SEKIGAKU DIARY   作:nami73

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 リコを除いた1年生3人の期末テストの結果はそれはもう惨憺たる有様であった。
 自分たちも戦力としてアテにされていると言われて奮起したアン、ドット、ロイの赤点トリオは先輩たちの助けもあり無事追試をクリアするのであった。


地方予選開幕!

 7月22日。

 カントー中の学校が夏休みを迎え、少年少女たちがそれぞれの青春を謳歌する中、ポケモンバトルの団体戦に青春を賭けた若い闘志のぶつかりどころがセキエイスタジアムであった。

 全国中学校ポケモンバトル選手権大会……各地方に設けられたたった1つの出場枠を賭け、全国への切符を奪い合うのだ。

 セキエイスタジアムには、明日の全国を目指すカントーの学校にあるバトル部が集結していた。

 

「おっ、来たなお前ら。相変わらずマフィンはドベか!」

 

「ナギ先輩!」

 

 学園からウォーミングアップとしてロードワークをしつつスタジアムまで走ってきたリコたちを出迎えるのは先に現地入りしていたナギだった。

 ロイが人懐こく駆け寄っていくのでナギはわしゃわしゃと頭を撫で回してやる。

 

「監督は?」

 

「俺らの分の客席確保してグースカ寝てるよ」

 

「まったく……」

 

 ナギの返答、その光景が容易に想像がつくフリードの姿にホタルはため息をつく。

 

「よし! 各自ユニフォームに着替えて監督の取ってある客席で合流、入場の呼びかけあるまで待機!!」

 

「「「はいッ!!」」」

 

「ウス」

 

 明瞭たるホタルの指示にリコ、アン、ロイが元気よく答え、ドットはワンテンポ遅れてリアクションするのもバトル部では定着した光景である。

 

「ひぃ〜……ひぇ〜……」

 

「部長大丈夫?」

 

「相変わらず体力ねェ野郎だなマフィンはよ」

 

 スタジアムに辿り着く段階で既に疲労困憊な様子のマフィン部長を介抱するロイ。そんな様子にナギがカラカラ笑っているのを尻目に、女子陣はさっさと更衣室へと向かった。

 

 

 

 ユニフォームに着替えたリコたちは程なくして大会アナウンスに従いフィールドの入場口へ集合。他の参加チームに混ざって縦一列に並んでいた。

 

「マフィン部長、重くないスかそれ?」

 

「意外と軽い素材で出来てるみたい」

 

「そうなんスか? ちょっと持たせて下さいよ〜」

 

「ん〜……アンが持つには『まだ早い』かなぁ〜」

 

「ちぇ……」

 

 部長として先頭に立ち、プラカードを掲げながら入場予定のマフィンの物言いにリコが僅かな引っ掛かりを覚え、その氷解を待つだけの時と、明確な回答が与えられることはこの場ではなかった。

 

「それでは皆さん、入場お願いします」

 

 大会スタッフの誘導に従い、待機していた長蛇の列が動き出す。

 ポケットモンスター……縮めてポケモン。『この世界』にいつの間にか人類文明と寄り添う形で存在している彼らのことは、学術的な表記として『携帯獣』と呼ばれている。

 そこから軽くもじりを加え、学生部活の中でポケモンバトルに励む学生たちを『携児』と呼ぶ層もいくらかいた。球技に熱中するのを『球児』と呼ぶようなものだ。

 『球児たちの夏』……もとい、『携児たちの夏』が幕を開けるのだ。

 

 

 

『ここ、バトル文化のメッカとして知られ、現在に至るまで燦然たる死闘の歴史を重ね続けているセキエイスタジアムより、今年も全国への切符を賭けた戦いが今、始まろうとしております! 全国中学校ポケモンバトル選手権大会、カントー地方予選! 各チーム入場行進であります!!』

 

「博士急いで急いで! 入場始まっちゃうよ!」

 

「ほほほほ、ほーう!!」

 

「はいはい」

 

 放送席からのジッキョーのアナウンスが響く中、客席にやって来るのはチャンとオドリドリ、それに彼女らにせっつかれるシゲルであった。

 先導するチャンらが飛び跳ねる中、穏やかな笑みと共にシゲルはついていく。

 チャンの熱心なお誘いを受け、引率として一緒にリコたちの応援へ足を運ぶことになったのがシゲルだ。

 

「おっ! 出てきたぞ!! タマ大附属だ!! やっぱりカントー絶対王者、役者が違うって感じだなー」

 

「去年は全国ベスト4まで残ったんだ。今年は全国制覇あるかもしれんぞ」

 

 最寄りであるセキガク吹奏楽部によるファンファーレの中、一際威風堂々さを前面に押し出した一団に観客の注目が集まる。

 その列の中に、ナギの妹であるカオルの姿もあった。

 

『兄貴……』

 

