琴線に触れた。溢れる冒険心に火を付けた。

 

『今まで誰も勝ったことのないっていう、凄く強い相手に挑んで勝つことこそポケモントレーナーの本懐じゃあないか』

 

 トキワジムを敬遠する者たちは皆、ロイのこの一言の前に押し黙った。ポケモントレーナーの在るべき姿を眩しがり、直視出来なかったからだ。

 

「こんにちはー! ジム戦を申し込みに来ました!」

 

 いざ、と気合いを入れ、扉を開き中に入ってゆく。

 内装はバトルコートの左右に柱が3本ずつ立った簡素な作りで、ロイの入室に応じ施設内全体の照明がパパッとつく。

 

「よく来たなチャレンジャー。歓迎しよう。」

 

 奥から姿を見せるのは、薄紫色の髪に目元をサングラスで覆う青年だった。

 袖の部分が黒い濃青のジャケットにインナーを合わせたコーディネートには、機能性以外をこれっぽっちも重視していない無機質さが現出されている。

 

「俺はここのジムリーダーをやっているシンジ……チャレンジャーの名前は?」

 

「僕、ロイって言います! 対戦よろしくお願いします!」

 

「よろしく」

 

 自己紹介もそこそこにシンジと名乗った青年は、ポケットからスマホロトムを取り出して操作を行う。

 するとスマホロトムは審判サークル内へ飛んでいった。

 

『これより、ジムリーダーシンジvsチャレンジャーロイの試合を執り行います!!』

 

 シンジがスマホロトムを操作していたのはポケモンバトルの審判AIを起動させるためだった。

 往年の名審判ハセベの音声が響き、軽快な進行を務めるようになっている。

 育て屋をやっている兄レイジがトレーナー現役時代からのファンだからと無理矢理設定し、押し付けてきただけであり、シンジからすれば機能として問題がないならば音声の是非などはどうでもいい話だが。

 

「チャレンジャーのバッジ数と、連れてるポケモンの数は?」

 

「ジム戦は今日が初めて! ポケモンはこいつです! いけ、ストライクッ!!」

 

「すとらいいいッ!!」

 

『ルーキーか……』

 

 サングラスの奥のシンジの視線が一瞬落ちる。

 

「了解した」

 

 ロイが『掘り出し物』であるというところに僅かな期待をかけ、シンジはボールをフィールドへ投げ込んだ。

 

「ナッシー、バトルスタンバイ!」

 

「「「なっしなっしーん!!」」」

 

 やしのみポケモンナッシー。がっしりとした幹のような胴体から、それぞれ2本爪の付いた短い足が生えており、3つの実の部分にある顔がストライクを見下ろす。

 

「すぅぅ……!」

 

 そのどれもがあからさまな嘲りの表情を向けてくるとなれば、ストライクは不愉快さを露わにした。ここまでロイと一緒にずっと戦い続け、それらに勝ってきたことで相応につけてきた自信が、高いプライドからの反発心として出た。

 

「うんうん。気合い入ってるなストライク!」

 

 そして、そこに気付くほどロイのトレーナーとしての成熟はまだ進んでいなかった。

 

『使用ポケモンはお互い1体ずつ! どちらかのポケモンが戦闘不能となった時点で試合終了となります!』

 

 スマホロトムに対しロイもシンジも準備は済んでるとアイコンタクトを送れば、

 

『それでは、試合開始!!』

 

「しゅとらぁッ!!」

 

 コールと共に鎌腕にジムの照明が反射して煌めき、疾る緑影がナッシーへ襲いかかった。

 

「かげぶんしん!!」

 

「しゃあい!!」

 

 ロイの指示に合わせ、緑影がフィールド至る所に増えてゆく。残像を残すストライクのスピードの為せる技だ。

 ナッシーが浮かべる嘲りの表情に変化は、ない。

 

「…………」

 

 サングラスの向こうの鋭い瞳が捉えているロイの立ち回りは正しく児戯でしかない。

 

『大方、野試合で自信を付けてきた手合いか』

 

 ロイのポジティブさの源泉にもすぐに見当がつく。いきなりカチ込んできた勇気だけはまぁ及第点をやってもいい……そう結論付ける以外に取り上げるべきものも見出せなかった。ハッキリ言って『期待外れ』だった。

 ポーカーフェイスを通り越した無愛想は生来のものとして、鼻息や吐息から呆れの感情が漏れないよう取り繕って見せるのは20年以上ジムリーダーをやってきた中で培った技術だ。

 

「れんぞくぎりだ!!」

 

「すっらい!!」

 

 かげぶんしんによる撹乱からのれんぞくぎりで徐々にダメージを稼ぐコンボは、ロイと一緒に離島にいた時から練習し編み出したストライクの必勝パターンだ。

 ストライクの仕掛ける猛攻を前にナッシーがなす術なく四方より切り付けられ続けるのを見て、ロイは確かな手応えを感じていた。

 

『いいぞ! これなら……』

 

 勝てる! そう心内で思った刹那、

 

「ふみつけ」

 

「すぎゃッ!?」

 

 ナッシーがれんぞくぎりで夢中になっているストライクの足をあっさりと払い、背中を思い切り踏んづけた。

 

「ストライク!?」

 

 ロイは目を見開かされる。かげぶんしんを前にしていいように撹乱されていたようにしか見えなかったナッシーとは思えぬ機敏さが、背にヒヤリと冷たい感覚をもたらす。

 

