地力で上を行かれている難敵を前に奮闘するお気に入りのリコを見るマフィンは、その執着の始まりを思い返すのであった。
「なぁご」
「待ってよニャオハ、どこ行くの?」
マフィンの中で時は遡る。
3ヶ月前、配布されたニャオハをまるで手懐けることが叶わず、学園中を勝手気ままな散歩道として歩き回る追いかけている彼女を追いかけているリコを見たのが、一方的な縁の始まりだった。
「おーおー、かわいそうなこったなあの1年。とんだ気性難を押し付けられちまってさ」
「仕方ねえさ。なんだかんだこっちに回される初心者ポケモンはその大半が『余り物』だしよ」
理科の実験の為に教室より移動する中で、3年1組のクラスメイトたちが遠ざかってゆくリコとニャオハを憐れむ。
セキエイ学園の新入生は最初のオリエンテーションの後に3年間を共に過ごす相棒ポケモンが配布される。その出所としてはポケモン研究所やブリーダーハウスから払い下げられる個体が大半である。厄介払いの側面があるとされても仕方ない話だ。
「ん、そうだね」
ニャオハに翻弄されるばかりなリコを憐れむクラスメイトにマフィンは相槌を打つ。その瞳は、視界から消えるまでずっとリコとニャオハを追っていた。
一瞬チラリと見えたリコの瞳には、確かなニャオハへの愛情が垣間見得たからだ。
「はじめまして。1年1組のリコです! よ、よろしくお願いします……」
4月終わりの長期休暇明け、そんなリコがニャオハとのことでどうにか助力を求めるのでアンに連れられバトル部を訪ねてきたことにマフィンは運命を感じずにいられなかった。
リコの中に根付くポケモンへの愛情深さが戦う心に目覚めれば、物凄いパワーへと転化するだろう……そんな予感から、マフィンはリコに助け舟を出していた。
それから練習やライバルたちとの邂逅を重ねる中で、リコは今まさにセキガクバトル部未来の『柱』として潜在能力を開花させるかどうか、その最初の関門にぶつかっていると言っていいだろう。
時を戻そう。
「いくよ相棒! 必殺技!!」
「ぴぃぃぃかぁぁぁ……!!」
ミコトの指示でピカチュウが放つオーラをでんきエネルギーへと変換してゆく。
マジカルリーフの応用力の高さを見たミコトは、リコ相手の長期戦を嫌い、リコもまたニャローテの体力の限界から早々に勝負を決める決意を固めていた。
「やるしかない……!」
ニュートラルポジションへどうにか辿り着くニャローテの背を見ながら、リコはテラスタルオーブを取り出した。
「満開に輝いて、勝利の花よ!!」
取り出したテラスタルオーブを投げ入れれば、ニャローテの頭にくさのテラスタルジュエルが輝く。
『あーッとここでリコ選手、テラスタル発動だーッ!! ミコト選手の必殺の構えに対し、一歩も引かないーッ!!』
「度胸あるなぁあの1年」
「度胸だけじゃあどうにもならねぇよ」
「お姉さーん!! 頑張れーッ!!」
チャンが声を張り上げるのは応援の気持ち以上に周囲のリコへの評価の低さを振り払うためであった。
「ほほほほほーう!」
チャンにオドリドリも呼応して声をあげる。
ともあれ応援しに来たのだ。声を張り上げずしてなんとするか。
「にゃろあああああッ!!」
「テラスタルパワー×しんりょく! マジカルリーフ・ビッグシールド!!」
マジカルリーフのエネルギー葉がニャローテの左手先に集中。長方形の持盾を形成する。
「なんというくさエネルギーの量! 通常のニャローテのそれを遥かに超えている……!」
ミコトは、早期決着を狙う判断が正しいと確信した。
「相手にとって不足なしッ!!」
「流石はトキワ台のエース……リコのニャローテがくさエネルギーのスペシャリストだと見抜いて短期戦に持ち込んできたか!」
「噂の超電磁砲(レールガン)で一気にケリをつけるつもりらしいね」
「ぶぶい……!」
ピカチュウが放つ巨大な圧力にホタルもミコも息を呑む。
キラリはというと、タブレットロトムに黙々と試合記録を打ち込み、関連するデータの参照をしていた。試合が終わってもデータマンとしての役割を忘れてはいないのだ。
「ニャローテはあのマジカルリーフの盾で受け止める気なんだ!」
「ナギ先輩、大丈夫かな? リコとニャローテ……」
「仮に駄目だったとしてもマフィンが決めてくれるさ」
ロイは、ナギの返答にムッとした。ニャローテが超電磁砲を前に防ぎきれずに終わると暗に返してきたようなものだからだ。
