SEKIGAKU DIARY   作:nami73

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 カントーの離島より旅立つ青雲の志が1つ。少年ロイは大きな夢のための第一歩を踏み出した。
 その眼前に立ち塞がるはトキワジムのジムリーダー、シンジであった。


天までとどけっ!

『ストライク、戦闘不能! ナッシーの勝ち! よって勝者、ジムリーダーシンジ!!』

 

「ストライク……よく頑張ったな、戻ってくれ。……対戦ありがとうございました」

 

「あぁ」

 

 ロイの2度目の挑戦、その結果としては先週と同じものだった。試合記録をそのまま再生しただけだと言っても良いほどに。

 細かく内容を掘り下げて見ていくならば、確かにストライクの動きにキレが増していて、ロイは1週間前より強くなっていた……シンジからすればそれだけの印象でしかなかった。到底バッジを渡していいと思えるほどのラインには達していない。

 故に真っ向から叩き潰した。それだけのことである。

 

「腕を磨いて出直して来い」

 

「はい……」

 

 敗れ去り、ジムを出てポケモンセンターへ向かうであろうロイの背中に投げかける言葉の意味としては、『他のジムを巡り、バトル&ゲットを繰り返すことで根本的な所から実力をしっかりつけた後に改めてここに来るべきだ』というニュアンスをシンジは込めている。

 ただ、このアドバイスが届くにしろ届かないにしろ、トレーナーとしての行動の最終決定はどこまでいってもロイ自身にしかないし、シンジとしても他人の道行きを強制しようという気もない。

 故にシンジはそれ以上の言及をしなかった。というよりは、こうまでこっぴどく連敗したのならば普通は諦めて他所のジムから回っていくだろうと踏んでいた。そのままトキワジムを避けて他所の公認ジムでバッジを手にしてリーグへ向かうというのが、シンジが就任して以降のカントー代表トレーナーのトレンドになっていた。

 

「あれ? あいつ……」

 

 トボトボとポケモンセンターへ向かうロイにナギは立ち止まり、振り返る。

 暫しその後ろ姿を見てから、トキワジムへと向かった。気になりこそしたがこれから仕事があるのだ。勤め人の定めには逆らえない哀しさというやつだ。

 

 

 

「お願いします! ジム戦させてください!!」

 

「……」

 

 さらにもう1週間後に、ロイがまたまた挑戦しにきたのには流石のシンジも閉口した。

 その結果としてもこれまた見事な惨敗であり、内容を見てもストライクのレベルアップを重ねたことは分かる……という程度のものでしかなかった。

 成長そのものは確かに認めるし、何度も挑戦しに来る胆力も買いはするが、依然としてシンジの琴線に触れるラインには到底及ばない。

 もとより『お情け』というものからは最も遠いところに信条を置くのがジムリーダーである以前にポケモントレーナーとしてのシンジだった。

 

「また行ったみてェだな、あいつ」

 

 2度目の挑戦を弾き返された後のロイのとぼとぼと帰ってゆく背中を見送った時の予感が的中した……そうナギは思う。

 ナギは、ロイの後を追った。

 多少話し込んだとしても仕事に支障のないよう、今日はあらかじめ普段より少し早めにトキワシティに来ていたのだ。

 

 

 

「ロイさん、おまちどおさま! ストライクはすっかり元気になりましたよ。またいつでも来て下さいね」

 

「ありがとうございます!」

 

 ロイは、トキワシティのポケモンセンターに勤務するジョーイさんとはすっかり顔馴染みになっていた。元来人当たりが良く、快活な所が他人を惹きつけるのは生まれつきのもので、離島時代からずっと醸成されてきたものだった。

 

「すっとぅ…!」

 

「よしストライク! またこれから特訓だ。次こそシンジさんに勝つぞ!」

 

「やめといた方がいいと思うがね?」

 

 回復を受け、体力を取り戻したストライクとポケモンセンターを後にしたところのロイに話しかけるのは、木陰を背もたれとして腕を組んでいるナギだった。

 ロイは、トキワジムに出入りしている清掃員であったかな、とナギを見て思い出すのに少し時間がかかった。ジムからの帰りですれ違う時というのはストライクがやられてしまい、一刻も早く相棒を元気にしてやることしか考えていなかったからだ。

 

「あなたは?」

 

「オレぁ〜、バイトでカントー中駆けずり回りながら苦学生やってるナギっつうケチなもんだけど……お前さん、今のままじゃあなんべんやってもシンジさんには勝てんぜ」

 

「……分かってます。だから、もっともっと特訓して今より強くなるんです」

 

 ナギは首を横に振る。ロイの返答に『なにも分かっていない』とジェスチャーで伝えた。

 

「シンジさんが腕を磨いて来いってのは、他のポケモンをゲットするなり、他のジムに挑むなり、もっとあちこち回るなりしてから、ってことだと思うんだがね」

 

