SEKIGAKU DIARY   作:nami73

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 1学期が終わって夏休みに入ってすぐのリコたちに、待ちに待った時が訪れた。
 地方予選が始まる……それはセキガク全国制覇をかけた遥かなる挑戦の幕開けであった。


とある幕間の邂逅劇(エンカウンター)

「おう、みんなお疲れさん」

 

 開会式が終わり、待機スペースとして確保されていた客席の一角ではフリードが目を覚ましており、バトル部を鷹揚に出迎えた。

 先のヒロシの大会挨拶で叩き起こされ、座席から尻を浮かすほどびっくりしていたのは内緒だ。

 

「今日はベスト4が決まるところまで。明後日24日にベスト4と決勝、か」

 

「……私たちの試合は1回戦最後」

 

 席に座るミコが背もたれに体を預けて寛げば、イーブイはすかさず主人の膝の上へ飛び乗って体を横たえる。

 キラリはタブレットを片手にスタスタと客席最前列のフェンスへ躍り出る。参加チームの対戦データを収集するためだ。寡黙なのは変わらないが、データマンとしての使命感に燃えていた。

 

「ねぇねぇフリード〜。俺たち試合までなーんもなしに観戦するばっかりじゃ味気なくなーい?」

 

 マフィンが猫なで声と上目遣いのコンボを使い、にじり寄りながらせがむのをフリードは心底鬱陶しげに見る。

 

「ったく、しょーがねェなァ……ほらよ」

 

 暫し視線をぶつけ合ってから根負けし、財布から5000円札をマフィンに手渡した。

 

「お釣りは返せよ?」

 

「わーい! 監督大好き〜」

 

 飛び上がりながら喜んで見せつつマフィンは5000円札をホタルに渡し、ホタルからリコへと渡る。

 同時にホタルは手早くまとめてある一枚のメモ用紙も渡した。そこには上級生の欲しいエネルギー補給用の軽食に加え、お菓子やジュース類が記載されていた。

 要するに今から買ってこい、ということだ。

 

「1年も遠慮するな」

 

「は、はい」

 

 ホタルがひと言付け加えるのでリコは頷く。

 

「リコ、行こ!」

 

「うん」

 

 フリードが根負けし、財布を取り出した段階でアンは既にドットとロイから欲しいものを聞いており、リコは2人連れ立ってスタジアムに併設されている売店フロアへと向かった。

 

 

 

 ポケモン歴1900年に建てられた『カントー地方ポケモン競技場』を母体とし、1950年にポケモンリーグの大会責任者となった故タマランゼ氏の肝入りでスタジアム化が成されたのがセキエイスタジアムの起こりである。

 そこから50年の酷使で老朽化していた施設を2000年に4年かけて改装が施され、2005年のリニューアルから20年の月日が経過していた。

 2000年から行われた大規模な改装工事により併設していた売店コーナーも大幅に拡充され、公式戦のような使用予定がなくともスタジアムは活気に溢れていた。

 

「2円しか残んなかったね、お釣り」

 

「うん」

 

 レジ袋に買い出しの品を詰め込んで持ち運ぶリコとアンはそのまま売店コーナーを後にすることにした。

 重量で潰れていたら色々まずいことになりそうなので上級生の注文物は袋の上の方に詰めてある。下級生の性だった。

 

「よぉ。きみらセキガクのバトル部だろ?」

 

 そんなところに声をかける2人の男子。その表情が、リコもアンも初対面からどうにも好きになれなかった。

 こちらのことを値踏みするような目つきがシンプルにいやらしかったからだ。特に体つきを……。

 

「ユニフォーム見て分かんない?」

 

 アンはぶっきらぼうに返す。

 セキガクのユニフォーム胸部にはハッキリとポケモン世界の文字で『セキエイ』とデザインが入っているのだ。

 

「悪い悪い。俺たちヨヨヨ第8のバトル部で、まぁ境遇としちゃきみらと同じ買い出し組なワケ」

 

「ならお互いさっさと済ませて戻んなきゃいけないのも一緒だね。行こっかリコ」

 

「うん」

 

「待てよって」

 

 通り過ぎようと見せた背後からの圧にリコは体を正面から右に向ければ、ヨヨヨ第8中の男子が伸ばしていた手をサラリと回避する。

 

「なんですか?」

 

 リコのあからさまな嫌悪を込めた声音に手を伸ばした男は、バランスを崩しかけたのを取り繕いながら余裕を見せつつ口を開く。

 

「っと……まぁ、なんだ。俺たち試合終わったらフリーでさ。男子2人女子2人ってことで遊び行こーよ」

 

「試合終わったら、って今日のスケジュール夕方までかかるよね? あたしたち大会終わったら寮帰るけど」

 

 アンがそっけなく返せばヨヨヨ男子は顔を見合わせ、ケラケラと笑い出した。

 

「なにがおかしいんです?」

 