「ナッシーには頭が3つ……それぞれに目が2つある。つまり合計6つの目を凝らしてしまえばそれしきの残像などないも同然」

 

 例えナッシーの目を掻い潜るほどのスピードを見せようとも、シンジ側でとうの昔に動きはもちろん、移動パターンをキャッチしてしまっているのでストライクの実体を捉えることに対して別段苦労はない。

 28年前の自分だったらばこの辺りで悪態を突くのを我慢できなかったろうな、とシンジの瞳は一瞬天井を見上げた。

 

「加えてこの体型だからな。足回りは鍛えておかねば話にならん。タマゴばくだん」

 

「「「なっしっしーん!」」」

 

 ナッシーが頭のヤシの葉を揺らせば、タマゴ型に凝縮されたノーマルエネルギーの塊が振り落とされてゆく。

 振り落とされたエネルギーの連続爆発、ナッシーの強靭な足に踏み付けられたまま身動きの取れぬのストライクにはどうしようもなかった。

 

「なっしん!」

 

 執拗なまでの爆撃によるモヤが晴れ、ナッシーが軽く蹴り出したストライクは全身黒焦げでダウン。完全に目を回していた。

 

『ストライク、戦闘不能! ナッシーの勝ち! よって勝者、ジムリーダーシンジ!!』

 

「ストライク!!」

 

 ジャッジを聞き終える前に既にロイはフィールド内へ走り、ストライクを抱き起こす。

 

「腕を磨いて出直して来い」

 

 ナッシーをボールに戻しながらのシンジの一言は簡潔であった。

 それを聞き、ロイはハッとしてからストライクをボールに戻す。

 

「ジム戦、ありがとうございました」

 

 そしてシンジに深々と頭を下げた。

 負けた悔しさを堪え、礼儀を優先するロイを、シンジは人として評価した。人としての評価とトレーナーとしての評価は全く別ではあるのだが……。

 

「ポケモンセンターは道なりに行けばすぐに着く」

 

「僕、また挑戦しに来ます!」

 

「あぁ」

 

 ジムを立ち去るロイにシンジは軽く右手を挙げながら見送る。

 ロイとすれ違いでジムへとやってきたのは、毎週通う清掃員のナギだった。

 

「あれ、ジム戦あったんで?」

 

「まぁな」

 

 銀髪を後ろに括った青年は、清潔感のある紺のポロシャツにしなやかなユニフォーム素材のパンツ姿で用具を抱えながらジムへと入る。

 清掃業者のアルバイトとしてカントー中を駆け回り、業務に取り組む中でシンジとも軽い知己となっているのは、彼自身のコミュニケーション力によるものといえよう。

 

「どんなもんでした?」

 

「ただのルーキーだ。どうなるもこうなるもこれからとしか言えん」

 

 シンジの声音の中に『さっさと仕事しろ』と暗に諭すものを感じれば、ナギは会話を打ち切り清掃を開始した。

 

 

 

 『トバリシティのシンジ』とは全国区の強豪トレーナーである。

 列島の最北端にあるシンオウ地方に産まれ、全国各地を転戦していく中で先のセキエイリーグ四天王キクコに見初められ、彼女が代理として預かっていたトキワジムを継承しながらも常に世界レベルの戦いの最前線にいるからだ。

 世界の舞台において、シンジは幾度となくチャンピオン級の実力者を破っており、『世界最強のジムリーダー』とも囁かれている。

 ポケモン歴1982年から15年間に渡り『ポケモンワールドチャンピオンシップス(PWCS)』の頂点に君臨し続けたガラルリーグチャンピオンのダンデと、常にその座を狙い続けたジムリーダーキバナのライバル関係に、1997年のトーナメント優勝から3年飛んで2000年に連覇を成し遂げ、以後20年間のワールドチャンピオン防衛を経たことでPWCS内において『殿堂入り』の栄誉を受けた『マサラタウンのサトシ』との因縁を重ね合わせる往年のファンも数多く存在する。

 一般大多数のポケモントレーナーは旅の中で公認ジムを巡り、8つの認定バッジを入手してポケモンリーグの地方予選を目指すのを目標として推奨されている。

 公認ジムを預かるジムリーダーという立場からシンジがチャレンジャーに求めるのはたった1つ、トレーナーとしての強さのみだ。

 その確固たる信念は一定の評価と支持を受けながらも、結果としてはシンジが受け持つトキワジムを敬遠するトレーナーの増加を生んでいた。

 シンジの実力は依然として世界レベル。まだまだ国際試合において引くて数多な身分であり、正直なところジムリーダーにこだわる理由はさほどない。

 ただ、『強すぎるジム』として恐れられるようになったが故に後継のジムリーダーをリーグ委員会が用意できていないという事情から、シンジは未だトキワジムを根城とするよりない状況にあった。

 

 

 

「こんにちは! ジム戦お願いします!」

 

 それからちょうど1週間後のことだった。ロイが再びトキワジムに現れたのは。

 

「……バッジ数と連れてるポケモンの数は」

 

「前と同じ! 今度こそ勝ちます!!」

 

 真紅の瞳に輝く自信の色に、僅かばかりの期待を抱くのはジムリーダーとしての職業病だ。

 シンジは、アプリを起動し審判AIを呼び出した。

 

 

 




 『ロイ』
 10歳。ポケモントレーナー。
 カントーの離島から旅立ったルーキー。夢はでっかく『いにしえの冒険者のような凄いトレーナー』になること。
 島で一緒に育ったストライクとはバッチリ息の合うパートナーだ。
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