 ナギは清掃業のバイトでカントー中の施設を巡っている。その過程で施設を預かる人物とも交流があり、ポケモンジムならば仕事の合間にジムリーダーのトレーニングやジム戦の観戦にありついていた。

 

「ッ……」

 

 ロイはナギの言で俯く。

 

『ようやく気付いたか?』

 

「……分かってるよ。僕だってそれくらいのことは。でも……どうしても退いたり、譲ったりしたくないんだ」

 

 顔を上げてのロイの言葉はナギには意外だった。ロイが、自分が意固地になっている事実すら把握出来ていないと思っていたからだ。切れ長の瞳が思わず丸くなる。

 

「上手く言葉にできないんだけど、ここではいそうですか、って行く道を変えたら、僕はそれから先もずーっと元の道に戻れなくなるような……そんな気がしてならないんだ」

 

 ナギの見立て通り、シンジへ挑み続けることに関しては正しくロイの意固地だった。

 生まれ故郷の離島にはたくさんのポケモンがいて、皆仲の良い友達として育ったが、いざ旅立ちとなればその中で今連れているストライク以外を連れて行こうとは思わなかった。

 この意固地こそが、ロイにとって自分自身の支柱であるのだ。

 

「そうかい。だが現実は厳しいぜ? ジムリーダーってのはたまーにバトル以外のところから相手の人格なりを認めてバッジを渡したりすることもあるみたいだが、少なくともシンジさんにそんな抜け道は通用しない。あの人がバッジを渡すとすりゃあジム戦で自分を負かした相手にだけだ。一切の例外もなく、な。」

 

「…………」

 

『馬鹿は馬鹿でも馬鹿正直と来たもんだ』

 

 このやり取りの中でナギは、意固地になっている褐色の少年を気に入っていた。だからこそ無駄な足踏みで貴重な時間を浪費して欲しくはないと思えた。

 さりとてこの愚直な意思を曲げさせるというのも同じくもったいないと考え、1つの解に至る。

 

「どうしてもシンジさんから最初にバッジをゲットしたいってんなら、方策がないでもないぜ」

 

 真紅の瞳がナギを刺すように見る。

 分かりやすく食い付いてきたロイにナギは苦笑しながら1枚のパンフレットを手渡す。

 

「セキエイ、学園……?」

 

「鍛えるにしたってそこらの野生ポケモンや惰性で旅してるようなトレーナーとやり合うよりはよっぽどストライクにとっていい刺激になるはずさ。お前さんにも」

 

 ナギはロイの側に控えるストライクへチラッと視線をやる。

 ロイが見るパンフレットを覗き込んでいたストライクがすぐに視線に気づき顔を上げた時には、ナギはロイの反応を待っていた。

 

「オレはセキガクバトル部の2年、ナギ……お前さんみたいな真っ直ぐなやつは仲間たちも歓迎してくれるはずさ」

 

「ポケモンバトルの、クラブ活動か……」

 

 ロイの中には、目の前のどこかお気楽な調子で、無頼なイメージが先行する銀髪の青年が信を置いてるバトル部というものへの興味が湧き上がってきていた。

 確かにこのまま闇雲に手当たり次第のトレーニングを続けるよりは、足を止めて見聞を広め直したほうがいいのかもしれない……しかもナギの勧める提案は自分の譲れぬところを加味した上でのこととなれば、残すものはあと1つ。

 

「僕……ここの本島から遠く離れた小さい島から来たロイって言います。ナギさんって言ったよね? 僕と、バトルして欲しいんだ。」

 

 それは自らの『拘り』を一時的に胸の奥底へ押しやるための『ケジメ』だった。

 

 

 

「タイマンルール、倒したもん勝ちでいいな?」

 

「はい!」

 

 ポケモンセンターの庭にあるバトルコートでロイとナギは対峙する。

 ナギとしては仕事の始まる時間が割とギリギリではあるのだが、そんなことはおくびにも出さない。受けて立ったこのバトルが、ロイにとって『ケジメ』であることを理解していたからだ。

 セキガクに置いてはオンラインで授業を受けている身分だということもあり、同級生たちからは軽薄な男と評価を受けていて、それを自身も認めている。

 が、自らが道を踏み変えることを促した相手に対して粗雑な扱いをするほど落ちぶれているつもりはなかった。

 逃げも隠れもするし嘘だってつくが、男の道を違えることだけはしたくないというプライドをナギもまた持っていた。

 

「ストライク! いけッ!」

 

「すとらぃッ!」

 

 ロイはやはりストライクを、

 

「そうれゆけ! 相棒!」

 

「しゃうッ!」

 