「ハハハ! いやなぁに、ウチはこれからあのタマ大と試合なんだぜ? 勝てるわけないじゃん」

 

「そうそう。それにそっちだってどうせ勝てっこねーべ?」

 

 下心に関しては初見から薄々勘付いてはいたが、聞けば聞くほどにあらゆる方面に対して失礼極まりない話だった。

 買い出しに出されてるということはこいつらはリコたちと同じ下級生で、チームが大会No.1の強豪とこれからやり合うというのに、目の前の2人はやる前から完全に諦めているのだ。

 自分たちの部の先輩への見えないところでの態度はもちろん最悪であり、あまつさえセキガクも同じ弱小校同士として、傷の舐め合いに巻き込もうという理屈は、リコからして反吐が出るものだった。

 

「結構です! 私たち、全国制覇を目指してるので。遊んでる暇なんてありません!」

 

「……んん?」

 

「ぴかぁ?」

 

 リコの啖呵に、自販機からジュースを取り出す少女が意識を向けた。その肩には相棒のピカチュウがいる。

 

「フーン……」

 

 整った顔立ちに、肩まで届く茶髪のボブカットの前髪をケロマツの顔のヘアピンで止めている少女は、ツカツカと啖呵を切ったリコへと近づいてゆく。

 

「オイオイこりゃあ傑作だ! 万年1回戦負けの弱小セキガクが、こともあろうに全国制覇だってよ!! 笑っちゃうぜ!!」

 

「ホント! お前らじゃどうせ準決勝でトキワ台に……」

 

「ねぇ」

 

「あ? なんだよ、って……ヒッ!」

 

 背後から声をかけられたヨヨヨ男子は少女を見るなり左右に避けて道を開ける。

 ユニフォームから強豪トキワ台の生徒であると分かったからだ。たった今口走っていたチームの張本人が姿を見せたのに2人ともビビり上がっていた。

 

「今、ちょっと面白いこと言ってたの聞こえたんだけど? 全国制覇、とか」

 

 そんな腰抜けどもに少女は意識を向けることなく、真っ直ぐリコと対峙する。

 リコは、少女からデジャヴを感じていた。アメジオやビワのような、真っ直ぐな闘志……強敵の気配を察した。

 

「は、はい。私たちセキガクは、全国制覇目指してるって、確かに言いました」

 

「フーン……貴女の言い分だとつまるところ、私たち相手にも勝って、全国に行ってやる、ってことよね?」

 

「ぴかぁ……!」

 

 肩に乗るピカチュウと共に少女が勝気な笑みとともに圧を発すれば、リコのボールからニャローテが勝手に出てくる。

 

「ニャローテ」

 

「にゃろぉ……!」

 

 リコは、本音を言うならこの場から逃げ出したいほどにビビッてしまっていた。が、出て来た相棒の姿に気持ちを落ち着かせてゆく。

 

「……私が言ったことで、あなたを不快にさせてしまったなら、謝ります。でも、発言を撤回するつもりはありません」

 

「リコ……!」

 

 退く気配どころか、明らかに強豪の気配を漂わせる少女と正面から向き合うリコの姿にアンは驚いていた。

 根っこのところで芯が強い娘であることそのものは知っていたが、こうまで一歩も引かぬ胆力を見せられたのは知り合ってから初めてのことだったからだ。

 

「私たちの目標は全国制覇! その為に今日までたくさん練習してきたんです!! 掲げた目標を引っ込めるくらいなら、頑張りなんか出来っこない!!」

 

「……そう」

 

 少女はフッと笑みを浮かべながら右手を差し出す。

 彼女からも、ピカチュウからも、表情や気配に険しいものは消え失せていた。

 

「トキワ台中学2年、ミコト。貴女のお名前は?」

 

「リ、リコです。セキガク1年のリコ」

 

 リコが握手に応じれば、ミコトはググッと握る力を込める。

 

「ッ……!」

 

 向けられた握力にほんの一瞬だけ下瞼をピクリと震わせてから、リコもまた握力を強め返す。

 

「……うん。覚えておくわ。まずはお互い、準決勝で会えるよう頑張りましょう!」

 

 それだけ告げながらミコトは走り去ってゆく。客席のスペースへ帰って行った。

 右手にジンジンと残る感触から、お互いに新たなライバルの出現を感じ取っていた。

 

 

 

 

「そっかー。買い出しついでにトキワ台の2年生エースに宣戦布告とは流石リコちゃん! やるねぇ〜!」

 

「そ、そういう訳では……!」

 

「いやーホントだよリコ!! あんなズバッと言い切るんだもん。あたしビックリしちゃったんだから!!」

 

 買い出しを済ませ、客席まで帰り着いたアンが興奮ながらに事の顛末を皆に共有すればマフィンは満足げに頷きながら目を細める。

 

「にゃあろ」

 