ナギとしても正直なところ、今のままでは必殺の一撃を防ぎ切るためにリコ側には大きなピースが欠けていると思えたためにこう返すよりない。
重要な場面においてペテンではなく本音を返す程度には後輩を可愛がるタチなのだ。
「いくよ、ニャローテ!」
「にゃろあにゃあ!!」
盾を構えたまま、ニャローテは真っ直ぐピカチュウへ突進をする。
「これが私の……いや!!」
右手を構え、親指を人差し指に引っ掛けるアクションをシンクロさせる。
ミコトとピカチュウ、相棒と認め合った同時の魂を共鳴させるのでミコト自身も放つ覇気から発電していた。
「私たちの全力、だぁぁぁッ!!!」
「ぴぃかっちゅあッ!!!」
親指が弾かれ、圧縮された空気が膨大なでんきエネルギーの奔流を纏った強烈な弾丸が放たれる。
『おーっと、コレは凄いッ!! ミコト選手のピカチュウの必殺技、ピカピカサンダーをさらに応用した『超電磁砲』だぁーッ!!』
「おぉ、凄いパワーだ」
学生もまんざら捨てたものではない……シゲルはしみじみそう思った。
「にゃろにゃ!」
ニャローテは待ってましたとばかりにエネルギー葉をかき集めた大楯で電撃の奔流を受け止め、その衝撃で足が止まる。
「にゃろあぁ……!」
超電磁砲の勢いにジリジリとニャローテは後退りをさせられる。
「このまま押し切ってやる!!」
「何がなんでも持ち堪えてみせる!!」
リコもミコトも全く同じ気持ちを吐露する。
「「絶対に、勝つ!!」」
青春の汗が、飛び散っていた。
「マジカルリーフのエネルギー葉がどんどん剥がされ飛んでく……でも!」
超電磁砲を前にニャローテが押し込まれているのは明らかだった。
「でもリコならきっとなんとかする! なんとかしてくれる!!」
アンは、努めて楽天的な台詞を吐いた。
言葉には、発することで現実となるパワーがあるのだと授業で聞いた覚えがあるからだ。
それが何の授業で、どの先生から聞いたかは完全に忘れているが……。
「おーいリコちゃん!!」
そんなアンに呼応したかは定かではない。
ネクストサークルのマフィンは立ち上がり、リコの背中へ大声を張り上げていた。
「たった今、ガラルの地方予選の結果が出たよ! エクシード学園が優勝したって!!」
「マフィン……」
「アメジオが、全国に出て来るんだよ!!」
「ッ……!!」
マフィンから投げかけられた言葉にリコの目が見開かれる。
エクシード学園が全国出場を決めた。その報は、他地方交流で交わした約束をアメジオが守ったことを意味していた。
『全国で、私はあなたに勝ちます! そして……全国制覇は、私たちセキガクがします!!』
『その言葉、しかと聞き届けた。俺たちが次会う時は、全国の舞台でやり合う時だ!! その時を楽しみに待っているぞ、セキエイ学園のリコよ!!』
一度やり合って敗れた相手の言葉を、挑戦を戯言として聞き流すことなく、真正面から受けて立つと返してくれた爽やかなプリンスの堂々たる立ち振る舞いがフラッシュバックし、リコの両手が震える。
アメジオが、全国で待っている!
「ニャローテ……あなたが誰よりも頑張ってるのは分かってる。それでも、私は湧き上がるこの思いを抑え切れない!!」
「にゃろぁ……!!」
「私、この試合に勝って、決勝も勝って……全国へ行きたい!! そして全国で、アメジオともう1度戦って、勝ちたい!!」
「にゃろぁあ……!!」
盾で超電磁砲を防ぎながらもニャローテはリコの一言一句逃さず耳に刻み込む。
「いや……違う、違うッ!!」
我が主人が己が胸の内を吐露するならば、それを叶えるのがゲットされたポケモンの役目であり、誇りであると知っているからだ。
「私は、勝つ!! なにがなんでも勝つ!! そのためにニャローテ!!」
青き瞳に爛々と燃えるは、闘志の炎。
「私と一緒に命をかけて!!!」
「にゃろぉてぁ〜〜〜!!!」
『当たり前だ!!!』そうニャローテがリコに咆哮を返したと同時だった。
圧縮された空気を中心としたでんきエネルギーが爆発現象を起こし、フィールド中をモヤで包んでゆく。
「くッ……!」
ミコトとしては面白くない流れであった。超電磁砲の威力を押し通す前に弾丸が瓦解したのだから。
「ぴぃかぁ……!」
それでも相棒と共に勝利を確信していた。
強烈なエネルギー爆発の爆心地にいたニャローテが耐え切れるはずないと思えたからだ。
「ッ……!! 殺気!?」
そんな僅かな安堵が、ミコトの感知を遅らせた。
殺気の出どころは上空、しなやかな緑影が躍り出ていた。