 ナギはあわはきポケモンシャワーズを繰り出す。

 体毛のない身体に額から角のように生えたヒレ、ヒレ状になった耳と襟巻とヒレがついた長い尾が特徴からみずタイプのポケモンであるとロイは見た。

 

「…………!?」

 

 そのシャワーズの顔面左半分が一瞬ボヤけたようにロイの目に映る。

 

「すとぅ……!?」

 

 両腕のカマを構えたストライクも警戒の度合いを引き上げる。

 

「さぁーッ! 来い!」

 

 そんなロイ陣営の疑念を振り払うようにナギが声を上げる。

 ロイもストライクもキリ、と表情を引き締めた。どのみちしかけるより道はないのだ。

 

「ストライク! きりさく!!」

 

「しゅらあああい!!」

 

 カマをキラリと光らせてストライクがスピードを活かしシャワーズへと距離を詰め、両腕の間合いへとしてゆく。

 あとは自慢のカマを振り下ろすだけ、その刹那だった。

 

「ぼわあああッくッ!!」

 

 軽やかな身のこなしでバックステップを踏みながらシャワーズが口から吐きかける『灼熱の炎』にストライクが焼かれ、呑み込まれていった。

 

 

 

 旅立った孫の翻意は、離島で家族の帰る場所を守る立場の祖父にとって安堵であった。

 『便りがないのは良い便り』だとはよく聞くが、トキワシティのポケモンセンターから連絡をよこしてきたロイは、生存報告もそこそこにセキエイ学園へ行きたいと申し出てきた。

 祖父がロイの旅立ちを許した条件の1つとして、旅をしながらオンラインにて授業を受け、中学相当の卒業資格を得るという約束があった。

 ポケモン社会においても相応の学歴が社会人にとってプラスに働き、なにかと役立つのは『こちらの世界』となんら変わらない。

 『冒険者』……『ポケモントレーナー』……言い換える先がどれだけあろうとも、目指す先の頂に、それに準ずる位置にすら立てるはほんのひと握り、豊かな才能を開花させられた実力者しかいないという現実論は巨大であり、残酷だ。

 ポケモン歴1990年代よりそんな実力第一の舞台から転がり落ちてきたトレーナー崩れとなった連中に待ち受ける就職難は、依然大きな社会問題としてこの世界に横たわっている。祖父が孫の将来を思って最低限度の学歴を持たせたいと考えるのも当然の理屈だ。

 そんな中、ロイの方から学校へ身を置く選択をしたというのは彼の将来の安定的にありがたいというよりなかった。

 

「そんなに凄いやつがいたのか? 外の世界には」

 

「うん。今の僕の力じゃあ、どうやっても勝てそうにないなって」

 

 スマホロトムのテレビ通話越しに祖父と話しながらロイはナギとのバトルを思い出す。

 きりさくを軽やかに回避したシャワーズからのかえんほうしゃで火だるまにされ、倒れ伏すストライクを見下ろすように姿を見せたのは、『幻影の覇者』と形容される漆黒の影だった。

 黒い体を基調とした大きい二足歩行の狐の姿で、ボリュームたっぷりな赤いタテガミに隈取のような模様が走る顔面……

 ばけぎつねポケモンゾロアーク。ロイは、最初からナギの術中にハマっていたのだ。

 

『セキガクバトル部にはオレよりすげえのがいるぜ。そいつらから色々教わったらいい』

 

 去り際のナギの一言が頭の中で反芻される。

 飄々としながらも自分を一蹴してみせたナギすら認める実力者に、ロイの興味は埋め尽くされていた。

 

「いにしえの冒険者のような凄いトレーナーになるって夢は捨てない……でも! だからこそ! 今は夢を叶えるためにしっかり勉強しなくちゃ駄目なんだって気付かされたんだ」

 

 画面越しに語る孫に祖父は何度も頷き、仔細を承知した。

 通話を切れば、すぐさま諸々の手続きをし始める。そしてロイのセキエイ学園転入のために動き出した。

 ロイもまたトキワシティのポケモンセンターを引き続き拠点とし、その間ストライクの鍛錬を続け、学園スタッフの面談を受けることになる。

 そうして転入は5月と決まった。

 このやり取りがなされたのは4月の終わり頃……長期休暇に入ろうというタイミングで、リコとニャオハの距離感がまだまだ縮まっていない時のことである。

 少年の抱く青雲の志には些かの翳りもない。その身を天へ押し上げ、その名を天下に轟かせるために歩みを止める勇気を持っていたからだ。

 ロイは、雌伏雄飛を識ったのだ。

 

 

 




 『シンジ』
 38歳。トキワジムのジムリーダー。
 マサラタウンのサトシと互角のバトルができる数少ない実力者で彼の『最強のライバル』。
 ジムリーダーとしても自分を負かす実力がなければバッジを与えても意味がないと厳しい態度を貫き通しているよ。
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