「ん……でも、そう聞こえちゃうよね」

 

 リコは、側に付いて離れないニャローテに背中を押されたから、と体良く言い訳する気にもなれなかった。

 セキガクが全国制覇を果たすためには、結局のところカントーの強豪だろうと踏み越えていかねばならないのは事実だからだ。

 

「実際リコの発想通りだ。相手がどれだけ強かろうがボクたちは勝たねばならぬ。だから皆もリコを見習って闘志を燃やして……」

 

「お姉さ〜ん!」

 

 ホタルの訓示の最中に割って入る形だった。

 

「おっと、チャンちゃん! 応援、来てくれたんだ」

 

「うん! シゲル博士も一緒!」

 

 健康的な褐色肌のチャンが走り寄り、リコが受け止めれば、後からやぁ、と手を軽く挙げながらやってくる人物に皆目を見開いた。

 

「に、2代目オーキド博士……!」

 

 特にマサラタウンのサトシの大ファンであるドットからすれば、その交友関係としてまず真っ先に上がる。さながら伝説上の人物といっても差し支えない。

 

「お、お疲れ様ッス!」

 

「どうもありがとう。フリード博士。以前きみが学会に提出したリザードンの論文、読ませてもらったけどなかなか興味深いものだったよ」

 

「ありがとうございますッ!」

 

 普段はリコたちの前で大体居眠りしている寝ぼけ眼なフリードもまた意識を覚醒させ、大股座りでだらけていた自分の席をシゲルに譲る。

 リコたちは、そう言えばこの男、一応はポケモン博士だったなとフリードを見て思い出していた。

 シゲルに席を譲るその瞬発力からして、いつものぐうたらぶりがどこへやらである。

 

「まぁ、今日の僕はチャンさんの付き添いで一緒に応援に来ただけだから。そう畏まらないでくれたまえ諸君」

 

 譲られた席に遠慮なく座りながらの畏まるな、というシゲルの言葉に正直無理な話だ、とフリードやドットが思う中、客席中から拍手が鳴り響く。

 フィールドを見れば、既にタマ大とヨヨヨ第8のメンバーがセンターラインを境にして集まり、一礼を済ませていた。

 カントー地方予選、第1試合がスタートしたのだ。

 

「あっ、あの2人」

 

 リコの視線の先には、売店コーナーで出会したヨヨヨ第8の生徒2人組がベンチ前で正座させられていた。

 騒ぎを知った監督なり先輩たちなりの怒りを買ったのだろう。その制裁と見た。

 

「あいつらだね。リコちゃんたちに粉かけてきた不埒者どもは」

 

「お前もじゅうぶん不埒な輩ではあるがな」

 

 マフィンにすかさずホタルが突き刺すように言う。手こそ出していないが舐め回す視線をリコに向けていることは知っているからだ。

 

「タマ大はダブルバトルでいきなり部長のヒカミと副部長のタイテンの2トップに、シングル2は2年生エースの盤石布陣か。初戦から主力に試合感覚を養わせるための隙のないオーダーだ」

 

「あれっ? タマ大のシングル2のカオルって人……なんだかナギ先輩に似てるような?」

 

「お、分かるか?」

 

 ダブルバトルが始まり、早々に圧倒するタマ大にミコは舌を巻く。

 ネクストサークルに待機するカオルの姿にひと言呟いたロイの頭をナギは満面の笑みでくしゃくしゃと撫で回す。目のつけどころの良さを褒めたのだ。

 

 

 

「ナマズン、戦闘不能! エルレイドの勝ち!! よって勝者、タマムシ大附属3年ヒカミ選手&3年タイテン選手の勝ち!!」

 

「くそう! 流石タマ大、つえーぜ」

 

「案ずるな。敵が初っ端から最大戦力を投入してくることを読んだが故のこのオーダー。シングル2、シングル1を勝てばよいのだ」

 

「コズモ部長!」

 

 ダブルスを戦った2人を労いながらトレーナーサークルに入る3年生はヨヨヨ第8中バトル部の部長であり、町の旧名が名残として学校名に依然そのまま用いられているコズモタウンの市長の息子だ。

 

 

 

「勝ちは当然。次代のタマ大部長として、その意気を示せ」

 

「はい……!」

 

 一方のタマ大側の入れ替わりは僅かなやり取りのみだった。

 カオルがトレーナーサークルへ入り、両者ボールを構える。

 

『これよりシングルバトル2! タマムシ大附属2年カオル選手vsヨヨヨ第8中3年コズモ選手の試合を行います!! 試合方式は3C1D、始めッ!!』

 

 

 




 『タマランゼ会長』
 89歳没。ポケモンリーグ元大会責任者。
 人生の全てをあらゆる立場からポケモンリーグに捧げ、その社会的地位を押し上げるのに貢献してきた偉人。
 当の本人はそういうところを一切感じさせない気さくなおじいさんだったよ。
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