「ニャローテ!! ひっかく、いや……きりさくッ!!!」
「にゃろああああらぁッ!!」
急降下の勢いを活かしたニャローテの両手の爪による斬撃がピカチュウの首元を寸分狂いなく射抜く。
「ぴ、ッかッ…!?」
急所に当たったことでたまらずピカチュウは仰向けに倒れてしまう。
「にゃろ、ッはぁッ……!」
渾身の爪撃を見舞ったニャローテもまた、うつ伏せに倒れてしまった。
「それだよリコちゃん! ニャローテと一緒に、よくぞ殻を破ったッ!!」
マフィンはネクストサークルから一連の動きをバッチリ見届けていた。
リコの意を受けたニャローテは超電磁砲に抗しがたしと判断をし、マジカルリーフの持盾をその場に放棄。
直後のエネルギー爆発を利用してその身軽さでモヤを活かし、ミコトたちの視界に映らぬところから大ジャンプを果たしていたのだ。
「リコとニャローテには豊富なくさエネルギーの活用に戦術面が傾倒している部分があった。あの子たちは土壇場になって、その固定観念を自ら脱却してみせたということか?」
マフィンは言葉は返さない。ホタルの推察に、ゆっくりと大きな首肯のみを返した。
『超電磁砲を飛び越え、ニャローテのきりさく攻撃が一閃してピカチュウダウン!! しかしニャローテも同じく倒れ込み、これは、判定はどうなるーッ!?』
「にゃ、にゃろぁぁ……!」
「ぴぃかちゅあ……!」
駆け寄る審判はジャッジを一旦待つ。
ニャローテは両手で踏ん張り、ピカチュウも上体を起こし立ち上がろうと動いていたからだ。
「ニャローテ! 立って! お願い、立ち上がって!」
「相棒! 今一度のガッツをッ……!」
主人からのエールを背に、2体ともよろよろと立ち上がることに成功する。
「にゃろぁ……!」
ニャローテはファイティングポーズを見せて審判にアピール。
「ぴッか……!」
次いでピカチュウもそれに倣わんとしたところであった。
「ちゅ、ぶふうッ……!」
立ち上がって見せたピカチュウが、ゆっくりと前のめりに倒れ込む。
改めて審判が表情を確認すれば、体力を使い果たして完全に目を回していた。
「ピカチュウ、戦闘不能! ニャローテの勝ち!! よって勝者、セキガク1年リコ選手!!」
一瞬、時が止まった感覚を覚える。勝ち名乗りを受けるリコは呆然とした表情から事実を受け止め、
「しゃあああッ!!」
全身より汗を飛び散らせ、両腕を天へ突き出す。
「にゃろぁ!!」
ニャローテも主人に倣いパフォーマンス。
「「「「「オオオオオッ!!」」」」」
試合の、団体戦の決着に歓声と拍手が鳴り響いた。
『け、決着です!! セキエイ学園連勝により決勝進出決定!! 強豪トキワ台、準決勝にて敗れ去りました!!』
「ピカチュウを先にチェックしてくれてたら違ってたのかしら?」
「そういうのは言いっこなしでしょ」
ミサキにそっけなく返すミコト。トキワ台が誇る『女王』と『エース』は人間としての性情的には水と油、いわゆる犬猿の仲である。
ミコトが派閥というものに興味を持つことがないため部の方針に関与することもなく、ミサキもミサキでミコトの実力から一定の配慮をしているために部内関係が成立しているにすぎないのだ。
「お姉様〜!!」
「なんでアンタが泣いてんのよ」
倒れた相棒をボールへ戻し、駆け寄るクロコを受け止めて優しく頭を撫でてやるミコトの横顔に見えるのは、悔しさと清々しさ……ミサキはそれ以上の言及は避けることにした。
仮にミコトが勝っていたとして、その後のシングル1でマフィンに勝てるかは全くの未知数であるからだ。正直なところを言うならば、かなり厳しいだろう。
「マフィン。さっきの話だが」
「エクシード学園のこと? 口から出まかせだよ。ああでも言わなきゃきっとリコちゃんはひと皮剥けなかったと思うからさ」
「そうか。なら、『嘘から出たまこと』という奴だな」
「……?」
振り向くマフィンに、ホタルはスマホロトムの液晶を見せる。そこには学生ポケモンバトル団体戦部門の各地の状況が逐一アップデートされる公認サイトのページが映っており、
「あらま」
中身を見たマフィンは目を丸くした。そこには確かにガラル地方予選を突破し、エクシード学園が全国大会進出を決めていたのだから。
『超電磁砲(レールガン)』
正式名称は相棒ピカチュウの必殺技『ピカピカサンダー』で、ミコトが自分流にアレンジを加えている。
当然、指で虚空を弾く以外にも全身からの放電による発動も可能だ。