 6月の終わり頃に顔を合わせた兄は、相も変わらず苦学生をやっていた。

 家庭の経済状況から、名門であるタマ大の受験を受けるのは兄だとばかり思っていた。それだけ優秀だということを誰よりも近いところで見て来たが故に、兄の身の振り方は衝撃であった。

 兄が自分にタマ大受験の機会を譲ってセキエイ学園へ、わざわざ奨学金制度を利用して入っていくなどとは寝耳に水としか言いようがなかった。

 元よりその偏屈なところが災いし、両親からはいい感情をあまり向けられてないところのある兄だが、こと自分たち兄弟に関しては優しいどころか甘いとすら言える人となりをしていた。

 そんなナギが、まるで均等に割り損なったお菓子の大きい方を差し出すようにタマ大への道まで自分に明け渡すというのは、カオルからすれば屈辱であり、申し訳なくもあった。

 そんな兄は、セキエイ学園のチームの中で朗らかに溶け込んでいる。それだけが救いと言えた。

 

「カオル。視線が俯いているぞ」

 

「は、はい! すみません」

 

「我らタマ大にとって地方予選は通過点に過ぎぬ。故に磐石の勝ちを以て弾みをつけねばならぬ。全国制覇のためにな」

 

「はい……ヒカミ部長」

 

 プラカードを高々と掲げ、先頭を行くはカントーNo.1の強豪タマ大附属の部長を勤め上げるヒカミである。

 絵に描いたような男装の麗人であり、爽やかな青髪をボブカットに纏め、ユニフォームの脇から覗く胸周りはサラシをガチガチに巻いているスタイルの源泉は彼女の生い立ちにある。

 タマムシシティにジムを置くジムリーダー、エリカの親戚として名士の一族という先入観を持たれがちであった自らのイメージに一石を投じるための一手が功を奏した。

 そんな彼女から、カオルは早々と来シーズン以降の部長に指名されている……。

 

 

 

「タマ大と準決でぶつかりそうな強豪はチャバ農か! あそこもいいチームらしいんだよな」

 

 

 

 リキュウ部長を先頭として、チャバ農業大学第一高等学校中等部も入場行進にて姿を表す。

 

『必ず勝ち上がって、決勝でもう一度勝負だ!』

 

 その最後方を行くムラエリは、セキガクへ、リコへのリベンジのため勝ち上がる決意に燃えていた。

 

 

 

「出てきたぞ。トキワ台だ。タマ大に次ぐカントーNo.2!」

 

「まぁ今年も決勝はタマ大とトキワ台の『2ダイ対決』が有力ってところかな。チャバ農以下はみんなタネボーの背比べだよ」

 

「むきききぃ〜……」

 

「ぽぉ! ぽぉ!」

 

「まぁまぁチャンさん」

 

 賢しら顔で予想をひけらかしている観客の口ぶりは、明らかにセキガクを軽んじていた。

 チャンは敵意をむき出しにし、今にも飛び掛からんというような雰囲気なのをシゲルが宥める。

 彼女の相棒のオドリドリが煽りにかかるスタンスな以上、シゲルしか止められる者はいないのだ。

 それでも実際のところとして、シゲルはその観客の語る前評判そのものは決して的外れでもないと思う。

 どれだけリコのことをチャンや自分が気にかけていたとしても、彼女が所属するセキガクの現状としては、その他諸々の中にいる弱小チームという評価でしかないからだ。

 そんな前評判をひっくり返すためにこれから彼女たちは頑張るわけなのだ。

 

「あっ! お姉さんだ! おーい!!」

 

 

 

「あっ、チャンちゃん」

 

「知り合い?」

 

「うん。オーキド博士の研究所で仲良くなったんだ」

 

 行進しながらのリコとアンのやり取りにドットはギョッとする。

 マサラタウンのサトシに強い憧れを持つドットにとって、そのマサラタウンとはまさしく『聖地』そのものであり、おいそれと足を踏み入れるなどとんでもない場所なのだ。故にドットはロードワークの際、ルートとして最初から除外していた。

 そこを訪れたばかりか、サトシが預けているポケモンたちが多く住むポケモン研究所にまで行っているというのは看過出来なかった。

 

「おい。なんでお前がオーキド博士の研究所に出入りしてるんだよ」

 

「え? だってロードワークのコース先にあるんだし、それにせっかくだから行ってみたいなって……」

 

「1年、私語は慎め!」

 

 詰め寄る口ぶりのドットにリコが答えていたところにホタルが行進とファンファーレにかき消されないながら、周りに悟られないギリギリの声量で注意を促す。

 声色こそ抑え気味であったが、その口ぶりには確かな怒気が含まれているのを察してリコたちは押し黙る。

 程なくして入場行進は終了。フィールドに集結した16のチームが縦一列に並び、それら先頭集団のいる手前に置かれた台座は、開会式のためのスピーチの壇であった。

 

『地方旗、大会旗を掲揚』

 

 開会式の進行は、放送席に入るウグイス嬢が務める。カントー中からの公募で選ばれた学生スタッフで、名はアスミという。

 

『続きまして、全国学生ポケモンバトル協会理事長、セキエイリーグチャンピオンヒロシ氏によるご挨拶です』

 

 壇上に上がる男は短い茶髪にオフィシャルな舞台用のキッチリとしたスーツを身に纏っている。

 

「ぴかぴか」

 

 その足元には癖っ毛がトレードマークのピカチュウ『レオン』が控えていた。

 ポケモンリーグがチャンピオンと四天王を配置する『四天王制度』をポケモン歴1985年に導入して以降、ずっと空席であったセキエイリーグチャンピオンの椅子に史上初めて座ったのがこのヒロシだ。

 2000年に四天王戦を開始してからタイトルマッチまでを勝ち抜き、2005年に戴冠してちょうど20年。その王座は盤石で、揺らぐ気配も、余人に譲ろうという気配も全くない。

 マサラタウンのサトシが敗戦したことすらある最大のライバルの1人として、ヒロシもまた、黄金世代を彩る一員という認知を声望と共に集めていた。

 

「えー、本日はお日柄もよく、絶好のバトル日和になりまして重畳至極であります。生徒の皆さんは、今日この日のために一生懸命練習を重ねて来て……」

 

「ぴーか」

 

 なんとも杓子定規な入りをしたヒロシのスピーチに対し、レオンが『違うだろ』とツッコミを入れる。

 ヒロシもヒロシでそんな相棒へ視線が向いてから、ゴホンと咳払いをして再度口を開いた。

 

「委員会の役員さんたちからはみんなの胸に響くようなありがたい説法を説いてやって欲しいと言われてるけど、目を見れば分かる。ここに来たみんなは戦いに……いや、勝ちに来ている。かくいう僕も、きみたちのバトルを早く見たいと思ってる」

 

 最初のお堅い一節からなる本来の挨拶などは、とうの昔にヒロシの頭の中から消え去っている。戦う者の顔をしている。

 

 

「誤解を恐れずに言うのなら、ポケモンバトルとは、勝つために頑張るスポーツだ! ポケモンもトレーナーも、その肉体や精神を鍛え上げ、血湧き肉躍る死闘の中で熱きぶつかり合いを重ね自己を昇華させる! それこそが健全なる青春の形だろう!」

 

 熱が入り出す主人のスピーチに、レオンは腕を組みながら満足げに聞いている。

 

「きみたちが今日まで鍛錬を重ね、ここに求めてやって来た『たった1つの真実』……それは紛れもなく全国大会への出場権だけだ! ならばそのためにきみたちが成すべき使命はたった1つ。」

 

 すう、と息を吸い込む。

 

「勝てッ!!!」

 

 精魂込もった一言を最後に、ヒロシはスッキリとした面持ちで壇上から降りてゆく。

 本来ならば5分ほど言葉を紡ぎ続ける予定であったのが、壇上から降りた時点で3分も経っていなかった。

 やりたい放題なヒロシに役員たちがぐむむ、とした表情を向ける中、生徒側としてはヒロシのことを『分かってるやつ』だと好印象を持った。

 誰も立ったままお偉いさんの長話など聞かされたくはないし、ヒロシもしたくはないのだ。

 

『続きまして、昨年の優勝校であるタマムシ大学附属中学校ポケモンバトル部部長ヒカミさんと、準優勝校であるトキワ台中学校ポケモンバトル部部長ミサキさんによる選手宣誓です』

 

 ウグイス嬢アスミによるアナウンスに合わせてヒカミと金髪に蜂蜜色の瞳を持つ美少女が壇上に上がる。

 

「「宣誓! 私たち生徒一同は! ポケモンや仲間たちとの絆を胸に! 日々の鍛錬の成果を発揮し、スポーツマンシップに乗っ取り正々堂々最後まで戦い抜くことを誓います!! ポケモン歴2025年、7月22日!!」

 

「タマムシ大学附属中学校3年、ヒカミ!!」

 

「トキワ台中学校2年、ミサキ!!」

 

『あの人、2年生で部長なんだ……』

 

 トキワ台の白を基調にして、首や袖口に赤いラインの入ったユニフォームを内側からいじめているダイナマイトバディはともかくとして、2年生で部を引っ張る立場となっているミサキの瞳の中には、文字通りキラキラとした星が輝いていた。

 

 

 




 『ヒロシ』
 38歳。セキエイリーグチャンピオン。
 ポケモンバトル史において初めてセキエイリーグの王座に就いたグレートチャンプ。
 パートナーであるピカチュウのレオンとともに幾多のミラクルを起こしてきた超実力者だ。
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